求める君の星の名は









ACT 71








「…舵!」
「っ!浅倉!?」


ショッピングモールの駐車場入り口から中に入り、七星に電話をかけよう…と携帯を開いた途端、舵が気づくより先に七星がその肩を叩き、声をかけてきた


「なに?なんでそんなにビックリしてる?」
「い…や、今来たばかりだったのに、良く分かったなって思って…」

「だって車だろ?入り口は限られてるし、何となく、来たなって思ったから。俺、人の気配とか視線とか、結構敏感なんだ」
「第六感みたいなの?」

「そんな大したもんじゃないよ。何となく分かるんだ。人がそれぞれに持ってる雰囲気…っていうのかな?母さんもそういうトコあったみたいだから遺伝なのかも」
「…宙(そら)さん?」

「うん…って、あれ?俺、舵に母さんの名前言った事あったっけ?」
「ないよ」


答えながら、舵が穏やかに目を細める
七星が何の違和感もなく母親の話をし、自分の事を話してくれる…そんな当たり前の事が普通に出来るようになったことが、たまらなく嬉しい


「だよな。でも、じゃ、なんで?」
「…秘密」


ふふ…と舵が意味深に笑う

まだ赤ん坊だったせいで七星自身は覚えていない、七星との秘話
ようやく思い出すことできた、七星との初めての思い出

いつかは、美月があの写真を七星に見せる日が来るだろう
だからそれまでは、自分だけが知っている思い出として、大事にしまっておきたい…と舵は思っていた

だって、その頃から既に七星に心奪われていたなんて…それを七星に知られるのはやっぱりその…少しばかり悔しいのだ
ただでさえ七星は、舵に対して素直に『好き』だとかそういう言葉を言ってはくれない…のだから


「あんた、秘密多すぎだろ?」
「知る楽しみは多い方がいいじゃないか。それより、呼び出した理由は?まさか、デート?」

「デ…!?あ…でも、こういうの、そうなるのかな?」
「え…?」


からかい半分で言ったのに!
きっと照れて慌てて全否定されると思ったのに!

意外な事に七星は頬を染めて照れつつも、それを否定せず認めてくる
思えば、最初のメールにしろ、声をかけてきた時にしろ…全て七星からで、今まで一度だってなかった事だ
舵が唖然とした顔つきで七星を見つめ、『ちょっと、こっち来て』と、すぐ近くにあったベンチに七星を座らせた


「何かあった!?」
「は?」

「だって、そんなあっさりデートって認めるなんて…!」
「…認めちゃダメなのかよ?」


頬を染めたまま少しムッとしたように、七星が上目遣いに舵を睨んでくる
その様子がまた…!
今すぐにでも連れ帰って押し倒してやりたいくらい、魅惑的だ

思わず目を見張った舵の様子に、七星がフ…ッと視線を落とし、ポツリと言った


「…やっぱ、変?俺もさ、その…二人の時はもう少しちゃんと恋人らしくしたいなぁ…と」
「ちょっと待って!!」


言いかけた七星の肩を掴んだ舵が、不意にその先の言葉を遮って言い募る


「出来れば、そういうことは部屋の中で二人きりになってからに…!」
「?なんで?」

「ええ…と、その、人目をはばからず衝動的に抱きしめたくなるからです」
「は?…あんた、なに考えてる!?」

「なにって、今すぐキ…ぶっ!?」
「この、節操なし!」


真っ赤になった七星が慌ててその口を塞ぎ、


「ったく!ちょっとこっち来て!」


そう言い放って舵の手を取り、ズンズンと週末の金曜日の夕刻だけに増えてきた人波の中へと引っ張って行った


「浅倉く〜ん?そんな怒らないで、大人げないよ?」
「どっちが大人だよ!?」


舵の腕を取ったまま振り返りもせず前を歩いてはいるものの、七星の首筋がほんのり朱に染まっている
腕を掴んだ指先に込められた力も、緩まない


…そんな、力まなくて良いのに


そう思いつつも、舵の口元からも笑みが消える事がない
七星が七星なりに一生懸命考えてあのメールを打ってくれたのだろう…事くらい、舵にも察しがつく

七星が自分なりのやり方で、自分の気持ちを舵に伝えようとしている事も

いったい何を思いついたのか見当も付かないが、一生懸命な七星が可愛くて、ついつい、悪い癖でからかってしまう
もっと、もっと、いろんな七星が見てみたくて…


そんな七星の足が、ある雑貨屋のショーウィンドウの前で止まった


「…ここ、入って良い?」


さっきまで強引に腕を引っ張っていたくせに、不意にその手を離したかと思うと、ここへ来て急に上目遣いに舵の機嫌を窺うように聞いてくる


…ああ!もう!本当に、今日は何!?もの凄く可愛いんですけど!?


