求める君の星の名は









ACT 42







<修学旅行2日目・午後・史跡観光>



ブルルルル・・・ブルルルル・・・・

成田屋での昼食の後、 下鴨神社 、銀閣寺 、清水寺・・・と廻る見学コースの真っ最中、寺の境内を歩いていた七星の携帯が着信を知らせてポケットの中で振動した

「っ!?悪い、先に行っててくれ。電話だ」

携帯を取り出し、その相手を確めた七星が一緒に歩いていた伊原と白石にそう告げて、人気のない建物の影に行って電話を取った


「麗?俺だ、どうした?」

『あ、七星、そっちどう?何か変わったことはない?』

「いや、こっちは何も・・・。って、そっちで何かあったのか?」

『さすが、察しが良いね。実はね、昨日から俺達も京都に来てるんだ』

「俺達!?流も昴もか!?なんで!?」

『流がね、イスハーク・サウード絡みで拉致られて・・・』

「拉致!?流が!?」

『あ、大丈夫!片桐が絡んでてくれたおかげで流の居所は掴めてるから』

「片桐が・・・!?どういうことだ?」


眉根を寄せ、声を荒げた七星に、麗が現状況を詳細に告げる



神谷とジュニア・スィート室内で対峙した流は、神谷に煙草と火を借りた
その時、神谷が流に手渡したライターが、七星が以前神谷のポケットに忍び込ませたものだったのだ

いつの間にかポケットに入っていたそれを、訝しがりつつも気になって、神谷はずっと持ち歩いていたらしい

それを流はそのまま自分のポケットに落とし込み、神谷と交わす会話によって、自分の居所とこれから先の所在・・・をその盗聴器を聞いている可能性がある人物・・・麗に聞かせていたのだ

麗ならば

もう既に、拉致られた自分の行方を追って、盗聴器の傍受範囲内に来ているはず

そして必ずそれを聞いているはず・・・!という流の確信と、クスリで意識を失っていると思われて目隠しされずに神谷によって移動した流が見た、神谷が持っていたそのライター

それらを考慮した結果の流の行動だった

そして当然、その会話を聞いていた麗は、流が和也を巻き込まないため敢えてイスハークの元へ行こうとしていることと、イスハークが”シルバー・ネプチューン”に乗船する事を知った

どのみちその時点で神谷に抗って逃げ出すことは不可能・・・ならば、和也を巻き込ませないため・・・という大義名分で神谷を・・ひいては片桐を味方に付けるほうが得策

どうやら

流はどうして自分がこんな目にあっているのか・・・それを確めるつもりらしい

無謀・・といえばそれまでだが、自ら相手の懐に入ることを決めた流を止める術はない
とりあえず流がライターを持っていれば、状況と居場所は把握できる



『・・・・と、いうわけだから、こっちも今、動きようがない・・・ってとこ。まあ、警察も動いてくれてるから七星は心配しないで』

「バ・・・ッ、そういうわけには・・・!」

『七星!俺達を信用してないの?俺と昴で必ず流を取り戻すから!それと、言っとくけど七星の方だってまだ何があるか分かったもんじゃないんだよ?
野上真一の裏の顔も行動もまだ掴めてないんだし・・・俺達のことより、自分の事の方を気をつけてくれないと!』

「っ、わ・・かった、こっちも気をつける。そっちも逐一連絡してくれ」

『もちろん!七星の方もね!』

「ああ」


そう言って電話を切った七星が、ハァ・・・ッとため息を吐きながら、観光コースの砂利道へ戻り伊原達の後を追った


「・・あ!浅倉!ほら、これ見てみろよ!」


戻ってきた七星の姿に気が付いた白石が、伊原と供に熱心に覗き込んでいた紙切れから顔を上げ、手招きする


「・・・?なんだ?なに見てる?」


訝しげに七星が二人が見ているものを覗き込んでみると、それは豪華客船”シルバー・ネプチューン”寄港の宣伝ビラ

たいていこういった大型客船の寄港地は神戸あたりが通常なのだが、今回は主にアジア系を重点に巡るプランになっているらしく、舞鶴港へ寄港するらしい
滅多にないその機会を利用しての、観光案内ビラ・・・だった


