求める君の星の名は










ACT 49






ブルルルル・・・・ブルルルル・・・・・


不意に七星のジャケットの内ポケットで、携帯のバイブが振動した
ハッとして胸ポケットに手を伸ばした七星に、横に居た紀之が『どうぞ』と、電話に出るように笑み返す

『すみません』と言って携帯を取り出した七星が、その画面に表示された名前を確認しつつ通話ボタンを押した


「・・・はい。もしも・・・」


言いかけた七星が、いつもと違う相手の感じにハッと言葉をなくす

表示されていた相手の名は、伊原

いつもの伊原なら、七星が電話に出た途端陽気で明るい声で『あっさくらく〜〜ん♪』と、七星が言葉を継ぐより先に呼びかけてくるのに・・・!

今、この携帯をかけてきた相手は、言葉もなく無言で・・・七星の出方を待っている様な気配が感じられたのだ

その雰囲気を感じたのと同時に瞬時に駆け抜けた・・・冷たい悪寒
携帯越しでさえ、あの時感じた同じ冷たさが伝わってくる


「・・・っ、伊原に、何をしたんですか!?村田響さん?」


携帯を持つ指先が白くなるほど握り締めた七星が、不意にその表情と口調を一変させてそんな言葉を言い放つ


「え!?」
「浅倉!?」


紀之と舵が同時に驚愕の声をあげ、七星を凝視した

そこにある七星の漆黒の瞳には、舵が今まで見た事も無い鋭さと剣呑とした怒気が滲んでいる


『・・・クク・・アハハ!さすがだなぁ。そういう賢い子はオジサン大好きだよ?』


聞こえてきた、如何にもその状況を楽しんでいるとしか思えない低い笑い声
舵のそれと同じ・・からかう様な響きを滲ませた、ふざけたような口調


似ている・・・!


そう思うだけで、眉間にシワが寄り言い知れぬ嫌悪感が七星の神経を逆なでする
よりにもよって、なんだって、こんな奴が舵の父親なのか・・!と


「あなたは、いったい・・!」


言いかけた七星の言葉を遮って、響が言い募る


『その名前で呼ばれるの、オジサン大嫌いなんだよ。だから、”キョウ”って呼んでくれないかなぁ?浅倉七星君・・・いや、華山七星君と呼んだほうが良いのかな?
君はどっちで呼ばれたいんだろうねぇ?』


前半は、一度聞いたら忘れられないほどのゾッとする冷たさを滲ませた声音で
後半は、クスクス・・と笑いながら返されたその名前、その問いかけ

七星が華山家の後継者と知っている・・!ということは、やはり、去年の夏あのホテルで会った男はこの男!
あの時あの場に居たなら、『AROS』絡みでそこに七星が居たことを知り得たはずだ

その上、どうやら”エフ”絡みで新井組が捜していた男、”キョウ”!
それもこの響だったらしい

ということは、

舵が巻き込まれたという麻薬密輸事件・・・それにもこの男が関わっていたという事!

七星の中で、今まで点でしか見えていなかった一連の出来事の繋がりが、徐々に一本の線へと変わっていく



・・・・・・この男、いったい何者なんだ?なにを考えてる!?



湧き上がる警戒心
ゆっくりと七星の顔つきが北斗のそれとよく似た色合いを帯び、変わっていく


「・・・どちらでもお好きな方で。俺にとってはどっちの名前も大事な名前ですから・・・響さん」


敢えて七星が”キョウ”とは呼ばず”響”の名で返事を返す


『・・・イケナイなぁ、子供が大人に逆らっちゃぁ・・・』

「大人だったら子供になにをしてもいいって言うんですか?」

『アハハ・・ッ!言うねぇ。まあ、そう言わずオジサンとゲームでもして遊ばないか?そこに居る、俺の可愛い息子をかけて』

「なん・・・っ!?」

『それ、俺の大事なオモチャなんだよねぇ。だから勝手に持って行かれちゃオジサン困るわけ。だから、君の大事なお友達を迎えにおいで。無事にお友達を取り戻せたら、そのオモチャ、君に上げるよ。でも、できなかったら・・・両方オジサンのモノだ』

「っ!?ふざけるな!誰がそんなゲーム・・!」

『あれ?じゃあ、お友達がどうなっても知らないよ?知ってるかなぁ?裏の世界では人身売買のオークションとかあってねぇ・・面白いよ?』

「なっ!?」

『じゃあ、ゲーム開始だ。タイムリミットは”シルバーネプチューン”の出港時間まで。北斗のマジックショー並には楽しませてくれよ?北斗の息子くん・・!』

「ちょ・・・っ!?」


言いたいことだけを言い放った響が、唐突にブチッと電話を切った

蒼白な表情で唇を噛み締めた七星に、舵が詰め寄った


「浅倉!今の、伊原がどうしたって!?」


言い募った舵に視線で『ちょっと待って』と訴えた七星が、紀之の方へ向き直って問いかけた


「・・・もう一度お聞きします。村田響と言う人は、どういう人なんですか?」


七星の静かな怒気を孕んだ表情と、先ほどの電話の受け答え・・・からある程度の事を察した紀之が、膝の上に置いていた拳をギュッと握り締めた


「・・・兄の望みは人から憎まれることでした。愛情など一時の感情に過ぎない、だが憎悪は消えることなく蓄積されてその感情が消え去る事はない、憎む者の存在がある限り自分は死ぬことはない・・・そう言ってはばからなかった」

