求める君の星の名は
ACT 54
七星と舵を乗せた車が高速を降りてすぐ、その集団が視界に入っていた
「なん・・だ?あれ!?」
運転していた山下が唖然とした顔つきで呟くほど、それは異様な光景だった
港へと続く車道いっぱいに広がった、無秩序に走り回る暴走族
蛇行運転で奇声を上げるバイク、車体の低い改造車、派手なクラクション、響き渡る重低音のエンジン音・・・車の窓から座り身を乗り出した派手な服やバイクに掲げられた旗には『神風連合』『ブラックエンペラー』などの文字がはためいていた
「ブラックエンペラー!?」
後部座席から身を乗り出してその集団を見ていた舵が、そこにはためく文字に思い当たる事があるように声を上げた
「舵・・・?」
訝しげに問いかけた七星に、舵が視線を合わせて呟くように言った
「あれ、多分・・大吾絡みだ。昔大吾から暴走族の特攻隊長やってたって聞いたことがある。その時の総長のあだ名がブラックエンペラーだとか言ってた」
「大吾さんが!?たしかに・・・らしいけど、でも、なんで・・・!?」
そんな会話を交わしている間にも、追尾していたパトカーの数が増え後続のバイクや車達がそんなパトカーをその集団から引き剥がすかのように、自ら脇道や路地裏の方へと霧散していく
後続の数が減ったことにより、見通しが利くようになった集団の先頭・・・その様子を見つめていたナオが不意に車の窓ガラスを全開にし、身を乗り出した
「っ!兄さん!?」
叫んだナオの声に、山下も『高城さん!?』と叫ぶやいなや、スピードを上げ先頭集団に切り込んでいく
不意にスピードを上げた車の加速に、七星と舵の身体が後部座席に沈み込んだ
「え?兄さん・・・!?」
「高城・・って、高城刑事!?」
沈んだ身体を慌てて立て直した二人がそれぞれに言い募りながら、ナオと山下に問いかける
右に左に・・山下の巧みな運転さばきで先頭集団に混ざった七星達の斜め前方に、大型バイクに乗り特攻の服をひるがえして走る大吾が現れた
そのバイクの後部シートには、ナオこと高城直子の兄、高城海斗が乗っていた
「にいさ・・・っ」
呼びかけようとしたナオの言葉も虚しく、大吾の乗ったバイクと先頭集団が一気にスピードを上げ、パトカーが連なる検問をぶち破って港の中へと突っ込んで行く
その突撃の余波を受けた山下が、転がりそうになった車体を何とか持ち堪え、その後を追って強引に港の中へと入り込んだ
「高城刑事はあなたのお兄さんなんですか!?」
荒っぽい運転に跳ね上がりそうになる身体をシートのヘッドに噛り付いて耐えながら、舵がナオに問いかける
よくよくナオの顔を見れば、髪の色と雰囲気こそ違え、その顔の作りは高城とそっくりだ
「はい、兄がこんな無茶をしているからには、恐らく”エフ”絡みの事でだと思います。でも、いったい何を・・・!?」
眉根を寄せたナオの視線の先で、シルバー・ネプチューン寄港に合わせて警備に当たっていた警官達が、逃げ回る暴走族を追って港の裏側へと流れ込んでいった
「じゃ、大吾君、黒岩(くろいわ)君、後は頼んだぞ!」
大吾の運転するバイクから降り立った高城がそう言い捨てて、ホルスターから取り出した銃の安全装置を解除しながら、タンカーの横に設置されたクレーン塔へと駆け出していく
「って、おい!ホンマに一人で・・・!?」
思わずバイクを反転させて高城の後を追おうとした大吾の前に、もう一台のバイクが急反転して飛び出し、その道を遮った
「っぶね!司(つかさ)さん!?」
「邪魔するんやない!この先はあの刑事がマジでケジメつけたいことなんやろ!?」
黒地の服にブラックエンペラーという二つ名でその名を馳せた男の象徴・3つ頭の獣、ケルベロスの刺繍が施された逞しい背中が、ゆっくりと大吾を振り返る
