求める君の星の名は











ACT 56










カチッ

シュボッ

ジジジ・・・・

カチャンッ


鳴り響く花火の音の隙間に聞こえた、一連の動作の音
その音と供に闇夜の中で獣の輝きを宿す双眸の下、三つ目の輝きが明滅し、紫煙の霞が船上にたなびいた

腕の中へ引き倒した舵と供に顔を上げた七星が、ゆっくりと倒れこんでいた体勢を立ち直らせながら、優雅に紫煙を吐き出す男へと視線を向けた

船首に近い装甲が剥き出しの甲板の上、クレーンによって貨物を船底の貨物室に降ろす為なのだろう・・・大きく装甲の一部が開かれている

その大きく開いた穴の向こう側、デッキの手すりに背を預け、打ちあがる花火をバックにその姿をはっきりと曝したキョウが、煙草をくわえた薄い口元に壮絶な薄笑いを浮かべた


「なかなか俊敏な動きだねぇ、北斗の息子君。カード投げの手技といい、手榴弾を瞬時に見分ける目と反応といい・・・銃火器には慣れっこか。たいした幼少期をお過ごしのようだ」


キョウのその言葉は、幼少期を北斗と供に粉争地域で過ごした七星の経緯を知り、宙(そら)を失ったあの事故を知った上での言葉としか思えない


「・・・あんたみたいなのが居るからな、響さん」


七星が普段の表情と声音を一変させ、射る様な鋭い視線、冷えた声音、不敵な薄笑いを浮べた口元でキョウを敢えて響の名で呼ぶ
その七星の応えに、キョウの口元が微かに上がった


「・・・ふ、なかなかどうして・・・いい根性してるねぇ。ますます気に入ったよ・・・」


どこか楽しげに言い捨てたキョウが、指先で挟んでいた紫煙の元を軽く弾いて火の粉を含んだ灰を散らすと再び口に咥え直し、その手で邪魔臭そうに額にかかった前髪をかき上げる

その一挙一動が、舵の普段のそれと似通っている
顔の作りも、髪の色も、喋り方も、そのクセまでもが

ただ違うのは、底光りして輝く人を寄せ付けない獣の双眸

そのキョウの顔を瞬きも忘れて凝視していた舵の喉がゴクリと上下し、掠れた声音がこぼれ出た


「・・・あなたが、村田響さん?」

「実の父親に向かって他人行儀な呼びかただねぇ、貴也君?お父さんって呼んでくれないかなぁ?」


この状況にまるでそぐわないにこやかな笑みを浮べたキョウが、おどけたように肩をすくめる


「っ、誰が、あんたなんか・・・!」


どう見てもふざけているようにしか思えないキョウの様子に、舵が思わず声を荒げる


「いけないなぁ・・貴也君?子供が実の父親をあんた呼ばわりするなんて・・・」

「俺の父親はあんたじゃない!村田の・・宗和(そうわ)が俺の父親だ!」

「へぇ、そうなんだ?じゃあなぜ君はその父親の元を逃げ出したのかなぁ?」

「っ!」


ハッと息を呑んだ舵が、突かれた真実に一瞬言葉をなくす
その舵の心の動揺を見逃さず、キョウの口元に更に酷薄な笑みが浮かんだ


「ホントは君もキライだったんだろう?あの偽善者が。俺もダイキライだったんだよね」

「っ、偽善者ってなんだ!?宗和は・・お父さんは、誠実で立派な人だ!実の子供でもない俺を育ててくれて・・・!」

「物心つかない頃から君の髪を染めさせてね」

「!!」

「可哀相に・・・小さい頃からずっと君はあの男のお人形だったんだ。辛かったろう?逆らう事すら許されない重圧と村田のシキタリに縛られて。ごめんねぇ・・側に居てやれなくて。何しろあの男は君が逃げられないように大事に大事に育てていたからねぇ」

「やめろっ!」


キョウの哀れむような視線を注がれた舵が、その言い放った言葉を否定する事が出来ず、堪らず叫ぶ

確かにそうなのだ

紀之は常に優しい微笑みで舵を束縛し、逆らう事を良しとしなかった
優しい笑み、非の打ち所のない父親像、はるかな高みに居た茶人としての師・・・そんなものが、いつしか真綿に首を絞められているかのような息苦しさに変わっていた

誰からも慕われ、尊敬される立派な父親

その父に逆らう事など、許されなかった
そしてずっと疑問だった自分の髪を染めさせられる理由・・・
周囲の口さがない者達によって囁かれる母の不貞という噂話
ふとした時に感じていた自分を通して誰かを見ているかのような・・・紀之の遠い眼差し

