求める君の星の名は
ACT 44
<修学旅行2日目・宿泊旅館内・夜>
夕食を終えると、昼間の観光の疲れと明日の自由行動に備えているのだろう・・消灯時間の教師の見回りと供に、ほぼ全員が大人しく夢の中へと落ちていく
そんな中
舵が一番最後に消灯確認と点呼のために、七星達の部屋のドアを開けた
「消灯時間だぞー!3人とも居るかー?」
「あっ!舵!浅倉ならさっき露店風呂に行ったぜ?」
「俺達で最後なんだろ?早く行かないと、浅倉帰ってきちゃうぞ?」
「・・・ったく!おせっかいだな、お前たちは!そんな事に気を使ってる暇があったらさっさと寝ろ!」
「へーーい」
「りょーかい〜」
あからさまににやけた顔つきになった二人を黙殺し、舵が部屋の電気を落として露天風呂へと向かった
舵が去った部屋の中で、二ヤ・・と笑いあった二人が、おもむろに懐中電灯で手元を照らし、夕食前にフロントで掻き集めてきた電車の路線図や時刻表、周辺の地図を広げた
「さて・・・と、最短ルートで行かなきゃな・・・!」
白石と伊原が無邪気に笑い合う
舵と七星の知らないところで確実に、何かの思惑が忍び寄って来ていた
「へぇ・・・篝火(かがりび)かぁ。風情があって良い感じじゃん・・・」
屋上に設置された露天風呂に着いた七星が、脱衣所のドアを開けた途端、目に飛び込んできた四方を照らす風情のある篝火に目を細める
屋上の周囲は目隠しも兼ねているのだろう、垣根のように竹が植えられ覗かれる心配がないように配慮されていた
周囲にその篝火以外の明かりはなく
市内とはいえ、周辺に背の高い建物がない事も手伝って、ヒノキで作られた小振りな露天風呂からは、頭上に広がる星空を存分に眺める事ができた
時折聞こえる車の音と笹の葉の風にさざめく音、篝火の炎の爆ぜる音
それ以外、音というものもほとんどない静寂な空間
ちょうど良い温度のお湯に身を浸した七星が、柔らかな木肌のヒノキの感触と香りを堪能するように背中を深く預け、頭上を見上げている
と、
不意に脱衣所のドアが開き、誰かが入ってきた
「っ、え!?」
慌てて振り向いた七星の頭上に、『よう!』と陽気に笑う舵の笑顔
「か・・舵!?なんで!?」
「あー・・・おせっかいなどこかの二人組みに・・・な」
「っ!?伊原と白石か・・・!」
どうりで、昨夜から露店風呂に行け、行け・・!とうるさく言って来てたわけだ・・・!と、七星が耳朶を染めつつも嘆息する
「・・・・で?あんた、それ、何もってるんだ?」
湯の中から見上げた舵は、腰巻きタオル状態で・・・その片方の腕に何か大判の事務用封筒のような物を抱えている
「・・・ん?ちょっと・・な、どうせなら浅倉に付き合ってもらおうかと思って」
「・・・?なんだよ?」
訝しげな表情になった七星を尻目に、舵が篝火の薪用に置いてあったのだろう・・・細長い小枝を火にしばらく突っ込んで火種を作り、それを持ったまま七星の横の湯の中に入ってきた
「?なんだよ?それ、どうする気だ?」
「・・・これを、燃やそうかと思って」
いつもの舵らしくない、どこか陰を落とした横顔が、風呂の縁に置かれた大判の封筒を見つめている
かなり年季の入った封筒で、ずい分前の物だろう・・ということが窺えた
「・・・それ・・なに?」
「・・・俺が、家を飛び出して渡英した、理由」
「え・・・?」
「前に言ったろう?大学で遺伝子工学を専攻してたって。それを選んだのは、自分で、自分の遺伝子解析がしたかったからなんだ」
「遺伝子・・解析?」
その言葉を繰り返した七星の脳裏に、あの、赤銅色の月の元で出会った男の冷たい瞳が甦り、あたたかな湯の中に居るはずなのに、悪寒が背筋を駆け上がる
「・・・そ・・れって・・・?」
「・・・浅倉なら、薄々感づいてるだろう?俺は、父の子供じゃない。それどころか・・・俺の体の中には村田の血なんて一滴も流れてやしないんだ」
「え・・っ!?」
思わず七星が目を見張って舵を見つめ返す
村田の当主の子供じゃない・・・というだけなら理解できる
だが、その体の中に村田の血が一滴も流れていない・・・とはどういうことなのか?
