求める君の星の名は









ACT 55









「止まれ!両手を掲げてこっちを向け!」


銃を構えた高城が、クレーン塔から降りてきたらしきロングコート姿の男の背中に呼びかけた
呼びかけられた男が、ゆっくりと高城の指示に従って振り向きながら両手を掲げ上げる
闇の中で底光りする獣の双眸に、一瞬、高城が銃を握る指先に力を込めた


「ここで何をしている!?」

「・・・これはこれは、ICPOの高城刑事さん、でしたっけ?」

「っ!?お前、なぜ?!」


自分の名前を呼ばれた驚きで目を見張った高城だったが、次の瞬間、何かを思案するように眉根を寄せた
暗がりで顔がよく見えない・・だが、その声音に含まれる雰囲気には誰か知った人物と似た響きが合った


「誰だ・・・?」


思案するように呟いた高城に、その男の口元が僅かに上がる


「残念ながら、織田ならここにはもう居ないぞ?」

「な・・・っ!?」


不意に告げられたその名前に、高城が息を呑んだ


「可哀相に、記憶喪失だそうだ。いったい何を忘れたかったんだろうねぇ?」

「ッ!?記憶・・喪失!?」

「織田に会った所であいつは何も覚えてやしない。今ではあちら側に雇われた飼い犬も同然・・・正真正銘、敵同士というわけだ。雇い主に命じられれば、あいつはお前を殺すかもしれないねぇ?」


銃口を向けられているというのに、そんな事など意にも介していない、まるで緊張感のない口調
その上、その口元には高城の反応を楽しんでいるかのような薄い笑みさえ浮かんでいる

そんな男に油断なく銃口を向けながら、高城が冷えた笑みを返した


「・・・望むところだ」

「へぇ?かつての相棒に殺されるのが望みか?」

「違うな」

「違う?」

「俺が、織田を殺す」


その高城の答えに、男が不意に笑い声を上げた


「・・くく、あははは・・・!いいねぇ、それ!サイコーだ」

「お前・・・村田貴也の父親だな?”イーブル・アイ(邪眼)”の異名を持つ傭兵・キョウ!」


高城のその言葉に、不意にキョウの顔から笑みが消え”イーブル・アイ(邪眼)”の名の由来である闇の中でも爛々と輝く双眸が、高城を見据えた


「・・・どこでそれを知った?」

「あの製薬会社のセキュリティ情報は、別の棟に保管されていた。その中にあった遺伝子情報に、身元確認できないモノが一つだけあった。その遺伝子情報と村田貴也の遺伝子情報・・・はっきり親子だと教えてくれたよ」

「・・・暇な奴が居たもんだな」


高城を見据えるキョウの双眸に、一瞬、殺気が宿る
その殺気を跳ね返すかのように、高城もキョウを見据えて言い放った


「実に興味深い遺伝情報だったよ・・・一つ教えてもらいたいな、お前、なぜ、まだ生きてる?」

「・・・俺は憎まれてるからな」

「なんだって・・・?」

「俺を殺せるのは、俺を心底憎んでる奴なんだよ・・・お前が織田を殺すと言ったようにな」

「っ!?」

「俺のゲームの邪魔をしないでもらおうか」

「お前、まさか・・・」

「俺はお喋りが大嫌いだ。織田を殺すなら早くしないと間に合わないぞ?奴は今、沖に向かってる」


そう言ったキョウが、視線で高城の後方を示す


「っ!!」


ハッと振り返った高城の視界に、入り江の一番奥まった場所にあったヨットハーバーから、一台のクルーザーらしき船影が立てた白波が写りこんだ


「織田!?」


叫んだ高城がキョウに背を向け、駆け出して行った











「伊原!白石!!どこだ!?」


呼びかけた金子が構えた銃で油断なく周囲を窺いながら、倉庫の中へと入り込む
外の埠頭での大騒動のせいだろう・・・第三倉庫の中はガランとして人っ子一人居ない
まばらに取り残された貨物の隙間を繰って、金子が伊原と白石を探し回っている

だが、そのどこからも返事はなく気配も感じられない


「居ない!?そんなはずは・・・!」


二人がこの倉庫に連れ込まれるのを、金子は確かに見た
それからずっと見張っていたのだ・・・二人は倉庫から出てきてはいない
そのはずなのだが、二人の姿はどこにもなかった


「っ、まさか・・・!?」


思案気に眉根を寄せていた金子がハッとしたように倉庫の入り口に向かってきびすを返した瞬間、その入り口からナオと山下が駆け込んできた


「金子!」
「金子さん、二人は!?」


同時に叫んだ山下とナオの眼前を駆け抜けながら、金子が貨物の積上げられた埠頭目指しつつ叫んだ


「やられた!二人はここには居ない、あの貨物の中のどこかだ・・・!」
「っ!?」


駈けていく金子の言葉の意味を瞬時に解した山下とナオが、その背中を追って供に駆け出した
その三人の背後から、舵と七星も追いついてくる


「伊原と白石は!?」
「どうやら貨物の中に入れられて移動したようです」
「貨物の中に!?」


走りながら背中越しにナオとそんなやり取りをかわした七星の眼前に、舵がツイ・・ッと腕を伸ばして、ある一点を指差した


「浅倉、あれ・・・!」


舵が指し示した先をハッと七星が見上げると、クレーン塔のすぐ横に接岸された中型タンカーから繋がれた乗船用のタラップの上、タンカーの船上に、ロングコートを風にたなびかせながら立っている黒い影が居た

遠くからでも認識できる、爛々と闇の中で輝きを放つ獣の双眸

その双眸を見た瞬間駆け抜けた、ゾッとする怖気立つような寒気
この感覚に七星は覚えがあった
この気配は、間違いなく赤銅色の月の下で会った、あの男
キョウと言う名の傭兵であり、舵の・・・父親!

