求める君の星の名は
ACT 38
<修学旅行初日・京都・Rホテル内>
「・・・・麗ってさ、一体何者?」
「ん?キレイなお兄さん」
「・・・・・・・つまり、またその秋月って言う人をタラシ込んだってこと?」
「・・・・言葉の意味分かって使ってる?昴くん?」
ニッコリと微笑んで言った麗の表情の中で、その青い瞳だけが笑っていない
昴が『嘘です!ゴメンナサイ!お兄様!!』と、慌てて首を振り、全面降伏するように両手を掲げ上げた
そんな昴の言動になった原因・・・
それは
流が何者かに拉致られた・・・!と分かった瞬間
麗は学校を飛び出して中学の授業中だった昴を連れ出し、京都へと向かう新幹線に飛び乗っていた
新幹線の中で昴に事情を説明し、京都へ着くまでの間、麗はずっとメールのやり取りを続けていた
メールの相手は、秋月真哉
ハサン王子やファハド国王、「AROS」との繋がりは伏せ、「エフ」を手に入れた時の事情から、兄弟が一人拉致られた事を伝え、その奪還のために協力して欲しい・・・と伝えたのだ
すぐに真哉から返信があり、詳しい事情を聞きたいが国際会議でホテルから出られそうにないので、ホテルまで来てくれないか?と綴られていた
ホテル周辺はテロ防止対策等のため、警察によって厳重な警備が敷かれており、およそ一般人は近づけない
だが、政界の大物議員・飯沼代議士の名前とその秘書からの警察への連絡・・・があれば、相手がどんな輩だろうと中へ入り込むことが出来る
それが権力と権威という名の、実体のない化け物だ
そんな経緯を経て、今、麗と昴はRホテル・エグゼクティブ・ツインの部屋の中に居る
通常、宿泊客のいる部屋のスペアキーを宿泊客以外に手渡すなどありえない
だが、そのフロントマネージャーと友人である真哉からの特別な頼みごと・・となれば、例外だ
警察に職務質問されても動じることなく、にこやかに受け答えして堂々とホテルの中へ入り込み、フロントで当然のように会議出席中の真哉の部屋のキーを受け取った麗の様子を見ていれば・・・
先ほどの昴の言動も頷ける・・・というもの
その上、持参してきたノートパソコンをホテルのラン設定に合わせてネットに繋ぐやいなや、次々に画面を開いてはなにやら忙しくキーボードを叩いているのだから
「・・・・・れーいー、腹減ったー」
することも無く、ソファーの上で寝転んでテレビを見ていた昴が、突っ伏したまま耐えかねたように情けない声を上げた
その、ヨーロピアンスタイルで洗練された豪奢な造りの室内で、緊張感の欠片もない昴のお腹の虫が昴の声と輪唱するように響き渡る
学校を飛び出したのが昼少し前
そこから新幹線に乗り込んで、慌しく駅弁で昼食を済ませただけの昴である
ましてや、時刻はもう、かなり夜も遅い時間帯・・・
胃の中はとうの昔に空っぽで、先ほどからお腹の虫が大合唱状態だった
「・・・ああ、ごめん、ご飯の事忘れてた・・・困ったな。今ちょっと手が離せないし、ルームサービスも時間かかるだろうし・・・」
「いーよ、俺一人で下のバイキング形式の店に行ってくるから。麗、ああいうの嫌いだろ?」
一階のコーヒーハウスではランチとディナーのバイキングが楽しめるようになっていて、宿泊客以外でも気軽に利用できる
Rホテルならではの高品質な味とサービスが気軽に味わえるとあって、京都にあるホテルの中でもダントツの人気だ
この国際会議開催中は宿泊客のみの利用になるが、その国際色溢れる会議参加者のにあわせ、世界各国の料理が並びいつも以上の豪華バージョンになっていた
もっとも、質の高い料理しか受け付けない麗からすればバイキングなど言語道断
ましてや自ら動いて料理を取りに行かねばならないなど、そのシステム自体が理解できない
「悪いね、そうしてくれると助かる。あ、支払いはここのカードキー見せれば自動的に後払いだから」
「へ〜〜便利〜!っていうか、いいの?勝手に?」
「そんな事気にするような輩を、俺が相手にするとでも?」
