求める君の星の名は









ACT 73







「…ちょっと聞いていいか?」
「うん、なに?」

「何で、皿がなくてフォークが2本だけなんだ?」
「まあまあ、深く考えないで、ハイ、これ持って!」


ローテーブルの上に鎮座した、イチゴが5個のった小型のホールケーキ
それをはさんで向かい合って座った舵と七星の間には、色違いで買った二つのカップに入ったコーヒーと、2本のフォーク

その2本の内の1本のフォークを持った舵が、ニコニコと七星に差し出した
仕方なくそれを受け取った七星が、それでどうする気だ?とばかりに舵とフォークを交互に見やっている


「さて、このケーキは俺のケガの完治祝いだって言ったよね?」
「…うん」

「じゃ、お祝いって事で、食べさせて?」
「は…!?」


あーーん!とばかりに口を開けた舵に、一瞬目を見開いた七星が次の瞬間ガックリと脱力した


「…あんたなっ!ホントにどこのガキだよ!?」
「いいじゃないか、一度やってみたかったんだ。七星はこういうのやった事ある?」

「い…や、ないけど、」
「じゃ、お互い初体験!ってことで、はい、食べさせあいっこ!」


あきれたような七星の視線を無視した舵がフォークをイチゴに突き立て、生クリームつきのイチゴを七星の口元にかざす


「ほら、七星も!」


嬉々とした顔つきで迫る舵に、あきれを通り越して観念したかの様に七星がプ…ッと吹き出した


「クク…ッ、分かったよ、お祝いだし、付き合ってやる」


そう言った七星が、ボコッとばかりにイチゴごと一口にはちょっと大きすぎるだろう?としか思えない四分の一はあろうかという塊を削り取り、舵の眼前に突き出した


「…えーと、七星君?それ、ちょっとでかすぎない?」
「言い出したのは、そっちだぞ?」


ニヤニヤ…と、してやったりな顔つきの七星がパクッと差し出されたイチゴに食いついて、ほら!とばかりに今にもフォークからずり落ちんばかりの塊を突きつける

ウ…ッという顔つきになった舵だったが、不意にバクッ!とばかりに餌をねだる鯉ほどの大口を開けてその塊を器用に口に納め、まるで木の実を頬に詰め込んだリスほどに端整な顔を変形させて咀嚼(そしゃく)する

まさか本当に一口で頬張るなど思ってもいなかったのだろう七星が、一瞬唖然と固まり、次の瞬間その滅多に見られないほど変な顔に変形しつつも美味そうに咀嚼する舵の様子に、腹を抱えて笑い始めた


「アハハハ…ックック…ッ、なに?その変な顔…!」
「ふふふ…笑っていられるのも今のうち!」


目尻に涙さえ浮べて笑う七星に言い放った舵が、その眼前に先ほどの塊より更に大きな塊を抉り取って突きつけた


「っ!?ちょ…、やり返しなんて大人気ないぞ!」
「だって俺、七星曰く、どこのガキ?だからねぇ?」

「っ!この、上げ足取り!そんなの一口なんて無理!」
「出来ないなら、違う物で代用してもらおうかなぁ?」

「違う物?なんだよそれ?」
「ふっふっふ、」


訝しげな顔つきになった七星に、今度は舵がしてやったりな顔つきで笑み返す


「ちゃんと面と向かって名前で呼んで?」
「っ!?」


目を見張った七星の顔が、見る間に真っ赤に変わっていく


「ひ、卑怯だぞ、それ…!」
「卑怯はどっち?あんな不意討ちしておいて」

「っ、だったら、そっち食う!」
「いまさら…!」


そうはいかない!とばかりにケーキの塊を引っ込めようとした舵の手とそれを奪おうとした七星の手が取り合いになり、弾みでケーキの欠片が七星の胸元にべチャッ!と飛び散った


「うわ…っ!」
「あ…っ!」


思わず目を見合わせた二人が、堪らず同時に噴出して笑い合い、七星がへばりついたケーキの残骸を指先ですくい取って口に運ぶ


「あーあ、もったいない。…ったく、何やってんだか」


胸元に視線を落として呟いた七星の前にあったローテーブルが不意に横に引かれ、ケーキの残骸をすくい上げていた指先に影が落ちた

「え…?」
「ほんと、もったいないね」


七星が顔を上げる間もなく、そんな言葉と共に七星の方に身を乗り出すようにして顔を寄せた舵が、ケーキをすくい上げた七星の指先を掴んだかと思うと自分の口に咥え込んでいた


