求める君の星の名は
ACT 51
「・・・あなたはいったい何者なんです?アルフレッドさん?」
互いに笑み返しながらも、笑っていない麗の青い瞳とアルフレッドの青い瞳同士がぶつかり合う
「製薬会社の社員に見えませんか?」
「見えませんね」
即答した麗にアルフレッドが苦笑を浮かべ、ゆったりとソファーの肘掛に肘をついた
柔らかなその物腰と言葉使い、その雰囲気からして麗よりも10歳は年上・・20代後半位の年齢のようだ
「それは困ったな。今の私にはこの名前とその位置づけしか与えられてないんですよ」
「聞いても無駄だとおっしゃりたいんですか?」
「正確には、その問いに答える許可が下りていない・・・と言ったところですね」
「許可?誰のですか?」
「”天空の破片”と呼ばれている人の、です」
「”天空の破片”?ラピス・ラズリの別称ですね」
「さすがによくご存知ですね。”ホープ”、”キャッツ”、”アレクサンドライト”・・・稀少と言われる宝石の名で呼ばれるだけのことはある」
意味深な微笑みを浮かべながら告げられたその言葉に、ハッと麗がその青い瞳を僅かに見開いた
”アレクサンドライト”その名で麗を呼ぶのはこの世でただ一人だけだ
・・・・・・やはり、ファハド国王絡みか・・・!
麗が心の中で嘆息する
薬理ゲノミクスの会社、”ゲノム・ファーマシー”確かにそれはその人物・・ファハド国王が出資している会社ではある
だが、今、麗の目の前に居るこのアルフレッドは、そんな会社の一社員には到底思えなかった
短く整えられたプラチナブロンドに際立って整った容姿もさることながら、その全身から滲む雰囲気はどこか人を威圧する
それは上に立つ者のみが有する気配で、決して人に使われる人間が持ちうるものではない
だいたい、そんな一社員がこの豪華客船の中でも一番豪奢で広いオーナーズ・スィートに居るはずがない
ここに来るまでにしても、どうにも府に落ちない事が多かった
麗は単独行動に出た高城を追った秋月と別れ、昴と供にこのアルフレッドとアリーをホテルのフロントで待ち伏せして声をかけた
ターバンで髪を覆い隠し、薄い色味のサングラスでその瞳を隠したアリーは、驚くどころか『・・・来ると思っていましたよ』と、意味ありげに笑み返してきたのだ
そうして一緒に港まで向かいシルバー・ネプチューンに乗船すると、なぜかアリーはアルフレッドとは別れ、別室のシルバー・スィートへ
アルフレッドは麗と昴と供にこのオーナーズ・スィートへ
そして麗はアルフレッドと供にこのオーナーズ・スィートの中にあった別室で区切られた書斎のような部屋に通され、昴は昴でダイニングらしき部屋でお茶とお菓子を堪能しつつ、現在に至っている
流の拉致についても既に承知済み・・と言った雰囲気で、アリーもアルフレッドも動じるような素振りさえ見せなかった
まるで、流の拉致は想定の範囲内とでも言いたげに
それに加えて先ほどの七星からの電話
七星の言うとおり、何かの思惑に巻き込まれていることだけは確かなようだ
「・・・アリーとはなぜ別室に?」
「今回の事は、彼らと我々の利害が一致し互いに協力した方が相手の目を欺けるメリットがあったからで、目的は別だからです」
・・・・・・彼らと我々?
表情を変えることなく、麗がアルフレッドの言葉の意味を思案する
彼ら、と言うのはおそらくアリーを含めたファハド国王やハサン王子達の事だろう
そして、我々、という事は、このアルフレッドも単独ではなく何かの組織か集団の一人ということだ
「・・・ではなぜ、俺だけここへ?」
「適材適所。昴君は実戦タイプでややこしい話向きではないと判断しました。違いますか?」
「・・・じゃあ、俺は?」
「あなたは私と同じ。光りが輝く為には闇が必要だと知る戦略タイプ」
その答えに、僅かに麗の眉間にシワが寄る
実戦や戦略、適材適所・・・そんな言葉が通常の会話で普通に出てくることは、あまりない
それが自然に出るということは、恐らくこのアルフレッドは軍関係者と思ってまず間違いないだろう
ファハド国王と一番近しい軍関係といえば、かつての留学先だった英国陸軍士官学校・・・
そう考えれば、アルフレッドとファハド国王、アリーの繋がりが明確になる
・・・・・・軍となると、目的は・・・テロリストの摘発か
なるほど、6年前の爆破事件がここで絡んでくるわけだ
でも・・・!
