求める君の星の名は
ACT 35
<修学旅行初日・京都・宿泊旅館内>
USJから大型バスに乗り込んで、一路京都に向かって出発した修学旅行の集団が目的の宿に着いたのは、夜になってからだった
京都観光に便利な駅近くの立地に立つ、比較的新しい旅館
華山グループの子会社で、ホテル業界では手堅い中堅どころ・・・といった感じの清潔感溢れた好感の持てる旅館だ
「だぁ〜〜疲れたーーーっ!」
振り分けられた部屋番号の中へ入った途端、伊原が持っていたボストンバッグを放り投げ、部屋の中央に置かれたテーブル横に配された座布団に向かってダイブした
「なっさけねーな、伊原!大浴場行かないのかよ?ここ、温泉だぜ?しかも露天風呂も付いてるってパンフに書いてあったのに!」
伊原が放り投げたボストンバッグを律儀に拾い上げた白石が、部屋の端にあった貴重品入れ付きのクローゼットの前に、自分の物と並べて置いた
その白石の背後から、バッグを肩に担ぎ上げた七星が入ってきて、同じくバッグをその横に置くと、中から旅行のしおりとペンを取り出し、腕時計に視線を落とした
「二人とも、すぐに晩飯が運ばれてくるって言ってただろ?風呂は飯の後にしろよ。じゃ、おれ、下の大広間で班長会だから行ってくる」
「あ、そうだっけ。わかった、班長会よろしくな!」
「ごくろーさーん」
それじゃ、茶でも入れよ・・・!と、テーブルの上に置かれた茶菓子と急須のセットを覗き込んだ白石と、座布団に突っ伏したままヒラヒラと片手を上げた伊原に、七星も「じゃーな」と片手を上げて部屋を出て行った
3〜5人の割合で部屋割りがなされ、夕食は各個室、朝食は下の大広間で取ることになっている
もちろん七星達は3人部屋で、畳敷きの和風な造りの室内は、トイレとユニットバスも備え付けられたどこにでもある一般的な部屋だった
3階建てのこじんまりとした旅館は、桜ヶ丘学園の修学旅行生達の貸切になっていて、他の客に気を使う必要もない
その分、羽目を外す生徒も毎年何人か居て・・・夜中にこっそり街中に繰り出す者、こっそり持ち込んだ酒で酔っ払う者・・・などが出てくるのが常だ
夜になってからホテル入りした理由の一つに、それを出来うる限りなくすため・・・という配慮もあった
おまけにUSJでめいいっぱい遊びまくった直後だ・・・
今夜に限っては、その心配は最小限で済みそうだった
だが油断は禁物
例年通り、教師が交代でロビーに見張りに立ち、各部屋の見回りが行われることが班長会で告げられ、その落胆振りや表情、態度から・・・羽目をはずしそうな班に、数学教師の金子と世界史教師の山下がチェックを入れ、班長会解散後、他の教師に特に留意するように呼びかけていた
「・・・よく、分かりますね」
感心しきり・・・といった面持ちで言った舵に、金子がいつもの人当たりの良い笑みを浮べて言った
「何せ1年の頃から付き合いのある学年ですからね。どの辺がリーダー格で何を企みそうか・・・ぐらい、おおよそは見当が付きますから」
でも最近は大人しすぎて面白みがないんですけどね・・・と、声を潜めて如何にも残念そうに言う辺り、金子はやはり、どこか食えない性格のようだ
その金子の背後から見張り&見回り役スケジュール表と旅館のパンフレットを持った山下が顔を出した
金子が背の高いしなやかな体格で、バレーやバスケといった類のスポーツマンタイプなら、この山下は同じく背は高いが、ガッチリとした格闘技系のスポーツマンタイプ・・・といったところだろうか
「夕食の後、舵先生がすぐに見張り役で見回り役ですね。お風呂、どうします?ここ、露天風呂なら24時間入浴可能で貸切予約もできるみたいですよ?」
どうやら風呂好きらしい山下が、ニコニコとスケジュール表とパンフレットを舵に差し出してくる
「あ・・・どうもありがとうございます」
ありがたくそれを受け取った舵の表情が、一瞬、曇る
・・・・・そういえば・・・浅倉は、他の奴らと一緒に風呂にはいるのかな?
そう思うと、なんだか居ても立っても居られない焦燥感が舵の中で渦巻いてくる
本人は全く自覚していないのだろうが、七星は男にしておくのがもったいないほど、肌理の細かい極上の肌をしている
そこに、湯でほんのり上気した顔や漂う雰囲気が加わると・・・!
とんでもなく、艶っぽい色気を感じさせるのだ
その艶っぽさだけは、他の誰にも見せたくない・・・!
