求める君の星の名は









ACT 67










実家での挨拶を済ませた舵が新幹線乗り場で合流し、全員の点呼を確認してから桜ヶ丘学園高等部・修学旅行の面々は無事に帰途に着いた
そして予定通りの夕刻に、七星達の修学旅行は終わりを告げた

解散場でもあった桜ヶ丘高校の校庭に麗と昴が迎えに来ていた
流は、今朝目覚めた時にはもうすっかり元通りになっていて、警察の事情聴取が終わると家に帰る!と言って聞かなかったらしく、昼過ぎには麗と昴と一緒にこちらに戻って来ていた
その代わり、こちらの市立病院でもう一度検査して異常があれば即入院…という条件付きで
3人はその足で流が検査を受けている市立病院へと向かった
舵は他の教師ともども、学校で旅行の反省会を行った後、打ち上げと称しての飲み会が待っていた




迎えに行く…と流に連絡を入れた七星達が私立病院に着いてみると、玄関を入ってすぐの待合室で今や遅し!とばかりに待ち構えていたらしき流が、3人に向かって軽く手を振った


「流!?お前、本当にもういいのか!?」


驚いたように聞いた七星に、流が待ちくたびれていたのだろう…大あくびを返しながら答える


「だいじょーぶだって!っていうか、だいたい大袈裟なんだよ!一晩ぐっすり寝りゃぁ元通りだって!」


夕刻の遅い時間帯だっただけに、待合室には流以外人影はない
そこにあった長椅子に座ったまま手足を伸ばし、大きく伸びをした流が、ヨ…ッとばかりに勢い良く立ちあがった
その背後では、退屈しのぎに見ていたのだろう…大型の液晶テレビがニュースダイジェストを映し出していた

『さ、帰ろうぜ!』とばかりに4人が玄関に向かって歩き出そう…とした時、ちょうどニュースが切り替わり昨夜の港での大騒動を報じ始めた

実際の裏側での顛末については金子から聞いて知っている七星だったが、表向きの報道に関しては聞くのはこれが初めてだった
思わず足を止めて振り返り、そのニュースを見上げた七星の様子に、他の3人も追随してテレビを見つめた

報道されている事は虚偽実々…
上手く誤魔化したもんだ…と七星が感心していると、続いてニュースが切り替わりミャンマーで行われた国際宝石展示会の話題になった
その展示会では、通常滅多にお目にかかる事が出来ないサファイア”コーンフラワーブルー”が、展示会初日の記念式典の間だけ限定展示されるとあって、世界中の宝石商人・宝石愛好家が注目しているイベントであったらしい

画面に映し出されたのは、その”コーンフラワーブルー”の持ち主が大勢の見守る中、展示会のオープン記念式典の会場に現れた場面だった


「っ!?ハサン王子!?」


思わず七星が驚きの声を上げた
画面には、カーフィアを目深に被ってはいるものの、見間違えるはずもないハサン王子が映し出されていた


「うわ、ホントだ!ハサンだぁ…ってことは、あの宝石の持ち主がハサンってこと?ね、アレって高いの?」


宝石と言えば、麗だろう…とあたりをつけた昴が麗に問う


「ああ、”コーンフラワーブルー”って言ったら、もの凄く高価で希少価値のある宝石だよ。ほとんどの場合市場に出回る前に買い手がついてしまって、一般人は目にすることも叶わないって言われてる代物だからね。しかもあの”コーンフラワーブルー”は、大きさもかなりなものだから…軽く数億ってとこかな」

