求める君の星の名は









ACT 41










<修学旅行2日目・早朝・京都市内某所>


プルル・・・プルル・・・

ベッドヘッドに置かれていた携帯が、鳴り響いた
ビク・・ッと、まるで胎児の様にベッドの中で丸まっていた塊が蠢き、鳴り響く携帯へと正確に白い腕が突き出てくる


「・・・・・はい。ああ・・・そう、分かった」


白いシーツの中から現われた白い顔、艶やかな黒髪
取った携帯に短い言葉を返して無造作に閉じ、もう片方の手で額に掛かった髪を鬱陶しそうにかき上げる

見上げた灰暗い天上に漂う、紫煙の煙
微かに漂う、嗅ぎ慣れた煙草の匂い

ゆっくりと、髪をかき上げて露わになったその顔が、その紫煙の元へと向いた


「・・・・帰ってたんだ。つれないなぁ・・・ほんとに寝てくれないんだから」


ため息混じりにそう言った野上真一がベッドの上で横向きになって片肘を付き、朝焼けで白み始めた窓際のソファーに深々と背を預け、紫煙を上げる男・・・キョウを見つめた


「・・・・何の電話だ?」


真一の方を見向きもせず、キョウが吸い込んだ紫煙をゆっくりと灰暗い天上へと吐き出す


「相変わらず冷たいなぁ・・・ま、そんな所が良いんだけど。”あの人”からの連絡で、イスハークと飛(フェイ)が、豪華客船”シルバー・ネプチューン”に乗船する・・・って」

「出港予定日は?」

「え・・・っと、確か、入港が今日の夕方・・・。という事は出港は明日の夜あたり・・・」

「明日の夜・・・か、ちょうどいい」


フ・・・ッと薄笑いを浮かべたキョウが、サイドテーブルの上の灰皿で煙草をもみ消し、ゆっくりとソファーから立ち上がる


「っ!?今度はどこへ!?新井組があなたを探して躍起になってるっていうのに・・・!」

「・・・俺があんな奴らに捕まるとでも?」

「だったら僕も・・・っ」


慌てて起き上がり、その腕を取って止めようとした真一を、キョウがその首元を掴んでベッドの上に引き倒した


「ッ!?グ・・・ッ!」

「・・・細い首だな?息の根を止めるのに片手で事足りる・・・」

「キ・・・ョ・・・ゥッ!?」

「悪いが利用されてやるのはこれで終いだ。俺とイスハークは互いに互いを食い物にし合って楽しんでる。
あいつは本気で俺を探させたりなんてしやしないんだよ・・・俺が誰かに捕まるようなタマじゃないことを骨身に沁みて知っている奴だからな」

「でも、やつ・・らの方から・・・!」

「ふ・・・お前たちは広告塔に使われたのさ。”いつでも帰って来い”っていう俺宛のメッセージのな」

「な・・・っ!?」


驚愕の表情になった真一が、あきらめきれず言い募る


「俺を・・捨てる気!?そんなことして、ただで済むとでも!?俺には・・・っ」

「知っているさ・・・確か”九曜会”とか言ったな?財界、政界の主だった連中が入れ込んでる宗教団体。クスリの密売ルートを作り上げるのに宗教団体ほど便利な隠れ蓑はないからな。
新井組も片桐もその裏側で操られてるにすぎん・・・さっきの電話の”あの人”が”先生”とか呼ばれてる九曜会の元締め・・・といった所か?もっとも、あの電話の口調じゃあどちらが”影”なんだか。