「・・・・・・ごもっとも」
生まれてこのかた、恐らくは一度として自腹を切ったことなどないのだろう・・・麗の冴え冴えとした美貌に、昴が嘆息する
「んじゃ、カードキー持って行くね。で・・さ、流、本当に大丈夫・・・だよね?」
本当はずっと聞きたかったのだろう・・・その不安を昴がようやく口にした
麗が真哉にメールを打った時点で高城にそれは伝わり、警察も流が連れ去られたと思われる現場の聞き込み調査から、迅速に動き始めている
恐らく流を連れ去ったのは、「エフ」絡みの新井組・・・
だが、その理由が分からない
片桐和也の裏の顔を知られたから・・・なら、わざわざ連れ去ったりする必要はないはず
口封じのためなら、その場で殺してしまえばいいだけのこと
しかも、流が一人で朝練に行ったちょうどその時刻に連れ去られた・・・ということは、以前から流の行動を監視していた・・・と考えるのが妥当だ
真哉から一報のあった高城からの報告では、現場での目撃証言は皆無
ただ、見慣れない黒塗りの車が一台徘徊していた・・・ということだけ
あの流が何の抵抗もなく連れ去られる・・・のは考えにくい
目撃者が出ないほどの一瞬で、流の抵抗をなくし連れ去った・・・という事は、恐らくはクスリを使った手慣れた人間の犯行・・・と見て良い
それだけの事をして、わざわざ殺さず連れ去ったのだ
すぐに流が殺される可能性は、まず、ない
それが高城・真哉・麗が共通して出した判断だ
「大丈夫。殺す気なら、わざわざ連れ去ったりしない。流は無事だよ。それより、早く行っておいで。この時間だと、ひょっとするとバイキング終わってるかも・・・だけど」
麗の確信に満ちた答えに、昴がホッと肩の力を抜いて笑み返す
「うん、分かった。じゃ、急いで行ってくるね!」
とても合気道の有段者・・・には見えない、その小柄で華奢な背中がドアの向こうへと消える
その後姿を見送った麗が、不意にその表情を引き締めてパソコン画面へと視線を戻した
流を連れ去った人間・・・
恐らくそれは・・・神谷だろうと、麗は考えていた
その神谷に仕掛けた盗聴器から、神谷が”先生”の重要な顧客・・・イスハーク・サウードなる人物を迎えに行ったことは分かっている
その直後・・・に起こったと思われる流の連れ去り事件
もしも
この連れ去り事件に、あの、サウードの息子が関わっていたとしたら・・・!
麗が恐れていた、最悪な事態になりかねない
ハサン王子の誘拐事件の首謀者として殺された・・・ファハド国王の異母弟サウード
そして、その事件で殺されることなく生き延びていたらしい・・・息子・イスハーク
その人物達について、今、麗は必死で情報を掻き集めていたのだ
ファハド国王にはそれぞれに母親の違う異母兄・ナーヒドと異母弟・サウードが居た
長兄であったナーヒドが本来なら王位を継ぐはずだったのだが、生まれつき病弱で一国を背負う王になるだけの資質に問題があった
そして、異母弟・サウード
王位継承権で言えば一番下位ではあったが、その母親は宗教上最も信仰の厚い名門・太子(カリフ)の血筋を引いていた
ファハド国王の父、前国王・ムハンナド国王は稀に見る指導者としての才能に恵まれ、豊かな地下資源に群がる諸外国を手玉に取り、欧米化を目指す国作りを目指していた
だが、宗教や戒律、行き届かない教育の壁に阻まれ、その計画は次の世代へと受け継がれていく事を余儀なくされたのだ
そこで勃発した、欧米化反対派勢力と王位継承を巡る内乱
その首謀者が、サウードだった
恐らくはそれを見越していたのだろう、その半年前にファハド国王はムハンナド国王の意向により、英国の陸軍士官学校へ留学している
そのおかげで難を逃れたファハド国王は、内乱を制圧する為英国を通して国連に支援を要請
国連を通じて派遣された軍隊により、内乱は終息した
が、
長兄ナーヒドは、その内乱によって死亡
ムハンナド国王も重症を負い
