ACT 6

 

「山ちゃん!?おまん、大丈夫やったんか!?」

店に帰り着くと、呼び出されて出勤してきたらしい嶋さんがバタバタと駆け寄ってきて、俺の包帯の巻かれた右手を痛々しそうに見つめた。

「大丈夫ですって!ちょっと皮一枚剥けちゃいましたけど、ちゃんと指残ってるし今のとこ痛くないし」

「そうか、ほんまに大丈夫なんやな!?」

何だか俺の心の中を見透かすような嶋さん独特の鋭い視線が突き刺さる。

(本当にこの人って、人の心見通すような目、してるよなぁ・・・)

と、心の中で感嘆しつつ、俺は笑顔で言い切った。

「ほんとですって!医者にも皮膚が再生するまで毎日消毒するように・・・としか言われなかったし!」

その俺の笑顔に安心したのか、嶋さんはニコッと笑い返して・・・

「ゆっくり休めよ!ええな!?」

と言って、鳴りだしたタイマーの音に反応して、再びキッチンの方へ走っていった。

店長に俺のケガの状態を説明したらしきチキュウが、店長を連れて俺の方へやって来ると、俺の横を素通りして更衣室の方へ向かって行った。

「まあ、軽い方のケガですんで良かったな。もう今日はいいから、家に帰ってゆっくり休め!」

店長も痛々しそうに俺の右手を見つめながら言った。

「え!?で、でも、仕事・・・」

「嶋さんが来たから大丈夫。ちょうど明日から連休やし、ゆっくり休んどき!」

「でも、」

言いかけた俺の言葉を遮るように、

「アホッ!そんなケガした奴と一緒に仕事しとったら、こっちの方が気ぃ使うねんっ!ほら、帰るぞ!送ったるからさっさと来いっ!!」

チキュウの怒声が背中に投げつけられた。

驚いて振り向くと、俺の荷物を持ったチキュウが、早く来いとばかりに目配せして従業員用出入り口の方へ向かっていく。

「・・・だ、そうだから。お疲れさん!よう休んで来い!」

苦笑いを浮かべた店長に、ポンッと肩を押されて・・・

「あ・・はい、すみません。お先に失礼します!」

と、俺は慌てて店長に一礼してチキュウの後を追いかけて行った。

再び車に乗ると・・・

「お前の家、○○町のマンションなんやろ?ちょっと遠回りするから、家の近くになったら言うてや」

開口一番チキュウがそう言って、大通りの方へ回り道し、コンビ二の前で止まった。

「ちょっと待っとけ!」

そう言って、しばらくすると・・・コンビニの袋を提げて戻ってきた。

「何?買い物?」

「アホ!お前の昼飯用や!右手使われへんから、フォークかスプーンで食える奴の方がええやろ?」

「えっ!?」

手渡された袋の中には、オムライスとポテトサラダ、ペットボトルのお茶と缶コーヒーが入っていた。

「どーせ家に帰ったって何もあらへんやろ?お前の自転車と晩飯は仕事の帰りに持ってったるから、それ食って薬飲んで寝とけよ!分かったか!?」

俺は驚いて、とんでもない!と、ばかりに勢い込んで言った。

「そんな、いいよっ!そこまでしてくれなくっても!」

「うるさいっ!!俺がしたいからやってんねん!!お前の意見は聞く耳もたんっっ!!」

「う・・・っ」

本当に何を言っても聞いてくれなさそうなチキュウの態度に、俺はありがたくそれを受け入れる事にしたのだが・・・なんとなく、チキュウが何かに対して怒っているようで。

でも、一体何に対して怒っているのか見当もつかなかった。

そうかと言って、チキュウにそれを問いただす勇気もなくて、俺はチキュウの言いつけ通り、大人しく家で薬を飲んで眠る事にした。

 

 

「ピンポーン!」

と、鳴り響くドアホンの音に、俺はハッと、目を覚ました。

気がつくといつの間にか夜になっていて、時刻は夜の9時を廻ったところだった。

慌ててベッドから起き上がろうとして、いつものように右手をついた途端、電流のような痛みが指先から全身を駆け抜けた!!