心の中で叫びつつも、それを奥尾にも出さずに頷き返し、七星の後に付いて舵も雑貨屋へと入っていった

中へ入ると、何かお目当てのものがあるらしく、奥まって結構広い店内を七星が迷う素振りも見せずに歩いていく
恐らくは舵が来るまでの間に店を廻り、見当をつけていたのだろう


「あの…さ、こういう感じの、どう?」


不意に止まった七星が指差した先にあったのは、マグカップや珈琲カップの類が並ぶ中の”手づくり工房”シリーズと銘打った棚だった


「え…?」

「ないだろ?カップ」

「あ!」


そうだった!と、舵が思わず小さく声を上げた
真一に家に居座られた時、舵は自分の物と一緒に七星が使っていたカップを割った
七星の物を他の誰にも使われたくない、そして割るなら自分の物も一緒に…そんな想いからの行動だった

その事を最初に気にかけたのは七星の方…以来、未だ舵も代わりのカップを買ってはおらず、大き目の湯呑みで代用していた


「…どれ?」


ニッコリと笑った舵が、七星の顔を覗き込むようにして聞く


「…これ」


覗き込まれた顔を気恥ずかしそうに少し反らしながらも、七星が迷うことなく棚に居並ぶ個性的なカップの中から一つを手に取った
そのシリーズは若手の陶芸作家が手がけたものらしく、同じ物が一つとしてない個性と手づくりの味わいが売りになっていた

七星が手に取ったそれは、シンプルで素朴な白地を活かしつつも取っ手と縁の部分に優しい茶系のライン、底の部分にも曲線の模様が入った、柔かな丸いフォルムに特徴のあるカップだった


「俺のは?」

「え?」

「俺のも、選ぶ時考えたでしょ?」

「…うん。けど、あんたの好みとは違うかも…」

「それが良い。七星が選んでくれたのを使いたい。どれ?」


ますます笑みを深めて聞く舵の口から、久しぶりに”七星”と呼ばれて、その心地良い響きに思わず七星が目を伏せ、一瞬手元のカップを持つ指先にギュッと力が込もる

意を決したようにその指先を解いた七星が手に取ったのは、同じ作家が作った色違いのカップで、七星のものとは逆の肌色っぽい優しい茶系の中に白いラインと模様が入った物だった


「…貴也のは、これ。じゃ、買ってくるから待ってて」


そう言い放つやいなや、二つのカップを手にした七星が奥にあったレジへと身体を反転し、早足で行ってしまう
取り残された…というより、わが耳を疑って動けなかった舵が目を見張って思わずその後姿を見送った


「…今、なんて…言った?」


茫然と呟いた舵が、七星の言った言葉を心の中で反芻する


…今、確かに”貴也”って…!


あまりにさりげなく、違和感なく、しかし澱みなく唐突に告げられた、その名前
驚き過ぎてリアクションが取れなかっただけで…それが嬉しくないはずがない


…でも、何もこんなところで言わなくても…っ!


そう、こんな人目の多い所ではその嬉しさを露わにして抱きしめる事も叶わない
もっとも、照れ屋で恥ずかしがり屋の七星のこと…それを見越してこんな場所で、になったのだろうが…

ハアァァ…ッと、盛大にため息を吐いた舵が”買ってくる”と言った七星の言葉を思い出し、ハッと我に返って慌ててレジへと向かった

けれど時既に遅し

七星は精算を終え、紙袋に包まれたカップを受け取った所だった


「あ…!それ、俺が…!」


そう言ってレジの方へ声をかけた舵を七星が遮って、『もう払ったから』と、強引に店の外へと連れ出した


「俺が払ったのに…!」

「いい、俺が払いたかったんだ」

「でも、」

「じゃあ、次のは払って?」

「え?次?」

「うん、こっち」


言いながら、舵の腕を掴んだ七星がズンズンと人波を避けながら進んでいく
会話の間中も七星はずっと舵を店から連れ出したそのままの、背中を向けたままで…恐らくは赤く染まった顔を見られたくないのだろう事が押して知れる

本心をいえば、七星を振り向かせて、さっき言った名前をもう一度面と向かって呼ばせてやりたい舵だったが、そんな事をして只でさえずっとご無沙汰で禁欲している自制心がどこまで持つか…舵自身、自信がない