首謀者であったサウードは、追っ手を振り切り行方をくらませた
その後
その内乱により、ムハンナド国王はサウードを王家から追放
サウードは国際指名手配犯となった
重症を負った国王に代わってファハドが若くして国王代理としてその任に付き、ムハンナド国王の逝去により、正式に王位を継承している
そして起こった、ハサン王子誘拐事件
王家から追放されたとはいえ、その宗教的意味合いの濃い、正統な血筋
欧米化政策に反対する、根強い勢力
国の内部にも、王宮内にも、サウードを密かに支持する勢力はくすぶっていたのだ
あの誘拐事件において、実質、北斗と流は誘拐事件を阻止し、ハサン王子の命を救っている
息子であるイスハークからすれば、北斗と流は父親が画策した王家復帰と王位継承の計画を潰した・・・憎むべき存在
かつてサウードが資金源として所有し、アゾット製薬に合併された製薬会社
その合併の直接の原因になった麻薬密輸摘発事件に関わった、舵
そのアゾット製薬と提携した片桐コーポレーション
重要な資金源だった「エフ」を模して作られたらしき「エフ」の試薬品
その製造に関わっているらしき、片桐和也
片桐と関わり合いが深い、新井組が”先生”と呼ぶ人物の重要な顧客、イスハーク!
点と点だったものが、だんだんと麗の中で一本の線になって繋がっていく
「・・・・・でも、何で北斗じゃなく流なんだ?しかも殺さずわざわざ連れ去って・・・え?それって、まさか・・・・」
麗の洩らした呟きが、メール受信のアラーム音によって掻き消される
表示された件名に、麗がハッと目を見張り、そのメールを開いた
それは
先ほど真哉が会議で使っていたパソコンに送った、麗のパソコンのメールアドレス宛に送られてきたもので、直接会場に来られない国とを繋ぎ、動画配信している会議中のライブ映像を録画した物だった
ちょうど株取り引きの裏情報で出回っていた・・・画期的な新薬開発に関する議題
どうやら、真哉からの先日のガサ入れ情報提供に対する礼、らしい
真哉は、飯沼議員や他の議員達とともにレストランの個室で会食中らしく、どうやら麗が居るこの部屋にはまだ帰ってこれないようだ
『その新薬には確かに画期的な効果はあるものの、副作用が強く、新薬として開発される事には問題があると思われます』・・・という意見交換が行われている
その意見にほぼ全員一致で賛同の意が示され、その新薬の開発及び資金提供をしないように・・・!という決裁が取り決められた
どうやらその新薬開発に携わっているらしき製薬会社の代表者らしき人物の方に、映像が切り替わる
プラチナブロンドに青い瞳・・・典型的なアングロサクソン・・・
が、
その席に表示されていた”ゲノムファーマシー代表・アルフレッド”という文字に、麗が眉根を寄せた
そこにあった名前・・・”ゲノム・ファーマシー”その名をどこかで見た記憶があった
「・・・っ!ファハド国王!国王が違う名義で出資してる薬理ゲノミクスの会社だ・・・!」
思わず画面に向かって叫んだ麗が、次の瞬間、その代表者の後に付いていた秘書官らしき人物に目を奪われる
ターバン風に布を巻き、髪をキッチリと覆い隠した・・・インド人の様相と雰囲気を漂わせた若い男
製薬部門においてインドは欠かすことの出来ない地域な上、優秀な人材も多い
その会場のあちこちにも同じような様相の人物がたくさん居た
特に目立った存在・・・というわけでもない
けれど
一瞬写った、その瞳の色
急いで画像を再生し直し、その男の写った画面で画像を止めた
はっきりと確認できる、その、赤い瞳・・・!
あの目立つ髪を隠し、いつもと雰囲気をガラリと変えていたとしても
「AROS」代表として活躍するあの男の顔を、麗が見間違えるはずがなかった
「っ、アリー!?なんで、コイツがここに!?」
「AROS」代表としてではなく、その会社代表の秘書官を装って
ハサン王子に仕えるベドウィン、ハルブ族・族長の息子、アリーが、そこに居た