「痛っっ!!うぅ、く・・そっ!ケガしたの・・忘れてた・・!』

右手を庇うように歩きながら、指先にもう一つ心臓があるんじゃないか?と思うくらいズキズキと痛みが増している。

(・・・・やばいな。痛み止めの薬、切れかけてるや・・・)

少し顔を歪めながら開けた玄関先に、チキュウがコンビニの袋を提げて立っていた。

「っ!?大丈夫か!?ちゃんと寝とったんやろな!?」

俺の顔色の悪さに目ざとく気づいたらしきチキュウが、責めるような口調で言った。

「今さっきまで寝てたって!起き上がった時・・手、ついちゃったから・・・それで」

「痛むんか!?」

「あーー〜〜・・・うん、ちょっとだけ・・・」

本当はかなり痛くなってきていたのだけれど、俺はこれ以上チキュウに迷惑をかけたくなくて笑顔で嘘をついた。

そんな俺の心を見透かすようにジッと俺の顔を見つめたチキュウが、ハァ・・ッと、ため息をついた。

ドサッと、無造作に玄関の上がり口にコンビニの袋を置き、ツイッと、手を突き出して俺の左手に自転車の鍵を押し付けてくる。

「お前の自転車、下の駐輪場に置いといたから」

「あ・・!ありがと」

「・・・熱いな」

ボソッ・・と、呟いたチキュウの言葉がよく聞き取れず、

「え?」

と、チキュウを見上げてぶつかった視線の先の・・チキュウの目が、怖いくらい怒った目をしていた!

「な・・・なに!?」

思わず後ずさろうとした俺の左手を掴んだチキュウが、自分の方へグイッと俺の体を引き寄せて、額に手を当てた。

「・・・やっぱりっ!このアホッ!熱でとるやないかっ!なーにがちょっとだけや!!嘘ばっかつきやがって!!」

今にも胸ぐらを掴みかねない勢いで迫るチキュウに、思わず、

「ご、ごめん・・・!」

と、謝ると

「・・・上がるで!」

と、俺の意思などまるで無視して部屋の中へ上がりこむと、俺を引っ張って無理やりベッドの上に座らせた。

「体温計は!?」

「えっ!?そ、そこの救急箱の中・・・!」

俺の指差した場所から素早く救急箱を見つけ出して体温計を持ってくると、有無を言わせぬ命令口調で、

「測れっ!!」

と、俺に突き出した。

「は、はい!」

正直言ってその時のチキュウは、本当に怖かった。

普通にしている時でも強面なのに、何だか知らないが本気で怒っているらしく・・・俺は血の気の引く思いがした。

体温計をワキに挿したのを確認したチキュウが、玄関に置いてあったコンビニの袋を持ってくると、ベッドの前のテーブルの所にドカッと座り込んだ。

「食欲は?普通のもん、食えそうか?」

「あ、あんまり・・・ない」

「じゃ、粥ぐらいなら食えそうか?」

「多分・・・それぐらいなら」

袋の中からガサガサとレトルトのお粥を取り出したチキュウが、玄関横のキッチンに行って鍋を探し出すと、お粥を温め直し始めた。

その横顔はまだ怒っていて、俺は声をかけることすらできなかった。

ふとコンビニの袋に目を移すと、中には牛乳と食パン、ポカリスウェット、お茶、温めてある牛丼、お粥、熱さまシートが入っていた。

(・・・な、なんか・・・熱出るの分かってたような買い物・・・)