外の密売ルートはイスハークと飛(フェイ)から”エフ”の大量生産を条件に確保できるが、問題はどうやって外に流すか・・・

その動きを警察に嗅ぎ付けさせない為の俺はダミーだったんだろう?
名義貸し代に、使えそうな情報は頂いて行く。ここから先は俺が楽しむゲームだ、邪魔をするな」


言い捨てたキョウを、真一が目を見開いて凝視する


「・・・ぜ・・んぶ、し・・・って?」

「当然だろう?お前とのゲームも楽しかったが・・・もっと面白そうなオモチャを見つけたんでね。悪いがここでゲームオーバーだ」

「・・・クッ!!」


不意に押さえつけられていた枕元の下へ手を伸ばした真一が、取り出した小型のリボルバーをキョウの眼前に突きつける


「い・・やだ!行かせない!まだゲームは・・・っ!?」


言いかけた真一の目の前で、キョウがバラバラ・・・とその白い胸元に、突きつけられた拳銃の中に入っているはずの鉛色の弾を散らす


「な・・・っ!?」

「お前は頭もいいし用心深い・・・だが俺が元傭兵だということを忘れてやしないか?
自分のテリトリー内にある武器は匂いで分かる。素人の考えそうな隠し場所くらい目をつぶっていても当てられるぞ?」

「う・・うそ・・だ・・!」


叫んだ真一の指先が、虚しく引き金を引き絞る
乾いた空砲の音だけが、夜明けと供に白み始めた室内に響き渡った

フ・・・ッと見惚れるような笑みを浮べたキョウの指先が、真一の胸元に落ちた弾を一つ摘み上げ、力の抜けた真一の手から銃をもぎ取ってスウィングアウト式のシリンダーを引き出し、その中にその弾を一発だけ装填する


「・・・そういえば、ゲームが終わったらお前を抱く約束だったな?おまけに最後のゲームを追加してやる・・・撃ちたければいつでも撃つがいい。もっとも、そんな余裕があれば・・・の話だが」


真一の手に再び銃を押し付けたキョウが、その首筋に顔を埋める


「・・・・っ・・・・あ、」

「しっかり銃は握っていろよ・・・俺を退屈させるんじゃない・・・」


甘い毒を含んだ艶めいた声が、真一の耳朶を震わせた











<修学旅行2日目・午前・Rホテル・ジュニアスィート>



「・・・・流」


何度となく呼びかけたその名前を、もう一度和也が呼びかける
キングサイズのベッドの端に腰掛けた和也が、ソ・・ッと流の頬に乱れかかる赤い髪をかきあげた

ピクリ・・・ッと、流の片眉が上がり、薄っすらとその紅い瞳が開く


「流!?気がついた?」


叫んだ和也が、流の口に張られていたガムテープを一気に引き剥がす


「っ、・・・っつ!!」


神谷によって和也の泊まるこのジュニアスィートにトランクで運びこまれた流の意識が、ようやく浮上した

殴られた時についた唇の端の傷口が、その拍子に再び開いたようで・・・流の唇を血が伝い降りる

ハッとした様にその血を指先で拭い去った和也が、その指についた流の血をペロリ・・と舐め上げた

その様子を、まだ覚醒しきっていないぼやけた視界と、霞の掛かった朦朧とした意識の中で眺めていた流の口元が、微かに動く


「・・・・・ハ・・・サ・・ン・・・・?」


ぼやけた視界に映った、黒い髪、拭った血を舐め取る仕草・・・
そんな景色が、流の中でハサンを思い起こさせる


「・・・はさ・・ん?今、そう言った?それ、誰?」


たちまち眉間にシワを刻んだ和也が、流の肩を掴んで揺さぶり、その問いを口にした


「・・・っ!?お・・まえ?だ・・れだ・・・!?」


肩を揺さぶられた事により、覚醒の進んだ流の紅い瞳にゆっくりと焦点が戻ってくる


「流、ハサン・・・って、誰!?」

「っ!?」


ハッと見開いた紅い双眸が、はっきりと目の前にいる片桐和也の顔を写し取る


「な・・っ!?片桐・・かず・・や!?何で、お前・・・っ!?」


叫んだ流が、後手に両手両足を拘束されている事に気付き、朝練へ向かう道の途中で変なにおいのする何かを嗅がされ、逃げようとして殴られ拉致られた記憶が甦る


「・・・て・・・めぇ、何のマネだよ・・・っ!?」


大きな声を出した途端、まだクスリの効果が抜けない頭を、頭痛が襲う
思わず顔をしかめシーツに沈んだ流を無理やり上向かせ、和也が再び問いかけた


「・・・流、ハサンって、誰?」

「・・・っ、し・・・るかよ、そんな・・やつ・・・!」

「・・・じゃあ、イスハーク・サウードとは、どういう関係?」

「は・・・?いす・・はーく・・?さ・・うーど・・・?」


流が目を瞬いて、その名を片言で復唱する

一瞬、名前として頭の中に入ってこなかった音が、次の瞬間、その前に問われた人物と結びついて、あの事件の記憶を呼び起こした


・・・・・・・・サウード!?ハサンを誘拐した、あの事件の首謀者と同じ名前・・!


