ACT 12

 

 

 

 

 

「浅倉、送るから乗っていけ!」
そう言った舵が、車の助手席のドアを開け放つ
屋上を出て準備室の手前で守衛のおじさんと出くわした二人が、急いで備品をしまいこみ、守衛と共に学校の玄関口に向かい舵の車の前まで来たところだった
「・・・いや、家、すぐ近くだし」
 躊躇して後ず去った七星の腕を取った舵が、強引に助手席にその身体を押し込めてドアを閉めてしまう
「そう警戒するなよな。こんな時間に来させたんだ、きっちり送らせてくれよ・・な?」
 運転席に乗り込んだ舵が、開口一番そんな事を言う
「・・・いや、別に来させたってわけじゃ・・・」
「お?嬉しいね〜。じゃ、浅倉は呼ばれたからじゃなく、進んで来てくれたって事か?」

「ッ!?ばっ・・なに言って・・・!」
言いかけた言葉と同時に車が動き出し、食って掛かろうとした七星の身体をシートに深々と埋め込む
進んで・・なわけではないが、こんな時間にこんな場所まで来たのは、確かに七星の意志だ
何となく反論する気勢もそがれ、七星がシートに深くもたれかかった

「浅倉の家って、この道を行った先だったよな?」
桜坂の長いゆるい下り坂を、滑るように車を走らせながら舵がにこやかに問いかけた
あの本屋での一件の時、七星を一度家まで送った舵である
見覚えのある交差点を、迷うことなく曲がっていく
サイドミラーと共に舵の目に映りこんだ七星の横顔が、ハッとしたように目を大きく見開いた
「っ!!」
その七星の視線の先を追った舵が、道の角で深夜だというのに首からカメラを下げ、バイクにまたがったまま一点を見つめている不審な男の存在に気がついた
「・・・浅倉?」
問いかけた舵を振り返りもせずに、七星がその男から身を隠すようにシートに深くもたれかかりながら言った
「・・・そのまま家の前通り過ぎて・・!」
七星の声音に固さが滲んでいる
その七星の様子にただならぬ雰囲気を感じ取った舵が、無言のままスピードを落とすことなく七星の家の前を通り過ぎた
再び角を曲がり、七星の家のちょうど裏手に当たる路地で車を停める
「・・・浅倉?今の・・なんだ?」
後を振り返り、誰も付いて来ていない事を確かめた七星が、ハァ・・と深いため息を吐いた
「・・・週刊”SEE”のパパラッチ。こないだマジシャン北斗の特集組んでた・・・」
「あ・・!見たぞそれ!確か・・北斗、緊急極秘帰国か?って、読者投稿から引っ張って、どこかの女優や女社長との噂話を書き立ててた・・』
「あんなもの・・!!」
舵の言葉を遮って吐き捨てるように言った七星が、ハッとしたように唇を噛み締めた
その横顔には、今まで見たこともない険しさが漂っている
けれど、それもほんの一瞬で・・
背もたれに身を預けていた身体を起こした時には、もう能面のような無表情な七星の顔つきに戻っていた
「・・じゃ、帰る。送ってくれてありが・・」
言いかけて車のドアに手をかけていた七星の耳に、「ブオン・・ッ」というバイクの排気音が聞こえてきた
「浅倉・・!」
バイクのライトが車中の二人の姿を照らす直前、舵が助手席に身を乗り出すようにして七星の肩を引き寄せ、覆いかぶさるようにその身体をシートに押し付けた
「っ?!ちょっ!?」
「バカッ!じっとしてろ!バイクの奴に顔を見られたくないだろ!」
舵の身体を押しのけようとした七星が、耳元に注がれたその言葉に動きを止めた
近づいてきた排気音が、車のすぐ横を通すがり際、あからさまにスピードを落として中の様子を伺ってくる
その気配を察した舵が、いきなりシートのリクライニングを落とした
「な・・・ッ!?」
慌てた七星が思わず挙げた手を、舵が絡め取ってシートに縫い付ける
「大人しくしてないと、顔見られるぞ!?」
舵が七星と鼻先が触れ合うほどの至近距離で、外のバイクの様子を伺うように視線だけ上向けて囁く
シートを落としたおかげで、バイクからは七星の顔は完全に死角になっていた
どうやら、ただのカップルの濡れ場・・と判断したようで、嫌がらせのように排気音を高く響かせたかと思うと、バイクはそのまま車から遠ざかっていった
遠ざかっていく排気音に、緊張して強張っていた七星の身体から力が抜ける
それと同時に、舵の身体も脱力したように七星の上に落ちてきた
「きんちょー!擬似有名人体験・・・!」
そう言いながらクック・・と笑う舵の吐息が、七星の耳朶にかかる
カッ・・!と体温が一気に上がるのを感じた七星が、慌てたように舵の身体を押しのけようと腕を突っ張った
けれど、自分よりも大きい男に容赦なくのしかかられた上、片手は先ほど舵に絡め取られたまま・・なのだ
残された一本の腕で抵抗した所で、所詮は無駄な足掻きである
「バ・・ッ!離せっ!もうバイクも居なくな・・・ッ!?」
言いかけた七星が思わず息を呑む
舵が七星の首筋に顔を埋め、そこに熱くて柔らかい唇を押し当てたのだ
「・・・浅倉」
いつもより低い、どこか艶めいた舵の声音
耳朶を震わすその声に、七星の心臓が跳ねる

