求める君の星の名は










ACT 70








「修学旅行で絵付けをした器が届いています。放課後体育館まで取りに来て下さい」


そんな校内放送がかかったのが、修学旅行から4週間後
大きな全国模試も終わり、その結果を踏まえて進路の微調整も済んだ夏休み直前…という頃だった


「おっ白石、お前のマグカップ、ベタだなぁ…合格祈願かよ!」
「悪いかよ?って、伊原…お前のカップこそ!これなに?」

「何って、五重の塔に決まってるだろ!」
「マジ!?変な鉛筆かと思った!」

「白石、てめぇ…!」
「うわっ!冗談だって…!」


小突きあいながら体育館の外へ出た二人が、バッタリと七星に出くわした


「あ、浅倉!お前も取りに来たのか?」
「いや、俺は…」

「伊原…!」


絵付けをしなかった七星に気を使ったのか、白石が慌てたように伊原の口を塞ぐ
その行為でハッとした顔つきになった伊原が、『…あ、そっか』とバツが悪そうに視線を泳がした

そんな二人に苦笑を返した七星が、『そんな気を使うなよ』と言って、じゃあな!と校門を出て行った


「あ…れ?浅倉の奴、部活サボリか?珍しいな」


校門の角を曲がってすぐに見えなくなった七星に、白石が不思議そうに呟いた
授業が終わったばかりのいつものこの時間、七星は部活と称したお茶会に行っている
なのに今日は珍しく帰宅部らしい


「なんか用事あんだろ?っていうか、最近天文部、夜の天体観測やってないんだろ?」
「そうらしい。浅倉の受験も10月だって言ってたしな」

「あ、そうか!あっちの試験って早いんだ!」
「大変だよな…ってか、俺達も頑張らないとな!」

「それ言うなよ、白石ー」
「言わなきゃヤバイだろ?伊原は!」


この時期の受験生ならでは…の会話を交わしつつ、二人も目標に向かって確実に足を進めていた







その少し前

舵が職員会議に向かおう…と準備室のイスから立ち上がった時、不意に白衣の胸元に入れている携帯がメール着信のメロディを奏でた

会議中はバイブモードに切り替えないとな…と思いつつ取り出した携帯を開き、誰からのメールか確めた途端、舵が驚いたように目を見開いた


「浅倉…!?」


今日は舵から一通もメールを出していない
ここ最近も特に返信が必要なメールは出していない
それなのに七星の方からメールなんて、今まで一度もなかったことだ


「…まさか、何かあった!?」


焦りの色を隠せずに、舵が慌てたようにメールを開く

修学旅行のあの事件で、舵の親友である川崎大吾は先輩だったという黒岩司と共に、他の若い暴走族連中を逃がすため警察に捕まったが、高城や桜木らによる事前の根回しのおかげで、長い説教と一晩の留置場生活だけで無罪放免されていた

だが、もう一人の親友…だった野上真一、こちらは行方をくらませたままで…高城が再就職したという公安が、その行方を追っているらしかった

自宅に戻った大吾からの電話で、その一連の詳細を知った舵だったが、行方不明なままの真一に関しては、大吾もその後どうなったのか皆目見当がつかないらしい

流の拉致事件のこともあり、極力一人の外出は避け、夜間外出等も当分控えよう…という事になり、天文部の夜間観測も行っていない

そんな不安要素が残されたまま…だった上での、この七星からの初めてのメールだ
舵が慌てても当然な事だった

開いたメールには

”学校終わったら、○○駅のショッピングモールに来て”

そう書かれていた
その駅は舵のマンションがある駅から二駅ほど先で、そこにあるショッピングモールはこの辺では一番大きく、映画館から多種多様な専門店まで何でも揃っている事で人気の高いスポットだ


「え…?ショッピングモール?」


何かあったわけじゃなかったのか…とホッとすると共に、そうなると、このメールは純然たる七星からの初めての”来て”というお誘いメールじゃないか!と、思わず舵の口元に嬉しそうな笑みが浮かぶ

実を言えば、天文観測をしない…ということは、同時に舵の家に七星が来ていないという事でもあったのだ
ケガが治るまで七星に手は出しません…と言い放ってしまった舵ではあったが、二人きりの密室の状況になってしまえば、そんな言葉もどこへやら…なし崩しになってしまう事は目に見えている

それを回避するためと、美月によって画策されていたらしき大学教授との再会によって出来た、為さねばならない”ある事”

七星と二人きりで会えない…というのは正直辛かったが、ケガを少しでも早く治すためと”ある事”の準備のためには、舵にとって必要な時間であり、耐えなければならない期間でもあったのだ

それが、結果的にこうして七星からの初めてのお誘いメールにも繋がったわけだから、正に棚からぼた餅…だ
職員会議に向かう為、準備室を後にした舵の指先が、廊下を歩きながら”分かった。着いたら電話するよ”というメールを送信していた









七星がそのメールを受け取ったのは、待ち合わせ場所に向かう電車の中、だった


「…っ、良かった…!」


その文面を確認した七星の口からそんな言葉と共に、嬉しそうな笑みがこぼれた

初めて自分の方から舵に出した、”来て”という誘いのメール
七星から打ったメールは、用件だけを書いた素っ気無い文面だったのだが、あれでも朝からずっと考えて、考えて…考えた結果の文面だ
何しろ七星は今まで誰にもそんな誘い文句のメールを打ったことがない

