求める君の星の名は
ACT 34
<修学旅行初日・大阪・USJテーマパーク内>
「ふふ・・・ね?どう?見えた?」
アトラクションのすぐ側にあった喫煙エリアに座り、タバコを吸っていたサングラスの男に歩み寄った真一が、にこやかに問いかけた
「・・・・・・あのガキ、何者だ?」
聞こえた、低い・・・張りのあるバリトン
服の上からでも見て取れる引き締まった肢体、サングラスにまばらに垂れ落ちる、軽く後に向かって撫で付けられた陽射しに透ける栗色の髪は、聞こえた声音よりも若々しい印象を与える
恐らくは、年齢的には真一よりもかなり上・・・なのだろうが、見た目だけでは年齢不詳だ
真一の方を見向きもせず、男の視線は遠く彼方に居る七星に注がれていた
その声だけで身をフルリ・・と歓喜で震わせた真一が、ああ、そういえば・・・!と、思い出したように告げる
「そっか、言ってなかったけ?浅倉 七星・・・あの超有名なメジャー級マジシャン・北斗の息子だよ」
「・・・・・・北斗の息子?」
呟いた男の瞳に、一瞬、怜悧な輝きが宿る
・・・・そいつが何故、あんな場所に居た?
心の中で呟いた男の脳裏に、去年の夏の出来事が甦っていた
たまたま滞在していたホテル先で見かけた・・・「AROS」の事業発足パーティー
それは七星が提案した事業で、そのパーティーに七星は美月と供に出席していた
そのホテルのロビーで、男は偶然、七星と出会い、話をしている
一度見た顔を、この男は忘れない
ましてや、あの時は、折りしも皆既月食の時刻・・・
人の罪悪を代わって受けている・・・・と言われる闇に抗う赤銅色の”病んだ月”
その月を見上げていた男を、七星があからさまにそれと分かるほどの視線で見つめていた
『・・・・・俺に何か用か?』
そう聞いた男に対し、七星はその不躾な態度を素直に詫びて頭を下げた
『すみません・・あなたをどこかで見た事があるような気がして・・・・』
その言葉に、
その、自分の奥底にある、何かを見透かすような澄んだ瞳に
男は『ああ・・・、月食のせいだ』と返した記憶がある
昔、
・・・・・月食は人の犯した罪悪を代わって受けてくれる
だから、私は一番重い罪を犯しに来ました・・・・・・
そう言った、女の言葉を思い出しながら
「・・・・フッ」
男の口元が僅かに上がり、その薄い唇が笑みを形どる
まさか
あの時の相手が、この浅倉 七星だったとは・・・!
濡れた前髪を後に撫で付けた七星の顔を見た瞬間、その、ガラリと変わった大人びた雰囲気に・・・男の忘れかけていた記憶が呼び起こされたのだ
その上
あの、マジシャン北斗の息子
おまけに、「AROS」絡みであの場所に居た事実
これは・・・
どうやら・・・
「・・・ね?楽しめそう?」
笑みを浮べた男の顔に、真一が期待と不安の入り混じった表情で聞く
「・・・ああ、とんでもなく面白いゲームになりそうだ・・・」
壮絶な薄笑いを浮かべ、男がユラリ・・・と立ち上がった
180は優に超える長身
服の上からでもそれと知れる長い足
額に掛かった栗色の髪を、男の手が無造作に掻き上げる
一瞬、サングラス越しに垣間見えた髪の色と同じ栗色の瞳には、獲物を見つけた獰猛な獣そのものの輝きが宿っていた
大きく胸元を開けた光沢のある黒いドレスシャツに、上質なヴェルサーチのスーツと黒いトレンチコート
大きなストライドで歩き出した男が投げ捨てたタバコの吸殻が、過たず灰皿へと吸い込まれていく
「あ・・・、待ってよ!キョウさん・・・!」
嬉々とした笑みを浮べた真一が、男の背を追いかける
その男を、”キョウ”と呼んで
<同日・京都・Rホテル内>
『コンコン・・・』
格式高い、Rホテルの一室
ドアをノックする音に、室内に居た高城がパソコン画面から顔を上げる事もなく、返事を返す
「はい、どうぞ」
その返事と同時に制服姿のボーイがドアを開け、「失礼します」と慇懃に一礼を返し、ルームサービス用のワゴン車と供に白いコック服姿の男を引き入れた
「・・・それでは、また何かございましたらお申し付けくださいませ」
再びドアの所で慇懃に一礼を返し、ボーイが部屋を後にする
残された・・・ワゴン車と、コック服姿の男
被っている高いコック帽から僅かに覗く髪色が、派手な金色に輝いている
ボーイの閉めるドアの音を確認してから、高城がようやく振り返った
「やあ、ご苦労様、大吾君。さすがに早いね、ホントに君は昔とちっとも変わってないなぁ」
その言葉、そっくりそのままお返ししたるわ!・・・と思ってしまうほどの、変わらぬ美青年そのままの高城の容貌、そのやり口に、大吾が派手なため息を落とす
