ACT 11

 

 

 

その晩

七星はベッドの中で枕もとの時計を見つめて居た

あれから家路に着いた七星は、いつもの通りに家事をこなし、いつも通りの時間を過ごした

(勝手に決められて・・誰がそんなことを聞くものか・・!)

そんな気持ちで行動した結果だ

けれど・・・

なぜだか気分はムシャクシャしたまま、晴れることはなくて

まるで不貞寝でもするかのように早々にベッドにもぐりこんでしまっていた

その上、どうしても時間ばかりが気になって・・知らず数分おきに時計に視線が集中する

時間は深夜の12時過ぎ・・

いくらなんでも、もう舵は待っていないだろう

そう心の中で何度も自分を納得させようと繰り返し言い募る

その度に、『・・来いよ。待ってるぞ』と言って、耳朶に触れた舵の体温が甦り・・七星が髪をかきむしる

「・・ったく!なんであんな奴の事を思い出さなきゃいけないんだ!?」

思い出すたびに心臓が跳ね上がり、カッと体温が上昇する

とてもじゃないが、眠れるような状態ではありえなかった

「・・・ああ、もう!眠れやしない・・!!」

ついに観念したかのように起き上がった七星が、素早く着替え足音を忍ばせて1階へと降りていく

他の兄弟たちも皆それぞれの部屋に引き上げていて、リビングやキッチンには誰の気配もない

1階の奥側には、隣り合って昴と流の部屋がある

昴の部屋は既に静まり返っていて、流の部屋からはまだかすかにサッカーゲームの音が響いていた

七星はキッチンの方へ向かうと、ゴソゴソとしばらく何かやっていたが・・・

手にスーパーの手提げ袋を携えて、キッチン横の勝手口のドアを開けた

この勝手口のドアの鍵は七星しか使わないこともあって、七星が常に携帯している

おまけに、この勝手口を出るとそこは家の裏側にある細い路地に面していて、誰にも気づかれず家の外へ出ることが出来た

そのまま兄弟の誰にも見咎められることもなく外へ出た七星が、早足に学校へと続く桜坂に向かって歩き始めた

 

 

 

 

 