「数億!?うっわ、すっげぇ!さすが大金持ち!っていうか、何で麗そんなに詳しく知ってるの?」

「ん?だって、一度見せてもらったことあるし」

「え!?うそ!なんで!?」

「宝石好きのファハド国王のコレクションの一つ、だから」

「あのヒゲのおっさん!?え、じゃあ、何でハサンが持ってんの?」

「代理だろ。あの人、いろいろと忙しいから」


二人の会話を聞いていた七星の顔に思わず苦笑が浮かぶ
あのファハド国王を”ヒゲのおっさん”や”あの人”呼ばわりするなんて…側近が聞いたら不敬罪で銃殺もんだ

画面に映し出された大粒のサファイア”コーンフラワーブルー”のビロードのような潤んだ青い色合いに見惚れていた七星が、ふと麗の碧眼を見やってポツリ…と言った


「…ファハド国王って、ひょっとして青い色フェチか?」


七星のその言葉に、麗の碧眼が思案気に揺れた


「…言われてみればそうかも。でも…」

「でも?なんだ?」

「いや…青い色の宝石の代表である”ラピスラズリ”だけは、コレクションの中になかったな…と思って」

「へぇ…じゃあ、手に入れたい”ラピスラズリ”でもあるんじゃないのか?他のものじゃあ代わりがきかないくらいの…」

「そうかなぁ?あの人だったら、欲しいものはどんな事したって手に入れてそうなんだけど…」

「それもそうだな…だったら、それに匹敵するぐらいの”何か”をもう手に入れてるから…とか?」

「匹敵するぐらいの”何か”…」


そう言って、麗が密かにハッとその碧眼を見開いていた
シルバー・ネプチューンの中で聞いたラピスラズリの別称『”天空の破片”と呼ばれている人』…単なる勘できっとその人物も『遺伝です』と言ったアルフレッドと同じ独特の青い瞳をしているのでは?と、思っていたが…それがはっきりと麗の中で確信へと変わる

しかも、どうやらその人物は英国軍と深く関わり合いがあると見て間違いない


…うわ、これって、なんか凄く面白そうじゃない?


知らず、麗の口元に楽しげな笑みが浮かぶ
何をやっても敵わない…そう思っていた人物のひょっとしたら弱みになるかもしれない秘密
だってそれは、まだ手に入れていないのか、もう手に入れてしまったのかは分からないが、とりもなおさずファハド国王の手元に”置けない”ほどのものだという事だけは確かなのだから

調べ甲斐があるなぁ…とワクワクとした面持ちになった麗だったが、ふと、ある事に気がついて『あれ?』と、流を振り返った
流は、いつもと変わらずハサン話題となると興味なさ気を装って、壁にもたれかかっていた


「…なんだよ?」

「え、だって、流を助けてくれたのって、ハサン王子じゃなかったの!?」

「…んじゃ、あそこに写ってる奴は誰なんだよ?」


何をバカなことを…と言いたげな顔つきで、流が式典で祝辞を述べているハサンの映像を顎で指し示す
そのニュースで示された現地時間は日本で言えば午前中に当たる
流が助けられたのは昨夜遅く…日本からミャンマーまで通常9時間はかかるし時差だってある
時間的に言ってその短時間で流を助け、あの式典に出席する事は不可能に思われた


「じゃ、一体誰が流を助けたの!?」

「知るかよ!っつーか、医者にもそう言ったろ!麗だって聞いてたじゃねぇか!」

「え…あれ、その場を誤魔化す為のでまかせじゃなかったの!?」

「麗と一緒にすんな!」

「あ、ひどい!でも流、それってマジで覚えてないって事?」

「マジ。朝練行くのに一人で家を出たのは覚えてるんだけど…その後がなぁ…。なんか、こう…霞がかかったみたいにはっきりしねぇの。気がついたら病院のベッドの上、だったんだからしょうがねぇだろ!」


そう、救急車で港から運ばれた流の意識が戻ったのは今朝方で、事情聴取に来た刑事と医者を前にして、流は一連の事件の事を何も覚えていない…と答えていた
それを麗も昴と一緒に聞いてはいたが、てっきりその場を誤魔化す為の嘘だとばかり思っていたのだ

医者によれば、使われたクスリが何か分からないので何とも言えないが、クスリを使っている間の記憶が飛ぶ…と言うのはよくある事だし、精神的・肉体的疲労から来るストレスの可能性もある…ということだった