俺はビックリして目を見張った。

「ほらっ!できたぞ!熱は!?」

「あっ!ハイッ!!」

俺は弾かれたようにチキュウに体温計を差し出した。

「・・・37度8分、熱の出始めやな。これからもっとしんどなるで・・?ほら、さっさと食って、薬飲んで寝ろっ!!」

「うっ、は、はい!」

テーブルの前に座りなおした俺は、チラッ・・と向かいに座ったチキュウを見て言った。

「あ、あの・・さ、ひょっとして、熱出るって分かってたのか?」

チキュウは、ジロッと不機嫌そうに俺を睨み返して言った。

「勝手知ったる経験者や!ケガした後どうなるかくらい、大体予想がつく!」

「そ・・・か、でさ、その袋の中の牛丼、チキュウ食べてよ。俺、どうせ食べらんないし・・・食べるとこ見られてると食べにくいしさ」

無言で袋から牛丼を取り出したチキュウは、終始無言のままそれを食べ終えると、スクッと立ち上がり、キッチンから水の入ったコップを持ってきて、俺の前に置いた。

「薬飲んで、寝てろっ!」

再び命令口調で言い放たれ、俺は大人しくチキュウの言うとおり薬を飲んで、ベッドにもぐりこんだ。

まるで監視人のように腕組みをして仁王立ちしているチキュウに、俺は勇気を振り絞って聞いた。

「・・・なんかさ、チキュウ、怒ってる・・よな?」

布団で顔を半分以上隠し、目だけを出して聞く俺を、冷ややかな目で見下ろしたチキュウが、不機嫌そうな口調で答えた。

「・・・なんや、わかっとるやんけ」

「・・・なんで?」

「それに答えたら、お前も俺の質問に正直に答えるか!?」

「?う、うん・・・?」

チキュウは、ハアァ・・・ッと、大きくため息をつくと、ドスンッと、ベッドの横に胡坐をかいて座り込んだ。

「・・・お前が、俺に嘘つくからやっ!!」

「嘘?この熱の事!?で、でも、俺もチキュウに言われるまで気がついてなかっ・・・」

最後まで言わせずに、チキュウがイライラとした声で遮った。

「その前からやっ!平気やないくせに平気な振りしやがって!おまけに、他の奴らの前と同じ態度を俺の前でもとりよる・・!俺はそんなに信用できへん奴かっ!?」

「な・・・!?なんだよ、それ?誰もそんなこと思ってない!」

「思ってのうても同じ事やろ!ケガした時くらい弱音吐いたらどないやねん!?痛かったら痛いって、怖かったら怖いって、何で言わへんねんっ!?」

「チ・・・キュウ?」

チキュウの顔が悔しげに歪んで、今にも泣き出しそうに見えた。

「お前にとって・・・俺は、他の奴らと同じレベルなんか!?」

「っ!?ち、違うっ!それ、絶対・・違うからっ!!」

「何がどう違うねん!?」

真剣な表情で問うチキュウの迫力に気圧されて、俺は自分の心を取り繕うどころではなくなっていた。

「し、嶋さんや店長は、ただ迷惑かけちゃいけないって思っただけで、チキュウは・・・」

「俺は!?」

心を見透かすような鋭い視線とその迫力に、嘘などつけやしなかった。

「・・・チ・・チキュウは、嫌われるんじゃないかって。もう名前で呼んでくれなくなるんじゃないか・・・て、それが怖くて・・・!」

言葉に出して言ってみて、自分でも初めてそれが自分の本心だったと・・気がついた。

そうなのだ・・・精一杯強がっていたのは、情けない奴とチキュウに思われて、相手にされなくなるのが怖かったから。

もう、絶対チキュウはこんな情けない自分のことなんて・・・!

そう思いつつ恐る恐るチキュウを見上げると、さっきまで険しかったチキュウの目がゆっくりと細まって、今まで見たことがないほど優しげな目に変わった。

その目に、俺はドキッと、心臓が跳ねるの感じて慌てて目をそらした。

「・・・アホ。そんなことで人を嫌いになるような・・俺をそんな程度の奴やと思ってたんか?」

「ち・・違うよっ!ひ、人が真面目に言ってんのに、あげ足とんなよなっ!!」

俺は決して言うつもりのなかった本音を言ってしまった恥かしさと、さっき感じた動悸の意味の分からなさに、頭から布団を引きかぶって顔を隠した。

これ以上チキュウにあの優しげな瞳で見られ続けたら、ずっとずっと押し込んできた、自分の弱い部分をさらけ出してしまいそうで・・・怖かったのだ。

「・・・お前、病院から帰る途中で泣いたよな?後にも先にも平気そうな顔で嘘ブイとったくせに、あれ、なんでや?」

「ッ!?」

俺は布団の中で身を固くして、あの時の涙を見られたことを心底悔やんだ。

もうこれ以上、自分の弱さをさらしたくなくて、どうしても言いたくなくて黙り込んでいたら。

「俺はちゃんと答えたやろっ!!お前もちゃんと正直に言えっっ!!」

情け容赦のない厳しい声に、俺は思わずビクッと身を震わせた。

「・・・あの時、思い出したんだよ!チキュウにまともに誉められたの、この指くらいだったなって!唯一誉めてもらった指、自分の不注意で潰しちゃってさ、きっともの凄く醜い、汚い指になるんだろうな・・・て。きっと、チキュウも俺の指嫌いになるだろうな・・・て思ったら、そしたら・・勝手に涙が、」

