求める君の星の名は








ACT 63







「流!?」


海上保安庁の巡視船によって救護され、タンカー炎上により待機していた救急車に運び込まれた流に、七星、麗、昴、そして一番後ろから舵が駈け寄った
その周囲は、未だ黒煙を上げ続けるタンカーのせいで騒然とした雰囲気に包まれていた

アルフレッドから麗の携帯に送られてきたメールにより流の居場所を知った麗は、すぐさま真哉に連絡を取り救護してもらったのだ


「大丈夫です。少し不整脈が見られますが身体に特に外傷はありません」


流の身体を診て処置を施した救急隊員によってそう告げられ、3人の顔に安堵の色が浮かぶ
そのまま市内の救急病院に向かうという救急車に、麗と昴の二人が同乗して行くことになった
七星はまだ修学旅行真っ只中で、宿に帰らねばならないのだ


「じゃ、七星、また後で連絡入れるから。流の事は心配しないで」


救急車のバックドアが閉められる寸前、麗が心配顔の七星に向かって言い放ち、七星が頷き返しながらギュッと拳を握り締めていた

6年前…

あのハサン王子の誘拐事件に関わった時から、既に何かの思惑の中に自分たちは取り込まれてしまっているのかもしれない

関係ない…そう思い込んでいたせいで、流をみすみす拉致られ危険な目にあわせてしまった
その自分の考えの甘さに、七星が唇を噛み締める

これから先、ハサン王子やアリーと供に”AROS”に携わっていく以上、片桐やイスハークとも関わらざるえない

もう関係ない…では済まされないのだ

それにアルとキョウの関係や、”エフ”を巡って複雑に絡み合った背景…そのどれもが不透明で分からないことばかり

それを思うと、どうしようもない不安と焦燥が湧き上がってくる
舵も、その”エフ”に過去、関わっているのだ
しかも、あのキョウの実の息子…これで全てが終わるはずがない


「…舵、」


思わずその名を呼んだ七星が、背後に立って供に救急車を見送った舵を振り返る
肋骨に何本かヒビが入った程度で済んだらしき舵の胸元からは、応急処置で巻かれた白い包帯が覗いていた


「…ん?」

「…っ、舵は…」


何かを言いかけた七星の言葉を遮るように、『浅倉、舵先生!』と、背後から金子の声がかかり、ハッと振り返った二人のすぐ横にその金子が運転する赤色灯を灯した覆面パトカーが停車した


「乗って下さい。村田のご当主が居る病院まで送ります」

「え、でもこの車…?!」


思わず問いかけた舵に、意味ありげな笑みを浮べた金子が、視線で二人に車に乗るよう促す


「大丈夫、桜木さんに許可はもらってますから」

「桜木さん…?」

「京都府警の桜木本部長です」

「え!?」
「本部長!?」


車の後部座席に乗り込むと同時に返って来たその答えに、舵と七星が問い返す
そんな二人の視線の先で、ニヤリ…とどこか喰えない笑みを浮べた金子が言った


「持つべきモノは、一癖も二癖ある元上司…ですよ」









炎上するタンカーの消火・救護活動のため、港周辺の道路は検問が敷かれ一部封鎖されていたが、赤色灯を灯した覆面パトカーは停められることもなく、紀之の居る救急・救命センターへと通常の半分の時間で到着した

その道中に金子から聞いた説明によると、金子、山下、ナオは元警視庁捜査一課の刑事で、桜木はその当時の上司だった

高城海斗がその桜木に直談判しに来た直後、桜木はかつての上司であり、元警視庁副総監でもあった要人警護会社アンタレス社長の藤堂 崇(とうどうたかし)に連絡を取っていた
高城の追っている”エフ”…当時、織田の潜入捜査の内情を知っていた、ほんの一握りの警察トップ…そのうちの一人が、この藤堂だったのだ

桜木と藤堂…共に高城をよく知る二人だけに、高城が取るであろう行動をある程度予測しえた
国際問題に発展しかねない無茶をやる事はまず間違いがなく…その事態が発生した時のために、知りうる限りの人脈を駆使して大きな問題にしないための”筋書き”をも根回し、既に手も打たれていた

そのおかげで、タンカー爆破の現場に居たはずの舵と七星は警察に拘束されることもなく、こうして金子によって病院へ送られ、伊原と白石も簡単な事情聴取だけで宿泊先の宿へと、一足先に山下と共に帰り着いている

まだ宿へ戻ってこない七星達については、急な七星の親戚の入院に舵が付き添って行っている…という真偽の入り混じった主旨の説明がなされ、伊原と白石には違反行動に目を瞑るのと引き換えに、今回の事件について他言無用という約束が為されている

一見すれば、受験を前にした学生達を配慮して不問に伏す…というありがたい処遇だが、当然そこには華山グループ社長・美月からの要請があった…と考えるのが無難

裏を返せば、警察側から今回の事件に関しての華山側の持ちうる情報提供と事件の裏事情に関する他言無用の要請、それ以上首を突っ込むな…!という無言の圧力に他ならない

ナオはそういった事後処理のためと、”筋書き”協力のために現場に残っていたが、七星達を送った金子は、その足で現場に戻ってナオの補佐に付き、朝までには宿に戻って修学旅行最終日の引率をこなす…と言って港へ戻って行った

ハァ…というため息を吐きつつ、舵と共に七星が紀之の居る病室の前に立ち、そのドアをノックすると、意外にも紀之本人のしっかりとした『どうぞ』という声が返って来た


「お父さん?!」


返って来たその声に安堵の色を滲ませながら、舵がドアを開けた

ベッドの上で起き上がり、舵と七星の方を向いた紀之の目元は真っ白な包帯で覆われていたが、その様子はナオが『命に別状ない…』と言ったとおり、目以外に特に外傷もなく無事な様子だった

だが

その様子にホッと一息付く間もなく、既に中に居て紀之の横に立っていた先客に、二人が同時に息を呑んだ
そこに居たのは、ダークスーツ姿の長身の男…褐色の肌、ゾッと寒気を覚えるほどの冷たいアイスブルーの瞳、後手で一括りに戒められた金色の髪の持ち主…!