それは舵が常々思っていたことだ
だが、修学旅行となれば、大浴場で他の者達と一緒に入る可能性がある
それを舵に止める術はない
何しろこれは、単なる舵の独占欲で、大人気ない嫉妬心だ
・・・・・ああ、くそ!明後日には大事が控えてるってのに!
真一君の事だって気になってるってのに!なに考えてんだ!俺!
七星に関してだけは、自分の自制心が限りなく弱くなる・・・ということを自覚している舵だけに、満ちてくる焦燥感を落ち着かせるように、大きく深呼吸して盛大なため息をつく
「どうしたんです?溜め息なんてついちゃって・・・?」と、怪訝そうに聞いてきた山下に、「修学旅行の引率って大変なんだなぁ・・・と思って」と、笑って誤魔化し、夕食を取るべく、金子と山下と供に大広間を後にした
「えー?浅倉、大浴場行かないのか!?」
「露天風呂もサウナも付いてるのに!」
にぎやかに夕食を終えた伊原と白石が、風呂行こうぜ!と誘ったのに対し、俺、ユニットバス使うから・・・と、七星にサラリと返されて、不満顔で言い募っているところだ
「悪いな、俺、ああいう雰囲気苦手なんだよ。ふたりで行って来いよ」
普段、立っているだけでその手の視線を浴びる事が多い七星だけに、男同士・・・とはいえ、人前で肌を曝すのには抵抗がある
ましてや
ほんの少し前、大吾とのキスシーンを目撃され、男が恋人!という噂を立てられたばかりなのだ
周囲の目が、どんな好奇心に満ちた目で自分を見るか・・・想像するのすら嫌になってくる
そんな七星の表情を読み取ったのだろう・・・伊原も白石もそれ以上しつこく誘うこともなく、あっさりと引くと、二人で意気揚々と大浴場へと向かって行った
それと入れ替わりに入ってきた仲居がテキパキとテーブルを隅に寄せ、3人分の布団を敷き始めた
その間に七星がサクサクとユニットバスを使って出て来ると、旅館の用意したものなのだろう・・・浴衣が布団の上に置いてある
持って来たジャージを前にして、七星が一瞬、逡巡する
結果
滅多に着る事のない浴衣を手にした七星が、袖を通し、帯をギュ・・・ッと締め上げる
浴衣など、今まで着た記憶のない七星だけに・・・これで良いのかな?と、今ひとつ心もとない着付け方にやっぱ、止めよう・・・と帯びに手を掛けた途端、大浴場から帰って来た伊原と白石がにぎやかに部屋の中へ入ってきた
「たっだいま〜♪・・・って!?うわ!浅倉!浴衣!?似合ってるじゃん!」
「うわっ!マジでいいじゃんそれ!俺達も浴衣着ようぜ!伊原!」
風呂上りにジャージ姿だった伊原と白石が、早速!とばかりに置いてあった浴衣を広げ、着替え始める
そこへ
「そろそろ消燈時間だぞー、3人とも居るかー?」
ガチャリ・・・とドアを開け、舵が一部屋ずつの見回りに入って来た
「あ・・・っ!舵!ちょうど良いや!これ、こんな着方で良いの?」
中途半端に前を合わせただけの格好で、伊原が振り返る
白石も長い帯を前にして、うーん?と、思案顔になっている
その横に居る七星も、一応浴衣らしく着てはいるが・・・
「・・・・お前たち、浴衣の着方も知らないのか・・・!?」
その3人の様子に、舵が盛大なため息を落として言い募る
「だってさー」
「だよなー」
「・・・イマイチ良く分からん」
3者3様に返された舵が、「ああ、もう!見てられん!」と言い放つと同時に伊原の浴衣の合わせ目を左前にしてきっちりと合わせ、帯の先を二つ折りにして腰に巻き、余った部分は適当な長さに折り込んでキッチリと締め上げ、背後で巻き止めた俗に男帯と言われる型であっという間に着せ付けてしまった
「うわ、さすが舵!やるじゃん!」と、クローゼットの扉についていた鏡に向かってポーズを取り始めた伊原に続いて白石を着せ付け、七星の帯に手を掛けた
「・・・さすが、手慣れてる?」
「・・・まぁ、これぐらいは・・・っていうか・・・・着付けるより脱がせる方が得意なんだけど?」
帯を解き、前合わせをキッチリと直しながら、舵が他の二人に聞こえないよう、七星の耳元に囁き掛ける
「っ!?な・・・っ!」
一気に耳朶を染め、身を引こうとした七星を舵が帯を巻く振りをしてその腰に手を廻し、「ほら、ジッとしてる!」と一喝して、七星の抵抗を封じてしまう