だがそれと同時に背筋を駆け抜けた冷たい戦慄

それは、七星が今まで感じ続けてきた他人に対する不信感

結局は見た目と思い込みだけで、自分たちを扱おうとする人間達

(・・舵っ!あんたまで、一緒なのかよ!?)

七星が一瞬唇を噛み締めて、拒絶と罵る言葉を吐こうとした時

「一人で全部背負い込むなよ。俺も巻き込め・・」

「・・・え?」

耳元に注ぎ込まれた舵の言葉に、七星の腕から突っ張っていた力が抜ける

「俺に、守らせろよ・・浅倉。お前には守ってくれる存在が必要なんだよ」

そんな言葉と共に、舵がゆっくりと身体を起こして唖然とした表情の七星を見つめる

その眼差しは、薄闇の中ではっきりと見えないはずなのに・・まるで包み込まれているかのような感覚を、七星は感じていた

「守らせてくれよ・・・」

もう一度、あの艶めいた低い声音で言った舵が、ふわり・・と七星の髪を暖かな手で撫で付ける

「・・な・・に、言ってんだ・・よ?」

どうしようもないほど困惑の色を浮かべた七星の、漆黒の瞳が揺れている

守らせてくれ・・?守ってくれる存在が必要・・?

七星が今まで一度だって言われたことも・・ましてや考えた事もなかった言葉だった

けれど・・!

