求める君の星の名は









ACT 7










「大吾!」

不意に舵の不機嫌そうな声が聞こえたかと思うと、大吾の頭がベシッとばかりに畳の上に押さえ込まれていた

「いてててて・・・っ!ちょぉ、た、貴也!」

「この・・・っ!何がお邪魔虫だ!ちょっかい出すなとあれほど・・・!」

「んな殺生な・・!音信不通やった奴が、いきなりこんな滅多ないベッピンさん連れてきたんやで・・!?それでちょっかい出すな、ちゅう方が・・・!!な?七星君?」

「え・・・っ」

押さえつけられつつも視線を上向け、大吾が唖然としていた七星にウィンクを投げる

「っ、気安く名前で呼ぶな!!お前はほんとに昔から・・・」

言いかけた舵の声を遮るように、頭上から不機嫌きわまりない声音が落とされた

「だーいーごー!!この忙しい時に厨房から出るなんて何様のつもり!?」

先ほど席まで案内してくれた女が、仁王立ちで怒りのオーラを発散させていた

「あ・・・ははは・・・あ、杏奈(あんな)ちゃん、そないな怖い顔せんと・・・せっかくの可愛い顔がだいなしに・・・」

最後まで言わせずに、むんずと大吾の襟首を掴んだ杏奈が、その小柄な身体に似合わぬ怪力で摘み上げる

そしてニッコリと、舵と七星に笑顔を向け

「お騒がせして申し訳ありません。すぐにお料理お持ちいたしますので・・・!」

そう言って、未練たっぷりにこちらを振り返っている大吾の背中をグイグイ・・!と押しやって厨房の中へ戻って行った

その杏奈の迫力に、舵と七星が顔を見合わせて目を瞬かせていると、真一が苦笑しながら現れてスープボールを置いた

「すいません。あの2人いつもああなんです。でも、凄く仲はいいんですよ」

「そうみたいだね。杏奈ちゃんとは初めて会ったけど・・・まさかあの大吾があそこまで尻に引かれてるとは・・・!」

「でしょう?僕も最初信じられなかったですから」

そう言った真一が、おもむろに七星に向き直り

「このスープ、貴也さんのお気に入りだったんですよ」

と、微笑みかけて厨房へ戻っていく

「・・・・そうなのか?」

思わず舵に問い直した七星に、「え?」とばかりに舵がスープを覗き込み、一口飲んだかと思うと、嬉しそうに言った

「これはね、俺が風邪引いた時とかに大吾がよく作ってくれたスープなんだ」

「・・・・風邪・・・?作ってくれた・・・?」

怪訝な表情になった七星に、舵が慌てて言い足した

「あ、誤解するな!大吾とはバイト先のレストランが一緒で、その頃は金もなくて貧乏学生だったからね・・・よく内緒でいろいろ作ってもらっては食わせてもらってたんだ。で、風邪引いてバイト休んだりすると、必ずこのスープ作って持って来てくれてて・・・・」

