求める君の星の名は
ACT 45
<修学旅行3日目・午前・Rホテル・スィートルーム>
「・・・遅くなりました。こちらが例の”代替品”です」
慇懃に一礼を返した神谷が、向かい側の豪奢なソファーにゆったりと座って薄笑いを浮べている、一見、少女かと見まごうほどの美貌と艶やかな長い髪の少年・・・イスハークをサングラス越しに見返す
そのソファーの背後に立ち、神谷と同じくサングラス越しにこちらを油断なく見据える男・・・飛(フェイ)が事務的な口調で神谷に告げた
「・・・マジシャン北斗の息子で紅い髪、紅い瞳の浅倉 流・・に間違いないんだろうな?」
「・・・お疑いでしたら」
そう言った神谷が、おもむろに横に置いてあった特大サイズのスーツケースを倒し、バチンッ・・!と開け放つ
その中に
両手両足を縛られ、意識をなくした状態の流が居た
「・・・なるほど。”ダブルクリムゾンスター”とはよく言ったものだ」
ニヤリ・・・と笑った背筋を震撼させる何かを滲ませたイスハークの笑みとその声音に、神谷がサングラスの奥で眉根を寄せていた
・・・・・・ダブルクリムゾンスター・・・?一体何のことだ?
そんな疑問を抱きつつも、神谷が抜け目なく飛(フェイ)に向かって問いかける
「では、これで約束どおりあなた方の持つ”商品”を、例のルートから片桐に流して頂けるのですね?」
「いいでしょう。ですがクスリ自体はまだ未完成品・・・今回の代替品はあくまで一時的な処置に過ぎません。クスリを完成できなければ、この取り引きからは手を引かせてもらう。それはお忘れなく・・・!」
一応、年上である神谷に対して丁寧な言葉使いの飛(フェイ)だが、その物言い、顔つき、態度・・・どれをとっても有無を言わさぬ威厳と風格が漂っていた
相手に反感を抱かせることなく、しかし己の居る位置・・・という物を誇示することも忘れない
一朝一夕で身につけたものではない、中国裏社会を牛耳るとも噂される皇一族の年若い総帥の片鱗が伺える
「・・・承知しております。こちらは既に予定通り港の第3倉庫に全ての積荷を搬送し、救援物資輸送の船は”シルバーネプチューン”が停泊している波止場の隣に接岸されています。後は積み込むだけです」
「結構。全て予定通りですね。運良く我々も”シルバーネプチューン”に乗船できる事になりましたから、出港前に積荷の最終確認もさせていただきます。途中、荷の積み替えがスムーズに行えるように・・ね」
「・・・っ、言われたとおりコンテナの右端に赤い塗料の目印をつけるよう、指示は出してあります。抜かりはありません」
まるでこちらを信用していないかのような飛(フェイ)の言動に、神谷があからさまに押し殺した声で言い募る
国際会議を通して送られる救援物資は、アジア近海のルートを辿ることになっている
その途中で、海賊を装った飛(フェイ)の配下達がその貨物を積み替える手筈になっていた
それを短時間でスムーズに行う為の・・・言わば下準備
「・・・別にあなた方を信用していないわけではありません。どうやらうるさいネズミがいろいろと嗅ぎ回っているようなのでね・・・」
ニヤリ・・・と、不敵な笑みが飛(フェイ)の口元に浮かぶ
その、周りからは見えないサングラスの下の視線が、一瞬、部屋のドア付近で番犬よろしく立っているロウの背中に注がれていた
ゴロン・・・ッ
手荒く無造作に絨毯の上に転がされた流が、『・・・ウッ』と呻きつつ身じろいだ
「オイ、起きろ、紅い星」
頭上から注がれた声に、流がゆっくりと視線だけを上向けた
・・・・・・・・え!?女?・・・じゃねぇよな
一瞬、流が見間違えそうになるほど、イスハークは中性的な容貌をした少年だった
緩やかに波打つ長い漆黒の髪が流の頬をかすめ、その容貌とは裏腹の荒々しさで流の紅い髪を掴み上げて上向かせ、間近にその顔を覗き込んでくる
「・・・へぇ、本当に紅い色をしているんだな、その目。しかもクスリにやられてる目じゃない・・臭い芝居ならやめておけ」
覗き込んできた、その漆黒の瞳
その瞳の放つ鋭さは、まさにハサンが持つものと同じ
見据えられると目が離せなくなる輝き
不思議な威圧感を放ち、抗う気力を失わせる力強さ
さすがにハサンの従兄弟だけの事はある、下手な小細工など通用する相手ではないかな・・と流が密かに嘆息する
