求める君の星の名は










ACT 33






<修学旅行初日・大阪・USJテーマパーク内>



「・・・以上、最終集合時間には必ずここへ戻ってくる事!何かあったら、各担任の携帯に電話して指示を仰ぐように!解散!!」

学年主任の言葉が響くやいなや、集合し、とりあえず秩序を保っていた制服姿の集団が、蜘蛛の子を散らしたように駈け出して行く

修学旅行の行き先アンケートでも一番人気だった、関西随一のテーマパーク”USJ”だけに、念入りに効率よくアトラクションを廻るプランを考えて来ているのだろう・・・各班に分かれた小集団がお目当てのアトラクションを目指して猛ダッシュな勢いだ

そんな中

伊原と白石と七星の面々は、とりあえず・・・!
とばかりに、オブジェの前で一枚、手近にいた着ぐるみキャラクターを捕まえては一枚と、記念写真を取り捲っている

その横で

教師同士の最終確認チェックを終えた舵が、大きく伸びをして溜め息を一つ、吐いた

途端

その背後から、伊原が「かじ〜〜!」とばかりに抱きついてくる

「っ!?い、伊原!?」

「そうでーす♪お暇ですかー?おっにぃさーん?」

首から伊原をぶら下げた舵の姿も、白石がシャッターチャンス!とばかりに写真に収めてしまう

その白石の後で、ムッとした表情で自分を見ている七星に気がついた伊原が、素早く舵に耳打ちした

「か、じ!浅倉、見てみろよ!」

「え?」

伊原の耳打ちに舵がハッと顔を上げ、七星と視線がぶつかる
途端に、七星があからさまに視線を反らした

「・・・な〜んかさぁ、ふたり、ちょっと変だよな?」
「・・・そうか?」
「絶対変だって。特に浅倉!な〜んか、みょ〜に舵の事避けてない?なんかあったの?」
「っ、なにもあるわけないだろう・・・!そんな事より重い、どけ、伊原!」

舵の背後から抱きついて、首にぶら下がったままだった伊原の身体を、舵が不機嫌そうに引き剥がす

七星の態度が、伊原にそれと気付かせるほど妙に自分を避けている事は、舵だって気がついている
けれど、大吾の一件以来修学旅行の準備に忙殺され、担任とクラス委員長として旅行の班分けやグループ行動の確認・・・といった、その他大勢が居る場所でしか会話もなかった

それに、きちんと実家の事が片付かない限り、安易に七星と連絡を取り合って沙耶に勘付かれる事があってもならない
そんな事情も手伝って、メールや電話も旅行が終わるまではしないようにしよう・・・と、決めてある

高城から言われた携帯の履歴の事も確認してみたくはあったが、もしも七星でなかったら・・・高城との関係やそれに絡んだ事件の事まで説明しなければならなくなるだろう

ただでさえ、自分が抱え込んだまま逃げていた厄介ごとに七星を巻き込んでしまっているのだ
これ以上、巻き込むわけには行かない

そんな経緯もあって、舵自身、必要以上に七星との接触を断っていた・・・感を否めない
それを無意識に感じ取った七星が、過剰反応してしまったとしても不思議ではない

それを伊原に指摘された気がして
分かっていて何もしてやれない自分が情けなくて

知らず、舵の口から溜め息が漏れる

「舵、さっきから何溜め息ばっか吐いてんの?せっかくの旅行なんだぜ?舵も一緒に楽しもうぜ!」

そう言い放った伊原が、「え、おい、ちょ・・・っ」と焦る舵の腕を捕まえて、白石と七星が居る所へと引っ張っていく

「あ、来た来た!写真撮り要員〜!」

白石が嬉々として、伊原に引っ張ってこられた舵を笑顔で迎える
その背後で、七星が驚いたように目を見張っていた

「写真撮り要員!?なんだそれ?」

七星にチラ・・ッと視線を投げつつ、舵が白石に問う

「だってさ、俺達3人で一緒に写真撮るにはもう一人必要だろう?よろしくな!」

「おまえ達、俺を何だと・・・」

「いーじゃん!どーせ集合時間まで暇なんだろ?だったら俺達と一緒にアトラクション廻ろうぜ!」
「そうそう!行こうぜ!」

もうとっくにパーク内の見取り図を把握し、廻るアトラクションの順番を考えてきていたらしき伊原が、白石と供に既に行列の出来つつあるゲートへと駆け出していく

残された格好になった・・・七星と舵がぎこちなく、視線を合わせた

「・・・・だと」
「・・・・らしいな」

肩をすくめておどけたように言った舵に、どうして良いか分からずにぶっきら棒に返事を返し、七星が視線を彷徨わせる

「・・・・クッ」

不意に舵の肩が揺れたかと思うと、「あはは・・・!」と笑い声を上げ、七星の手を掴んで走り出していた

「っ!?ちょ・・舵!?」

「生徒に気を使われるようじゃ、お終いだな。全く、何やってんだか・・・!」

何かを吹っ切ったように言い放った舵が、ギュッと握った七星の手に力を込めた

「っ!?」

ハッと目を見張った七星と、走りながら一瞬振り返った舵と視線が交錯する

その視線の中に、”今は全部忘れて楽しもう”という舵の言葉を感じとった七星の顔に、旅行に出て初めての笑みが浮かんだ

手を振って「早く来いよー!」と叫んでいる伊原と白石の元へ二人が駆け寄った時には、既に繋がれていた手は解かれていたが、もう、七星が舵の視線から視線を反らす事はなかった












