求める君の星の名は










ACT 46









<修学旅行3日目・村田家・別邸茶室>


カタン・・・ッ


茶室奥の茶道口が開き、着物姿の初老の男・・・亭主である『宗和』こと、村田家当主・村田紀之(むらたのりゆき)が何度目かの運び出しをする

午前中に行われた著名人や地主、地元の権力者を招いての茶会は滞りなく終わり、今は村田家親族の中でも重鎮と呼ばれる歴々が、屋敷の別邸に建てられた茶室に集って、恒例となっている茶懐石を楽しんでいた

この別邸は大人数での茶事に使われている茶室で、通常のものよりかなり広い造りになっている
奥庭に向かって片側が障子になっていて、今日はちょうど見ごろのアジサイを愛でられるようにその障子が開け放たれていた

茶事懐石の料理は汁から始まり、膳、初献、飯、煮物、焼き物、進肴・・・と進み、湯斗・香の物で終わる

茶事の本質は濃茶をいただくことであって、食事はあくまで一時しのぎだ

それ故に

亭主は自ら材料を吟味して揃え、心を込めてほど良い量を供する事に心を砕く

その日の懐石も、京都でも一番の老舗・成田屋本店の料理人達と何度となく吟味し、厳選した素材、調理方法で作られているらしく、その内容は素晴らしい物だった

その亭主の運び出しのために、成田 仁が一人、身を粉にして奔走していた
このまだ年若い成田屋初のハーフの後継ぎの片割れは、その生真面目さと腰の低さから料理人や使用人達に至るまで信頼され慕われている

その仁の仕事振りを感嘆の目で追いながら、七星もまた下げられた食器や膳をテキパキと水屋へと運びつつ、中の様子を窺っていた

さすがに茶道の家元だけあって、作法にのっとり無駄話など皆無

親族会議が行われるのは、大抵、濃茶に続き〆の薄茶が振舞われる時らしい

しかも

この茶懐石の席上に、舵の姿はなかった



懐石が終わり、濃茶を点てる亭主・紀之の茶筅の音が聞こえてくる頃になると、後はもう茶菓子の運び出しのみ・・で、ようやく仁が七星の居る水屋へと駆け寄ってきた


「今日はほんまにご苦労さまでした!浅倉さん、細々よう気ィ付いてくれはる言うて、お勝手さんたちがエライ誉めてはりましたから」

「いえ、とんでもない、無理言って手伝わせてもらったのは俺のほうですから。それにしても成田の料理は趣向が凝らしてあって細工の技術も凄いんですね。感心しました」

「へ!?ほんまですか?いや、うれしいなぁ。実は今回のは板さん達にも無理言って、僕の案で行かさせてもろうたんです。
村田の家元はんも乗ってくれはって。成田の方では今、合理化一辺倒で・・なかなかここまで凝ったもん作られしませんから」


七星の率直な賛辞に照れたのと、大仕事が終わった気の緩みがあったのだろう・・・つい、仁の口から本音である今の成田のやり方への不満がポロリ・・と零れ落ちる

その言葉を聞き逃さなかった七星が、フ・・・ッと意味深な笑みを浮べた


「実は、仁君のその料理の腕を見込んで、会って欲しい人が居るんです」

「え?僕に・・ですか?」


目を瞬いた仁を横目に、七星が水屋の外に佇んで居た人物を呼び寄せた

仁の目の前に現われたのは、艶やかな着物姿の迫力美人


「仁君、紹介します。俺の叔母で華山グループ社長、華山 美月さん」

「・・・は!?」


思いがけない名前と、漂う美月の人を圧倒するオーラに気圧されたように、仁が息を呑んで絶句する


「はじめまして。老舗の成田初のハーフの後継ぎの片割れさん。いきなりで悪いんだけど、ちょっと付き合ってもらうわよ?」


ニッコリと空恐ろしいまでの笑みを浮かべ、美月が有無を言わさぬ命令口調でそう言った














「では、本日は趣向を変えまして、薄茶は私の弟子に点てさせて頂きます」


炉の前から身体をずらして座した亭主・『宗和』こと村田紀之が、村田の親族である重鎮たちに向かって頭をたれる


「・・・弟子?」
「いつのまに・・?」
「いったい誰が・・?」


一斉にざわついた親族達の視線が茶道口に注がれた


ス・・・ッ


まるで音も無く茶道口の襖が開かれ、そこからキッチリと髪を上げ、一部の隙もなく着物を着こなした男・・・舵が真の礼を返し、顔を上げた


途端・・・!