黒岩司(くろいわつかさ)・・・かつて関西一円でその名を聞いただけで誰もが震え上がり泣きが入った・・・とまで噂された神風連合四代目総長であり、大吾の先輩だ
ブラックエンペラーの代名詞とでも言うべき3つ頭のケルベロスは、総長の司、特攻隊長だった大吾、そして・・・副総長だった今井漣(いまいれん)を象徴して掲げられたものだ
かつて、大吾が日本を離れ単身海外へ渡ったのも、司がその世界から足を洗ったのも、ある事件がきっかけだった
司の統率力と影響力を言葉巧みに暴力団に利用され、気がつけば麻薬絡みのシマ争いに巻き込まれ、売人として取り引きを仕切っていた男を殺した犯人に仕立て上げられていたのだ
その汚名を着せられたまま口封じに消されかけた司と大吾を救ったのが、副総長だった今井漣
一番クスリを嫌っていた漣が、二人を助け出す為に自らクスリを打ち、痛みを感じない身体と疲れを知らない身体になって、たった一人で殴り込んで二人を救い出し、結果、汚名を着せた組を壊滅させた
多数の死傷者を出したその事件がきっかけで売人殺し事件も再捜査され、司の汚名は晴らされた
かけがえのない相棒であり片腕だった漣を永遠に失う・・・という犠牲を払って
そんな経緯があったからこそ、司は高城に協力する事を承諾したのだ
その事件の時世話になった弁護士の紹介で、司は真柴建設という会社に就職先を得、今では関西支社の営業部長になっていた
真柴建設というところは一介のヤクザから一流企業にまでのし上がったという、一風変わった成り立ちがあるせいか、司のような過去のある者でも、学歴のない者でも能力次第で上にのし上がっていける・・・という一般企業に見られがちな偏見などが一切感じられない社風で知られていた
そんな会社だったから、その後も司を慕う後輩達の就職斡旋にも快く応じてくれ、自然・・・その世界との繋がりが切れることもなく、今日のように司の一言で大勢の若者が集まってくる結果になっていた
そんな後輩達から時々漏れ聞いていた・・・新型錠剤麻薬の噂とそれに絡む暴力団同士のシマ争い
それは過去の苦い思い出を思い起こさせるには十分で、悶々と込み上げてきそうになるやりきれなさを押し留めていた・・・そんな時、大吾から掛かってきた電話の内容に、とりあえずその刑事に会って話を聞くことを承諾した
『これが刑事やって!?モデルの間違いやろ!?』と、思わず目を見張るほどの美青年だった高城刑事から聞かされた”エフ”絡みの大吾も関わった6年前の事件の全容と、今回の麻薬密輸・製造ルート壊滅のための協力要請・・・
そして
『唯一無二の相棒を取り戻すためだ』
たった一人でそれをやろうとしている・・・その理由を聞いた司に返された高城のその言葉と、誰にも止められないだろう・・・まるで炎が揺らいだかのような意志の強さがこもった眼差し
かつての相棒、漣の眼差しともよく似たその想いを目の当たりにして、放っておくことなど司にはできなかった
「あの刑事は、漣とは違う。あの目は死ぬためやない、生きるための目や。そう思ったからこそ、お前もあいつを俺の所に連れてきたんやろうが!?おら、行くぞ!派手にコンテナの荷をぶち壊して、曝してやりゃいいんだろーが!」
「っ、しゃ!久々に暴れますか!」
「サツに捕まるよーなヘマやらかすなよ!大吾!」
「司さんこそ!」
同時に勢いよくバイクの爆音を轟かせて叫んだ二人が、荷揚げのために積まれた貨物へ突っ込んでいく
その後に続いたバイクや改造車もまた、その辺一体に積まれた貨物やコンテナ、果ては建ち並ぶ倉庫の中にまでも突っ込んで、追ってきた警官やパトカーとの攻防も入り混じり大騒動へと発展していった