どういう風な文面にすればいいのか、皆目見当がつかなかったのだ



どうして七星がそんな一大決心をしてそんなメールを打つ気になったか…と言えば、昨夜七星の携帯にかかってきた、今時珍しい公衆電話からの電話にその理由があった

携帯の公衆電話からかかっている事を示す表示に、一瞬イタズラかなにかか?と思った七星だったが、良く考えてみれば今時わざわざそんな物でイタ電をかけてくるような人間はまず居ない

そんな物でしか電話がかけられない状況にある人間…

そう思って、ハッとしながら通話ボタンを押した七星の耳に聞こえてきた声音は、やはり予想通りの人物だった


『…やあ、こんばんは』
「…っ、真一さん…?」
『ふふ、当たり。君なら電話に出ると思ったんだ』
「…何のようです?」


そう、電話をかけてきた相手は、野上真一
クスクス…と笑う声音に、自然と七星の声に警戒の色が滲み眉間に深いシワが刻まれた


『やだな、そんなに警戒しないでよ。一つだけ教えて欲しい事があるだけだから』
「教えて欲しい事…?」

『うん、教えてくれたら、もう君達にはちょっかい出さないからさ』
「…なんです?」

『…キョウさん、死んだって本当?誰に殺されたの?』
「っ!」


一瞬、七星が答えに詰まる
確か、アルはキョウは全身を癌に侵され生きているのが不思議なほどだった…と言っていた
九曜会を通じてキョウと繋がっていたらしき真一は、その事を知らなかったらしい
という事は、恐らくイスハークも…

考えてみれば、あのキョウが自分の弱みを他人に知られるようなヘマをするはずがない
だからこそ、真一はキョウが誰かに殺されたと思っているのだ


「…殺されたわけじゃありません、キョウは病気だったんです。全身を癌に侵されてもう助からなかった」
『癌!?あの人が!?そんなデタラメ…!』

「どう思おうとあなたの勝手ですが、キョウに関して俺が嘘をつく理由がない。そう思ったからこそ電話をかけてきたんじゃないんですか?」
『ッ、』


息を詰め、押し黙った真一の様子からして、それが七星に電話をかけてきた理由なのは明白だ


『…へぇ、そうだったんだ…何で僕、気づいて上げられなかったんだろう…』


ポツリ…と独り言のように呟いた真一のその言葉に、ハッと七星が目を見張った
その声音には、確かに大事なものを失った悲しみと…それを察してやる事が出来なかった後悔が滲んでいた


「真一さん、キョウのこと…」


言いかけた七星の声を遮るように、公衆電話の時間切れのブザー音が鳴り響き、電話が切れる寸前


『…ごめんね』


真一のそんな言葉が確かに聞こえた
その言葉が七星に向けられたものだったのか、それともキョウに対するものだったのか…

通話終了を示す機械音を聞きながら、自分が見ていた真一は、彼のほんの一部分でしかなかった事に、七星が気づいていた

ふと、受話器を戻す事も出来ずに真一が泣いている様な…一瞬そんなビジョンが七星の脳裏に浮かんで消える

一番初めに舵に会った時、真一は舵を誰かと…キョウと見間違えて声をかけ、違うと気づいて泣いた…と言っていた
二人がどんな関係だったのか…今となっては確める術はない
それでも、その時流した真一の涙は芝居などではなく本物だったのだろう

だからこそ、舵は真一を放っておく事が出来ず、大吾もまた就職の口利きをした
だからこそ、舵も大吾も真一を親友として位置づけていた

誰かを、一途に想い続ける…その気持ちを知っている人だったから


もしも

もしも、その相手がキョウでなかったら…?


ふとそんな想いが湧き起こったが、それも違うな…と、七星の口元に乾いた笑みが浮かぶ
キョウだったからこそ、真一は誰かを一途に想う…という気持ちを知ったのだ

七星が、舵によってその気持ちを知ったように


「…なのに、なんで」


思わずそんな独り言がこぼれ出る
キョウにしても真一にしても、紀之にしても…

誰かが誰かを想っている…その気持ちに気づけない?
あんな形でしか想いを示せない?
伝えなかったことを、伝わらなかった事を後悔する?

答えは誰にも分からない
どれが正しいとも、誰にも言えない

そして…失ったものは二度と戻らないのだ
もう、二度と


改めて、その事を思い知らされた

だから

数日前にケガが完治した…というメールを舵からもらい、以来、真一の事もあって迷っていた行動に出ることにした
真一のあの様子では、言葉どおり七星達にちょっかいを出す事はないはずだから



そんな経緯があった上での、舵からの承諾の返事


誰かを”待つ”という行為が、こんなにも嬉しくて楽しいものだったなんて…!


今まで七星が知っている”待つ”事は、望まずに与えられる不安と焦りばかりだった
けれどこれは、自分から望んで得た、”待つ”時間…だ

初めて知り得たその感覚を、七星が泣きたくなるような気持ちで噛み締めていた




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