「だ〜〜〜〜っ、あの野郎!本気で水かけやがって!」

アトラクションの目玉の一つ
”ウォーターワールド”をプレ・ショーから参加して見ていた4人の内、伊原が、観客に掛け声などの練習をさせていたエンターティメントの一人に悪乗りした掛け声をかけた途端、持っていたバケツの水を掛けられる・・・というハメに陥った

その横に居た白石と七星、舵の面々も、当然そのとばっちりを受けたわけで

その上、水のかかる危険ゾーンとの境界線近くに居たせいもあって、ショーが終わる頃には4人とも全員、髪の毛はしっとりと濡れ、服にもあちこち濡れた染みが広がっている

「でも、おもしろかったじゃん!ま、一番濡れてる伊原は災難だっただろーけど」
「白石・・・!人事だと思って・・・!」

「伊原、とばっちり食ったこっちの身にもなれ!罰としてチュリトス全員に一本ずつ!」
「うわっ、舵、そんなのあり!?俺のせいだけじゃないじゃんかよ〜」
「ほほう・・・あの席が良いって言って真っ先に陣取ったのは誰だったかな?い・は・ら・君?」
「そ、それは・・・っ」

言い訳できないその事実に、伊原が言葉を失う

舵の言葉に同調し、白石と七星もこれ見よがしに濡れた袖を振り、髪の毛をかき上げた

「だあ〜〜っ、もう、わーったよ!一本ずつな!」

叫んだ伊原が、脱兎のごとくチュトリスのフードカート目指して走り出した
その後を追うように、白石も笑いながら走り出す

「伊原ー!手伝ってやるよー。手伝い賃で俺、2本なー」
「冗談っ!そんな手伝いいらねぇよ!」

じゃれ合いながらフードカートに向かう二人の様子にククク・・・ッと肩を揺らしながら、舵が七星を振り返った

「・・・そうしてると、ずい分大人っぽく見えるよなぁ・・・浅倉は」

言いながら、濡れた前髪を後ろに向かって撫で付けて額を露わにした七星の髪を、舵がフワッと撫で付ける

その・・・久しぶりに触れてきた舵の手に、七星の耳朶がカァ・・・ッと朱に染まった

「っ、あ・・んただって・・・!」

撫で付ける手の下から上目遣いに舵を見やった七星が、同じく濡れた髪をオールバック風に後に撫で付けた舵の顔を、マジマジと見つめ返していた

いつものどこか軟派な舵の雰囲気とは違う、どこか凛とした雰囲気



髪をきっちりと上げて着物を着て座し、茶を立てる舵の姿はどんなにか・・・



ふと
そんな想いが七星の胸をよぎって、一抹の不安が湧き上がってくる

舵は、七星の側に居たいから、茶を・・・ひいては家を捨てる決心が着いた・・・と、言った
舵がそう言ってくれて、側にいてくれようとする事は、七星にとってこの上なく嬉しいことだ

だが


本当に、それでいいのか?


そんな疑問符がよぎる

あの、春休み最後の日、山桜を見つめて風景に溶けいってしまいそうだった舵の横顔は、ひどく優しい顔をしていた

七星が我知らず嫉妬してしまうほどの・・・何かに対する追慕

あれは、ひょっとして

”茶”そのものに対する舵の想いではなかったのか?

いつも準備室で舵が淹れてくれるお茶は、七星の心にホッと一息つける時間を与えてくれた


自分のためだけに淹れられるお茶と
柔らかく受け入れてくれる雰囲気と
湯気の向こうに見える、包み込むような笑顔と


それが、七星の一番好きな舵との時間
それを培ってきたのは、まぎれもなく、村田の名の基に学んだ”茶”だ

舵は、”茶”が好きなはず
好きでなければ、あんな風に人の心をホッとさせる時間と雰囲気を作れるはずがない

それを・・・舵は本当に捨てていいものなのだろうか?

