求める君の星の名は
ACT 36
<修学旅行初日・片桐インターナショナルスクール内>
「・・・・・野上真一が旅行先に!?」
授業の合間の休憩時間、七星からのメールを開いた麗が、眉間に深いシワを刻んで携帯を閉じ、胸ポケットに落としこむ
七星の真一に対する態度からして、真一が何か七星に対して攻撃的なことを仕掛けたのだろう・・という事は容易に察知できる
真一が七星に攻撃する理由・・・それは舵絡みの恋情以外考えられない
だが、最初真一は舵の親友として七星に認識されていたはず
しかもそれは舵がそう言ったからだ
あの舵が、そんな恋情を抱く人間を七星に親友として紹介などするだろうか?
答えは、否、だ
舵は麗が唯一認めた、七星の恋人だ
生半可な気持ちで七星に接するような人物だったら、端から相手になどしていない
舵に対する恋情が原因でないとすると、一体何の目的で!?
その理由が見当たらない
「・・・・くそっ!」
珍しく声を荒げた麗が、机の上に出しっぱなしだった教科書を荒々しく掻き集め、ダンッとそれを仕舞い込もうと鞄を机の上に叩きつけた
途端
「浅倉!浅倉麗!居るか!?」
と、サッカー部の顧問であり、流の担任でもある体育教師が麗の教室の戸口に立って、麗を呼んだ
「っ?はい、なんですか?」
ガタンと立ち上がった麗が、その教師の方へ歩み寄った
その、いつにも増して冴え冴えした美貌と視線に、教師の方がたじろいで及び腰になる
「・・っ、いや、今日は・・・浅倉流はどうしたんだ?風邪か何かか?」
「え・・・?」
「サッカー部の朝練から来てないんだ。家に連絡しても誰もでないしな。それで・・・」
驚愕の表情になった麗が、言いかけた教師に詰め寄った
「どういうことですか!?それ!?」
「は!?どういう・・って、それをこっちが聞いてるんだ!」
「流はちゃんといつもの時間に朝練に行きました!」
「え・・・?なんだ・・それ?サボリってことか?あのサッカー馬鹿が?」
「まさか!そんな事絶対に・・・!」
今朝は七星を見送るため、麗はテニス部の朝練を休んでいる
だから今朝は、流ひとりで朝練の時間に出て行ったのだ
ハッと目を見開いた麗の脳裏に、可能性としてはあったがまさかそこまで・・・と、思っていた最悪の事態がよぎる
「っ!やられた・・・!!」
叫んだ麗が、戸口を塞いでいた教師の身体を押しのけて駆け出した
「おいっ!?浅倉?!」
「流は体調不良で休みです!俺も早引きします!」
振り返りもせずに麗が言い放ち、あっという間に廊下の角へと姿を消した
<同日・京都・某所>
「これは・・・・どういう・・ことだ?神谷?」
ともすれば震えそうになる声を押さえ込み、片桐和也が背後に立つ神谷に聞いた
「・・・・ご覧になったとおりです。浅倉流、マジシャン北斗の息子です」
「そんな事を聞いてるんじゃない!何故ここに流が居る!?」
耐え切れずに声を荒げた和也が、振り返って神谷の胸倉を掴み上げた
今は使われていないどこかのビルの地下駐車場なのだろう・・・薄暗いガランとしたその場所に和也の怒声が響き渡った
その和也のちょうど腰の位置
そこに
黒塗りのベンツの開かれたトランクがあった
その中に
クスリで眠らされ、両手両足を縛り上げられ、口元にガムテープを張られた流が押し込められていた
朝練のために早朝、一人で出かけたそのままの、制服姿で
囚われる時に抵抗したのだろう・・・その顔には殴られてうっ血した痕と、口から流れたらしき血のりが伝っている
「・・・・我々にとって最重要顧客の所望品であると同時に、今回の取り引きの”代価”の代替え品です」
「なっ!?取り引きの代価は”キョウ”、もしくは”エフ”のはずじゃなかったのか!?」