「北斗の…!」
「っ、アル!?」


叫んだ二人に、アルがチラリと冷たい一瞥を投げただけで無言の答えを返し、代わって紀之が静かな声音で言った


「貴也、華山様もいらっしゃいますね?この方は、兄の…キョウと呼ばれていた傭兵時代の知り合いだそうです。タンカー爆破の事も今、この方から聞きました。華山様、申し訳ありませんが貴也と二人きりで少し話をさせて頂きたいのですが、よろしいですか?」


そう言った紀之が、包帯で覆われて見えないはずの視線を落として、手元にあった銀色の箱にかけた指先に力を込める

その箱と、アルの何の感情も読み取れない横顔を交互に見やった七星が、最後に舵と視線を合わせて頷きあった


「…分かりました」


少し固い口調で短く答えを返した七星より先に、アルがス…ッと音もなく身をひるがえしたかと思うと、七星と舵の横をまるで風のような自然な動きですり抜け、ドアを出て行った
声をかけることはおろか、その動きを視線で追うことさえ叶わない…それほどに自然で素早い動きだったと言わざるえない

ハッとしたように視線でその背中を追った七星の視界から、一瞬にしてその背中がかき消える
慌てて七星がその後を追いかけて、ドアを出て行った


「…貴也」


背後で自動的に閉まった病室のスライドドアの音と同時に、紀之がその名を呼んだ
それに応えるように、舵が先ほどまでアルが立っていたベッドサイドへと歩み寄った


「…お父さん、一体何があったんですか?」

「…昔、兄と一緒によくやったイタズラだったよ。もっとも、あの時はこんな風に怪我を負うこともない幼い物だったがね…」


そう答えた紀之の口元が、微かだが笑みをかたどっていく


「イタズラ…?」

「そう、大事な茶器は箱に入れてしまっているだろう?それに、ビックリ箱の要領で仕掛けをしてね…。大人を驚かせては二人で怒られて…でも懲りずに何度もやった。あの頃が一番楽しかったよ。まだ私も幼くて、後継ぎだのなんだの、茶の才能がどうの…と余計な事を何も考えず、ただ、大好きな兄の側に居て一緒に笑っていられたから」

「…っ!」


ハッと、舵が目を見張る
紀之の口元に、舵が今まで見たことのなかった穏やかで幸せそうな微笑が浮かんでいた


「親族会議の行われる茶事の後、私はいつも一人で決まった茶器で茶を点てていたんだ。その頃に兄が気に入って使っていて…私がワガママを言って自分の物にしてしまった茶器でね。兄は、家を出るとき何一つ残して行ってくれなかった。あの茶器だけが私に残された、たった一つの思い出の品だったんだよ。
けれど、兄はそれも許す気はなかったらしい…箱を開けた途端、仕掛けてあった発火装置が作動して茶器は割れてしまった。茶器の中に入っていた爆竹が一緒に入れてあった砂と爆発してね」

「爆竹!?それになんで砂が…!?」

「医者の話だと、私が失明したのはその砂のせいなんだそうだ。爆竹自体の威力は茶器を割った程度でたいした物ではなかったらしい…けれど、爆発で飛び散った砂が真上から茶器を見下ろしていた私の目を直撃してね、角膜に細かな傷をたくさんつけてしまったんだそうだ」

「そんな!どうして、なんであの人はそんな事を…!?」


舵が憤ったように言い募り、思わず拳を握りしめる

ただ単に茶器を壊したかったのなら、爆竹など仕掛けずに割っておけばいいものを、わざわざ子供のイタズラを思い起こさせる物を使って紀之の目の前でそれを壊し、楽しかった思い出もなにもかも奪い去って行くかのような行為

その上、まるで最初から紀之の視力を奪う為としか思えない砂の仕掛け…(火器の扱いを熟知しているはずのキョウが仕掛けたのだ、当然失明させるがための仕掛けと考えてまず間違いない)
過去の思い出だけでは物足らず、紀之がこれから見るであろう未来の出来事まで闇の中に葬り去ろうとした…としか思えない

紀之を殺さずに生かして、紀之がこれから生きるだろう残りの時間の間ですら、光りを奪われた憎しみしか与えない…キョウは、そこまで紀之を憎み嫌っていたのだろうか?そうまでして、紀之を苦しめたかったのか?

そんな思いに捕らわれた舵だったが、ふと視線を上げた先にあった、紀之の未だ笑みを浮べたままの口元に気づき、驚愕の思いでその手元でしっかりと抱え込まれている銀色の箱へと視線を移した

その箱は、医療輸送用などに使われるジェラルミン製の箱…だった


「…お父さん、その、箱は?」

「さっきの方が持ってきて下さったんだ。兄との交渉の品だと言って」

「交渉!?」

「私は、兄が交わしたというその交渉を果たしたいと思っている。そのためには、貴也…お前の承諾が必要なんだ」

「俺の…承諾?」

「そう、兄と唯一血の繋がりのある肉親は、貴也、お前だけだから…!」


そう言った紀之の声音には、舵に承諾以外の選択を選ぶことを良しとしない…まるで血の繋がりがあることに嫉妬すら覚えていることを伺わせる意志の強さが滲んでいた





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