「・・・・舵、」

「ん・・・?」

髪を撫で付けた手を名残惜しそうに引き戻し、舵がいつもの笑顔で笑み返す

「・・・あんた、”茶”も”家”も本気で捨てるのか?」

七星のその問いに、一瞬目を見張った舵が、ふわり・・・と、静かに笑った

「・・・捨てる・・・わけじゃないんだよ、浅倉。だから、心配しないで」

「捨てるわけじゃない・・・?」

「そう・・・もともと、俺のものじゃないから」

「え・・・?」

どういう意味だ?とシワを寄せた七星の眉間を、舵が軽くトン・・・ッと指先で突いた

「心配性の浅倉君、そんな可愛い顔されると自制心の弱いおにーさんは、人目もはばからず抱きしめたくなるんですけど・・・?」

「は・・!?」

思わず一歩身を引いて身構えた七星に、至極真面目な表情になった舵が声を潜めて言い放った

「はっきり言って、浅倉に飢えてます。だから、もしも狼になったら、躊躇う事なくぶん殴って正気に戻すこと!」

「な・・っ!?い、言われなくても・・・!」

「お!だったら早速試しに・・・!」

言った途端伸びてきた舵の手を、七星が邪険に振り払う

「なに考えてんだ!この・・・」

エロ教師・・・!と言いかけた七星が、舵の背後から駆け戻ってきた伊原と白石に、ハッと口を噤む

「へっへー!ラッキーだったぜ!」

ニコニコ顔でチュトリスを4本抱えて帰って来た伊原の声に、舵が何食わぬ顔で振り返り、差し出されたチュトリスを受け取った

「ラッキー?何がだ?伊原?」

「さっきさ、舵の知り合いだって言う人がおごってくれたんだよ、このチュトリス!」

「知り合い・・・?」

「そ。ちょっと前にお世話になったお詫びだって言ってたぜ?」

「え・・世話になった?お詫び・・・!?」

ハッと顔色を変えた舵が、伊原の腕を掴んで問いただす

「名前は!?どっちに行った!?」

「え!?な、何だよ急に・・・それがさ、言わなくても分かるからって、あっちの方へ・・・」

伊原が示した方向へ、舵が慌てて視線を向けたが、もう、そこにそれらしき人物は見当たらない

「なに・・・?どしたの?舵?」

舵の少し蒼ざめた横顔に、伊原が怪訝な表情で問いかける
その会話を斜め後で聞いていた七星もまた、眉間にシワを刻んで舵に問いかけていた

「舵、まさか・・・そいつって・・・」

益々怪訝な表情になった伊原の背後から、白石が「さっきの人なら、俺、写真撮ったぜ?」と、手にしていたデジカメを操作しながら3人の前に差し出した

いつもは望遠レンズ機能のついたカメラを持ち歩く白石だが、今日は機動性を考えてコンパクトなデジカメだ
おかげで、いつでも撮った写真を確認できる

差し出されたカメラの画面には、ついさっき撮ったばかりの、伊原がチュトリスを受け取っている画像が表示されていた

その写真を見た舵の眉間に、たちまち深いシワが刻まれる
そこに、にこやかな笑みを浮べて写っていた人物・・・


野上 真一・・・!


「っ!舵・・・!」

思わず叫んだ七星と舵が、顔を見合わせる


これは・・・どういうことだ?
どうして、真一さんがここに!?


互いに無言なまま、そんな言葉を視線で交し合う

「なに?なんなんだよ?二人とも!?」

二人の困惑と疑念の入り混じった表情に、伊原が「俺、悪いことした・・・?」とばかりに、意気消沈気味に顔を曇らせる

「あ・・・すまん、伊原。ずい分と昔の知り合いだったから・・・ちょっと驚いただけだ。それより、次のとこ行かないと時間ロスするぞ!」

伊原の様子にハッとした舵がそう言って、受け取ったチュトリスに噛り付く

途端にパッと明るい表情になった伊原が、自分もチュトリスに噛り付きながら次に向かうアトラクションの方を嬉々として指差した

「よっしゃ!じゃ、次!ジュラシック・パークな!行っくぜ〜!」

駆け出した伊原に、白石、舵、七星も歩き出す

七星と並んで歩く舵が、白石が前を行く伊原に「待てよー!」と呼びかけているのを確認しながらソッと、その髪をポンポン・・・と撫で付けた

「・・・!?」

「・・・大丈夫。もう二度と浅倉に手出しなんてさせないから。それに、こんな事で動揺したら、真一君を喜ばすだけだ」

ウィンクつきで軽く言い放った舵に、七星も「・・・ん」と頷き返す
ようやくチュトリスに噛り付いた七星に、舵の表情にも笑みが浮かぶ

「よし!」とばかりに白石に近寄った舵が、デジカメを受け取ってその扱い方を聞きながら・・・真一が写った画像を操作を間違えた振りをして消去する

「うわ、舵、サイテー!」と、笑いながら・・・白石もその二人の様子に、それ以上突っ込んで聞くような野暮なマネもしなかった

その背後で、携帯を取り出した七星が、麗に約束させられた「何かあったら逐一報告!」を遂行すべく、密かにメールを送信していたのだ




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