「ちょっ…!なにして…っ」
「せっかく七星が買ってくれたケーキだからね、全部食べないと…と思って」

「だからって…っ!」


言い募ろうとした七星の眼前で、チュ…とばかりにその指先を吸い上げた舵が、その手を掴んだまま床に降ろし、もう片方の手も空いた手で床の上に縫いつける
両手を塞がれて抵抗できない七星の胸元に顔を寄せた舵が、まだそこに残るケーキの残骸をキレイに舐め上げた


「バ…ッ!そんな物舐めるな!」
「…じゃ、こっち?」


艶めいた声音がそう言ったかと思うと、胸元のシャツを舐めていたその舌先が、その上…ゆっくりと七星の首筋へと這い上がっていく


「ん…っ」


その生温かく柔かな刺激に息を呑んだ七星が、上ずった鼻にかかった声を上げる
床に縫い付けられた両手のせいで思うように動かせない身体で逃げを打った七星だったが、身を引けたのは床に付いた尻だけで、しかもそれもすぐ後にあったベッドに遮られてしまった


「…ぁ、ちょ、待っ…てっ」
「…なんで?」

「…なんで…って…っ、」
「…ケガが治ったら襲うって言ったよね?」


笑いを含んだその声音と共に七星の首筋に沿って唇を這い上がらせた舵が、顎のラインを辿って真っ赤に熟れた耳朶を口に含んで甘噛みし、囁きかける


「…七星、名前…呼んで?」
「…か、じ…っ」

「…そっちじゃない」
「…っ、」


黙り込んでしまった七星の顔を覗き込むように伸び上がり、瞳をあわせた舵がその目を細めて宣言する


「呼んでくれなきゃ、帰しません」
「な…っ!」


小さく叫んで開いた七星の唇にすかさず唇を合わせた舵の舌が、強引に…けれど柔らかく口腔に忍び込んでくる


「…ん、…ぅ…ん…んっ」


床に付いた七星の両手は舵の手によって固定されたままで、その身体を押し返すことも叶わない
何とか両手を突っ張って、倒れこんでしまわないように体勢を維持するだけで精一杯だ

けれど忍び込んできた舵の舌先に上顎を、歯の付け根をなぞられ、まだ戸惑う舌を絡み取られて蹂躙されると、この数ヶ月舵と同じく禁欲生活を強いられていた七星の身体に痺れにも似た電気が走り、体温が加速度的に上がっていく

突っ張っていたはずの腕から力が抜け、ガクリと腕が折れると、そのまま背後にあったベッドに肩から上を押し付けられてしまう
七星の腕を解放した舵の手が髪をまさぐり、押し付けた七星の顎を捉えて上向けると、更に深く角度を変え、息もつけないほどにその唇を貪った

甘酸っぱいイチゴの香りと甘いケーキの味…
久しぶりで余裕なく激しく蹂躪されるのとは裏腹に、その味は蕩けそうなほど甘い

溢れそうになる交じり合った甘い蜜液を、七星が何度も喉を鳴らして嚥下する
酸素不足で朦朧となりつつも、必死に抗議の意思を訴えた七星の手が、弱々しく舵の胸を叩き、舵がようやく七星の唇を解放した


「…ハ…ァっ、ちょ…まって、」


大きく胸を上下して荒々しく呼吸しながら、意味ありげに熱っぽく潤んだ瞳で七星が舵を見つめ返してくる


「…なに?」
「…たしかめ…させて、ケガしたとこ、治ったか…」

「え、でも、見た目じゃ…」
「いい…から…っ!」


整わない呼吸のせいで切れ切れにそう言った七星が、未だ遠慮がちに舵の胸を軽く押し返したかと思うと、シャツのボタンに手をかけ、あっと言う間にシャツを剥ぎ取ってしまった
その早業に思わず舵が目を見張ったが、考えてみれば”指先の魔術師”という異名を持つあの北斗譲りの器用さを持つ七星なのだから、これぐらい当然だ

明るい光りの下、曝した舵の裸体をジ…ッと見つめ、確かにその体のどこにもキズがない事を見て取った七星がホッとしたような笑みを浮かべると不意に立ち上がり、電気を消した
急に真っ暗になったせいで視界を奪われた舵が驚く間もなく腕を引っ張り上げられ、あろう事かベッドの上に引き倒されて七星に馬乗りに押し倒されてしまった


「ちょ…っ!?七星!?」
「ジッとしてて!」


驚いて焦った声を上げ、身体を起こそうとした舵の両肩に手をかけた七星が強い口調で言い放つ
3年生になって舵と身長もほぼ同じになった七星は、細身で華奢な父親の北斗とは違い、細身ながらも祖父譲りらしい骨太な体格をしている
おまけに合気道で身に付けた護身術のおかげで、秘められたしなやかな筋肉も有しているのだ

馬乗り状態で柔かなベッドの上に縫いつけられては、さすがの舵も身動きできない


…まさか、リバ!?


