ACT 18

 

夢を見た。

果てしなくどこまでも続く螺旋階段を、俺は息せき切って駆け上っていた。

周りには霧のような物が充満していて、ただ見えるのは俺の前を駆け上っていく見覚えのある後ろ姿。

「に・・げんなっ!」

叫んで伸ばした指先が、あとちょっとで届かずに虚しく虚空を掻く。

つんのめって転ぶ・・・!と思った瞬間、

「・・・アホ」

頭上から降り注いだ懐かしい声。

しっかりと抱きとめてくれた腕。

そして。

フワッと頭をなでる大きな、あたたかい手。

「あ・・・っ」

慌てて振り仰いだ視界に、眩しい光が飛び込んできた。

 

 

 

「おはよーさん・・・どないしたん?ボケた顔して?」

ハッと目を開けた瞬間、開け放たれたカーテン越しに差し込む眩しい光と、その逆光の中で笑う智久の顔が飛び込んできた。

夢の中そのままに、智久の手が毛布に包まったままの俺の頭をなでつけている。

「え・・・?」

一瞬その状況が分からずに、呆然と智久の顔を見上げていた俺の記憶が、走馬灯のように甦った。

「う・・うわ・・!と、とも・・ひさ・・!?」

カッ・・!と全身から火が出るんじゃないかと思うほどの羞恥で真っ赤になった。

慌てて毛布を引き寄せて、火照った顔を隠すように身を縮こまらせた途端、鈍い痛みが腰の辺りを突き抜けた。

「・・ッ痛!」

思わず動きを止めた俺の引き被っていた毛布を、智久がやすやすと引き剥がす。

どうやら智久は先に起きていたらしく・・服も着替えて、ほのかにシャンプーの匂いが漂っている。

「アホ。何を今更恥かしがってんねん?」

笑いを含んだ声で、細くなった目で覗きこまれ、俺はますます真っ赤になった。

そのほほをスルッ・・となでた智久が、そのまま俺の前髪をかきあげる。

「えらい熱いけど、風邪引いたんちゃうやろな?」

一転して心配そうな顔つきになった智久に、俺は慌てて言った。

「バ・・バカッ違うよ!風邪なんかじゃない・・!」

「ほな、風呂行けるな?」

ギシッとベッドがきしんだ音を響かせた途端、毛布ごと俺は智久の肩に担ぎ上げられていた。

「・・っ!?ば、ばかっ!降ろせ!一人で行けるって!」

ミノムシ状態で暴れる俺に、智久の動きが止まった。

「ほ〜〜お?」

面白がってるとしか思えない口調と共に、俺はストンと床に降ろされて、その途端背中を突き抜けた鈍い痛みに、思わず智久にしがみついた。

「おおっ?えらい積極的やん?孝明?」

「バッ・・カッ!!誰のせいだと・・・んぷ!?」

抗議の言葉と共に顔を上げたそのほほを温かな両手で包まれて、記憶をいやがうえにも鮮明にさせる濃厚なキスを仕掛けられた。

ただでさえおぼつかない足元が、腰にくるそのキスのおかげで今にも砕けてしまいそうで。

「・・・は・・あ・・っ」

と、ようやく解放された唇で大きく息をついた途端、再び肩に担ぎ上げられた。

「大人しくしとかんと、もう一回ベッドへ直行になんで?」

「い・・・っ!?」

思わず固まった俺は、結局智久の手を借りながら風呂へ入り、智久の服を借りて、それから一緒にご飯を食べた。

どうやら丸一日寝入っていたらしく、いつの間にか日付は次の日に変わっていて、気が付けば時刻も夕方になりつつあった。

「あ・・っ!やばっ!会社に連絡・・・!」

ハッと気がついた俺が叫ぶと、智久が大きなため息をついた。

「・・・やっぱ、せなあかんか?」

「あたりまえだろっ!皆心配してるんだぞ!お前も電話しろっ!」

ガリガリ・・と仏頂面で頭を掻いた智久が、携帯を持って部屋の外の廊下の方へ姿を消した。

俺も嶋さんに電話をかけて、明日から仕事に行きます!とだけ伝え、丁寧にお礼を言った。

嶋さんは、『そうか、良かったな!ほな、明日なっ!」と笑って言って、電話を切った。

廊下の壁越しに漏れ聞こえてくる智久の言葉から、こっぴどく叱られているらしいのが伝わってくる。

明日、本社に呼び出しをくらったらしき智久が、決まり悪げに頭を掻きながら、俺が座っていたソファーの横にドカッと腰を下ろしてうなだれた。

「・・・どういう処分になるんやろな?」

ため息混じりに呟く智久の肩に、俺は背中を預けるようにぶつけてもたれかかった。

「どーにかなるって!一人で思い悩むなよ!あっちだって悪いんだし・・・!?」

言ってる途中でもたれかかっていたはずの肩がなくなって。

勢い俺は、そのまま智久の膝の上にボスンッと仰向けに倒れこんでしまった。

「・・・っぃって!急に動くなよ!」

抗議の声を上げて見上げた智久の顔が、穏やかな表情で嬉しそうに笑っていた。

「・・・?なんだ?落ち込んだんじゃなかったのか?」

(慰めてやろうと思ったのに・・・!)