「っ!?」


思わず七星が目を見開いて紀之を見つめ返す
その七星に対し、紀之が厳しい表情になって言った


「兄の中でその相手が特別であればあるほど・・・その相手が自分の事を決して忘れないように、憎まなければならないように仕向けてくる。
貴也は、そういう意味で唯一血の繋がりがある、兄にとって一番特別な人間・・・。

兄は、その本人に対して直接手をくだす事をしない代わりに、その周囲に居る、一番身近で一番大事なモノに対して仕掛けてきます。それが一番憎まれるやり方だと知っているからです。今の電話もそうだったのでしょう?」


問いかけた紀之に、七星がゆっくりと頷き返す


「・・・ちょっと・・・待って。それが本当なら、まさか・・・俺が渡英してる時に巻き込まれたあの麻薬絡みの事件も・・!?」


二人の会話に、ハッと昔、渡英先で一番親しい友人だった大吾と、自分を誰かと間違えて出合った真一、あの事件に巻き込まれた経緯に思い当たった舵が、誰に問うわけでもなく茫然と呟く

その呟きに、紀之が答えを返した


「ああ・・!お前の居場所を沙耶が知るきっかけになったあの事件か?あれも恐らく兄が絡んでいるだろうな・・・。何しろお前が失踪してすぐに中近東の紛争地域に行くと言って、それっきり姿を見せなくなったから・・・」


舵がその事件に巻き込まれる少し前、米英が主軸となった連合軍と中近東は紛争状態だった
麻薬密輸事件は、その紛争が停戦に入ってしばらくたった頃のことだ
響がそれに関わっていたとしたら、停戦後、その周辺の国に居た可能性は高い


「・・・響という人は、そんな地域でいったい何をしていたんですか?」


全ての点が、一本の線に繋がる
そんな予感を感じながら、七星が紀之に問いかけた


「傭兵・・・だと聞いた記憶があります」

「っ、やっぱり・・・!」


当たった予感に、七星が深いため息を吐く


中近東、紛争、傭兵、麻薬、片桐、AROS、美月、舵・・・そして、流の拉致


その延長線上に、居る、モノ



・・・・・・ファハド国王にハサン王子、そして・・・もと傭兵だったというアル!



思えば

1年前の舵との事からして、既にあのアルが絡んでいた
七星を守るために暴漢にあった舵を、あのアルが助け、その上、父親である北斗と供にその存在を舵の前に曝したのだ

今まで・・・麗や流や昴にさえ、その姿を曝していない・・・あのアルが

おまけに
舵を暴漢から助けた事に対する礼を言おうとした七星に対し

あの時、アルは


『やめておけ、後で後悔するハメになるぞ』


確か・・・そう言っていた

父である北斗を炎の中から救い出し、その後、7年もの月日を費やして北斗を手に入れるため、用意周到な罠を仕掛けてきたような男だ

今、ここに、あの男の何らかの思惑が絡んでいたとしても、不思議でもなんでもない

だが
例えそうであったとしても

今は、そんな事を詮索している暇はない

日はもう傾こうとしている
伊原達が持っていた”シルバー・ネプチューン”の寄港宣伝ビラには、確か・・・出港は夜の10時頃と記されていたはず

ここから港まで、約1時間半はかかる

グズグズしている暇はないのだ

そう思った七星が腰を上げようとした時


「・・・・七星!」


佐保子と沙耶と供にどこかへ行っていた美月が小走りに戻って来るやいなや、七星の名前を呼んだ


「美月さん!?」


驚いて振り返った七星に、それ以上言葉を継げさせず美月が命令口調で言い放つ


「急ぎなさい!伊原くんと白石君を取り戻しにいくんでしょう?」

「え!?どうしてそれ・・・!?」

「詳しい事は車の中で聞きなさい!ナオ!」


美月がその名を呼ぶと同時に、開け放たれていた庭先で、ナオこと美月のボディーガード・高城直子が七星と舵の靴を軒先に揃えて一礼を返していた


「七星様、舵様、お急ぎ下さい」


その言葉に、一瞬顔を見合わせた舵と七星が頷きあい庭へと降り立ち、ナオと供に庭を囲む塀にあった裏木戸から外へと走り出ていた


「っ、たか・・」


舵の背中を追おうと腰を浮かした紀之を、美月がス・・ッと片手を突き出し、それを制した


「村田響・・・とてもじゃないけど私たちでは止めることも、捕らえる事も叶わない人。違いますか?」

「っ!?」

「それが出来るとしたら、その血を継いだ子だけ。そして七星は、その子が選んだ相手。彼ら以外その人を止められる人がいるのかしら?」

「華山様・・・!」

「私は、七星を信じています。あなたも、信じていらっしゃるんでしょう?」


意味深に微笑んだ美月に、紀之がゆっくりと浮かしていた腰を再び沈ませた


「・・・ええ、信じています。貴也を・・・そして、兄を」


静かに言った紀之の言葉と、七星達が乗った車の急発進する音が重なった




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