「・・・・・今回はどういう姑息な手を使ったんや?え?高城さん?」
ふいにコック帽を脱ぎ去った大吾が腕組みをし、警戒の色を隠さぬ瞳で高城を見据えた
「嫌だな、そんな目で見ないでくれる?別に姑息な手段なんて使ってないよ。偶然このホテルのフロントマネージャーが、親しい友人の友人でね。
国際会議開催で大忙しのレストランに人手が足りないって言うから、君の経歴を教えて上げただけじゃないか」
そう・・・高城に朝の7時にこのRホテルに呼び出された大吾が来てみると、高城の親しい友人だという秋月真哉と、レストランの料理長が、待っていた
なんや、あんたら・・・?と、大吾が口を挟む間もなく、その料理長が大吾をジロリ・・・と一瞥したかと思うと「・・・じゃ、さっそくやってもらおうか」と、わけの分からない大吾を有無を言わさず厨房に引っ張って行き・・・
今、目の前にあるワゴン車に載せられた・・・このホテル特性のルームサービス用モーニングセットを作るよう、言い渡したのだ
大吾に手渡されたのは、そのメニューの内容とイメージ写真が載せられた客用のメニュー表のみ
勝手の分からない厨房・・・ではあったが、その、挑戦的な料理長の眼差しと物言い、久しぶりに見る、活気溢れた厨房の雰囲気・・・
負けず嫌いな大吾の料理人魂が、黙ってこのまま引き下がる事を良しとしなかった
そんなわけで
またしても、高城に良い様に利用されてる・・・!と、思いつつも、そのメニュー表通りの料理を、味、見た目・・・どれをとっても文句のつけようのない出来であっという間に作り上げてしまった
その大吾の手際の良さと、腕の確かさを見て取った料理長は、すかさず、大吾にルームサービス担当を言い渡し、客の要望に応じて、そのサーブに付く事も任してしまったのだ
「・・・・・それで?俺は何をすればいいんや?」
すっかりあきらめの境地・・・に至った顔つきで、大吾が問う
その問いに、高城がニヤリ・・・と意味ありげな笑みを浮べた
「・・・・・いいなぁ、その切り替えの速さ。やっぱり、気になってるんだ?君がゲームって言ってたこと」
「まぁな。わけの分からんまま、あんたに巻き込まれただけや・・・そう思ってたんやけどな。真一が、”ゲームはまだ終わっていない”言いよった。
あの事件の時、誰かが俺にこれはゲームや・・・言うたんをはっきり覚えてる。一度聞いたら忘れられん、聞いただけでゾッと背筋が凍りつくような冷たい声音でな」
「・・・そいつの顔、見なかったのか?」
「んな余裕あるかい!あん時、俺、ボコられて半分意識なかったし。って、なんや?そいつがなんか・・・?」
「・・・おそらくそいつが、あの爆破で死体が見つからなかった二人のうちの一人。素性も何も記されていなかった・・・謎の男だ」
「なるほどな。あんたもそいつを追ってるわけや。あんたの相棒の行方を知る唯一の手がかり・・・ってとこか?」
ニヤリ・・・と、意味深に笑み返した大吾に、無視・・・という答えを返した高城が、「・・・確か、サーブも仕事だったよね?」と、パソコンを置いていたデスクから立ち上がり、ワゴン車の横のサイドテーブルへと移動する
肩をすくめた大吾が、テーブルの上にモーニングセットをセッティングするのを見つめながら、高城が言った
「明日からこのホテルで国際会議が行われるのは知ってるね?」
「ああ。なんや、クスリ関連の会議なんやろ?」
「それに絡んで、このホテルのスィートルームに新薬開発事業で業績を伸ばしているアゾット製薬の招待客が泊まってる。その客からルームサービスの依頼があった時に、中の様子を探ってきて欲しいんだ」
「探る?おい・・・無茶言うんやない、ただ運んでセッティングするだけやのに何が出来る言うんや?」
さっさとセッティングを終え、トースターにパンを放り込んだ大吾がカップにコーヒーを注いで高城に差し出した
「別に何もしなくていいよ。そうやって普通に仕事してればいいんだ」
そのカップを受け取りながら、高城がにこやかな笑みを浮べて言葉を続ける
「君は・・・ただ聞いていればいい」
「は・・・?聞く?何を?」
「中にいる人間の、声」
「声・・・?」
怪訝そうに眉根を寄せた大吾を上目遣いに見上げながら、高城がコーヒーの香りを堪能するように、深く、吐息を吐いた
「そう・・・あの「エフ」事件で君は唯一、密輸事件に関与した幹部達の声を聞いてる。その声の持ち主がいるかどうか・・・ね」
大吾の瞳が大きく見開らかれると同時に、トースターがポンッと、いい色合いに焼けたトーストを吐き出した