それに

次はどこへ連れて行かれるのか?と、全く読めない七星の行動に興味津々だ
次に七星が向かったのは、ショッピングモールの中にある大型のスーパーマーケットだった


「え…食料品?買出し?」

「うん。学校終わってすぐ来たから…」


そう言ってショッピングカートに手を伸ばした七星をサポートするように、舵がさりげなくカップの入った紙袋を受け取ろうと、その手をギュッと握り締め耳元に顔を寄せた


「…っ!?」

「さっきのは、気のせいでも幻聴でもないよね?」


囁くように聴くと、ビクッと握った七星の手が揺れ、今まで逃げてばかりだった視線をチラッと上目遣いに合わせてきた


「…気のせいにしたいのかよ?」


ムッとした表情と口調の中で、舵の反応を伺う用に七星の漆黒の瞳が不安気に揺れる
ずっと、七星の中では言ってみたい言葉…ではあったが、なんと言っても下の名前を呼び捨て…なだけに面と向かってなど言えるはずもなく、あんな形で…になってしまった

正直言って、叶うものならあのまま全力疾走してその場から逃げ出してしまいたいほどだったのだ…今でも
それに耐えてここに居るというのに、それを気のせいにされては堪ったものではない


「まさか!凄く、嬉しかった」

「…っ、」


満面の笑みでそう答えた舵に、更に顔を赤くした七星が、真っ赤になったその顔を隠すように舵に紙袋を預け足速に買い物カゴに食料を詰め込んでいく


「へぇ、さすが手慣れてるね。今夜は何?」

「…鳥の唐揚げとマカロニサラダと肉じゃが、豆腐とワカメの味噌汁、あとインゲンの胡麻和え…ってとこかな」

「お、良いねー。俺の好物ばっかり!」

「…当たり前だろ」

「え?当たり前…って?」


その舵の問いには答えずに、七星がさっさとカートを押してレジへと向かう
さっきの約束どおり舵がレジでお金を払っている間に、サクサクと袋に食材を詰め替えた七星が、今度はレジ横にあった洋菓子などの専門店へと歩いていく


「浅倉…?」


色とりどりのショートケーキが並ぶ硝子ケースの前で立ち止まった七星に、舵が背後から戸惑ったように声をかけた
さっきからの七星の行動と言動からすると、考えられる可能性が一つあるにはあるのだが…


「小さめのホールケーキはイチゴしかないから、これでいい?」


そう言って、七星がケースの下段にあった、15センチくらいの小さなホールケーキを指差した
真っ白な生クリームに鮮やかなイチゴがセンス良く盛られた、美味しそうなケーキだ


「イチゴも好きだけど…でも、これって?」

「ケガの完治祝いに決まってるだろ!」

「っ!?」

「何だよ?あんたの家で完治祝いしちゃいけないのかよ?」


言い放った七星が、舵の手に買い物袋を押し付け、店員に包んでもらったケーキを受け取った
その後で、ありえないと思っていた可能性を告げられた舵が、心底驚いたように七星を凝視している

だって、まさか、七星のほうから家に行くと言い出すなんて!
しかも、舵のためにケーキを買い、手料理まで!?
その上今日は金曜日で、本来なら部活の日!
これはどう考えても、そういう意味も含んでの”誘い”と考えるのが妥当…!

まさに舵にとっては”青天の霹靂”以外の何ものでもない


「…なに突っ立てる?ほら、帰るぞ!」

「ちょ、ちょっと待って、まさか、これ持って、俺の家に…!?」


そう聞いた舵の表情には、驚きと共になぜか焦りの色が浮かんでいる


「…なに?俺が家に行くと何かまずいことでもあるのか?」

「い、いや、そういうんじゃ…」


言いつつも舵の視線が明らかに泳いでいる


「…怪しい。なに隠してるんだよ?」

「いや、部屋の中をここんとこずっと片付けてないから汚くて…」


ますます焦りの色を深めた舵の態度は、とてもじゃないがそんな事が理由とは思えない
眉間に深いシワを刻んだ七星が、『ふぅ…ん?』とあからさまに疑いの眼差しを舵に注ぐ
その視線に、舵がハァ…ッと深いため息を吐いた


「…まあ、どの道ばれる事だし…いいか」


開き直ったように言った舵が、まだ疑いの眼差しを注ぐ七星に苦笑を返しながらモールの駐車場に向かい、その助手席に七星を押し込めていた





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