誰に問う事も許されず、村田の跡取りとして以外の選択肢は与えられなかった
苦しくて、苦しくて・・・息が詰まりそうだった
もう限界だった

だから、出奔したのだ
誰一人として自分の事を知る者が居ない、何の束縛も柵もない居場所を求めて


「お・・れは、お父さんが嫌いだったんじゃない、ただ、苦しくて・・・」

「もういいんだよ、嘘をつかなくても・・・子供は素直にならなくちゃ。君はあの男がキライだったんだよ・・・認めてごらん、楽になるから」


まるで誘導するかのように告げるキョウの顔には、楽しくて仕方がない・・・と言わんばかりの笑みが浮かんでいる


「っ、何を認めろって!?舵、そんな奴の言うことなんかに耳を貸すな!舵は紀之さんを・・・お父さんを好きだから、だから傷つけたくなかっただけだ!そうだろ!?」


苦しげに顔を歪め、手で顔を覆った舵の腕を掴んだ七星が、叱咤するように舵に言い募る
その言葉にハッとした様に目を見開いた舵が、七星の『しっかりしろ!』と言わんばかりの強い眼差しを受け、動揺し流されそうになった心を取り戻す

紀之の下から逃げ出したのは、自分の弱さのせい
問う事で父親との繋がりを失う事を、嫌われる事を恐れたせい

好きだからこそ・・・だ


「・・・ありがとう、浅倉」


すっかり落ち着いた色合いを取り戻した舵の栗色の瞳に、ホッと安堵の笑みを浮べた七星が写りこむ
その二人の様子に、キョウの口元が獰猛に上がった


「・・・いけない子だねぇ、七星君は。せっかく素直な良い子になりかけた子供を引き戻すんだから・・・」

「ふざけるな!あんた、いったい何を考えてる!?」


叩きつけるように言い募った七星に対し、キョウがおやおや・・・と言わんばかりに肩をすくめた


「何を考えてるかって?賢い君でも分からないかなぁ?僕は貴也君がほしいだけだよ。可哀相な実の息子を迎えに来たんじゃないか・・・親として当然だろう?」

「なっ・・・!?」
「俺を・・・!?」


七星と舵が同時に叫んで息を呑み、キョウを見つめた
そんな二人の前でゆっくりと紫煙を吐き出したキョウが、ユラリ・・・と背筋を震撼させる気配を全身から発散する


「ふざけるな・・・というのはこっちの台詞だな。可愛い、かわいい息子だよ・・・?他の誰かに渡すとでも思っているのかい・・・?」

「っ!!」


不意に変わった空気
まるで別人ともいえる、凍りつくような冷たい眼差し
思わず戦慄する、邪悪な気配


薄闇の中に浮かぶキョウの双眸が、獲物を見つけ舌なめずりする獣そのものの輝きを放って、七星の全身を舐め尽くすかの様に見据えていた

そのキョウの視線に思わず後ず去った七星を庇うかのように、眉間に深いシワを刻み込んだ舵がス・・ッと七星の前に出て、その身体を自分の背後に押し隠した


「・・・そんな事したって無駄だよ。君は僕の所に来るしかないんだから」

「誰が、あんたの所になんて・・・!」


履き捨てるように言い放った舵に対し、キョウがおもむろにコートのポケットから手榴弾を取り出した


「いいのかい?そんな事言って?君のかわいい生徒がどうなっても知らないよ?」

「なん・・・っ!?」

「知ってるかい?この穴の下側がタンカーのエンジン部なんだ。これ一個で十分誘爆するだけの火薬も積み込んでおいた・・・これを投げ入れたらどうなると思う?それに、」


不意に言葉を切ったキョウが、コンコン・・と硬い甲板の装甲を靴のかかとで踏み鳴らした


「写真好きなかわいい君の生徒君たちもね、コンテナの中に入れておいたんだ。この下の貨物のどこかに居るだろうね」

「っな・・・!」
「この下に・・・!?」


叫んだ舵と七星が真っ暗な穴を凝視する
キョウの言うとおりだとしたら、上に居る七星達も危険だが、下に居る伊原と白石は到底助からない

クク・・・と笑ったキョウが手にした手榴弾を軽く放り投げて弄ぶ


「さあ、どうしようか・・・?」


獰猛な笑みを浮べたキョウの双眸が、心底ゲームを楽しむかのように、細められた



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