「っ、響!?」
「まさか・・・!」
「誰がこんな奴を!?」
「悪ふざけにもほどがある!」


悲鳴にも似た非難の声と罵声が口々にあがる
その騒然とした雰囲気を物ともせず、凛とした声音が舵の口から響き渡った


「お久しぶりです。『宗栄』こと村田貴也です」


一瞬にしてその場が水を打ったように静まり返ったかと思うと、みな一様にその舵の顔を凝視する

冷静になればすぐに分かる・・・それが響ではなく、響きによく似た面差しの、貴也であると

たちまち先ほど騒いだ面々が、たった今発っした言葉をどうにかして誤魔化そうとするかのように、視線をさまよわせた


「長い間、勝手をしまして申し訳ありませんでした。先ほど正式に書類を作成し、村田家に関する相続の権利全てを放棄させていただきました事、ご報告させていただきます」

「な・・っ!?貴也!誰がそないな事認める思ぅてるの・・・!」


親族たちの中に混じって座していた沙耶が一膝前に乗り出して言い募ったが、舵の鋭い真っ直ぐな視線がその言葉を遮った


「私には村田の名を継ぐ資格はありません。家元として『宗和』の名を継げるのは、その血を継いだ直系のみ。違いますか?」


言い放った舵が、居並ぶ親族達一人一人に確認するように視線を向ける
だが、誰一人としてその舵の視線をまともに見つめ返す者など居ない

けれど


「・・・っ、では、誰が『宗和』を継ぐいうんや!?」
「そ、そうや!『宗和』の名を継げるんは、直系の血を引く男子だけのはずや!」

「せやったら、沙耶!お前が早う結婚して・・・」
「そうや!こないだ縁談できてたどこぞの御曹司とでも・・・!」


口さがない連中が、舵の問いから逃げるように好き勝手に騒ぎ出す
周囲の親族の攻撃の的になった沙耶が、まるで舵の代わりにその非を受けるように耐えている
堪らず怒声を上げそうになった舵より先に、宗和こと紀之がその連中を一喝した


「いい加減にして下さい!誰が『宗和』の名を継ぐか、それを決めるのはこの『宗和』自身のはずです!」


凛とした、空気を震撼させるような村田家当主『宗和』の声が響き渡る
再びシ・・ンッと静まり返った室内に、紀之の静かな声がこだました


「・・・『宗和』は私の代で終わりです。誰も・・これ以上重荷を背負う必要はない」


紀之のその言葉に、舵が息を呑んでその横顔を見つめ返す
だがその横顔には、揺るぎない決意を秘めた静かな微笑さえ浮かんでいた


「なっ!?なにをバカな事を!?」
「そんな事を勝手に決められるとでも・・・!?」


次々に上がろうとする非難の声を、更に紀之が一喝する


「バカな事をおっしゃっておられるのは、あなた方のほうでしょう!
ではお聞きしますが、今日のように煩雑に著名人を招いて茶事を行う意図はなんですか!?あなた方が所有する会社や企業の資金繰りがままならないからでしょう?

村田の持つ資産を担保に始めた事業で行き詰っていないものなどあるんですか!?
あなた方が貴也に求めたのは、茶を受け継ぐ事じゃない、その資産を守るための商才じゃありませんか!

そんな物のために残す茶になど、何の意味があるんです?
どのみち、村田の全ての資産をその負債に充てなければ、どうにもならない所まで来ているはずです。違いますか?」


真っ直ぐに見据える紀之の瞳に迷いはなく
そして実際、それ以外、もうどうしようもない状態にまで来ていることを、誰一人として反論の言葉を発しない事が証明していた


「・・・私の考えに異議がある方はどうぞ今、おっしゃってください。なければ・・・」


続けざまに言い放たれた紀之の言葉に応える様に、開け放たれていた奥庭から女の声が聞こえてきた


「・・・そのお考えには賛同しかねます」


不意に聞こえたその声に、一斉に庭の方へと全員の視線が集まった

そこに

着物地の布で緩やかに長い黒髪を束ね、加賀友禅を見事に着こなした女が佇んでいた


「佐保子!?」


驚きで目を見開いた紀之が、微笑を浮べたその女の名を呼んだ




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