求める君の星の名は










ACT 59







ドォン・・・ッ!!


くぐもったような低い爆発音だった
続いて起こった、突き上げるような激しい衝激


「七星!!」


聞こえた緊迫した舵の声と同時に感じたその衝撃に、一瞬身体が浮き上がる


「う・・・っ」


その衝撃で意識を取り戻し身じろいだ七星の身体に、硬く冷たい鋼鉄の甲板から地鳴りのような振動が直に伝わる


「七星、こっちに!!」


起き上がろうとしていた腕ごと身体を引っ張り上げられ、七星が舵に抱えられた途端、背後にあった貨物積載の為の穴から、巨大な火柱と供に爆風が湧き上がった


「ゥワ・・・・ッ!」


背後からの爆風に煽られた舵が、七星の身体を庇うように抱き込んで、向かい側にあった鋼鉄の手すりに激しく叩き付けられた


「ク・・・・ウッ・・・・!」


一瞬息が止まるほどの衝撃に、それでも舵が抱え込んだ七星の身体に廻した腕に力を込める


「・・・っ!か・・じ?舵!?」


抱きこまれた舵の腕の中ではっきりと覚醒した七星が、視界に飛び込んできたその状況に目を見張った

甲板の上に開いていた穴からは巨大な火柱が上がり、先ほどまで七星達が居た場所の鋼鉄の装甲は吹き飛んでいた
穴から続くその亀裂からはモウモウと黒煙があがり、タンカーの内部で起こっているらしき爆発が足元の甲板から地響きのように伝わってくる

その煙と炎の向こう側・・・そこにキョウが居るはずなのだが、鼻をつくガソリンの匂いと上がる黒煙と炎に阻まれてその様子を窺うことは出来なかった


「舵!舵、大丈夫か!?」


抱き込んだ七星の身体を庇ったまま、受けた衝撃に意識を飛ばしていたらしき舵が、その七星の声にハッと目を開けた


「な・・なせ?ケガは?」

「ない!あんたこそ・・・!それに、伊原達が・・・!」

「・・ぃつっ、だ・・いじょぶ、伊原も白石も、ここには居ない」

「っ!よ・・かった・・・!」


七星が大きく息をついて脱力した
その横で身じろいだ途端顔をしかめた舵の様子から察するに、肋骨の何本かはやられていると見てまず間違いない

そう思っている間もなく、再び突き上げるような衝撃と供に斜め後の装甲が割れ、火柱が上がる
今七星達が居る場所の少し先には、地上に降りるためのタラップがあったが、そこは既にキョウによって破壊され、逃げ道は断たれていた

吹き上がる炎から降り注ぐ火の粉が、チリチリと肌に降りかかってくる
吹きすさぶ海風に乗り、上がる黒煙は周囲を覆いつくし地上の様子もおぼつかない
しかも、全てが鋼鉄で覆われた甲板は吹き上がる炎の熱を吸収し、七星達の足元にもその熱さが忍び寄って来ていた


「・・・っ熱!」


甲板の上に手をついていた舵が、その熱に顔をしかめて七星の肩を借りて立ち上がる


「クソ・・・、ここからどうやって・・・!」


呟いた舵に、七星が『シ・・・ッ!』と指を立てて舵の口を塞ぎ、ジ・・・ッと耳を澄ませて黒煙で包まれた頭上を見上げた


「な・・なせ?」

「・・・舵、聞こえないか?この音・・・」

「音・・・?」


言われて舵が耳をそばだてる
地鳴りのような振動の隙間を縫って、微かに、何かの機械音らしき音が近付いてくる

と、不意に


「七星ーーっ!!」


黒煙の向こうから響き渡った大声
頭上から注がれた聞き覚えのあるその声音に、舵と七星がその声のした方を凝視した


「っ、麗!?」
「麗君!?」


同時に叫んだ二人の頭上に、闇の中でも輝きを失わない麗の金色の髪が浮かび上がった
それは貨物を運び上げる為のクレーンから釣り下がる巨大な金具
その金具の先に乗った麗が、見つけた二人の姿に安堵の笑みを浮べた


「昴、もう少し右!」
『オッケー!』


麗が手にした携帯から昴の声が漏れ聞こえてくる
周囲は黒煙で覆われていて、肉眼では互いの姿さえおぼつかない
どうやら麗からの携帯の指示により、クレーン塔で昴が操作しているらしい

ゆっくりと、確実に七星と舵に近付いた麗が、金具から繋がるロープをタンカーの船上、二人のすぐ側に投げ落とした


「舵、行けるか!?」

「・・ツ、大丈夫!」


七星が投げ下ろされたロープを掴み、素早く足枷となるリング状の結び目を二つ作り上げて、負傷した舵を導く
そんな臨機応変な行動が取れるのも、普段七星を筆頭に四兄弟たちが北斗と供にマジックの仕掛けを考え、創り上げているからに他ならない