その双眸が舵と七星を捉え、クイ・・ッと顎を引いて二人に船の中へ上がって来い・・!と言う意味合いの仕草を示して、そのまま船の奥へと姿を消した

走りながら視線を合わせた七星と舵が頷き合い、舵が先を走るナオ達三人に向かって言い放った


「私たちは船の中に積み込まれた貨物を調べてきます!下の貨物の方、よろしく・・・!」
「えっ!?」


一番後ろを走っていたナオが振り返った時には、もう既に舵と七星は三人から離れ、タンカーに繋がれたタラップへと向かっていた


「っ!?二人を追います!そっちは貨物を・・・!」


金子と山下にそう告げて、慌てて二人の後を追おうとしたナオだったが、周囲は既に乱闘騒ぎになっている
縦横無尽に走り回るバイクと揉み合う警官と暴走族の若者たち・・・の渦中へと飛び込む格好になった舵と七星の後を追うも、なかなか追いつけない

しかも、タンカーに繋がれたタラップ下付近では、突然乱入された騒動を避けた新井組の見張り役連中がタンカーの中の貨物まで荒らされてなるものか・・・!と殺気だった雰囲気でたむろっていた

乱闘の中、降りかかる火の粉は避けようがない
殴りかかってくる警官や若者の攻撃を七星が腕で払いのけ、掴んで投げ落としては目指すタラップへと距離を詰めていた

舵も必死で応戦してはいたが、七星と違って護身術を身に付けているわけではない・・・攻撃をかわしてよろけた顔面めがけて飛んできた拳を避ける術がない!と覚悟して目を閉じた瞬間


「センセ、貸し一つなっ!」


不意にそんな言葉が耳元で聞こえ、迫っていたはずの拳が自分の顔にヒットして立てるはずの音が、少し離れた違う場所で鳴った


「えっ!?」


弾かれたように顔を上げ目を開けた舵の目の前に、小柄な背中
その足元には肘鉄を食らわされ、投げ飛ばされて地に沈んだ男の残骸


「昴君!?」
「こっちは任せて!」


振り返ることなく言い放った昴が、降りかかる拳や警棒の嵐を受けては相手を地に沈めていく
小柄で華奢な昴が次々と自分よりはるかに大きい巨体を軽々と投げ飛ばしていく光景は、圧巻だ

一瞬見惚れかけた舵だったが、その先を抜けタラップへと駆けていく七星に向け、階段下に居た新井組の一人が銃口を構えたのに気がついた


「っ!七星っ!!」


叫んだ舵の声音に、乾いた銃声が重なる
足を撃ち抜かれて崩れ落ちたのは、銃口を構えていた男の方だった


「七星!今のうち!」
「麗!?」


斜め横から銃を構えながら駆け寄ってきた麗が、他の組員を牽制するように銃口を向けながら言い放つ
その言葉に七星が瞬時に反応し、クルンと手首を返すと同時に現れたカードを、銃声によって一斉にホルスターから銃を抜き去った組員達めがけて素早く放っていた

七星の手から放たれたカードは、切れ味鋭いナイフと同じ威力で銃を握った男達の腕を傷つけ、利き手を封じる


「舵!」


七星が呼んだその名に舵が弾かれたように駆け出して、タラップを駆け上がる七星を追って行く

その七星と舵に向かい、腕を切り付けられ呻いていたうちの一人が傷を負っていない方の手で銃を向けた・・・が、ビシィッ!という鋭い衝撃音と供に、その銃が男の手から弾け飛んだ


「えっ!?」


それを目の当たりにした麗の眼前で、次々と同じように転がっていた銃器と、未だ男達の手の中にあったはずの銃器が衝撃音と供に弾け飛び、次に男達の足が撃ち抜かれ完璧に動きを封じ込んでいく


「っ!狙撃・・・!?どこから!?」


振り返った麗が闇夜に目を凝らしたが、どこに狙撃手が居るのか見当も付かない
アルフレッドが言っていた『援護には付きますが・・・』という言葉
それはどうやらこの事だったらしい

その間にタラップを駆け上がった七星と舵が、タンカーの中へ乗り込んだ・・・その直後

七星達の上空を『ヒュンッ・・・!』という音と供に黒い何かが通り過ぎた


『ガラン・・・ッゴロゴロ・・・・ゴロン!』


鉄製のタラップの階段の途中に、小さな黒い何かが転がった


「っ!?舵っ!!」


それが何であるか認識したとたん、七星の顔が一気に青ざめ、タラップのすぐ脇に立っていた舵の腕を引き倒す勢いで船の内側・・・自分の方へ引き寄せた

一瞬の間の直後、小さな黒い何か・・・だった手榴弾が炸裂し陸地との唯一の接点だったタラップが破壊され、七星達の退路が断たれると同時に誰もタンカーの船上の様子を窺うことも上がることも出来なくなった

タラップで起こった爆発音が鳴り響くと同時に、豪華客船シルバーネプチューンの出港を祝う華やかな花火が打ち上げられ、爆発よりもその花火の方へ乱闘する者達の意識が向く

その花火を待っていたかのように、一斉に暴れまわっていた暴走族の若者たちが散りじりになって逃走を始めた

警官に捕まっていた者も、花火の音とその光景に一瞬気を取られた警官の隙を付き、逃走する
捕らわれていた者達も見事な連携プレーで次々に奪取し、集団のヘッドである司の出す指示に従って四方八方へ散って行く

その動きに周辺の騒動は更に混乱を極め、タンカーの上で起こっている事に気を止める事もその様子を窺うことも、出来る者は誰も居はしなかった




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