今まで考えもしなかった状況に、一瞬、舵の頭の中が焦りで真っ白になる
そんな舵の心情を知ってか知らずか…動きを止めた舵の肩から手を離した七星が、魔術師譲りの長くて器用な指先でその胸に触れ、ゆっくりと撫で回し始めた

鎖骨を辿り、胸骨の中心から肋骨、脇腹へ…
ゆっくりと、まるで何かを確めているかのように筋肉や筋、浮き出た骨…一つ一つ丹念に触れてくる
舵がどうして良いか分からずに、暗がりに慣れた目で七星の顔を見上げると、その瞳は真剣そのもので…押し倒したのもケガが本当に治ったか触診で確めているらしい…と知れた

その様子に強張っていた身体の緊張を解いた舵だったが、逆にそれは触れてくる七星の指先の刺激を素直に追うはめになった


「…っ、」


たどたどしい刺激はじれったさと相まって、舵の肌をゾクゾクと粟立てる
けれど、触れている七星の生真面目な顔つきを見ていると、本気でケガをさせてしまった事を気にしている事が伺えて、抗う事も触れる事も躊躇われる
心の中で『…まいったなぁ』と嘆息しながら、思わず洩れそうになる声を呑み込んだ

その間にも七星の指先は進んで行き、弱い脇腹を辿られて、その刺激にビクッと舵の身体が揺れる


「あ、ゴメン!痛かった?」


慌てた様に触れていた手を離し心配そうに舵の顔を覗き込んできた七星の表情に、舵が首を横に振って否定し、フ…っと笑み返した


「…あの時みたいだ」
「え…?」

「ほら、一番最初に七星に押し倒された…」
「…あ!」


それは、1年前…舵が七星をパパラッチから守るため暴漢に襲われてケガを負った時の思い出
服の下に隠された打撲の痕を見せろ!と七星が舵を押し倒した…あの時のこと


「押し倒されたのは二度目だね」
「あんたが無茶するからだろ!」


当時の事を思い出したのだろう…頬を染めて言い放った七星のその頬に、舵があの時と同じく手を伸ばしソッと触れる


「…七星を守れて、良かった」


ハッと七星が息を呑むほどに、その一言に出会ってからの全ての出来事が凝縮され、舵の全ての想いが込められていた

出会った頃から何一つ変わらない、七星だけに向けられる優しい眼差しと注がれる優しい声音…
七星の事を全て知った上で、それでも何も変わらないのは、舵が七星自身を見ていたからだ
虚飾や仮面で装った擬態には目もくれず、その本質だけを真っ直ぐに…

そんな舵の言葉に返す言葉すら思いつけず、『…っ、もう子供じゃないんだからな!』と、照れ隠しにムッとしたように言い放ち、七星が舵の視線から逃げようとする

その七星の行動を読んでいたのだろう、片肘を付いて上半身を起こした舵が頬に添えていた手をうなじに伸ばし、その顔をグイッと引き寄せた
予期せぬその力強さによろめいた七星が、舵の身体を跨ぐように両手を付いた四つん這いの恰好になり、間近に舵の視線に捕らわれる


「…子供だなんて、思ってないよ」
「ぅ…っ、」

「…子供に、こんなこと…しない」
「…んっ」


ゆっくりと迫ってきた舵の唇が七星の唇に触れ、焦らすように舌先を伸ばして浅く咥内を突き、戯れるように下唇を甘噛みする
まだ先ほどの熱く激しいキスの余韻が残る咥内にその刺激は、物足らないじれったさだけを募らせていく

焦れて自分の方から深く唇を合わせてきた七星に応える様に、舵がゆっくりと上半身を起こし、腕の中にその身体を抱きこんだ
膝立ち状態で舵の脚をまたぐ恰好になった七星の方が舵より少し位置が高くなり、身体を支える必要がなくなって空いた七星の両手が、自然と舵の顔を少し上向けるように項に差し込まれ、髪をまさぐる


「…抱いて良い?」


ようやく解いた唇を、けれど惜しむように七星の頬を啄ばみながら舵が聞く
何を今更…?と言わんばかりに視線を合わせた七星を僅かに見上げた舵の栗色の瞳が、冗談でもふざけているのでもなく、至極真面目に問いかけていた


まるで、初めて七星を抱いた…あの日のように





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