求める君の星の名は









ACT 8








「なあなあ、聞いた!?修学旅行の行き先!」

自他共に認める学園一の情報通、新聞部部長の白石が昼休みの教壇に身を乗り出して、叫んでいる

思い思いに昼休みを過ごしていたクラスメイト達が、興味津々に白石に注目した

「行き先は、なんと!京都だってさ!」

一瞬静まり返った教室が、次の瞬間、ブーイングと「受験なんだし、いーんじゃない」な、声があがる

過去の行き先は海外だったり、北海道や沖縄だったり・・・した事もあった

けれど昨今のテロ事情などで、海外はその対象から早々に外されている

そして

今回はその日程上、大きな全国模試が旅行の後に控えていた

そんな背景も手伝って、事前に取ったアンケートでも国内で近場で・・・という要望が多かった・・・その結果だ

「場所はどこでもいいんじゃねー?要は、皆で弾けて騒げればさー!枕投げができりゃーどこでもいいぜ〜」

例によって伊原が陽気に言い放ち、笑いを誘っている

そんな中・・・

一人浮かない顔つきの七星が、どこを見るわけでなく窓際の自席から外を眺めていた



・・・・・舵の真意が分からない



急に部屋の鍵を渡したり

大学時代の友人に引き合わせたり

人前で着替えなどできず、体育の授業を休まなければならないほどの情交の痕を残したり

そんな事をしたくせに

・・・・・『修学旅行が終わるまで、しばらくこの部屋には来ないでくれる?』・・・・・

そう言った

・・・・・『っ、な・・んで!?』・・・・・

そう聞いた七星に

・・・・・『・・・追い込みたいんだ、自分を。七星に触れられない制約を作って・・・』・・・・・

そんなわけの分からない答えを返した

どうして、自分を追い込まねばならないのか?

どうして、修学旅行が終わるまでなのか?