「ふぅ・・・・ん」

ジ・・・・ッと舵を見返す七星の視線がどこか不満げだ

その表情に、舵の口元が嬉しげに緩んでいく

「っ、な・・んだよ!?なに笑ってる!?」

「いや、浅倉が嫉妬してくれてるのかと思うと・・・つい、嬉しくて」

「だ、だれが・・・!」

耳朶を染めつつ言い返したした七星だったが、本当に嬉しげに、真っ直ぐに自分を見つめてくる舵の視線に、それ以上否定する事も出来なくて黙り込む

そんな七星を舵が一層目を細めて見つめ、その髪を優しく撫で付けた

「さ、冷めない内に食べよう、浅倉。大吾はああ見えて腕は確かだからね」

そう言った舵の言葉そのままに、コース仕立てで運ばれてきた料理はどれも素晴らしい物ばかりだった

見るものが見れば、その盛り付け方も素材の組み合わせも彩りも・・・一朝一夕で出来るものではないことが一目で分かるレベルの高さで

一緒に供されたパンも、料理の味をひき立てつつも邪魔をしないシンプルな中に、少量のハーブや胚芽などが混ぜ込んであって、食欲をそそられた

それに加えて、ソムリエである真一が料理に合わせて様々なお茶・・・日本茶・紅茶・中国茶等をサーブしてくれた

その味もまた、料理と相性が抜群で・・・ワイン以外の博識も持ち合わせた真一の、ソムリエとしての技量が確かなものだと実感させられた

「・・・こんなに実力があるのに・・・なんかもったいない気がする」

北斗や美月に連れられて、あちこちと名の知れたレストランの料理やサービスを経験してきたことのある七星だけに、その技量を見る目は確かだ

そんな2人がこんな小さな隠れ家的店に埋もれているなんて・・・!と思っても無理はない

「浅倉がそう思うのも当然だよ。大吾も真一君も、元は一流ホテルの三ツ星レストランで働いてたんだから」

七星の呟きに、舵が事も無げにそう告げる

「え・・・!?じゃ、どうして・・・・」

問いかけた七星の言葉に、不意に頭上から答えが落とされた

「飯は楽しんで食うもんやし、作るもんや・・・思うから」

「っ!?」

驚いて見上げた七星の頭上で、いつの間にか現れた大吾が、バサッと被っていたバンダナを無造作に解いた

現れたのは、見事なまでに金色に染め上げたど派手な短髪

耳元には派手なピアスが幾つも連なっている

思わず目を見開いて絶句し、マジマジと大吾を凝視した七星に、大吾がその容貌に似合わぬ照れたような、子供っぽい笑みを浮かべた

「うわぁ、近くで見るとますます美人や!」

気の抜けるような明るさと、まるで小さな子供のような無邪気な笑み

その雰囲気が、どことなく舵に似ている

先ほど、初対面にもかかわらず珍しく七星の顔に自然と笑みがこぼれたのは、どうやらこの雰囲気のせいであったらしい

「大吾!?お前、厨房は・・・!?」

先ほどの杏奈の迫力を思い出した舵が、思わずその背後に視線を走らせた

「あ?だいじょーぶや。杏奈ちゃんのお許しはもらっとる。料理は済んで、後はデザートだけやから」

言いながら七星の横に腰を下ろした大吾が、七星の全身をシゲシゲと眺め回す

「ふーーーん、こう言っちゃなんやけど、ほんまに綺麗やな、自分。貴也がわざわざ自慢しに連れてくるわけや。ええなぁ・・羨ましいなぁ・・・」

「・・・・っ」

うんうん・・と、一人で納得したように頷きながら顔を寄せてきた大吾に、思わず七星が腰を引く

「う・・わ、しかもなんやええ匂いまでする!これってシャンプー?な、髪触ってもええ?」

「えっ!?ちょ・・・っ」

聞くだけ聞くものの、七星の確認も取らないうちに、大吾の手が髪に伸ばされる
まさか邪険に振り払うわけにも・・・・と、七星がどうして良いか分からず固まっていると

「大吾っ!!」

舵の不機嫌極まりない声音と共に、大吾の伸びていた指先が引き戻され、背後から舵に羽交い絞めにされて仰け反っていた

「・・・っちょ、いててて・・!なんやねん!髪に触るぐらいええやん別に!減るもんやなし!」

「何が減るもんやなし・・だ!浅倉が怯えてるだろ!ほんとにお前は、昔っから手癖が悪い!」

「あ、ひどい!綺麗なもんに触りたい・・思うんは通常かつ、自然な生理現象やで?」

「お前の場合、節操がないんだ!だいたいお前は杏奈ちゃん一筋なんじゃないのか!?」

「おうよ!もちろん一筋やで!女の中ではナンバー1!で、貴也も未だに男の中ではナンバー1や!」

言い放ったその言葉に、思わず七星が目を見張る
その七星の様子を目の端に捉えながら、舵がいかにも楽しげな笑みで見上げている大吾を解き放って、盛大にため息を吐いた

「大吾・・・お前、ワザと誤解を招くようなこと言って、楽しんでるだろ?」

「そりゃーもちろん♪5年も音沙汰なしやった薄情者!遊ばれたかって文句は言えん!」

「・・・・浅倉、こいつはこういう奴だから、誤解しないでくれ・・・」

ガックリと肩を落とした舵の横で、大吾が「いや、貴也で遊ぶんも久しぶりやからなぁ〜新鮮でええわ!」と、悪びれた様子もなく腹を抱えて笑っている

そんな2人を唖然として見つめていた七星の横から、真一がコーヒーを4人分持って現れて、座の中に加わった

そこから一気に、舵の留学時代の話に花が咲き

大学では遺伝子工学を専攻していた事

学費は奨学金を取ってまかない、生活費を稼ぐために空いた時間はバイト三昧だったこと

紅茶が気に入ってハイティー三昧だったこと

大学の学食がない時は、ほとんど大吾に食べさせてもらっていたこと

男にも女にももてていたけれど、特定の相手は居なかったこと

