求める君の星の名は
ACT 50
舵と供に車の後部座席に乗り込んだ七星が、二人同時に驚愕の声を上げた
「山下先生!?」
「はは・・、や、どうも」
乗り込むと同時に急発進した車の運転席に居た世界史教師・山下が、苦笑を浮かべながら二人をチラリ・・と一瞥した
その隣、助手席に乗り込んでいたナオが、後部座席の二人に振り返りながら告げる
「驚かせてしまって申し訳ありません、七星様。この山下、そして金子は要人警護派遣会社”アンタレス”の社員で、七星様と舵様の警護についていました」
「ええっ!?」
「金子先生も!?」
再び同時に驚きの声を上げた七星と舵が、驚いた表情のまま運転席に座っている山下の後頭部とナオの顔を交互に見つめている
「金子は朝から伊原君と白石君を尾行して港に向かいました。その金子からの連絡で二人は今、港の第三倉庫の中に軟禁されているそうです。ただ、見張りの人数が多く金子一人では救出は困難。こちらの到着を待っている状態です」
伊原と白石の後を尾行していった背の高い人影は、金子だった
前夜にフロントで白石を見かけた金子は、二人が港へ向かうルートの情報と地図をえていたことを知り、舵と同じ地点に向かう七星の警護を山下に任せ、二人を尾行していたのだ
「無事なんですか!?」
「大丈夫です。捕らわれてはいますが、特に危害を加えられた形跡はありません」
ナオの言葉に、舵と七星がホッと息を付く
同時にナオから差し出された着替えを受け取った舵が、後部座席との境にあったカーテンを閉め、着物姿から一転素早くスーツへと着替えていく
その横でカーテンから顔だけ出した七星が、ナオに質問を浴びせた
「村田響と言う人物について、何か情報はあるんですか?」
「残念ですが、その名前で逮捕歴などの前科は一切ありません。ですが、キョウと言う名前でなら、以前の紛争時に傭兵として軍隊に雇われていた記録がありました」
「それは、正規の軍隊に・・・?」
「はい、フランス外人部隊です。その後はフリーランスの傭兵として紛争地を渡り歩いていたようですが、数年前から傭兵としての記録は残っていません」
「記録がないということは、傭兵は辞めたということですか?」
「おそらくは・・・。その後は表立った記録に残る物が何もありません」
「・・・分かりました。ありがとうございます」
律儀に軽く頭を下げて礼を言った七星が首を引っ込め、後部座席に深く寄りかかって思案気に項垂れた
記録に残っていないという事は、おそらくは個人に雇われたか何かだ
”エフ”絡みだとするなら、その流通に関わる人間の警護かなにか・・・
もしもそれが、あのサウードだったとしたら
当時、サウードの護衛に付いていたのは確かアルだったはず
仮説でしかないが、もしもそうなら、そこでキョウとアルが会っていた可能性がある
いや、可能性で言うならその以前、互いに傭兵として既に互いの存在を知っていた事も無きにしも非ず・・・だ
もしもその仮説が当たっていたとしたら、去年舵の顔を見たアルは舵とキョウが酷似している事に気が付いていたはず
いや、だからこそ、舵の前にその姿を曝したのかもしれない
キョウの息子だと知っていたからこそ、七星の側に舵が居られるように画策した?
だとしたら、その目的は?
あの誘拐事件で北斗と流をサウードから逃がした後、アルは一人残ってサウード陣営に制裁を加えていたという・・・
その時、その陣営の中に息子であるイスハークが居たとしたら、アルはイスハークを取り逃がした事になる
そのイスハークに護衛として付いていたのが、キョウだったとしたら・・・!?
そう考えれば、全ての点が一本の線に繋がる
あのアルがそんな失態を犯すなど考えられない事だが、アルも人間だったという事なのか?
いや、違う。
だったら今までアルがイスハークやキョウを野放しにしておくはずがない
新井組がキョウを探していた・・と言うことは、イスハークとキョウは何らかの理由で反目して離れていたと取っていい
それが、ワザとイスハークを取り逃がしたアルによって仕組まれたモノだったとしたら?
新井組(片桐)が”エフ”の偽造品を作り、キョウを探していたのは本物の”エフ”の製造においてキョウの存在が必要不可欠だったからだ
キョウと反目した事により、イスハークは資金源だった”エフ”が作れなくなった
つまりは、イスハークの動きを封じていた事になる
殺さずに力を封じ、その間に『AROS』を立ち上げた
しかもハサン王子は表に出ることなく、アリーがその代表として活躍している
なにか、妙だ
なにか、引っかかる
ハサン王子と敵対すると分かっているはずの存在を、なぜ生かしたままにしておくのか?
なぜハサン王子は表に出ず、アリーを代表にしているのか?
そこまで思い至った七星が、ハッと携帯を取り出し電話をかけた
ブルルルル・・・ブルルルルル・・・
バイブモードにしていた麗の携帯が胸ポケットの中で振動した
「はい、あ、七星!?」
『麗!?今、どこだ!?』
「えー・・とね、港」
『港!?港のどこだ!?』
「えー・・・とね、シルバーネプチューンの中」
『は!?どういうことだ!?』
通常こういった客船は、停泊中とはいえ乗船客以外船内に立ち入る事は出来ないはずだ
「ちょっとね、知り合いが居たんだ。で、その人の連れって事で特別に中に入れてもらったってわけ」
『知り合い?』
「七星はまだ直には会ってないね。『AROS』の代表者って言えば分かるかな?」
『っ!アリー・サルマーン・ハルブか!?』
七星はアリーとは『AROS』の事業展開の事で何度かメールのやり取りはした事があるが、直にはまだ会った事がなかった
だが、テレビでいつも見る印象的な赤い髪、普段は薄い色付きのサングラスで遮られた赤い瞳は脳裏に焼きついている
「そう。だから流の方は心配しなくて良いよ。こっちで何とかなると思うから。で、何で七星はこの港に向かってるわけ?」
七星の携帯には旅行前に麗がGPSをつけている
七星の行動はそれを通して麗に筒抜けだ
『伊原と白石がその港でキョウに拉致られた。キョウは舵の父親だ』
「っ!舵先生の!?」
思わず麗の声が跳ね上がる
さしもの麗も、そんな展開までは予想していなかったようだ
『どうやら俺達はハサン王子達の何かの思惑に巻き込まれてるように思うんだけど、お前はどう思う?』
「・・・同感。もっともそれが何であれ俺達には関係ないよ。俺達は家族と友達を取り戻す、それだけだろ?」
『・・・つまりは黙って巻き込まれる気は更々ないってことだな?意見の一致を見たな』
「当然」
『じゃあ、流の事は頼んだぞ。俺は伊原達を取り戻す』
「了解」
パチンッと携帯を閉じた麗が、振り返る
全室スィートと言う豪華で落ち着いた雰囲気の客船内にあって、もっとも広いオーナーズスィートの一画
その重厚な革張りのソファーセットに、麗と並んでも見劣りしない容姿を誇るプラチナブロンドに青い瞳の青年、ゲノム・ファーマシー代表アルフレッドがにこやかな笑みを浮べて座っていた