ACT 13










「冗談!こいつはマジで稀少な一枚なんですよ!?先輩!!」

新聞部の白石が、手にした封筒をバ・・ッと頭上に掲げ上げた

「そりゃ分かるけど・・その値段は高すぎだろ、白石・・・」

放課後、4階の校舎のほとんど人気のない男子トイレの中で、新聞部の白石 守と3年の先輩らしき生徒が睨み合いの真っ最中だ

「言っときますけど、これは他の奴が写ってない、ピンの貴重な写真なんですからね。どれだけ苦労して撮ったと思ってるんですか?」

「・・・・ちぇっ!しかたねーか・・」

小さく舌打ちしながらも、先輩が内ポケットに手を伸ばし、白石が掲げ上げていた手を下ろそうとした時

「ほーーぅ?こんな時間にこんな場所で、いったい何の商談なのかな?」

間延びした声と共に、白石の手が掴み上げられ、掲げ上げていた封筒が抜き取られていた

「・・いっ!?」

「ぅわっ!やば・・・!」

二人同時に叫んだかと思うと、手を掴まれて動けない白石を置いて、先輩のほうが脱兎のごとく走り去ってしまった

「あっ!きったね・・・!」

「おやおや・・・確か君は新聞部部長の白石君・・だったよね?」

後ろ向きに掴まれていた手を振りほどき、白石が振り返る

そこに、にこやかな笑顔を浮かべた舵が立っていた

「あ・・・っ!か、舵・・先生!?」

「はい。ご名答」

言いながら、舵が手にした封筒を開いて中に入っているものに目を通す

そこに入っていたものに、舵が思わず声を上げた

「これ・・・!お前が撮ったのか?」

「そ、そうですよ!返してください!マジ、それ撮るの苦労したんですから!浅倉の写真嫌いは筋金入りで有名で・・!、浅倉一人で写ってるショットなんていったら、ほんとに買い手は引く手あまたの・・・」

言ってしまってから、白石がしまった!とばかりに口元を覆ったが、もう後の祭りだ

「ははーん・・噂で写真を売りさばいてる奴がいる・・って言う話は聞いていたが、それがお前か・・!」

舵が手にしている一枚の写真・・・

そこには、七星がジャージ姿で鉄棒に寄りかかり、物憂げな表情で一人で立っているショットが写っていた

七星の写真嫌いは有名で、友達同士でも、カメラを向けられることを嫌っている・・・

舵もそんな話を生徒達の噂話から幾度となく、漏れ聞いていたことがある

先日の深夜のパパラッチとの遭遇で、舵もようやく七星の写真嫌いの理由を納得できたばかりだった

「先生・・!お願いします!絶対なんかで役に立って見せるから、だから、今日は見逃して・・!」

白石が蒼白な表情で、舵に両手を合わせて拝み倒す体勢だ

金銭授受を伴うやり取りは、校則で禁止されている

この事がバラされたら、恐らく白石は新聞部部長を辞めさせられ、新聞部の持つ校内カメラ携帯オッケーという特権を失うことになるだろう

しばし写真と白石を見比べていた舵の口元に、微かな笑みが浮かんだ

「・・・じゃ、天文部が文化祭で使うパネル写真の撮影と、写真の引き伸ばし・・・でどうだ?」

「・・え?」

弾かれたように顔を上げた白石が、いたずらっぽく笑う舵の表情を凝視する

「マジで・・?そんなんでいいの!?舵先生話分かるな!写真のことなら任せといてよ!これでも俺、何度かコンクールで入賞してる腕前だからさ!」

「新聞部独自の情報網で、一番の情報通・・っていうのも確かか?」

「もちろん!この学校のことで俺が知らないことなんてないから、何でも聞いてくれよな!」

それは好都合・・とばかりに頷き返した舵だったが、一向に写真を返す気配がない

「せ、先生?あの・・・その写真返して・・・」

その言葉に、舵がニッコリと笑い返す

「だーめ。これは証拠物件として俺が預かっとく!」

「げっ・・!ま、ちょうどいいか・・・」

白石の顔に浮かんだ安堵の表情に、舵が怪訝そうに眉根を寄せた

「ちょうどいい・・?」

「あ・・・実はさっきの先輩同じ新聞部員で・・・その写真売ってくれってしつこくて!この写真は俺、売る気なかったから・・・」

「売る気がなかった?どうして?」

「だって、それ、すげぇいい感じに撮れてるだろ?浅倉に黙って撮った写真だし・・・ほんとに欲しがってる奴にだけ、こっそり渡すつもりだったんだ・・・。ま、こんなこと言ったって言い訳にしか聞こえないだろうけどさ・・・」