酒癖の悪い大吾のおかげで、警察沙汰に巻き込まれて大騒動になったこと・・・

大吾の饒舌な喋りに、舵が蒼くなったり赤くなったりと・・・いつもは余裕で大人の雰囲気が微塵もなくなって、学生時代の顔に戻っている

そんな舵の様子とその場の陽気な雰囲気に、七星もいつしか引きこまれ・・・

大吾が「ほな、そろそろ店の片付けに戻るわな」と、腰を上げる頃にはすっかり打ち解けて・・・携帯番号とメアドの交換までしてしまっていた

別れ方はその場で「じゃ、またな!」という感じで、拍子抜けするほど素っ気無く

「・・・いいのか?仕事終わるまで待ってたりとか・・しなくて?」

音信不通で5年ぶり・・とか言ってたくせに、そんな挨拶一つで普通に店を出た舵に、七星が思わず問いかけていた

「そんな事してたら、朝まで帰れないけど・・・いいのかな?浅倉は?」

「いや、俺がどうとかいう問題じゃなく、なんか、素っ気無くない?俺がいるんで遠慮してるんなら・・・」

言いかけた七星の言葉を遮るように、舵が不意に振り返った

「俺は、浅倉を恋人だって、言ったはずだけど?」

「!」

「恋人同士の夜だというのに、そんな野暮をするような親友を持った覚えはないんだけど?」

「なん・・・っ」

カァ・・ッと耳朶を染めた七星が絶句する

「見てのとおりの悪友なんでね。だからわざわざ仕事途中に抜けて、からかいに来てたんじゃないか・・・気にする必要なんてないのに」

「・・・っ!!」

「じゃ、ま、そういうわけで、帰りはぶっ飛ばして・・・あ、それともどっかホテルとか行く?途中にラブホもあったけど?」

「じょ、冗談だろ!!誰が行くか!そんなとこ!!」

ついに耳の先まで真っ赤になった七星が、叫ぶように言い募る

「じゃ、最速で俺の家まで拉致らせていただきます!」

嬉しげに言い放った舵が、有言実行とばかりに七星を車に押し込めて、拉致らせモードでアクセルを踏み込んでいた










嗅ぎ慣れたタバコの匂いが、鼻腔をツン・・・と刺激した

「・・・・・ん」

いつもはないはずの温もりと、しっとりと肌に馴染んだ滑らかな感触に、七星が無意識に鼻を擦り付ける

すると、少し冷えていた肩口に毛布が着せ掛けられて、タバコの匂いの代わりに一番安心できる匂いと体温に濃密に抱き込まれた

霞が掛かったようにハッキリしなかった意識が、ゆっくりと穏やかに浮上してくる

押し付けた耳元から伝わる、規則正しい鼓動

きっと、母親の胎内に居る時に近い・・・そんな風に安心しきって全身を委ねられる・・・そんな場所

意識と感覚が戻るにつれ、自分の置かれた状況・・・と言うものが七星の頭の中でフラッシュバックする

深夜過ぎに舵の部屋に帰りつき、ドアを閉めた音がするのと同時に、明かりをつける間もなく壁に押し付けられて腰にくるようなキスを仕掛けられた

一瞬、抗うように両手を突っ張らせてみたものの、それはいつしか服を剥ぎ取るためにボタンをまさぐるためのものに変わっていて・・・

点々と服を脱ぎ散らかしながら、ベッドにもつれ込んでいた

その後はもう、思い出していたら羞恥で神経が焼き切れてしまいかねないので、詳細はスルーしてみるも、全身に残された疲労感と未だ燻る熱さが情交の激しさを物語っている

ジワジワ・・・とせり上がって来た気恥ずかしさと、失いたくない温もりと拘束感で、目が開けられない

考えてみれば・・・こんな風に舵の腕の中で朝を迎えたのは去年の夏の終わり以来じゃなかったか・・・

そんな事まで思い出して・・・動悸が僅かに早まった

途端

タバコをもみ消しているような音とともに、額に落とされた乾いた熱い唇の感触

「・・・・おはよ・・・と言いたいとこだけど、もう昼っぽい」

「っ、え!?」

告げられた言葉に、思わず七星が目を開けた

開けた途端ばっちりと目があって、フワリと微笑み返されて・・・七星の顔が一気に熱くなる

「よく寝てたね。さっきどこかで携帯が鳴ってたけど、あれは弟君たちからかな・・・?」

「!?、なんで起こさなかった!?」

「やだ」

「は?」

「滅多にこんな風に浅倉の寝顔なんて眺められないのに・・・!」

「な・・・っ、見るな!そんなもの!」

羞恥で染まった瞳で睨みつけると、舵がその顔をマジマジと覗き込んでくる

「っ、な・・んだよ?」

「もうちょっとだけ、抱いてていい?」

「え・・・」

返事を待たずに骨が軋むほど抱き寄せられて、その息苦しさに七星が喘ぐ

・・・・なんだか、変だ

昨夜もいつになく余裕のない抱き方で、まさしく貪るように何度も求められて、七星は何度も意識を飛ばした

全身至る所で未だに熱さと疼きが燻っているのは、いつもはそんなに残さない所有印を、舵が深く鮮やかに刻み込んだからだ

3週間近く肌を合わさなかった・・・ただそれだけの理由ではない

・・・・なんだかいつもと様子が違う・・・

「・・・・・か、じ?」

息苦しさの中から、ようやく七星がその耳元にその疑問符を注ぎ込む

「・・・・・・・・」

その疑問符に沈黙で答えを返した舵の腕が、ようやくその力を緩め、それでも離れるのを嫌がるように七星の身体を腕の中から解き放たずに、その耳元に舵の低い声音が注がれた



「・・・・・ごめん、修学旅行が終わるまで、しばらくこの部屋には来ないでくれる?」


と・・・・




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