「な!?すごいだろ?しかも明日だぜ!まるまる一日自由行動の日!こんな機会滅多に・・・」


嬉々として言いかけた白石に、七星がバシッ!と、そのビラを取り上げて言い募った


「白石!お前、まさかその船の写真撮りに行こう・・とか言いだすんじゃないだろうな!?自由行動は市内観光の範囲内だけだぞ!」

「えー・・・わかってるよそんな事・・・だからさ、そこを何とか・・・!浅倉だって明日は俺達とは別行動でどっか行くんだろ?浅倉さえ黙っててくれれば・・」

「だめだっ!!」

「え・・・?」
「っ?どしたの?浅倉?」


七星のいつにない苛立ったような拒絶の態度に、伊原と白石が唖然として七星を見つめ返している

市内から港まで、往復約3時間・・・自由行動の時間内で写真を撮りがてら見学し、決められた旅館への帰宅時間内に帰って来る事は十分可能だ

だが、問題はそんな事じゃない

たった今、麗から聞かされた・・・イスハーク達が乗り込むという”シルバー・ネプチューン”その船が居る、その場所へ、伊原達が向かうなど・・どう考えても良いことであるはずがない

それに・・・・

ふと、ありえない予感でゾクリ・・と背筋凍らせた七星が、その握りつぶしたビラを見ながら二人に問いかける


「・・・っ、お前たち、このビラ・・・どこで手に入れた?」

「え?あ、ああ・・・さっきもらったんだよ。な、白石?」

「あ・・うん、そう。さっき寺の庭の景色を撮ってたら、『凄いカメラだね、写真が趣味なの?』って声かけられて・・・『それなら良い被写体があるよ』・・・って」


今日は重要文化財を廻る事になっていただけに、白石の胸元にぶら下がっているのはデジカメではなく、望遠レンズ付きの白石愛用の高機能なカメラだ


「・・っ、そいつ、どんな奴だった!?まさか、前に会った舵の知り合いなんじゃ・・・!?」

「まっさかー!全然違うよ。なんかさぁ、すっげー渋くてかっこいい感じのおじさんだったぜ。な、白石?」

「うん、そう。サングラスかけてて顔ははっきり分かんなかったけど、背が高くて栗色の髪で、低音の響く良い感じの声で・・・あ、そうそう、今思い出した!誰かと雰囲気似てるなぁ・・・と思ってたんだけど、舵だ!どことなく、雰囲気が舵に似てた!」

「っ!?」


白石のその言葉に、七星がギュ・・・ッとビラを握る手に力を込めた

一瞬、真一がまた現われたのか・・・?と思った七星だったが、その予想よりもはるかにゾ・・ッとさせられたその答えと、予想していなかった人物の出現に、七星の眉間に深いシワが刻まれる



・・・・・・・・・舵に・・似てる!?それって、まさか・・・!



他人の空似・・・そんな一言で片付けようと思えば出来るコト

だが

今、このタイミングで
七星が伊原達から離れた、ほんの僅かな時間に
たった今聞いたばかりの、その船に

まるで、そこへ来るように仕向けよう・・としているとしか思えない・・この状況

これを・・・ただの偶然で片付けて良いはずがない
しかも明日は、七星は舵の行く茶事に潜り込むため、伊原や白石とは別行動になる
ここでいくらダメだと言い募ったとしても、当日、二人がそこへ向かってしまえば、七星には止める術がない