芝居だと見破られているのなら・・・と、不意にイスハークと真っ直ぐに視線を合わせた流が、キ・・ッとその漆黒の瞳に負けない鋭さと輝きで睨み返した
「・・・俺は浅倉 流だ。紅い星とかいう変な名前で呼ぶんじゃねぇ!」
流の放つ視線の鋭さとその思わぬ気の強い物言いに、イスハークが僅かに目を見開き意味深な薄笑いをその口元に浮かべる
「お前は・・ハサンの何だ?」
「・・・っ、てめぇこそ、なに者だよ!?何企んでやがる!?」
「・・・なるほど。それを知りたいがために臭い芝居を演じていたわけか、いい度胸だ。残念ながらお前はただの餌だ。本物の紅い星を手に入れるためのな」
「本物の紅い星・・・?」
「そうだ。ダブルクリムゾンスター・・・どちらがあのハサンの息の根を止める要素になるのか・・・それを確めさせてもらう」
「ふざけるな!さっきから訳わかんねぇ!ダブルクリムゾンだかなんだか知らねぇが、こっちにしてみりゃはた迷惑もいいとこだ!!」
「・・・いいねぇ、その気の強さ。もしもお前が本物の紅い星でなかったら、すぐに”商品”として売りに出してやろうと思っていたんだけど・・気が変わった。
”商品”は”商品”でも調教してオークションにかけてやる。さぞかし良い値がつくだろうよ」
「な・・・っ!?」
不意にイスハークが何かを合図するかのように、視線を流す
途端
流の後頭部に鋭い手刀が振り下ろされ、流の身体が脱力して沈み込んだ
その手刀を振り下ろした張本人、ロウがその身体を軽々と小脇に抱え上げ、イスハークの次の指示を忠実な犬のように待っている
「ロウ、コイツを荷物と一緒に船に積み込んでおけ。丁寧に扱えよ?俺を楽しませてくれる新しいオモチャなんだからな・・・!」
クスクス・・・と笑う細められたイスハークの漆黒の瞳に、酷薄な輝きが宿っていた
<修学旅行三日目・午前・京都市内自由行動>
「じゃあな、浅倉!夕飯前には帰って来いよ!」
旅館から少し離れたバス停の前で、伊原と白石が違う方面のバスに乗り込もうとしている七星に向かって手を振っている
「お前らこそ!勝手に遠くに行くんじゃないぞ!分かってるんだろうな!?」
念を押すように、七星が伊原達に言い含める
成田 仁にいろいろと骨を折ってもらっている手前、今更茶懐石の手伝いをキャンセルするわけにも行かない
ここはもう、伊原と白石を信じる以外七星には術がなかった
「わーかってるってー!」
「じゃーなー!」
いつもどおりの気安さで返事を返した二人の様子に、ホッと安堵の色を滲ませた七星を乗せたバスが出発した
そのバスが見えなくなるまで見送った二人が、ニヤリ・・と笑みを交し合う
「・・・っしゃ!んじゃ、電車乗り場行って、港へ向かいますか!」
「浅倉の奴、本当に心配性だよな・・・ガキじゃねぇんだから時間内に戻ってこれる!っつーの!」
電車乗り場を目指し、二人が脱兎のごとく駆け出していく
その二人の後を、背の高い人影がまるで尾行するかのように歩き出していた
「・・・・っ、うわ・・・・ここ!?」
バスを降り、仁からもらっていた地図を頼りに歩いていた七星が思わず立ち止まり、茫然とその門を見上げた
延々と続いていた・・・白壁
ひょっとして・・・とは思っていたが、どうやらそれは京都でも一番の旧家で茶道の大家と言われる村田家の敷地を囲む壁だったらしい
その壁がようやく途切れた・・と思って現われた、まるで神社か何かの門か!?と思ってしまうほどの重厚で立派な門構え
時刻はまだ午前中で、その時間帯は地元の名家や企業の代表者、政財界の著名人・・・を招いた盛大な茶会が行われている真っ最中だ
門の周辺には黒塗りのベンツなどが横付けされ、いかにもそれらしい人間達が出入りしている
ネクタイつきのブレザータイプの制服・・・とはいえ、学生服に変わりはない
まさかそんな場所へ、そんな学生服のまま、正面から入れるはずもなく・・・七星が少し離れた場所から携帯を取り出して、中に居るであろう仁に電話を掛けようと携帯を取り出していると・・・
「あーーら、どこかで見た顔だと思ったら、こんな所で何してるのかしら?」
ギクリッ!と、七星の肩が揺れる
どう聞いても聞き間違い用のない、この声音!