あの、仁のところで見た古い写真・・・あそこに写っていた舵そっくりの男が父親だったとしても、あの茶懐石に出られるのは村田の親族だけなはず
舵の言う事が本当なら、その男もまた、村田の血筋ではない事になる
「この中にはね、俺と、父と、母・・・3人分の遺伝子解析の結果とその分析結果が入ってる。
母とは親子関係にある遺伝子配列だったんだけど、父とは・・・まったく異なっていた。
父の中にある村田の血筋だと言える遺伝子パターンとは似ても似つかない配列でね。つまり、俺の中には一滴も村田の血は流れていなかった・・・というわけさ。
これが、その証明・・・」
そう言って、舵がその封筒を掲げ上げる
「・・・いつか、これを父や母、親族一同の前で突きつけて本当の事を聞きだしてやりたかった。自分が一体何者で、どうして、俺を生んだのか?ってね。だけど・・・」
言いかけた舵が一転、フ・・・と、見惚れるような穏やかな笑みを七星に注ぐ
「・・・え?」
「だけど、浅倉に出会って、浅倉の事を知って、見つめていたら、そんな事したって意味がないって事に気が付かされた。
血は繋がっていなくても、浅倉達は家族としてしっかり繋がっていて、お互いがお互いを思いあって、認め合ってる。
生んでもらって育ててもらえた・・からこそ、こうして浅倉と出会うことができた。
その事に感謝しこそすれ、恨んだりなんてしてやしない。
だったら、血の繋がりがあろうがなかろうが、そんなの関係ない。父は父だし、母は母で・・・俺の中ではそれはどう転んだって無くならないし、変わらない。
そう、思えるようになったんだ」
「か・・じ・・・!」
以前
舵は七星に、家族であり続けたいならそう思っていることをちゃんと伝えれば良い・・・と言った
あれは、舵自身が七星を通して得た言葉だったのかもしれない
そんな風に思えたからこそ、舵は逃げることをやめようと決意したのだ
どこかに居場所を求めて、逃げ回っているのではなく、逃げるのをやめ、その場に留まって・・・七星の、居場所になることを
「・・・ここ、屋外だし火があるし。ちょうど良いと思ってね。勝手なお願いだけど、付き合ってもらっても良いかな?」
「・・・俺なんかで良いのかよ?」
「浅倉以外に付き合ってもらおうだなんて思わないよ」
ゆっくりと頷き返した七星に笑み返し、舵が持っていた火種の先を封筒の角に押し当てる
風呂の縁に置かれ、少し湿っていたそれに、最初はゆっくり・・・と、だがやがて勢いよくオレンジ色の炎が燃え広がる
封筒が燃え、中に入っていた数枚の白い紙切れが剥き出しになり、白煙と供に黒い燃えカスとなって舞い上がっていく
舵が・・・本当は否定したくて
でも、結局はそれが真実なんだと知り
認める勇気がなくて逃げ続けていた理由が
舵の手から落とされた燃え残りの紙片が、水気を含んだ露天風呂の板張りの床の上で燃えカスとなり、巻き起こった風に乗って星空の彼方へと飛び去っていった
「・・・ほんと、バカみたいだなぁ。こんな紙切れのために10年近くも逃げ回って・・・」
「・・っ、そんな風に言うなっ!」
いつもと変わらない笑みを浮かべて言った舵の言葉を遮って、七星が舵の腕を掴んで言い募る
「あんた・・っ、いつも笑ってばっかで、しんどくないのかよ!?俺は・・っ、そんな顔しか見せられないほど子供なのかよ!?」
悲しくないわけがない
辛くないわけがない
なのに
いつも、いつも
舵は平気そうに、何でもないことのように、笑う
それが悔しい
それが許せない
何もできない・・させてはもらえない・・その事が
「浅倉・・・」
「俺は・・イヤだっ、俺だって・・・っ!?」
不意に掴んでいた腕を取られ、引き寄せられたかと思ったら、言い募ろうとしていた言葉もろとも舵にその唇を塞がれた
ピシャン・・・という濡れた音と供に、ほんの一瞬触れた唇が離れていく
「っ、かじ・・・っ」