つまり、神谷に拉致られたことや、イスハークのこと…流はその一連の出来事を覚えていないらしい


「流、それホントか!?そんなんで退院して大丈夫なのか!?」


初めて聞いたその事実に、七星が心配顔になって流に詰め寄る


「大丈夫だって!外傷は打撲程度でピンピンしてるし、記憶がないってのもよくある後遺症らしいしな。それに、覚えてないからって何が困る…ってわけでもないしさ」


あっけらかん…と流が言う
たしかに、生活していく上でその間の記憶がなかったとしても、何ら差し障りはない
むしろそのおかげで、警察から根掘り葉掘り問いただされることもなくなったわけだから、結果オーライ、人間万事塞翁が馬…と言った所か

如何にも流らしいと言えば流らしい
液晶テレビから流れてくる音声が、いつの間にか賑やかなバラエティ番組へと切り替わっていた


「何でもいーよ!流は無事だったんだからさ!腹減った!早く帰ろ!」


そう言った昴が、ガバッとばかりに流と七星の間に割って入って腕を取って歩き出す
その後を少し送れて歩き出した麗が、昴とじゃれあい会話を交わす流の横顔を怪訝そうな表情で見つめていた


「…ふぅ…ん、何があったか知らないけど、流も役者になったってとこ?ハサンのことはともかく、全部覚えてないなんて…後で墓穴掘ったって知らないよ…?」


小さく呟いた麗が、この先起こるだろう事態を予測するかのように、ふふ…と如何にも楽しげな笑みを口元に浮べていた












一方、舵は旅行の打ち上げ…と称した飲み会の席上で、思わぬ人物の来訪を受けていた


「舵センセ、お客さんですよ」


そう言った金子に肩を叩かれて、視線で示された居酒屋の入り口付近に、高城海斗が立っていた


「高城さん!?」

「こっちは俺が誤魔化しておきますから、トイレ行く振りでもして抜けてください」

「すみません、じゃ、ちょっと…」


飲み会を抜け出した舵が居酒屋の外に出ると、少し先にあった駅前のロータリーの街灯下で高城が待っていた


「高城さん!」


駆け寄った舵に、高城が6年前と少しも変わらぬにこやかな笑みを浮べた


「やあ、久しぶり。今回は大変だったね」

「高城さんの方こそ!あの…警察を辞めたって…?」

「うん、辞めた」

「なんで…!?」


確かに騒ぎの責任は取らねばならなかったろう…でも、金子の話だと辞めさせられた訳ではなく、自ら辞職願いを出して辞めた…と言っていた
同じ”エフ”を追って今回以上の大惨事を引き起こしてしまった…あの時でさえ、辞めなかったというのに!


「同じ刑事で、同僚で、相棒だった俺は、あいつが殺したから」


着ていたコートのポケットに突っ込んでいた片手を引き出し、自分の左胸あたりに置いた高城が、そんな言葉を吐く


「え…?」

「俺はね、あの時本当はキョウを捕まえる事が出来たんだ。だけど、俺はキョウよりあいつを選んだ…何の迷いもなく、あいつを選んだんだ。あの時に思い知った…俺は刑事として”エフ”を追っているんじゃない、高城海斗としてあいつを追っているんだ…ってね。
同じ刑事で同僚で相棒…俺が本当に欲しいのはそんなものじゃない」