「・・・美・・月さん!?」
振り返った七星の目の前に、髪を結い上げ、艶やかな着物でその身を包んだ華山 美月が訝しげな顔つきで佇んでいた
「なにをコソコソやってるのかしらね?この子は」
「えっ・・いや、その・・・」
あからさまにうろたえてしまう辺り・・・まだまだ七星も子供・・・といったところだ
その様子にフ・・ッと目を細めた美月が、クスリ・・と笑う
「私を出し抜いてでも欲しい物が出来たのかしら?」
「っ!?」
何もかも見透かしたかのようなその一言と、その笑みに、七星が息を呑んで美月を見つめ返す
「・・・俺の考える事なんて全てお見通し・・・ってことですか?」
「まさか!そうね・・ただ私はあなたが知らない事実を少しだけ知ってる・・そんなところかしらね」
「俺が知らない事実・・・?」
「そ。ま、そんな事は置いといて。とりあえず、その校章入りのブレザーだけはどうにかしなくちゃね。いらっしゃい!」
七星を視線で促した美月が、角を曲がった所に停めてあった黒塗りのベンツの中へ、七星を押し込む
続いて美月が乗り込んだ途端、『ナオ!例の物出してちょうだい』と、運転席に向かって言い放った
その言葉に素早く反応した黒髪のショートカットにサングラス・・・の運転手兼ボディーガードらしき女が七星に新しいジャケットを差し出した
「七星様、こちらをどうぞ。お召しのズボンと色味も合わせてありますので・・・」
手渡されたジャケットは、七星に合わせてキチンと仕立てられた一点物であるらしく、制服のズボンの色と合わせても違和感を感じない色合いとバランスを保ったものだった
つまり、こうなる事を予想して事前に準備されていた・・・ということ
「美月さん・・・これって・・・?」
「欲しいものがあるんでしょ?だったら自分で手に入れなさい。今あなたが持っている全ての物を利用して」
「え?」
「乗り込む前に、ちょっとした勉強会ね。とりあえず着替えて。こっちの資料に目を通してもらうわ」
そう言って、美月が後部シートの中央に引き出したテーブルの上でノートパソコンを立ち上げ、着替えを終えた七星にその画面を指し示す
「・・・・っ!?美月さん、これ・・・!」
「そ、村田の持つ土地や建物、親族が経営する会社の資産状況。バブルの時に拡張した事業のほとんどが行き詰ってる上、次に遺産相続となった時、持ってる土地・資産のほとんどを手放さないと支払えなくなるわ」
「そんな・・・!」
「旧家と名の付く名家では往々にしてよくある事よ。事業に才気のあるものが居なければ、そこに培われた伝統も文化も失われていく・・・どうしようもないわね」
「・・・・っ、」
思わず言葉を失って画面を食い入るように見つめた七星に、少しの間を置いて、美月が意味深な笑みを浮べて問いかけた
「・・・・さ、どうする?華山グループ次期総帥さん?」