そんな事で誤魔化されたりする物か・・・!とばかりに言葉を続けようとした七星の顔を、まるで大事な宝物に触れるように舵の両手が包み込み、親指で開きかけた唇をなぞられてそれを封じられる
「浅倉は、子供なんかじゃないよ?浅倉が居てくれるから俺はあれを燃やすことが出来たし、笑っていられる。だから、浅倉は、ここに居てくれるだけでいい。それ以外何も要らない・・・」
「そんなの・・・っ」
それこそ子供以外の何者でもない!と言ってやりたかったのに、ゆっくりと降りてきた舵の唇が、今度は深く、長く、その言葉を封じてしまう
その狡さに抗いたくて逃げを打った舌先を絡めとられ、吸い上げられて欲情を煽られる
週に一度は体を繋ぐことを覚えさせられた若い体に、ここのところの続く禁欲生活が辛くないはずもなく
いつの間にか互いに互いの熱を貪りあうようなキスへと変わっていく
腰に直にくるような粘膜の刺激に、立っていられなくなった七星が堪らず舵の背にすがりつく
「・・・っか・・・じ!」
「・・・七星、そこ、座って・・・?」
ようやく離れたキスの間に溢れそうなる体液を嚥下しながら、七星が濡れた声で舵の名を呼ぶ
その声に応じるように、舵が七星の体を湯から浮かし、風呂の縁に座らせた
「あ・・・・っ・・・くっ・・・、」
七星の唇から離れた舵の唇が、七星の濡れた体を舐め取るように首筋から胸に、腹筋に・・・丹念に這いながら降りていく
やがてたどり着いた股間の茂みの中に屹立するものを、何のためらいもなく口に含む
「はっ、か・・じっ!」
思わず舵の肩と髪を掴んだ七星が、その顔を引き剥がそうとするも、それを見越していたらしき舵が咥え込んだものを強く吸い上げる
「ああっ・・!ばっ・・や・・・っ!」
口から洩れた声の大きさに、七星が慌てて掴んでいた髪から手を離し、自分の口を塞ぐ
湯が波立つ音とは違う・・・自分の股間の間で舵の髪が揺れるのに合わせて響き渡る粘度のある濡れた水音が、屋外の星空の下という普通ではないその状況が、七星の羞恥を煽っていく
「・・あっ・・舵、ちょ・・っも・・・だ、め、でる・・・っ」
舵との逢瀬がなくなって・・約一ヶ月
その間、自慰すらせずに溜め込んでいた事を知らしめるように、早々に限界を感じた七星が、今度こそ本気で舵の顔を引き剥がそうと腕を伸ばしたした瞬間、思い切り吸い上げられて堪らず舵の口の中に放ってしまう
「は・・・あっ・・・!バカ・・・や・・だって・・・・んっ!」
ドクドクと放たれた温かなそれを、舵が余すことなく飲み干して更に扱き出すように吸い上げてくる
「クッ・・・!舵!!」
渾身の力を込めてようやく引き剥がした舵が、満足そうに微笑みながら七星の足の間から見上げてくる
「・・・っ、な・・んだよ?」
「七星、溜まってた?自分でしたりしなかったの?」
「っ!?す・・するか!バカ!」
「我慢するのは良くないぞ?言ってくれればいつだって・・・」
「バッ・・誰が・・・!」
「って!?うわ・・・っ」
羞恥で真っ赤になった七星が、やられた仕返し・・・!とばかりに舵の肩を掴んでそのまま圧し掛かるようにして湯の中へ引き倒す
沈みながら舵の唇に噛み付いた七星が、湯の底に舵の体を押し付けるようにして息が続くまでその唇を貪りあって、ようやく浮上した
「ぷはっ・・・!な・・なせ!風呂で溺れるのはさすがにどうかと・・・!」
「うるさい!人をバカにして・・・!俺ばっかり・・・!」
舵と同じくゼイゼイ・・と息をつきながらも、七星が悔しげに言い捨てる
そんな七星の体を抱き寄せた舵が、ゆっくりとその濡れそぼった髪を後へと撫で付けた
「・・・ごめん。多分、七星は溜め込んでるだろうな・・と思ってたから、つい」
「っるさいって!誰のせいだと・・・!」
「分かってます。俺のせいです」
「っ、そうだよ!全部あんたのせいだ!」
温かな湯のせいばかりでなく、羞恥で熱くなっているその顔を舵の胸に押し付けて、七星がその胸板を両手で叩きつけてくる