聞きたいことは山ほどあった

だけど

・・・・・『・・・俺を・・・待ってて』・・・・・

続けて注がれたその言葉が、七星の問いかけを封じてしまった

その言葉を、「嫌だ」と七星は拒む事が出来ない

「待つ」ことは

相手を信じていないと出来ない事だから

自分を信じてくれているんだと、思わせてくれる事だから

あまりにも「待つ」事が日常化してしまっている七星にとっては、まさに殺し文句だ

おまけに

そんな事があったにもかかわらず、学校での舵はまるで何事もなかったかのように七星に接してくる

今までと何も変わらず

あんな言葉を吐いたことなど忘れたかのように・・・

だが、それが嘘でなかった事を裏付けるように、お茶会もかねていた部活と週末の天体観測は、それ以来なくなった

一人一人に対して行われている進路指導をかねた、個人懇談

修学旅行の細かいスケジュールと行程の検討と調整

舵自身が多忙になり、そんな暇がなくなった・・・・表向きはそんな理由で

「・・・・・ひきょーもの」

思わずこぼれた独り言に

「なになになにー?誰が卑怯者なのかな?浅倉く〜ん?」

耳ざとく聞きつけた伊原が、ここぞとばかりに突っ込んでくる

「・・・・知るか」

チラリと伊原を見やった七星が、再び外に視線を戻す

「う・・わー・・・最近すっげー機嫌悪いよなー・・浅倉。体育も休んでるし・・・まじでどっか具合悪いの?」

笑顔を一転、心配顔になった伊原が七星の顔を覗き込んでくる

ハァ・・・・とため息をついた七星が、なにやってんだ!と、心の中で自分にカツを入れて、伊原と視線を合わせる

「・・・・頭痛の種なら、これから集めなきゃならない修学旅行の自由行動スケジュール表!提出用の表バージョンと実際の裏バージョン、両方いるだろ?」

クラス委員になった七星は、修学旅行の班分けから始まって、班ごとのリーダーの選出

宿での部屋割りと人数の調整

そして

最大の難関とも言える、丸一日自由行動の日・・・の、スケジュール承認・提出作業をこなさなければならない

班ごとに行動するのが基本だが、そんな物、実際はあって無きの如し・・・で

学校側には班ごとに無難なスケジュールを提出するが、その代わり、実際に行動する個々のスケジュールも集めておかなければならない

クラスごとの点呼はクラス委員の仕事になる上、全員が揃わなければ夕食にありつけない・・という伝統的な決まり

その決まり以外にも、万が一、何かあった時、迅速に対応できるように・・・だ

「おっ!さっすが浅倉!よく分かってんじゃん!でさ、お前は自由行動、誰かと一緒に行くのか?」

「いや、特に誰とは・・・」

「じゃ、一緒に行こうぜ!俺と白石と!お前どっか行きたい所ある?」

「いや・・・別に・・・」

「っしゃ!じゃ、俺達に任せとけ!絶対面白いコース作ってやるから!楽しみにしてな〜」

七星の同意もなにもないまま、勝手に話を進めた井原が白石のいる所へ駆け寄っていった

「・・・・・・・・・ま、いいか」

勝手に進みつつあるスケジュールに、七星があきらめ顔でため息を吐く

京都はまだ行ったことがなく、どんな観光名所があるのかもよく分からない

それに弟達と以外、誰かと一緒に遊びに行った経験もないし、特に行きたいとも思わない

故に、誰かが強引に誘わなければホテルの部屋で一日を過ごしかねない・・・という自負のある七星だけに、おせっかいな親友の行為に付き合ってみるのも悪くない・・・か

そう思って、七星が再び視線を窓の外に戻した時

「貴也!」

3階下だというのにはっきり聞き分けてしまった・・その名前

その名を呼んだその声音に

七星がハッと視線を彷徨わす

その声は、どう聞いても涼やかな女の声で

見下ろしていた校舎の中庭にあった、噴水と藤棚

その藤棚の影から、職員室のある方向に小走りに駆け出してきた・・・長い髪の女

その女の声に反応して、職員室の窓から顔を出した見慣れた顔

「沙耶(さや)!?」

息を呑んだような驚いた声音で、その男、舵の口から女の名前が告げられた








放課後、その日の日直が担任からの伝言を伝えるために教壇に立った

「舵からの伝言〜!今日の進路指導懇談はなしだってさ!舵の奴、これから絶対デートだぜ!すげぇ美人と昼休みに話してた!」

「うっそ!?マジ!?」
「あ!それ俺も見たぜ!マジで美人だった!」
「えーーっ、俺も見てー!!」
「んじゃ、今から冷やかしに行こーぜ!まだ駐車場あたりに居るんじゃねぇ?」

口々に叫んだ一団が、脱兎のごとく教室を飛び出していった

「・・・・・・・・・・・・」

眉間に深いシワを刻んだ七星が、無言で帰り支度を済ませて立ち上がる

午後からの授業など、全く頭に入っていない

声と後姿しか見えなかった「沙耶」と、舵が呼んだ女

あれからすぐ、2人は七星の視界から見えないところへ行ってしまった

思わず「ガタンッ」と、椅子から立ち上がったが・・・・

そこから先に行動を起こす事は出来なかった

二人を追って・・・・それから何をどうするつもりなのか?

関係を問いただす?

ただの友人かもしれないのに?

元恋人かもしれないのに?

いや、それよりもっと嫌な予感

カタを付けないといけない事があるから話せない・・・そう言ったそのカタが、今も続いている恋人との関係だったとしたら?

もし、そうだったとしても

七星に何が出来るというのか?



・・・・・・・・やめよう



ハァ・・・ッと、大きなため息を吐いた七星が、重い足取りで歩き出す

何もかも憶測でしかない

舵は待っていて欲しいと言った

ならば今は待つしかない

考えてみれば、舵は肝心な事は何一つ七星に話していないのだ

大吾や真一との会話で知り得た事は、舵が大学へ入ってからの事だけ・・・

肝心のそれ以前・・・

舵の生い立ちについては何も語られなかった

大学に入ってからの友人だと言っていたから、大吾も真一も舵の過去については何も知らないのかもしれない

「・・・・・先に進路の事考えないとな」

大吾達と過ごした気の置けない居心地の良い雰囲気を思い出し、七星が「沙耶」と呼ばれた女の事を無理やり心の中から閉め出した

本当なら、今日が七星の進路指導懇談だった

進路は海外に・・・!

そう美月言われた以上、それは決定事項だ

片桐インターナショナルの奨学金制度を利用して来年から留学する麗と流は、テニスとサッカー留学で・・・ヨーロッパ周辺の学校になると見てまず間違いない

叶うなら、弟達の近くに居たい・・・そう願う七星の興味を引いたのが、様々なカレッジで街を構成している、オックスフォードだった

中世から続く伝統のある美しい町並み

最高峰とも言われる学問レベルの高さ

世界中から集まる留学生

その留学生達と共同生活をするホール・オブ・レジデンス(学生寮)

たくさんの友人を作る・・・という点でもこれ以上望むべくもない場所

だが

短期の留学とは違い、海外の大学への正式入学となると・・・情報が少なく入試対応の勉強の仕方も把握しにくいのが現状だ

その経験者が、舵

その上、異例の抜擢で七星の担任となり、進路指導をも担う・・・

そこまで考えて、七星の眉間に更に深いシワが刻まれた

確か

「AROS」と関わりたいと美月に告げた時、「もう既に協力者は居る・・・」「本人も気がついていないけれど・・・」そんな事を言っていた

あの美月が言った言葉が、舵の事だったとしたら・・・?

桜ヶ丘学園の理事長は、美月本人・・・偶然にしてはあまりに出来すぎたこの状況も、美月がそうし向けたのだとしたら、納得がいく

ただ、そこに舵と七星が恋人関係になるだろう・・・という項目は含まれていなかっただろうが

「・・・・・ちょっと、待てよ」

呟いた七星の足がピタリと止まる

あの美月が、もしも本当に協力者として七星の側に置いたのだとしたら・・・

その素性を調べずにそんな事をするだろうか?

あの、全てにおいて用意周到で抜け目のない、美月が?

「・・・・・ありえない」

ハッとした様に顔を上げた七星が、足早に家に向かって歩き出していた




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