ガバッと引きかぶっていた布団を剥ぎ取られ、驚いて見上げたその目の前に、チキュウの真剣な表情の顔があった。

「チ、チキュウ!?」

「俺はあの時、正直嬉かったんや!お前が俺に本音を見せてくれた気がして。せやのに、あの後すぐ、また何もなかったような顔してお前、笑ったやろ?それでまたムッとしてもうたんやけど。そうか・・・あの涙、そういう意味やったんか・・・」

そう言って、チキュウが、心底嬉しそうに笑ったのだ!

あの、いつも鋭い険しい瞳を細めて、多分、誰も見たことがない初めて見るその笑顔に・・・俺は、再びドキッと心臓が跳ね上がったのを感じて思いきりうろたえた。

(な・・・なんで!?何でこんなにドキドキするんだよっ!?)

パニくった俺は、それを悟られまいと、慌てて言った。

「な・・なに笑ってんだよっ!?人が正直に言ったのに!!」

真っ赤になりながらチキュウの顔を押しのけようと、つい、右手を振り上げて・・・チキュウにその手首を掴まれて止められた。

「アホッ!!また痛い思いしたいんか!?」

「・・・うっ!お・・お前が、笑うから・・・!!」

必死に言い繕う俺を尻目に、チキュウが掴んだ右手を、スッ・・と自分の顔の前に引き寄せて言った。

「心配せんでええ。この手がどんなになろうと俺はこの手が好きやで?これは孝明の手、やからな・・・」

そして、その包帯で巻かれた手の甲に何かが押し当てられた気がして、俺は愕然とした。

(い・・今、チキュウ、俺の手に、キス・・・しなかったか!?)

俺の位置からはっきり見えなかったし、包帯の上からだったから気のせいと言われればそれまでのなのだが、確かにキスされたような気がしたのだ!

「チ・・・チキュウ?い・・今、お前・・・」

信じられずに思わず聞きはしたものの、その先の言葉を口に出して言えるわけもなく、その上チキュウが、

「なんや?どないした?」

と、平然と聞き返してくるものだから、あれはやっぱり自分の気のせいだ・・・と、そう思わざるえなかった。

俺の手をソッ・・と下ろしたチキュウが、立ち上がりながら言った。

「うちの店の近くの整形外科知ってるか?」

「・・・え?あー・・・あの、交差点のとこの?」

「そこや。明日からそこ行って来い。あそこ、うちの会社の労災指定病院やから。それとー・・・」

言いかけて、テーブルの上に置いてあったおれの携帯電話を開き、何か操作を始めた。

「・・・っ!?な・・何してんだよっ!?」

「ん?俺の携帯番号登録しとんねん。ついでにお前の番号も」

勝手に人の携帯を操作するチキュウに、俺はあわてて言った。

「ちょ、ちょっと、チキュウ!人の携帯勝手に見んなっ!!」

「アホ。右手使われへんから細かい操作すんの面倒くさいやろ?せやから俺がやってやってんねん。それともなにか?人に見られてヤバイもんでも入っとんのか?」

「そんなのっないっっ!!ないから嫌なんだよっ!!返せっ!!」

俺の怒りを含んだ声に、チキュウが訝しげな表情を浮かべながら操作し終えると、元通りにテーブルの上に置いた。

「心配せんでも、変なとこ見てへんわ。明日からちゃんと病院行ってこいよ!なんかあったら、いつでも電話して来い!ええな?」

「・・・ほんっとに見てないな!?」

「疑り深い奴やな。見てへんわ!」

あきれたように言い返したチキュウが、携帯のすぐ横に置いてあった家の鍵を持って玄関に向かう。

「これで鍵かけて新聞受けにお落としといたるから、お前はそのまま寝とけ。ほな、よう休めよ!」

そう言ってチキュウは部屋を出て行った。

俺は新聞受けにカチャンッと鍵の落ちる音を聞きながら、自分の携帯をとってベッドの上でパカッと開いた。

”登録番号 件数 4件”