素早く今回の構造図を組み立てつつ、麗が問いかけた
「つまり、今回の国際会議誘致や株の裏情報で流れた新薬の噂、全て最初から仕組まれた物だったというわけですか。そこまで用意周到に準備しなければならない目的とは一体なんなんですか?6年前の爆破事件が絡んでいるとしても、ただのテロリスト摘発にしては手が込みすぎてると思うんですが?」
その麗の推理力と核心をつく問いかけに、アルフレッドの瞳がスウ・・と細まった
「さすがだな。一介の学生にしておくには惜しい・・・こちら側にスカウトしたくなる」
「話をはぐらかさないで下さい。この質問はあなたの正体に関わる事ではないはず、答えてください」
凛とした声音を響かせて、麗がアルフレッドを挑戦的に見返す
その麗の眼差しに、アルフレッドが如何にも楽しげな微笑みを向けた
「テロを未然に防ぐ為にはテロリストを捕らえる事も重要ですが、それよりももっと根本的なモノを突き止める方が重要なのです」
「根本的なモノ?資金の出所やそのルートですか?」
「そう。紛争やテロが起こることにより一番増えるものは何だと思います?」
「・・・難民や孤児、でしょうね」
「その通り。知っていますか?ブラックマーケットやブラックオークションと呼ばれる闇取引で最も需要が高いものがなにか?いわゆる人身売買です」
「・・・売春や臓器売買、ですか?」
「まだあります、新種の薬や麻薬、細菌兵器や毒ガスの実験体・・・売買されればもうそれは人ではなく商品に過ぎない。特に臓器は需要が多く、値段も桁違いに高い。テロや紛争でマーケットに出回る商品が増えれば、そこで生じた利益が再び更なる商品を求めてゲリラや過激派へと流れていく・・・」
「っ、最低だな・・・っ!」
吐き捨てるように言った麗が唇を噛み締める
北斗が背中に大火傷を負い宇宙(そら)を失ったあの事故もまた、反戦を謳う北斗に対するテロだった
あの時、もしも北斗が麗、流、昴を養子に迎えていなかったら・・・麗たちもまた孤児としてそんな商品の一つになっていたのかもしれないのだ
それに、麗はそういった事に対し少しばかり思い入れがある
今まで誰にも言ったことはないが、あの事故の直後、幼い頃から容姿端麗だった麗は、その手の闇売人にどさくさに紛れて連れ去られかけた事があったのだ
その時麗を救ったのは、当時その地域に駐屯していたらしき軍人だった
時間帯が深夜だったのと、連れ去られる際に抵抗し手荒く扱われたせいで意識が朦朧としていた麗は、その時助けてくれたという人物を覚えていない
気が付いた時にはボランティアの医療施設の中、事故で負傷した者達と供に寝かされていた
麗をその人物から預ったという人を見つけ話を聞いてはみたが、何しろ事故直後で混乱していた時だっただけに、その記憶は曖昧で不確かなものだった
ただ、印象的な青い瞳をしていた事だけははっきりと覚えていてくれた
どう表現して良いか分からないが、とにかく不思議な青さだった・・・と
たったそれだけの手がかりではその人物を探しようもなく、今では遠い彼方の記憶の断片と化してはいたが、決して忘れる事など出来ない思い出・・・だ
そんな経緯があった麗は、恐らく兄弟の中で一番それを肌で感じ、自覚していると言っていい
そんな昔の記憶を呼び覚まされた麗が、ふと眉をしかめる
どうして、今、このアルフレッドは自分に対し、こんな話を振ってきたのか?
