求める君の星の名は
ACT 6
「え!?」
「君・・・!?」
七星と舵、両方から声があがる
「え?」
もう一度声を上げた七星が、舵の方を振り返る
舵は驚いたように目を見開いて、七星の斜め後に立って声を掛けてきた、店員らしき男を見上げていた
「お久しぶりです、貴也さん。お元気そうで何よりです」
「・・・・っ!?、」
今度は七星が驚いた様に目を見開いて、男を見上げた
黒いサラサラの髪に、穏やかで理知的な澄んだ黒い瞳
陶器のように滑らかで、透明感のある白い肌
白いシャツに黒の蝶タイ、背中の大きく開いた黒ベスト、細い腰に巻かれた黒いソムリエエプロンがとんでもなくよく似合う、整った容貌
そこに、誰もが見惚れる優しげな笑みを浮かべて、舵を見つめている
「驚いたな、本当に久しぶりだね。真一君はいつ、帰国したの?」
「半年前に。フラフラしてたら大吾さんに無理やりここに引っ張り込まれてしまって・・・」
「相変わらずだな、あいつも・・・君も」
フフ・・・と笑いあう2人の様子に、思わず七星が視線を落とす
『貴也さん』・・・真一と呼ばれた青年は、舵をそう呼んだ
七星がまだ呼んだ事のない、舵の下の名前で・・・親しげに
そして舵もまた、その名で呼ばれることに・・青年を『真一』と呼ぶことに、何の抵抗も違和感も示さなかった
そこにあるのは、七星の知らない・・・舵の過去
舵がその黒服の青年に向けた眼差しと笑みも、七星が今までに見たことがない、微妙な色合いが浮かんでいた・・・
「で、こちらの方を紹介しては頂けないんですか?貴也さん?」
そう言った青年がス・・・ッと流れるような自然な動きでテーブルの横に片膝を立てて座り、持っていた水とおしぼり、メニューを置くと七星の横顔に向かって微笑みかける
「え・・・?」
不意に振られた自分への話題に、七星が顔を上げ青年と見つめ合う
途端に青年の顔に「あれ・・・?」というような表情が浮かんだ
七星がいつも感じる、父・マジシャン北斗を重ねて見る・・・どこかで見た顔だな・・・という眼差し・・・だ
「あ、ゴメンゴメン、紹介が遅れたね。こちらは浅倉 七星君。目下の俺の恋人」
「っ!?ちょ、舵・・・!」
何の億面もなく七星を恋人だと言い切る舵に、七星が慌ててその口を塞ごうと手を伸ばす
「あはは・・!恥かしがる事ないだろう?恋人じゃなきゃ、わざわざこんな所まで連れてきたりしないって、浅倉!」
真っ赤になって狼狽している七星を、伸ばされた手ごと掴んで引き寄せた舵が、人目も気にせず抱きしめる
「っ!!は、離せ・・!あんた、なに考えて・・・」
「と、言うわけだから、料理はお任せするよ、真一君。大吾にもデートの邪魔しに来るなって言っておいて」
ジタバタともがく七星を、舵がこれは自分の物だから見せてやらない・・!とばかりに抱き込んで、真一に笑み返す
その様子を、心底驚いた表情で見つめていた真一が、フ・・ッと一瞬、寂しげに笑った
「・・・そんな貴也さん見たら、きっと大吾さん腰ぬかしますよ。じゃ、料理はお勧めコースでいいとして、飲み物はどうします?」
「あ、俺は車だし、浅倉はまだ未成年だし。アルコール抜きでお任せするよ、ソムリエ君!」
「かしこまりました。じゃ、野暮にならない内に退散しますね。ごゆっくり・・・」
再び流れるような優美な動きで立ち上がった真一が、一礼を返して厨房の方へと戻って行った
「・・・ッ、いい加減、離せって!」
七星の頭を抱きこんで離そうとしなかった舵の腕の中から、七星がようやく抜け出した
「もう〜照れるなよ、浅倉!でも、そういう所がまた可愛くて好きなんだけど」
照れるとか恥ずかしいとか、そういう言葉はあんたの辞書にはないのか!?と言う非難の眼差しを向けつつも、七星がポツリ・・・と言った
「・・・・・ありがと」
「・・・ん?」
「さっきの・・・俺の事、庇ったんだろ?」
さっき真一の顔に浮かんだ表情からして、きっと『北斗にそっくりだ・・・』とか言われていたはずで・・・
今まで何度となく繰り返されてきた状況・・・七星にとっては慣れっこで、やんわりと否定する術はいくらでも持ち合わせている
けれど
そこにいるはずの七星の存在を通り越して、北斗に当てはめようとする視線・・・
父親である北斗との繋がりを、自分自身で否定する言葉・・・