心の中で叫んだ流の表情が、僅かだが、顔色を失くす
それに目ざとく気がついた和也の表情が、硬く、冷たい色みを帯びた


「へ・・え、お知り合い・・なんだ?確か王族の血筋だとか言う中東のいけ好かない金持ち連中だよね・・・なんでそんな奴を流が知ってるわけ?」

「ッ、知らねーよ、そんな奴!」


吐き捨てるように言い放った流の口調、その冴え冴えとした顔つき、強固な意志を示す燃える様な紅い瞳・・・!

決して人に慣れ、手なずけられる事を良しとしない、手負いの野生動物

今の流を例えるなら、それが一番相応しい
だが、そんな手負いの野生動物も、両手両足を拘束された状態では赤子も同然・・・


どうにでも・・好きに扱える・・・!


そんな嗜虐心と優越感が、和也の口元に微笑を宿らせる


「・・・ハサンもイスハークも、答える気はないわけだ?」

「だから、知らねぇっつってるだろ!」


頭痛に顔を歪めながらも言い募った流の頬を、和也の指先がスル・・・ッとなぞり落ちる


「っ!?」

「・・・いーよ別に・・・身体に直接聞く・・っていうのも悪くないし・・・」


フフ・・・と意味深に笑った和也の指先が、そのまま首筋に降り・・襟元で結ばれた制服のネクタイを解く
シュル・・・ッという軽い衣擦れの音を流の耳元で響かせて、ネクタイが引き抜かれていった


「・・・ねぇ、痛いのと気持ち良いのと、どっちが好み?」


流の顔を真上から覗き込むようして身を屈めた和也が、目の前でこれみよがしに抜き去ったネクタイを弄ぶ
その和也の言葉と表情を眉間にシワを寄せて見つめていた流が、溜め息と供に一瞬その紅い瞳を閉じ、静かに言った


「・・・浅倉流とリュウ、どっちでその問いに答えたらいい?」

「っ!?」


ハッと目を見開いた和也の指先が、弄んでいたネクタイをギュッと握りしめた

その和也を見据える流の紅い双眸が、”ここに自分が居るのは和也のせいなのか?それとも、イスハークのせいなのか?”と、無言で問いかけてくる


「・・・っ、浅倉流の方・・だ」

「・・・そうか、だったら言わせてもらう。そういう台詞、和也には似あわねぇ」

「!?」


しっかりと視線を合わせたまま、初めて流にその名前を呼び捨てで呼ばれた和也の耳朶が朱に染まり、握りしめていたはずのネクタイがスルリ・・・と流の胸元に落ちた


「・・・・似合わねぇよ、マジで」


真っ直ぐに見つめる、嘘・偽りのない紅い瞳
ハッとした表情になった和也が、堪らず視線を反らす


「・・・・な・・んで、何で、そんな事言う・・・!?」

「意味なんてあるかよ、事実と感想しか俺は言わねーの!っつーか、頭痛くてそれどこじゃねぇ・・・っ」


唸りつつ再びベッドに突っ伏した流の様子からして、本当にそこに特に意味などないことが窺える

以前も・・・流は『メガネがない方が似合ってる』と、事実と感想しかこもらない言葉で、和也を困惑させた
流にとっては”無意識”なのだろうが、和也にとっては”無意識の故意”以外の何ものでもない