どう考えても風呂上りだろう・・・七星の身体から香り立つシャンプーとボディーソープの香りに、本気でそのまま押し倒してしまいたくなった自分を、舵がかろうじて押さえ込む
七星の背後に回り、ギュッと帯を結んだ舵が「よし!」とばかりに七星の身体を反転させ、キチンと着付けられた様を舐めるように見つめて破顔した
「・・・・うん。浅倉、良く似合ってる」
素直な舵の賛辞に、更に七星の耳朶が朱に染まる
「っつーわけで!はい、よろしく!」
ポンッとばかりに白石がデジカメを舵に手渡したかと思うと、伊原と供に七星を真ん中に肩を組み、カメラに向かってポーズを取った
「・・・・白石、お前な」
「いいじゃん!浅倉とそろいの浴衣なんて、修学旅行でしかないんだから!」
「そーそー!ほら、撮って撮って!」
ここでも写真撮り要員か・・・!と、舵が文句を言いつつも律儀に写真を撮って、白石にデジカメを手渡した途端
「じゃ、次、舵とな!」
と言い放った伊原が舵の肩に手を廻し、デジカメに向かってピースする
「・・・ったく、お前ら、ほんとに好きだよなぁ・・・」
舵があきれたように言いつつも、伊原の肩に手を廻し、揃いのポーズで写真に納まり、続いて白石とも同じように写真に納まる
「じゃあ、次は浅倉とだな!」
なにやら調子付いた感のある舵が、何の違和感もなく七星の肩に腕を廻す
「っ、ちょ・・俺は、いい・・・っ」
焦ったようにその腕を振り解こうとした七星を、舵が「浅倉、記念だって♪」と言いながら背後から羽交い絞めにするようにして、写真に納まってしまう
「じゃ、明日の朝は7時に下の大広間で朝食だから、寝坊するなよ!」
言い放った舵がポンッと七星の頭を撫で付けて部屋を出て行った
「お、なかなか良い感じに撮れてるじゃん!」
「どれどれ?お、ほんと!いいじゃん!」
白石と伊原が早速撮った写真を表示させて頷きあい、七星の前に差し出した
「な?良い感じだろ?浅倉!」
七星に差し出された画面には、自分ではあまり自覚していなかったが・・・伊原と白石の騒ぎにつられて笑みを浮べた自分の顔が、はっきりと写し取られている
舵とのツーショットに至っては、視線こそ合わせては居ないが、舵の強引さに半ばあきれつつ浮べた、一瞬の、照れ隠しのような微笑み・・・
そこに居たのは、自分でも良い顔だな・・・と思える表情で笑う、自分
「・・・・・俺、こんな顔して笑ってるのか・・・?」
思わず洩らしてしまった・・・本音
今までこんな風に写真を撮る事もなかったから、自然な笑みの浮かんだ自分の顔など、七星は知らない
「あ、そっか!浅倉って写真撮った事なかったもんな!お前、笑うとすげぇ良い顔になるんだぜ?な、白石!」
「そ!浅倉が笑ってるの見ると、こっちまで嬉しくなるんだよ」
「・・・・・嬉しい?なんで?」
激しく眉根を寄せた七星の表情に、白石と伊原が大きくため息を吐きだした
「・・・・舵の苦労が目に見えるよーだぜ」
「・・・・同感」
小声で囁きあった二人が、何事か視線で頷き合う
「あのさ、浅倉、ここの露天風呂って予約貸切できるんだって。だからさ、明日予約して行ってこいよ。屋上にある露天風呂だから、星がばっちり見えてなかなか良かったぜ?」
「え・・・星?」
星が見える・・・と言う言葉に、七星の目が輝く
「そ!露天風呂を独り占めっていうのも、なかなか味わえないぜ?」
「そうだな・・・」と呟いた七星に、伊原が「っしゃ!じゃ、早速!」とばかりに直接予約を取りに部屋を飛び出していった
「ちょ、いは・・・」
止める間もなく消えた伊原に呆れ顔になりつつも、七星が白石の方を振り返る
「・・・あの、さ、白石、この写真・・・俺にも・・くれないか?」
「えっ!?」
驚いた顔つきで、白石が七星を見つめる
七星の方から写真が欲しい・・・だなんて!
長い付き合いの白石でさえ、初めて聞いた言葉だ
「も、もちろん!イヤだって言っても押し付けるから、そのつもりで!」
満面の笑みを浮べて答えた白石の笑顔の横で、七星が箱の中で笑う自分の笑みを、照れくさそうに見つめていた