「・・なんにも、知らないくせに!」

次に七星の口から流れ出たのは、今までと同じ・・今まで何度も繰り返してきた拒絶の言葉

いつもなら、これで終わる・・七星の中でその相手は拒絶され、痕跡も残さず消え去るはずだった・・のに

舵は笑ってそんな拒絶の言葉を、そっくり七星に返してくる

「当たり前だろ?浅倉だって、俺の事を何も知らないじゃないか」

笑いを含んだ声音でそう言って、舵が落としていたシートを七星ごと持ち上げ、もう一度その頭を暖かな手で撫で付けた

「・・だろ?」

「・・・・・」

それ以上返す言葉を知らない七星が、真っ直ぐに見つめてくる舵の視線から逃れるようにブンブンと頭を振り、撫で付ける手を払い落とす

「・・・さわんな!セクハラ教師!」

「はいはい・・あ、浅倉の使ってるシャンプー、いい香りだな。俺の好きなタイプの香りだ」

名残を惜しむかのように離れていく舵の指先が、最後にサラ・・とその髪に触れていく

「・・知るか!」

言い放った七星が、そのまま車のドアを開け放ち、外へと出て行った

ドアを閉める直前、七星がふとその手を止める

「・・・さっきはありがとう。助かった」

七星が言ったその声は、ドアの閉まる音と混じり合い・・舵に届いたかどうか?というほどの密やかなものだった

けれど、当然舵がその言葉を聞き逃すはずもなく、車のライトを点滅させて七星の言葉に「どういたしまして」と返事をこめる

その意味に気が付いたのだろう七星が一瞬振り返り、運転席から笑って手を振り見送る舵を視界の端に捕らえていた

それから急に足早になった七星の背中が、あっという間に路地へと消えていく

「・・・ほんと、素直じゃないねー。ま、そんなとこが可愛くて仕方ないんだけど」

七星の背中が完全に見えなくなるまで見送った舵が、未だ手の中に残る七星の匂いと感触を楽しむように、ハンドルにもたれかかってその腕に顔を埋めた

「・・にしても・・パパラッチねぇ・・」

先日運動場で見かけた、七星を隠し撮りしていた男・・・

同一人物と見て、まず間違いないだろう

低く呟いた舵の表情に、剣呑とした雰囲気が漂っていた






カチャン・・キィ・・

七星が音を立てないように、慎重にキッチン横の勝手口を開ける

家の中は静まり返っていて、誰も起きている気配はなかった

「・・・よかった」

小さく呟いた七星が安堵のため息をもらしつつ、2階へと続く階段を静かに上がっていく

・・・が

「・・・こんな時間にどこ行ってたの?」

階段を上がりきる直前、頭上から聞こえてきた言葉に、七星がハッと顔を上げた

七星の真向かいの部屋の住人・・麗が自分の部屋のドアに寄りかかるようにして、立っていた

「麗!?お前こそ、こんな時間に・・」

七星の言葉を遮るように、麗が続ける

「さっき、この辺じゃ聞き慣れないバイクの音がした。家の裏あたりで止まった車の音も」

七星がハッと息を呑む

「・・・車に乗ってたの、誰?」

誤魔化すことを許さない麗の突き刺すような視線が、さっきあった事を部屋の窓から見ていたことを物語っていた

2階の麗の部屋からなら、多分、全部見えていたはずだ

七星が、「はぁ・・」とため息を落とす

「車に乗ってたのは、学校の教師。バイクは、週刊”SEE”のパパラッチ・・あのバイク、見覚えがあるからまず間違いない」

「・・やっぱり!で、その教師っていうのは?どういうこと?」

七星が一瞬、麗から目をそらす

この2つ下の弟は、昔から誤魔化しが効かず、本当の事を言うまで追求の手を決して緩めない性格だと・・七星が一番良く知っている

再び視線を合わせた七星が、その青い瞳を真っ直ぐに見つめ返した

「・・天文部の部長になったんだ。教師っていうのはその顧問。で、今日は部活で天体観測の日だったから行ってきた。帰りに送ってもらったら、たまたまあのバイクと鉢合わせになって・・」

「こんな時間に部活動?」

さすがに、麗が一番痛いところを突いて来る

「最初は行く気がなかったんだ。だけど、そいつが部長である俺が来るまでずっと待ってる・・って、気になって見に行ったらバカみたいにほんとに待ってて・・」

その答えに、今度は麗がため息を落とした

「行く気がなかった・・って?行ったのはその教師のせい?じゃあ、なんで俺や昴が聞いたとき、天文部の部長になったことを言わなかった?」

「そ・・れは、断るつもりだったし・・」

「断る?なんで?七星、星見るの好きなくせに?」

「っ!?麗、知って?」

驚いたように目を見開いた七星に、麗があきれたような口調で言った

「知らないとでも思ってた?いったい何年同じ屋根の下で暮らしてると思ってるの?・・・それとも、気が付かない、知らない振りしてたほうが良かった?」

意味ありげな視線とその言葉に、七星が言葉をなくして絶句する

そんな七星から麗がス・・ッと視線をそらし、その脇をすり抜けて階下へと降りていった

「・・・ごめん。言い過ぎた。喉渇いたから水飲んでくる・・お休み、七星」

「あ・・・」

何か言いたげに麗を振り返った七星だったが、その先に言葉を見つけられず「・・おやすみ」と呟いて自分の部屋へと入っていった

七星の部屋のドアが閉まると同時に、麗が階下へと降り切ってみると・・
上からは見えない位置で、階段の横に寄りかかるようにして流が立っていた

「・・・なーに焦ってんの?麗?」

「・・・べつに」

掛けられた流の言葉とその存在に驚いた風でもなく、麗が何事も無かったかのようにその前を通り過ぎ、キッチンへと入っていく

その後を追った流が、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して飲んでいる麗の背中に問いかけた

「・・・なぁ麗、お前・・ほんとに七星に言わない気?」

その問いに、麗がチラッと流に視線をながす

「言うほどの事でもないだろ?北斗の了解は得てるんだし」

「そりゃ・・まぁ、そうなんだけど・・」

歯切れの悪い反応を返す流に、麗が飲み干したミネラルウォーターのペットボトルを流の眼前に突きつけた

「もう子供じゃないんだ。自分たちがやってきた事は自分たちで責任を負うべきだし、これからの事だって一人一人考えて行かなきゃならない。いつまでも引きずってたって、ダメなんだよ」

「・・・麗」

突きつけたペットボトルを流に押し付け、麗が自室へと引き上げていく

押し付けられたペットボトルの先・・・麗が持っていた部分がグシャ・・と握りつぶされてしまっていた 

「言ってることとやってることが違ってねーか?・・・ほんとにいいのかよ?麗?」

フ・・ッとペットボトルから手を離した流が、足元に落ちてきたそれを器用に足で蹴り上げる

そのまま背中を向けた流の背後で、ペットボトルがゴミ箱の中へと過たず吸い込まれていった



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