ゾクリ・・・ッと七星の背筋を震えが来るほどの悪寒が突き抜ける

あの、赤銅色の月の元で出会った・・・あの男
その時と同じ、危険を知らせる本能的な悪寒

もしも、本当に伊原達が会ったのがあの男だったとしたら
もしも、本当にあの男が仁の所で見た写真の男だったとしたら

その目的が何なのか見当も付かないが、それが良い事でないことは確かだ


「・・・・浅倉?どうしちゃったの?大丈夫?」
「ほんと・・・顔色悪いぞ?」


ビラを握りしめ、俯いて黙り込んでしまった七星に、二人が心配そうにその顔を覗き込む


「い・・や、なんでもない。とにかく!こんな遠い場所に行くなっ!もしも何かあった時どうする気だ!?」

「もしも・・・なんて、滅多にあるわけないじゃん!だーいじょうぶだって!なぁ、白石?」

「そうそう。ただちょっと写真撮ってくるだけなんだし・・・」

「ダメだ!絶対、行くなっ!!」


有無を言わせぬ迫力で、七星が二人ににじり寄って言い募る
その、今まで見たことのない七星の様子に、伊原と白石が訝しげに顔を見合わせ・・・小さく頷き合う


「・・・分かったよ。浅倉がそこまで言うならあきらめる。な?白石?」

「・・・しょーがないか。ま、そのうち大金持ちにでもなって豪華客船に乗れば済むことだし・・・!」

「ばーか、それよかジャーナリストにでもなって取材しに行く・・ってことにしといた方が確実だぜ?」

「あ!そーか!その手があった!」


そんな冗談を言い合いながら再び歩き始めた二人に、七星がホ・・ッと息を付いてその後に続いた

途中にあったゴミ箱に、握り潰したビラを放り込んで・・・











「だぁ〜〜〜〜っ!つかれたーーーっ!!」

午後の史跡観光を終えて旅館に戻って部屋のドアを空けた途端、伊原が前日と同じパターンで座布団にダイブする

「しっかし、今回の見学プラン立てた奴、ぜーーーったい、あの体力バカの金子だと思わねぇ?白石ー!」

続いて部屋に入り、伊原が脱ぎ捨てた靴を揃えてやっている白石に向かって問われた問いに、白石が賛同の意を表す

「同感ー!金子の奴、1年の時からずっと俺達の学年担当だったからなぁ。体力残してると夜中に抜け出しかねない・・って分かってやってるよなー」

マジで疲れたーと言いながら、白石も玄関先の壁際にドッカリと座り込んだ

何しろ午後からの観光は、ひたすらに歩かされ・・・足が棒・・・と言って過言でない有様で
帰りのバスの中から既に、居眠りを始める者続出・・・だったのだ

おまけに明日は待望の一日自由行動の日!

疲れた足を引きずっていては、お話しにならない
全員が早々に眠りに付くよう配慮された、観光旅行プラン・・・だったのだ

「・・・って、あれ?浅倉は?」

白石に続けて入ってくるはずの七星が、入ってこない
伊原がガバッと身を起こして白石に向き直った

「ん?あー・・・ほら、あれだよ。恒例の・・・・」

白石が言葉を濁しつつ、苦笑いを浮べる

「・・・あっ!そっか、さっきの・・・!告った所で無駄なのになぁ・・・まぁ、恒例行事だから仕方ねーけど・・・」

そう、修学旅行の定番、お約束!の一つ
玉砕覚悟の告白タイム!である
1年の時から近寄りがたい雰囲気を放っていた七星が、2年の後半からグッと親しみやすい雰囲気に変わってきたのだ

初日からその機会を窺う者達の存在に、白石と伊原も気が付いていた

昨晩、部屋のユニットバスを使い、部屋から出てこなかった七星の行動パターンを知り、バスから降りて部屋に向かう・・・その僅かな時間に声をかけてきた勇気ある行動を邪魔するほど、白石も無粋ではない

呼び止められた七星を見て、その事に気が付いていない振りで部屋の中に入ってきたのだ

ところが

しばらくは部屋に戻ってこないのでは・・・?と思っていた白石の思惑を裏切り、意外にも七星はすぐに部屋のドアを開け放って入ってきた

「えっ!?浅倉!?え・・あれ・・・?」

何か問いたげに・・・しかし唖然とした顔つきで玄関先で座り込んで自分を見上げている白石に、七星がため息を吐いた

「・・・・そこ、邪魔なんだけど?」
「あ、ごめ・・・って、浅倉、今お前・・・」
「・・・・やっぱ、知ってて逃げたな?白石」
「や、だって・・・っていうか!なに?どう返事したわけ!?」