一瞬目を閉じた高城が、まるで何かを誓うかのように左胸に置いていた手をギュッと握り締めた


「だから、今度は俺が、そんなあいつを殺しに行く」

「っ!?」


嘘で塗り固めた互いの虚像

そんな物などもう要らない
そんな物など殺してやる


閉じた目が、その誓いを実現する為に、開かれる
思わず目を見張って言葉を失った舵に、今度は高城が問い返した


「君は?君は父親の残した爆弾をどうする気?」


問われたその言葉と高城の厳しい視線は、舵の遺伝病を知った上での問いかけだとしか思えない


「っ!た…かじょうさん、知って!?」

「遊んでたわけじゃないって言ったろ?また逃げるのかい?」


問われた言葉に、舵が苦笑を返す
確かに、あの時は逃げ出した
どこにも…目指すべき光が、道が、見えなかったから

でも、今は。


「もう、逃げませんよ。爆弾は…俺が解体します。もう一度最初からやり直しです」

「なんで?」


まるで先ほどの舵の問いの意趣返しのように、高城が聞く


「生きるために」


確固たる意志を滲ませて、その一言に集約された舵の答えに、高城がふわり…と笑み返す


「俺もだ」


その一言で、舵もまた高城の”殺す”と言った意味が言葉どおりでない事を知り、笑み返した


「あ、それと、言い忘れてたけど俺もう再就職してるから」

「え!?再就職?どこに!?」

「公安庁」

「公安…庁?」

「そ。警視庁を辞めなきゃ公安庁には入れないから」

「え?」

「参るよね、一癖も二癖もある元上司には。で、俺が君に会いに来た本当の理由は、これから先も多分、君とは縁がありそうだから…その挨拶代わりってとこ」

「縁…!?」


如何にも楽しげに言った高城の態度に、舵の眉間に深いシワが寄る
高城と関わるとロクな事にならない…それは今回の事でも証明されていると言うのに


「嫌だな、あからさまにそんな顔しないでくれる?それに関したキョウの置き土産の話…聞きたくない?」

「置き土産!?」

「君の父親は、最後にもう一つデカイ爆弾を落としていったんだ。片桐、新井、九曜会…それぞれのネットワークの中枢に新種のウィルスが侵入、”エフ”に関するデータが全て破壊・消去された」

「ウィルス!?でも、何でそんな事を高城さんが知ってるんです?」

「ん?俺もその辺には何度も侵入してたもんだから、感染しちゃったんだよね、そいつに。おかげで俺が持ってた”エフ”に関するデータも全部お釈迦にされたってわけ」

「…っ!あの人がそんな事を?」

「キョウしか考えられないんだよね。何がキーワードになってるのか全く分からないんだけど、見事に”エフ”に関するものだけが消されてる。こんな事、”エフ”を作った本人にしか出来ない芸当だ」

「でも、それと俺とこれからも縁があるって言うのと、どう繋がってくるんです?」


”エフ”のデータが消えたのなら、逆にもうこれ以上関わり合いにならずに済むはずなんじゃ?舵のそんな困惑を見て取ったのだろう…高城が少し口調を強めて言った


「データが消えたって、需要がなくなるわけじゃない。かえって付加価値が上がり値段は上がり続ける。そうなればもう一度”エフ”を作り出そうとするだろう。キョウが”エフ”を作ったのは何のためだ?麻薬としてはほんの遊びか暇潰しだったかもしれない。けど、その元になったものは、自分の病気の為のクスリじゃなかったのか?」

「あ…ッ!」


気づかされた重大な危険性に、舵の顔が一瞬で蒼ざめる


「縁がある…って言った意味がこれで分かったろ?俺はあいつを…織田を追う。織田が”エフ”を追う限り、俺も”エフ”を追う。本当の織田をこの手に掴むまで、俺はあいつを死なせはしない、俺も死なない、絶対に…!」


気迫のこもった、けれどとても静かな口調で高城が言う

ああ、この人も自分と同じなのだな…と舵が思う

やっと見つけた
やっと気づけた

その手に掴むべき、大事なもの
それを失えば、生きる意味さえない


「…大丈夫です。俺はキョウの息子だけど、キョウじゃない。あなたと縁があるのも金輪際ゴメンです」

「言ってくれるね」

「当然でしょう?」


クク…と笑い合った高城と舵が、『それじゃあ、また』と握手を交わす
クルリときびすを返した高城の背中に、舵が言った


「これからどこに?」

「香港!」

「じゃ、近寄りません」

「賢明だ」


振り返ることもなく言い返した高城が、バイバイとばかりに背中越しに軽く手を振った

香港と言えば、麻薬密売の取り引き相手が香港マフィアだとか言っていた
言葉どおり、高城は織田を…織田が追う”エフ”を追って行くのだろう


…掴まえてくださいね、絶対に


舵が心の中でソッとエールを送る

七星が、自分を掴まえてくれたように
誰かが自分を求めてくれていることに
伸ばされたその手に、気づけるように


人波に消えいくその背中を、舵がいつまでも見送っていた




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