慣れていく事は、同時に七星の心を傷つけていく事以外の何物でもない
舵が返事の代わりに七星の乱れた髪を、優しく撫で付ける
「・・・・聞きたいのは、それだけ?」
七星の心情を見透かす舵の問いかけ
撫で付ける舵の手の温かさと注がれる笑みが、いつも聞きたくて聞けない七星の口を、滑らかにしてくれる
「・・・さっきの人、誰?大吾っていう人も、どんな関係?」
「2人とも、大学時代の親友。さっき居たのが野上 真一(のがみしんいち)君。ああ見えて一流のソムリエなんだ。大吾って言うのは、この店のオーナーシェフ。ついでに言うと、案内してくれた女の子が大吾の奥さん。彼女とは今日、初めて会ったんだ」
澱みなく説明した舵が、「他には?」と、目で問いかけてくる
「・・・なんで、俺をここへ?」
「・・・不安だったろう?」
髪を撫でつけていた舵の指先が、七星の頬に添えられる
「っ、・・・・・・・ぅん」
一瞬見開かれた七星の瞳が、小さな頷きと共にその視線を落とす
「まだいろいろカタをつけなきゃいけない事があって・・・話せないことがあるんだ。虫のいいお願いになるんだけど、それが片付くまで待っててくれないかな?・・・・浅倉を巻き込みたくないから」
「・・・俺の時は自分を巻き込め・・!とか言ってたくせに?」
「うん。だから、虫のいいお願い」
「・・・聞かないって言ったら?」
「だめ。却下。これだけは譲らない」
「・・・・・・・・」
不満げに見上げた七星の瞳に映る、舵の強い意志を秘めた瞳
今まで見た事がない、青白い静かな炎が揺らいだかのような・・・そんな気配すら感じる舵の決意の強さが滲んでいる
「・・・ひょっとして、あんたって、かなりワガママ?」
「・・・そうなんだ。育ちが良すぎると言うのも考え物だな」
「どんな育ちだよ・・・!」
漂々として掴み所のない舵の、ふざけてるんだか真面目なんだか・・・という受け答えにに、七星があきれつつもフ・・ッと肩の力を抜いた
大学時代の親友・・・
初めて見た意志の強さを感じさせる瞳の色・・・
舵が、初めて七星に見せてくれる、七星の知らない舵の一面
それを知ることが、こんなにも安心できる・・・
他の誰かの事を知りたいだなどと、七星は今まで一度として思ったことがない
なのにどうだろう・・・今はただ、舵の事を知りたいと
自分と知り合う以前の事全てを、知っておきたいと
そう思っている自分が、そこに居る
なんだか信じられなくて、七星が思わず目の前にある舵の笑顔を凝視する
「ん?なに?」
一層笑みを深めた舵が、七星の顔を覗き込もうとした瞬間
「お邪魔虫参上〜〜〜!」
「・・ぶっ」
陽気な声と、舵が乱入者の不意討ちを食らって仰け反る声
七星と舵の間に割って入るように、白い壁・・・のようなものが七星の視界を遮った
「え!?」
驚いた七星が顔を上げると、目の前に、片手で舵の顔を邪魔だとばかりに押しのけて、
白い厨房服に髪をきっちりと赤いバンダナで覆い隠した出で立ちの男
「まいどー♪「びすとろ・だいご」へようこそ♪」
思い切り陽気な関西弁口調でそう言うと、ニコニコと人好きのする満面の笑顔を浮かべて、七星に湯気の立つおしぼりを差し出した
「・・・・あ、ど、どうも。ありがとうございます・・」
あっけに取られながらも素直におしぼりを受け取った七星を、男がマジマジと見つめる
「はじめまして。俺、ここのシェフで川崎 大吾(かわさき だいご)。自分、名前は?」
初対面の人間に対し、少し失礼な言い方と態度・・・とも思えたが、七星は今まで相対したことのない歯切れの良い気持ちよさを感じていた
それは表面上の容姿や態度を気にも留めない、ただ、そこに居る人間というものの本質だけを真っ直ぐに見つめる目・・・とでも言えばいいだろうか
やましい事がある人間なら、まず間違いなく耐え切れずに視線を反らす・・・そんな眼差しと、悪意の全く感じ取れない自分の感情に素直な物言いと屈託のない笑顔
目鼻立ちのくっきりとした顔立ちと雰囲気は派手なのに、不思議と軽さを感じさせない・・・なにか
それを、この大吾は持っていたのだ
「・・・・はじめまして、浅倉 七星です」
真っ直ぐに見つめてくる大吾の眼差しに応えるように、七星の顔に気負いも虚飾もない、素の笑みが浮かんでいた