どう考えてもこれは、麗が納得の行かないことには動かない性質だということも把握した上での、感情面からの懐柔を含んでの対応だとしか思えない
他の誰にも話したことのないはずのその記憶と感情を、まるで知っていたかのように
ハッとした麗が、アルフレッドの青い双眸をジッと凝視した
そこにあった瞳の色は麗と同じ碧眼ではあるが、よく見るとその色合いは独特なものだった
突き抜けるような空の青さでもあり、どこまでも落ちていくことを望む海の青さでもあるような・・・この世にある全ての青をその中に凝縮したとでも言うべき色合い
その瞳に間近に見つめられたなら、きっとその瞳から視線が外せなくなるだろうと思わせる、人を魅了せずにはいられない色・・・まさにラピス・ラズリ
「・・・印象的な青ですね」
麗がその瞳を見つめながら意味深に問いかける
「・・・ただの遺伝です」
微かな笑みを口元に浮べながら答えたアルフレッドの真意は、麗には計れなかった
それに、助けたその人物がそんな昔の小さな子供の事を覚えているかどうかも疑わしい
おまけに正体を明かせないという前提がある、何を聞いた所でその答えは得られそうもなかった
だが、遺伝という事は”天空の破片”という異名をもつ人物も、その名に相応しい瞳を持っていると思ってまず間違いないだろう
その人物とアルフレッドが血縁関係にあるということも
残念ながら、今はアルフレッド側に関する情報は皆無
とりあえず”天空の破片”というキーワードは頂いた、コトが終わってからゆっくりとその正体を突き詰めていけば良い
それに、資金源として臓器売買が出た事でゲノム・ファーマシーと豪華客船というキーワードもまた、麗の中で一本の線として繋がっていた
人の個別認識データであるゲノムを扱うこの会社は、個人の遺伝子情報をデータ化し個々に合った専用の薬の調合から移植に対する拒絶反応への対応など、肌理の細かいサービスで知られ、今やこの会社に遺伝子情報を登録する事は上流階級でのステータスとまでなりつつある
その情報を元に、顧客の多くが利用する豪華客船における薬理データ管理は、このゲノム・ファーマシーが一手に請け負っていると言って過言ではない
本来、臓器移植は脳死問題や様々な倫理問題があって、正規の医療ではなかなか思うように行かないのが現状だ
だが、長期間にわたって洋上を旅する船内であれば、腕のある医者、極秘ルートで手に入れた臓器、拒絶反応などに対処できるだけの薬理データ、長期にわたる療養生活・・・その全てを準備し極秘の内に実行する事が可能
そこに絡む金の動きや入手ルートを探ろうと思えば、その組織の内部へ潜り込み情報を得る以外にない
おそらく今回のアルフレッド側の目的は、その辺にあるのだろう
ハア・・ッと大きなため息を吐いた麗が、真っ直ぐにアルフレッドを見据えた
「・・・で?俺にそんな話を聞かせた上で、どうしろと?」
「どうしろだなんて思ってもいませんよ。ただ、あなたは知っておくべきだと思っただけです。これから輝きを増すだろう星のために」
「輝きを増す星?」
「・・・アーレスは、アンチ・アーレスに近付いて初めて、ダブルクリムゾン・スターと呼ばれる星になる」
「ッ!?」
ハッと目を見開いた麗が、きびすを返してドアへと向かう
「どこへ行くつもりです?」
「決まっているでしょう、アリーの所です」
振り返りもせずに言い捨てた麗がドアノブに手をかけた途端、その手をガシッと押さえられ、止められた
「あなたが行く必要はありません」
「な・・っ!?」
一瞬にして麗の背筋が強張った
アルフレッドが座っていたソファーからこのドアまで、少なくとも五メートルの距離があった
それを、ホンの一瞬で音も気配もなく近付き、腕を掴まれたのだ
しかも、麗の目の前には、ドアに手をついたアルフレッドのもう片方の手があり、背後からぴったりとドアとアルフレッドの体で挟まれた格好になっている
これでは身動きできない
「・・・何のマネです?」
「言ったとおりの意味です。あなたが行く必要はない」
背後から感じる体温は温かく、頭一つ分高い所から麗の柔かな金色の髪をアルフレッドの吐息が揺らす
それは確かに拘束に近いものだったが、そこには威圧する気配は微塵もなく、掴まれた腕もただ動きを制しているだけのモノだ
それに、繰り返されたその言葉
その言葉に含まれた意を理解した麗が、ス・・ッとアルフレッドの手から逃れドアノブから手を離したかと思うと、クルリとそのドア越しに封じられた空間で体ごと反転し、上目遣いに間近にあったアルフレッドの顔を睨み返す
「・・・なるほど、俺としたことが抜けてました。一介の製薬会社の社員でもなく正体も明かせないような人が、こんなオーナーズ・スィートを借りられるわけがない。
ましてや、流が危険な目にあっているのを承知の上で、あの人が黙って見ているはずもない」
そう言った麗に、アルフレッドが満足げな笑みを浮べて笑み返す
そして、いつの間に手にしていたのか、ツイ・・と麗の眼前に黒光りするそれを掲げた
「ッ!?これ・・っ」
「使い方は知っていますね?あなたはあなたの持ち主を守りなさい。援護にはつきますが、少しばかり相手の数が多いようなのでね」
麗が何の躊躇もなく掲げ上げられた小型の銃器を受け取ると、ジャケットをめくり背中側のベルトの隙間に突っ込んだ
「・・・場所は?」
「港の第三倉庫です。新井組と厄介なキョウに気をつけて」
言いながら、アルフレッドがドアノブを廻し麗の背後のドアを開け放つ
一歩後ずさりきびすを返そうとした麗が、ふと足を止めて振り返った
「・・・借りた銃はいつ返せば良いですか?」
「次に会った時で結構ですよ」
即座に返されたその答えに、ふわり・・と麗が笑み返す
「じゃあ、次のあなたの役どころを楽しみにしています」
今はまだ、本当の名前も正体も知らない男との再会を確信して、麗が昴と供にオーナーズ・スィートを後にした