「・・ッハックション!!」

学校の屋上で、舵がまだ夜になると冷える夜気に一瞬、身体を震わせた

「・・・やっぱ、強引過ぎたかなぁ・・・」

はあ・・と、盛大なため息が舵の胸元に落とされる

深夜になり、天に広がる星空はますますその星の数を増し、澄み切って雲ひとつない漆黒の天空を煌びやかに彩っていた

紙コップに小山となって築かれているタバコの吸殻が、その時間の経過を如実に物語っている

七星が帰り、山下以外にも教師数名と天文部の女子数名とでにぎやかにお茶の時間を過ごした後、暗くなるのを見計らって舵はこの屋上に座り込んで星空を見つめていた

その視線の先には、大熊座の北斗七星

春の今の時期、一番よく見えるポイントにあるその星座を舵はあきることなく見つめていた

北斗七星に相対する星座は、射手座の南斗六星

北の舵星・南の舵星・・そんな名前の伝承があったのことも舵には当然のように思えてならない

射手座は矢を射るケンタウロスの姿として表される

その矢の先にあるものは、北斗七星だ

いつか必ず、浅倉七星にその矢を届けさせよう・・!と、舵が七星への思いを新たにしていた時

「・・・ほんとに待ってたのか、あんた・・」

背後から響いた声音に舵が一瞬目を見張り、だがすぐにそれは嬉しそうな笑顔に変わって声の方へと振り返る

「ほんとじゃなかったら、ここにいるのは誰なんだろうね〜?」

「っ!知るか・・!」

舵のからかうような言葉にムッとしながらも、七星はその向けられた笑顔を見た途端、ムシャクシャしていたわけの分からない苛立ちがスウッと消え去っていくのを感じていた

「ま、とりあえず2回目の部活動へようこそ。浅倉七星くん」

キャンプ用のランタンを灯した屋上はけっこう明るく、お互いの表情も見て取れる

舵の視線に促されるまま望遠鏡の前まで歩み寄った七星が、舵の方には振り向かないまま、ヌッと、手にしていたスーパーの袋を舵に向かって突きつけた

「・・・腹、減ってるなら。いつもお茶を入れて貰ってる借りのお返し」

「・・なんだ?これ?」

突きつけられた袋を受け取った舵が中身を見ると・・・

その中には、海苔の巻かれたおにぎりが3つ、透明パックに入って詰められていた

「っ!?浅倉、これまさか・・お前が!?」

驚いて目を見張った舵が、マジマジとそのおにぎりを袋から取り出して見つめている

「・・なんだよ?俺が作っちゃおかしいか?」

照れくささと気恥ずかしさをごまかすように、七星が怒ったように言い放ち、望遠鏡を覗き込んだ

「いや・・凄く嬉しいよ。ありがとう、浅倉」

急にトーンダウンした真摯な舵の声音に、思わず七星が振り返った

七星を見つめる舵の視線が、この上なく優しく細められ、その口元には極上の笑みが浮かんでいる

その向けられた眼差しに、浮かんだ笑みに、七星の鼓動が跳ねる

「・・っべ、べつに!ただの残り物だ・・!」

その鼓動を沈めるように思い切り無愛想な声音で言い放った七星が、再び望遠鏡を覗き込む

けれど、覗いているはずの星空が、ただの風景になって脳裏を素通りしていく

全神経が、背後でゴソゴソ・・とおにぎりを頬張っているらしき舵の動向に注がれていた

未だに治まる気配を見せない、跳ねたままの鼓動・・・

(・・ちょっとまて。何だってこんなに・・・)

ドキドキと脈打つ鼓動に、困惑を隠せない七星がその先に思った言葉に愕然とした

思った言葉は、”何だってこんなに嬉しがってる?”だ

(嬉しい・・!?なんで?礼を言われただけ・・・)

そこまで思って、七星が気がついた

いつの間にか自分がこんな風に飯を作ったりすることが当たり前になりすぎていて、礼の言葉など言われたこともなく、言われるものでもないと思い込んでいた事に

そして、あんな風に笑顔で・・心から喜んでいるんだと嘘を微塵も感じさせない言葉と態度ではっきり示してくれたことが、新鮮でこの上なく嬉しいと感じてしまった事に

「・・お!?凄いな。この中身キンピラじゃないか!おー!この甘辛さ!丁度好い加減で美味いなぁ・・!あ、こっちはジャコオカカ・・!」

無心でおにぎりを頬張っているらしき、あまりに無邪気な舵の声が七星の心に温かさを灯していく

いつの間に・・忘れていたのだろう?

誰かが喜んでくれると思うだけで、心が温かくなるんだという事を

ずっと、極力他人と関わる事を避けて生きてきたのだ・・当然と言えば当然なのかもしれない

でもそれは、そうならざる得ない他人からの視線と嘘で固められた言葉にさらされ続けてきたからであって、決して七星が自分から望んでそうしてきたわけではない

「・・・ふ」

自分でも気がつかないうちに、七星の口元から微かな笑いが漏れ、舵の方へ視線を向けてしまっていた

舵は、そんな七星の視線にも気がつかないまま、一口一口、まるで味わい尽くしてでもいるかのように、無心におにぎりを頬張っている

すっかりとおにぎりを腹に納めた舵が、ようやくと七星の視線に気がついた

「おごちそうさま。浅倉、料理も上手いんだな!今度作り方教えてくれ。あ、作りに来てくれてもいいぞ?」

「・・・たかがおにぎりに料理も何も・・」

「おっ?おにぎりをバカにしちゃいけないな。基本中の基本である美味いおにぎりが作れるって事は、他の料理も上手いって決まってる!」

やけに自信たっぷりに言い切る舵に、思わず七星が口元を緩める

「なに・・それ?なんかどっかの思い込みオヤジみてぇ・・!」

「失礼だな!この若さあふれる教師を捕まえて、オヤジとはなんだ?オヤジとは!?」

憤然と腕組みをして言い募る舵に、七星がクッ・・と喉で笑って立ち上がった

「・・そろそろ帰らないと守衛のおじさんに迷惑かけるんじゃねぇの?」

「え!?あ・・やば。もうそんな時間だったか!」

七星の言葉に、舵も腕時計を見ながら立ち上がった

時刻はもう夜中の1時になろうとしている

七星が望遠鏡を

舵がランタンやタバコの吸殻などを片づけて、屋上を後にした

 

 

 

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