「お言葉ですが、あなたはまだ代価になりうる”エフ”を完成させていない。そして”キョウ”もまだ捕らえる事ができていない。どちらも用意できなかった場合、浅倉流を・・・という事でしたので」
「そんな話・・・俺は聞いてないっ!」
「話していたとして・・・あなたはそれを承諾しましたか?」
「っ!?」
「彼はあなたの裏の顔を知っている・・・我々にとっても都合がいい・・・」
「神谷、お前・・・っ」
「これは、あのお方のご命令でもあります」
神谷が、胸倉を掴み上げていた和也の腕を引き剥がす
動作はゆっくりだったが、その神谷の手に込められた力は、和也の細い腕の骨を軋ませた
「っ、神谷・・・っ!」
ギリギリと食い込む神谷の手の力に、和也が悲鳴に近い声を上げる
「まさか、お忘れではないでしょうね?今のあなたは片桐家そのもの。あなたの言動一つで片桐は裏切り者になる。新井組はおろか、あのお方まで敵に廻すおつもりですか?」
「・・・っく、」
神谷のその言葉に、和也が悔しげに唇を噛み締めた
「・・・・言ってくれるな、神谷」
唇を噛み締め、俯き加減に項垂れていたはずの和也から、不意に、およそ同一人物とは思えないほどの冴え冴えとした声音が放たれる
次の瞬間
和也の腕を取っていた神谷の手が勢いよく振り解かれ、自由を取り戻した和也の手が、「バシンッ!」という鋭い音と供に神谷の頬を容赦なく平手打ちにした
打たれた勢いに神谷の顔が僅かに上向き、その痛みに耐える
だが
その口元には、歪んだ笑みが浮かんでいた
「・・・・それでこそ、和也様。ご無礼をお許し下さい」
ニヤリ・・・と笑った神谷が、和也に向かって礼を返す
その神谷を見据える和也の瞳は、先ほどとは打って変わって凍てつくような冷たさを滲ませていた
「ああ、そうだ。今の俺は片桐そのものだ。お前ら新井組を捻り潰す事くらい、俺の一存でどうにでもできる。お前の方こそ、それを忘れるな・・・!」
「・・・肝に命じております」
慇懃に言葉を返した神谷に、和也が感情のこもらない声音で聞く
「一つだけ聞かせろ。何故奴らは浅倉流を欲しがる?」
「確めたい事がある・・・とか言っていました」
「確めたいこと?」
「はい。本物の”紅い星”なのかどうか」
「”紅い星”?なんだ?それは?」
「残念ながら、そこまでは・・・」
「・・・・ふぅ・・ん。詳しく調べろ。取り引きの代償に指定するくらいだ、奴らと深い繋がりがあるのなら・・・みすみすくれてやるなど能無しのすることだぞ、神谷」
「・・・・っですが、」
「くどいっ!そんな事も調べずに奴らの言いなりか!?ふざけるな!!」
「分かり・・ました。では、ギリギリまでこれはこちらで保管するという事で・・・」
「いや、俺が預かる。俺の部屋に運んでおけ」
「・・・っ、和也様」
「勘違いするなよ、神谷。奴らとの繋がり・・・本人から聞きだすのが一番手っ取り早い。お前たちが尋問するより、俺のほうが聞きだせる可能性がはるかに高いと思うんだが・・・違うか?」
「・・・・承知しました」
和也のもっともな言い分に、渋々ながらも返事を返した神谷の手が、無造作にトランクの蓋をバタンッと閉じた
「では、お部屋にお届けしておきますので」
そう言った神谷が車に乗り込み、滑るように地下駐車場を後にする
その発車直前、和也がソッとトランクの上に手を置き、車が走りだすと同時にその指先をギュッと握りこんでいた
すぐにもう一台の黒塗りの車が横付けされ、その後のシートに乗り込んだ和也が身を沈める
「・・・・誰が、あいつらなんかに渡すもんか・・・!」
低く、冴え冴えとした呟きが、和也の冷え切った瞳の奥に青白い炎を揺らめかせていた