好意を持っている相手にそんな風に言われて
ましてや、指摘された事が”意図的に作り上げた自分”ではない、”素の自分”を的確に言い当てられたものだったとしたら

そこに、何かを期待してしまう
そこに、意味を求めてしまう

今も、そう

なのに

その言葉の中には、何の感情も込められてはいない
ただの、悪意のない”無意識”・・・ある意味一番残酷で、一番性質が悪い


「・・・っ、流は、俺の事、どう・・思ってるわけ?」

「どう・・って、前にも言ったろ?俺にとっちゃ、ただの同級生だよ」

「は・・っ、なに?それ?そんなわけないだろ!?何でただの同級生がそんな風に縛られた流の前に居るわけ!?」

「だから、似合わねぇって言っただろーが!」

「なにそれ?バカにするのも大概に・・・」

「バカになんてしてねーって!ここに居るのがお前のせいじゃねぇんなら、これ以上俺に関わるなって言ってんだ!」

「・・・え?」

「・・・これは、お前には関係ないことなんだ。だから、これ以上お前の言う”いけ好かない連中”に俺の事で関わるな」

「る・・い・・・?」

「・・・・あんたもそう思ってんだろ?」


不意に視線を和也の背後に向けて言い放った流に、和也がハッと振り返る
そこには、サングラスをかけてその表情を覆い隠した神谷が佇んでいた


「っ!?神谷!?お前、帰ったはずじゃ・・・!?」

「大事な取り引き代価を失うわけには行きませんし、これ以上和也様が関わり合いになる事は得策ではありません」

「な・・っ!?神谷、お前・・・・っゥグッ!」


神谷に詰め寄った和也のみぞおちに当て身を食らわせた神谷が、倒れこんだ和也を側にあったソファーの上に、ソッと横たえる


「・・・あんたってさ、ひょっとして、すげぇ不器用だろ?」


まるで大切な宝物でも扱うかのような神谷の和也に対する扱いに、流があきれたように声をかけた


「・・・ずい分余裕だな?他人の事を気にかけていられる立場だとでも思っているのか?」

「思ってねーよ。だから、あんたに頼みたいんじゃないか」

「ほう・・・?自分を拉致った人間にか?何を?」

「あんたさ、新井組とか取り引きとかに関係なく、ただ和也を守りたいだけなんだろ?
俺があいつらに引き渡されたら、和也はあんたを許さない。
でも、引き渡さないと和也の立場が悪くなる・・・だろ?だからさ、とっとと引き渡しちゃってよ。そこから先はどうにかして自分で逃げ出すからさ。
俺が無事に戻ってきたら和也は文句ねぇだろうし、あいつらも自分の手の中から俺が逃げたら、他に文句の言いどころがねぇ・・・違うか?」


流の察しの良さと、本来の性格なのか・・・その楽天的な物言いに、サングラスの奥の神谷の瞳が大きく見開かれつつも、用心深く問いかける


「お前・・・ホントはいつから目を覚ましてた?」

「あ?俺さ、クスリとか効きが悪い体質らしいんだよね。ま、ベッドの上に移されてから、さすがに効いてきたらしくて・・ちょっとの間、意識と記憶が飛んでたみたいだけど」

「っ、度胸が良いというか、能天気というか・・・。だが、ずいぶんと簡単に言ってくれるじゃないか?お前一人で奴らからどうやって逃げ出せるって言うんだ?」


バカにした様に言い放った神谷を、流がフ・・・ッと口の端を上げ、ニヤリとその顔を見上げた


「あいにくと、俺は一人じゃねぇんだ・・・」

「どういう意味だ?」

「俺は、マジシャン北斗の自慢の息子の一人だっつーことだよ」

「は・・・?」


訝しげに首をかしげた神谷を不敵な笑みを浮べて見上げていた流が、不意に縛られていたはずの手を差し出した


「煙草持ってたら、一本くんない?」

「なっ!?お前、いつの間に縄を・・・!?」


驚いた神谷の目の前で、流が『よ・・っと!』とばかりに起き上がる


「言ったろ?北斗の息子だって。縄抜けなんて基本中の基本だぜ?」


肩をすくめ、流が事も無げにそう言った




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