思わず身を乗り出して聞く白石のせいで、七星は玄関から先・・・に進む事すら出来ない

「・・・正直に本当の事を言ったまでだ。分かったらそこ、どけ」
「え?正直に・・・って!?」

意外そうに目を見張り、進路を塞いだまま動きそうにない白石の頭上を跨ぐようにして部屋に入ってきた七星に、今度は伊原がその進路を塞ぐようにして立ちはだかり、七星に詰め寄った

「なになに?本当の事って?どう言ったんだよ!?」
「すげー気になる!教えろよ!浅倉!!」

背後から白石も詰め寄って、二人掛かりで七星が言うまでその場から逃がさない勢いだ

「・・・なんなんだ、お前たち・・・」

困惑顔で二人を見やりつつ・・・とりあえず夕食前の班長会に行かねばならない七星が
、渋々告げた

「・・・好きな人がいる。そう言っただけだ」

「えっ!?」
「マジ!?」

「ああ。ちょっと前にたった噂のおかげもあって、あっさりと引いてったぞ?怪我の功名とはこのことだな。助かった」


そう、旅行のちょっと前、七星は大吾とのキスシーンを目撃され、男もいけるバイでその大吾が恋人・・・!?という噂をたてられている
七星の毅然とした態度のせいで、あっという間に噂話は沈静化し、表立って騒ぐ者は居なくなっていたが・・・その噂自体、七星は否定していない

そんな土台があった上での、この七星の言動・・・

伊原と白石が顔を見合わせ、マジマジと七星を見返した


「え・・と、浅倉って・・・まさか、それを見越して、わざと噂話を否定しなかったの?」


二人の問いかけに、七星がニヤリ・・・とそれまであまり見せた事のない種類の笑みを、口元に浮べた


「・・・さぁな。でもこれで旅行中は余計な事に神経を使わずに済むことだけは確かだ」


言い放った七星が、二人の間をすり抜けて部屋に入り、班長会用のしおりとペンを引っ張り出すと、再び部屋を後にした

そんな七星の背中を唖然として見送った伊原と白石が、視線を絡ませあう


「・・・なんか、昼間の船のビラの時といい、今の事といい・・・浅倉の奴、イメージ違って来てない?」

「・・・うん。なんか・・・したたかっていうか、俺達に言えない隠し事してる・・・っていうか」

「っ!そう、それ!お前もそう思うよな?白石!?浅倉の奴、絶対俺達に何か隠し事してる!」

「だよね。明日の自由行動だって、どこへ行くのかはっきり言ってくれないし・・・」

「なんか・・・さ、俺達の知ってる浅倉って、ほんとの浅倉なのかな?っつー気がしねぇ?」

「うん・・・去年の夏くらいから特に、俺達の知らないもう一人の浅倉が居るような・・・そんな気がする時がある」


互いに視線を落とし、思案気に眉根を寄せていた二人が再び顔を上げ、ニヤリ・・・と笑み返す


「・・・やっぱ、行ってみっか?明日?」

「やっぱり?あれだけ行くなって言うってことは、何かあるって事だよね・・・。往復3時間の自由行動プラン練らなきゃ・・・だな」

「浅倉が居ない間に・・・って、そだ!今夜は浅倉用に露天風呂予約してあるんだ!ちょーどいいじゃん!」

「そっか!っていうか伊原、ちゃんと舵にも言ってあるんだろうな?」

「へへ・・・その辺に抜かりなし!舵の奴に借り一つ!って言っておいてやったよ!」

「ナイス!んじゃ班長会が終わる前にフロントで電車の時刻表とか地図、もらって来るよ!」


叫んだ白石が脱兎のごとく部屋を出て、フロントへ向かって駆け出していく

ちょうどその時、たまたま班長会へ少し遅れて向かっていた数学教師・金子が足を止め、廊下を走っていくその背中を訝しげに見つめていた




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