ついさっきまで、3件だった物が一つ増えて4件になっている。

登録されているのは、グリムの本社と、店の番号、さっき勝手に入れていったチキュウの番号と、もう一つは・・田舎の実家の番号だ。

こちらにでてくる時、登録していた友達の番号は全て削除してしまった。

本当は実家の番号も削除するつもりだった。

けれど、どうしても・・・それができなかった。

削除した所で頭の中にはしっかりと記憶されているのだから何の不都合もない・・・けど。

(・・・・・・やっぱ、未練、だよなぁ・・・)

ハァ・・ッと、大きなため息が漏れる。

成績優秀、品行方正、責任感があってみんなのまとめ役。

自分でもあきれるほど、模範的で従順な人間を演じてきた気がする。

その上、『パン職人になる』と言った時の周りの反応は、俺の予想をはるかに越えて大きくて・・・誰もが一様に、『どうして!?』と、非難めいた口調で俺を責め立てた。

俺はただ心から『パン職人になりたい』と、そう思っただけだったから、『どうして!?』と責め立てる人達には、どうしてもそれが受け入れられないようだった。

結局、誰一人として俺の気持ちを理解してもらえず・・・こちらへ出てくる時、過去を全て捨て去るつもりで登録していた全ての番号を削除してしまったのだ。

実家の番号を除いて。

決して友達を恨んだり、嫌いになったわけじゃない。

ずっと、20年以上付き合いのあった友人や親にさえ自分の本心を明かす事無く、望まれた子供役と望まれた友達役を演じ続けてしまった自分を、捨て去ってしまいたかったのだと思う。

「・・・あれから一回も電話してないし、かかってもこないよな・・・」

毎日毎日、親と顔をつき合わせる度、同じ言葉で反対され、同じ言葉で反論していた気がする。

そうしてあの夜、父親に『親でも子でもない』と、勘当を言い渡されてしまったのだ。

だけどそれも、元はと言えばずっと親を騙し続けていた俺自身の責任で、親を恨むわけにもいかない。

たまたま同じ職場になった、チキュウの苗字が『山田』だったのも、何だか自分の犯した親や友人に対する裏切りを忘れるな・・・と、何かに釘を刺されたようで、時々胸の奥がチクリ・・と痛む気がする。

そんな状態だったから、こっちに来てから3ヶ月も経つというのに未だに友達らしい友達も出来ずにいた。

(まあ・・・朝の5時から夜の8時や9時まで仕事して休みの日も一日寝てりゃあ、友達なんてできるわけないよな・・・)

かかってくることない電話だったから留守電もやめてしまったし、その仕事以外でかかることのない虚しさと寂しさから余計に仕事に没頭した・・・というところがなくもない。

それが最近、余計に自分を追い込んでるな・・・と自覚し始めた所に、このケガだった。

誰が心配してくれるわけでもなく、たった一人で不安を抱え込んでいたら・・・?

そう思うと、心底ゾッ・・とした。

だから。

チキュウが本気で俺のことを心配し、『ケガした時くらい弱音を吐けよ』と、言ってくれた時、本当に嬉しかった。

その上、チキュウは俺の嘘を嘘と見抜いて、本気で怒ってくれたのだ。

それで・・・つい、言うつもりのなかった本音を言ってしまったわけで。

「・・・あの時、涙が出たのを見られたのは不覚だったなぁ・・・」

もともと、どちらかと言えば涙もろい性質だった俺は、ここへ来てからは絶対に泣かない!と、決意していた。

一回泣いてしまったら、自分の中の不安や弱さに押しつぶされてしまいそうだったからだ。

『パチッッ!』

と、勢いよく携帯を閉じた俺は、ふと、その自分の指に目をやった。

「昔から女みたいな手だって言われて、あんまり好きじゃない手だったけど・・今は、この手でよかったって思うよな」

呟いて、ケガをした方の手に視線を移した。

「・・・やっぱ、気のせい・・・だよな?熱のせいで、どうかしてたんだ・・・きっと」

だんだんと薬が効いてきて、俺はそのまま眠り込んでしまった。

 

 

 

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