「俺は・・・っ、ただ待ってるだけなのは、もう嫌なんだ!ほしい物は何が何でも手に入れる。そのせいで他の誰かが傷ついても、何かを失ったとしても、それが得るものの代償なら、俺は、後悔なんてしない!」
「な・・なせ?」
「もう・・子供のままじゃ嫌なんだ。あの時みたいに、何も出来ないまま見ていることしか出来ないなんて、失うと分かってて何も出来ないなんて・・・!」
それは七星が幼い頃、心に深く刻みこまれた傷痕・・母親を失った事故の記憶
炎の中に父と母が居ると分かっているのに
一番大事なものを失ってしまう!と分かっているのに
まだ幼すぎた子供心には目の前に広がる光景が信じられなくて、身がすくみ、恐怖が先立って・・動く事すらできなかった
そして
その炎の中から父親である北斗を助け出して来てくれたアルに、どうして母親を助けてくれなかったのか!?と、何も出来なかった自分の不甲斐なさと自己嫌悪を歪んだ形でぶつけて、ただ泣きじゃくっていた・・・最悪の思い出
いつにない七星の激情ともいえる強い意志のこもった声音に、舵がハッとその事に思い当たって髪を撫でつけていた手を止めた
途端
その舵の体を七星が突き放し、『俺は、いつまでも子供じゃない!』と言い放って風呂場を出て行った
その背中に、どうしようもない苛立ちを滲ませて・・・
「・・・おれって・・・サイテー・・・」
出て行く七星を引きとめることも出来ず、ただ見送った舵が額に張り付く濡れた前髪をかき上げて、天を仰ぐ
七星を子供だなんて思っていない
だからこそ、逆に、今だけは
教師と生徒・・・というシガラミのある間だけは
七星を子供だと思っていたい
大人の狡さで、七星が見破ろうとする真実を、見えてきてしまう真実を
見えなくしてしまいたかった
ただの現実逃避
ただの性質の悪いワガママ・・・だ
そして、もう一つ
「・・・・さっきの・・・やっぱ、気付かれてるのかなぁ・・・」
舵が小さく嘆息する
七星の居場所になってやりたい・・・その気持ちは今も揺らぐ事はない
心からそうなりたいと思うし、そうなれるだけの存在になりたいと思っている
けれど
そう決めて、自分の過去とまともに向き直ってみて、初めて見えてきた・・・本当の父親というものの存在
もしも、その父親が七星に何らかの悪影響を与えるものだったとしたら・・・その時は、七星の居場所になる事をあきらめよう・・・と密かに舵は心に決めていたのだ
口さがない親戚連中から洩れ聞こえていた、”響(ひびき)”という名前とその人物に付きまとっていた・・・不穏な悪評
村田の家から、昔、縁を切られたのだというその男の事を語ることは、禁忌に近い物があったらしく誰も詳しい事を語ろうとしなかった
そして今日、初めて知った、その響という人物の若い頃にそっくりだという自分の容貌
なぜか幼い頃から髪を黒く染めさせられていた・・・不自然さ
父親とも親戚連中の誰とも、似ても似つかないこの容貌
それは、舵の中で響が本当の父親なんだろう・・・と確信させるには十分で
その事実が、舵の中で新たな不安を湧き上がらせていた
なぜか自分の周囲に付きまとい、不快にかき回す真一と一番最初に知り合った時、真一は”誰か”と舵を見間違えたのだ
舵にそっくりだ・・・という、”誰か”と
今考えてみれば、その真一と知り合ってから、あの、”エフ”事件に巻き込まれている
そして、今、また、その真一が現れたかと思ったら、もう二度と会う事もないだろうと思っていた高城刑事からの唐突な電話・・・
なぜだか、とても嫌な予感がした
まるで、全てが、”響”という人物と関係しているかのような・・・
「・・・まあ、どっちにしろ、明日”響”っていう人の事を詳しく聞きだしてから・・・だな」
天を仰いだまま呟いた舵が、その視線の先にあった北斗七星に手を伸ばす
届いたと思えたその星が
実際は、決して手の届かない遥か彼方の存在なのだという事を改めて知り
伸ばした指先を、握りこんで