舵と七星がそれぞれの片足の先をそのリングにかけ、ロープに取り付いた

それを確認した麗が、昴に『オッケー!戻せ、昴!』と合図すると同時に、3人をぶら下げたクレーンの先がゆっくりとタンカーの船上を離れ、地上の方へと旋回を始めた


「・・・舵、あの人は?」


問いかけた七星に、舵が無言で首を振る
煙と炎に邪魔をされ、キョウの姿を窺い知ることは出来なかった


「・・・野生動物は、決して自分の亡き骸を他に曝さない・・・って聞くけど・・・」


炎の先を見つめ、舵があの獣の双眸を思い起こしながら呟くようにそう言った


「・・・俺は、嫌だぞ」


不意に聞こえたその言葉に、舵が間近にあった七星の視線に捕らわれる


「俺は逃げない。絶対、何があっても最後まで見届ける。だから、あんたも俺から逃げるな。死ぬときもだ」


まだ・・・何一つ七星に知らせていないというのに

七星は、舵が一番欲しかった言葉で、その意志のこもった強い眼差しで、舵を捕らえて離さない
キョウが放っていた人を寄せ付けない輝きとは逆の、人を惹き付けて止まない輝きを持って


「・・・逃げないよ、もう二度と」


静かな決意を秘めた舵の声音がそう告げて、その手を七星へと伸ばす
今までは、ただそこに七星がいることを確めて、その存在に安堵していただけの手

けれど、今は


「・・・覚悟して。七星は俺だけのものだから、他の誰にも渡さない」


伸ばした手はそれだけでは足らなくて、七星を胸に抱き寄せて耳元にそんな言葉を注ぎ込む

迷いも躊躇いもないその手の力強さと、注がれた強い意志のこもった言葉
今までの”お願い”ではない確固たる”決意”の言葉

抱き寄せられた舵の胸の中で一瞬七星が目を見開き、今まで感じたことのなかった安堵感を感じていた

何があっても、失わない場所
そう言い切れる束縛する手と言葉があって、初めて得る事の出来る場所

初めて七星が自ら欲しがって、求めたからこそ、得られた場所・・・だ


「・・・舵」


舵の胸の中で身じろいで、間近に見上げて絡ませあった視線のままに、二人の唇が重なりかけた瞬間、舵の携帯がスーツの内ポケットで鳴り響く

その鳴り響いた着メロに、ハッと我に返った舵が頭上を見上げた
ワンフレーズ奏でただけで切れたその着メロは、麗からの番号に舵が設定しているフレーズ・・・


「・・・もう下につきますよ?舵センセ?」


にこやかな天使の笑みを浮べた麗がそう言って、舵と合わさった、そこだけが笑っていない青い瞳で『俺の目の前でいちゃつこうなんざ、いい度胸してるじゃないか』と告げてくる

その着メロの音で舵と同じく我に返った七星も、弾かれたように胸の中から抜け出てバツが悪げに俯いていた


「・・・ご親切にどーも」

「・・・どういたしまして」


視線で密かな火花を飛ばしあっている間に、吊り下げられていたロープと金具が地上へと下ろされる
その到着を待ちかねていた様に、伊原と白石が七星に飛びついてきた


「浅倉!!」
「あーさーくーらー!!」

「い、伊原!白石!?お前ら、無事だったのか!」

「ごめんよ、浅倉!迷惑かけて・・・!」
「うん、ほんとごめん!!でも俺達も一体何が何だか・・・!」


大吾と司達によって開けられたコンテナの中の一つに、伊原と白石は縛られた状態で入れられていた
それを警察と山下・金子達によって発見され保護されたのだ

港について写真を撮っていると、ビラをもらったキョウに声をかけられて絶好の撮影ポイントがあるから・・・と誘われた

人気がなくなった途端クスリを嗅がされて拉致られ、気がついたら手足を縛られ口にはガムテープを張られた状態で真っ暗な所に押し込められていて・・・

一体何事が起こったのか?わけが分からない間に急に周囲が騒がしくなリ、何かの衝撃が加えられて転がされて、入れられていた箱が破壊され・・・発見・救出されたのだ

金子と山下に、自分たちのせいで七星がここへ呼び出された経緯を聞かされている途中で不意にタンカーの船上で爆発音が鳴り響き、港一帯はパトカーや消防車、救急車のサイレンの音で騒然となっている

七星に抱きついたまま泣きながら謝り続けている二人に、ホッと安堵のため息を洩らしていた舵の元へ、美月のボディーガード・高城直子が駆け寄ってきて告げた


「舵様、ついさっき美月様から連絡が入り、村田紀之氏が病院へ搬送されたと・・・!」

「っ!?父さんが!?」


叫んだ舵が、キョウの『ちょっとした細工を仕込んでおいたんだ。今頃どうなっているだろうねぇ・・?』と言っていた言葉を思い出し、思わずナオの肩を掴んで詰め寄った


「何があったんです!?」

「命に別状はないそうです。ただ・・・」


命に別状ない・・・その言葉に肩を掴んでいた舵の指先から力が抜ける
だが、その先に続けられかけて止められた言葉に気づいて問いかけた


「ただ・・・?なんです?」

「は・・い、ただ、両目が・・・失明は免れない・・・と」

「失明・・・!?」


茫然と呟いた舵が炎上するタンカーを振り返る
先ほどより火の勢いは増し、到底キョウが助かるとは思えない

いや、例え奇跡的に助かったとしても、その身体はもう・・・

キョウのあの口振りから、ひょっとして紀之も殺して連れて行く気だったのか!?という考えがよぎった
だが、キョウが奪ったのは命ではなく、紀之の目・・・


「・・・なんだ?いったい何を思って、あなたは・・・?」


その問いの答えは、上がる黒煙と炎の向こうに遮られ、誰も知ることは叶わなかった




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