と、心の中で呟きつつ起き上がろうとすると、その肩をグイッと制されて、智久が俺の髪を優しくすくように撫で付けてくる。

「・・・な・・・に?」

目を細めて髪の毛をもてあそぶ様にいじりながら、こう言った。

「いや・・こういう落ち込んだ時に誰かが側に居ってくれんのって、ええもんやなぁ・・思て」

「・・なんだ、やっぱり落ち込んだんじゃないか」

言葉とは裏腹に、消える事のないその穏やかな嬉しげな笑みに、俺は思わず手を伸ばしてその顔に触れた。

「?どないしたん・・?」

ちょっとビックリしたような顔つきになった智久に、俺は込み上げて来た思いを隠さずに告げた。

「夢・・じゃないよな?ちゃんと本物の智久だよな・・?ちゃんと捕まえられたんだよな・・・?」

夢の中で感じた、あの空虚な感触を吹っ切りたくて。

俺は、智久の顔を両手で包み込んだ。

その顔に触れた俺の手に自分の手を重ねて、智久がまた、本当に嬉しそうに笑った。

この笑顔が今、俺の手の中にある・・・!

こうして触れられる、すぐ側にある事がこんなに嬉しいと思えるなんて!

俺は・・・多分、自分が思っている以上に智久の事が好きなんだと、改めて自覚した。

ちょっと悔しくて、智久の顔を包み込んでいた手を首筋に廻し、グイッとその顔を引き寄せて、触れるだけの軽いキスを仕掛けてやった。

案の定ビックリ顔になった智久が、目をまん丸にして俺を見下ろしている。

「・・た・・かあき!?」

「ショック療法!ビックリして落ち込んだのも吹っ飛んだだろ!?」

そのビックリ顔にしてやったり・・!

と、思ったのもつかの間。

負けず嫌いでは俺とタメを張る智久が、そのままで終わらせるわけもなく。

首に廻していた腕を引っ張りあげられて、ソファーの上に押し倒されてしまった。

「う・・わっ!?」

「アホッ!そんくらいで吹っ飛ぶかっ!」

「嘘だっ!!今、お前絶対ビックリしてたぞっ!!」

負けずに言い返した俺を間近に見つめた智久が、再び嬉しそうな極上の笑みを浮かべた!

「う・・・っ!」

(そ、その顔を間近に見せて迫るのは、ひ、卑怯だって!)

勝手に跳ね上がって早まる鼓動に真っ赤になった俺の顔に、ゆっくりと智久のその笑顔が近づいてくる。

「・・・ほんまは、吹っ飛んだ。ありがとうな、孝明・・・」

「ともひ・・・」

その珍しく素直な呟きに思わず呼びかけた言葉を、近づいてきた唇に塞がれて、体に震えが走るほどの濃厚なキスを仕掛けられて息が上がる。

俺の髪をかきあげる様に優しくすいた指先がうなじに差し込まれ、より一層深くなる口付けから逃れようと身をよじった俺の動きをけん制する。

絡められた舌の執拗な動きに翻弄されて、体の芯がジンジンと焚き付けられた様に疼く。

その甘い誘惑に俺は気力を振り絞って抵抗し、智久の体を押し返した。

「んっ・・は・・あ、ちょっ・・まてっ!俺は明日仕事だって!!」

既に乱れてしまった呼吸に、より一層頭に血が上るのを感じながら、ようやく言った。

「・・・それが?」

無理やりに体を押し返された智久が、心底不満そうに問いかけてくる。

「それが・・?って!?あのな!ようやく腰の痛みも和らいできたってのに!これ以上やられたらこっちの体がもたないだろっ!それに!さっきみたいな事になったら他の皆に何て言って言い訳すりゃいいんだよ!」

ともすれば、まだ欲情しかけている体の火照りを、俺は深呼吸してどうにか鎮めた。

「孝明の方から仕掛けてきたくせに・・・」

そんな事は百も承知だ・・!と言わんばかりに顔をむくれさせた智久が、拗ねた子供のような表情に変わり、あからさまに大きなため息をつく。

その様子に、本気で悪いと思った俺は慌てて『ごめんっ!』と、謝りつつも、そんな子供みたいな表情の智久を初めて見られた事が嬉しくてたまらず、クスクスと笑ってしまった。

「何・・笑とんねん!?」

ムッとする智久を尻目に、俺は込み上げてくる嬉しい笑いを止められなかった。

「・・・ったく、」

あきれたように呟いて、組み敷いていた俺の体を解放した智久が笑い続ける俺を見て、

「・・・ま、お前のその笑顔見れたから、今回は許したるわ・・・」

と、小さく呟いたのを、俺はしっかりと聞きつけていたのだ。

 

 

 

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