はは・・・と照れた様に笑う白石の雰囲気からして、ハッタリではないらしい

改めて写真に目を落とした舵も、そこに写った七星の物憂げな表情といい、撮った角度といい・・・思わず見惚れてしまうほどのいい写真だと感じていた

「・・・しかし、ほんとに欲しがってる奴・・って、どれくらい居るんだ?しかもさっきの奴、男だったろ?」

「あの浅倉家だぜ?先生?欲しがってる奴なんて山ほど居るよ。それに、この学校ちょっと前まで男子校だったから、そういうのわりと多いし・・・」

「・・・・ああ、なるほど・・・」

何か思い当たる節が有り気な舵に、白石が二・・ッと笑いかける

「心当たりあるでしょう?舵先生?俺の所にも先生の写真の依頼、結構来てますからね。男女を問わず・・・」

「・・・依頼が来てる・・じゃなく、もう既に儲けましたって顔だぞ?白石?」

ため息を吐きつつそう言った舵に、白石が「さすが・・!先生、話が分かる!」と、悪びれた様子もない

「・・・ま、あまり派手にやらないように!それと、文化祭前になったら、写真、頼むぞ!」

「オッケー!あ、それと・・・」

不意に真面目な顔つきになった白石が、舵に詰め寄った

「な、なんだ?」

「その写真!絶対他の奴に見せないでくれよな!もう、ピンで浅倉の写真は撮らないつもりだからさ、バレるとさっきの先輩みたいにうるさい奴が出てくるんだよ。それに・・・」

急に言葉を切った白石に、舵がその先を促す

「それに・・?」

「・・・浅倉さ、俺がそんな写真撮って他人に売ったって知ったら・・きっと表面的には平気な素振りするだろうけど、あいつ、多分見た目より傷つくだろうから・・・」

そう言って俯いた白石の態度は、七星に関して何か知っている雰囲気を漂わせていた

「・・白石、浅倉って、なんであんなに写真嫌いなんだ?何か理由あるだろ?お前、何か知ってるな?」

「・・・・・・」

押し黙ってしまった白石に、舵が浅くため息を吐いて脅しをかける

「言わないんなら、他の奴にこの写真見せちゃおうかな〜?」

「っ!?ちょ・・まって!それだけは勘弁!い、言うよ。けど、絶対秘密だぞ!」

「信用しろ!絶対誰にも言わないから!」

ほんとだな?とでも言いたげな視線で舵の表情を伺った白石が、ハァ・・と息を付いた

「俺の叔父がさ、隣町で写真屋やってて・・そこへ昔、浅倉たち4兄弟が写った写真を現像に出してきた奴がいたんだよ。浅倉ん家の写真の現像は必ず決まった所でやってたし、それをうちの叔父は知ってたんだ。そいつがさ、その頃浅倉たちの家に出入りしてた家政婦で・・そいつが隠し撮りした写真だったんだ」

「つまり、その写真を売って、金にしようと・・・?」

「そういうこと。結構浅倉達もその家政婦のこと信頼してたからさ・・・叔父からその事を知らせてもらって、俺がそれを伝えに行ったんだ。あの時の浅倉の顔・・・今思い出してもやり切れないよ」

「・・・・・・そう・・か」

「それからだよ。家の中の事を全部浅倉がやるようになったのも、あんまり笑わなくなったのも・・・」

悔しげな表情になった白石に、舵が眉根を寄せる

「白石・・?お前・・それ知っててなんで新聞部で写真なんか・・・」

「・・・ん?だってさ、それ知ってるの俺だけじゃん?何にも知らない奴が撮った写真なんて・・・!」

「お前・・・」

ハッとしたように目を見開いた舵の言葉を遮るように、白石が舵の肩をポンっと叩いて駆け出していく

「じゃ、そういうことで!その写真、預けたぜ!よろしく頼むな!舵先生!」

その後姿を見送った舵が、手元に託された写真に視線を落とす

「・・・罪作りだねぇ・・浅倉も」

写真に撮られたこのベストショットが、偶然に撮られたわけではないことは一目瞭然だ

物憂げな表情の中で、ほんの少し上がって見える口元・・・

この年頃の少年が醸し出す・・・大人になる直前の禁断の果実のような妖艶さと色気・・それが最大元に写し撮られている

先日の、パパラッチと遭遇した夜に触れた七星の身体の感触を思い起こした舵の耳元に、七星の吐き捨てるように言った一言が甦る

    「・・・何にも・・知らないくせに・・!」

あの時、そう言い放った七星の、全てを拒絶してくる瞳と語尾の強さ

そして・・七星の首筋に唇を押し当てた時の、あの、あからさまな身体の強張りよう・・

正直言えば、あの時、舵は強引にキスの一つでも奪ってやろうかと思っていた

けれど、あの時見せた七星の身体の反応・・・どう考えても襲われることを知っている者の反応に、そんな不埒な思いは消し飛んでしまったのだ

あの時、本気で舵は七星を守りたいと思った

誰か一人にくらい心を許して、すがって、何でも話して、素直に甘えてほしい・・・

そしてそれが他の誰でもなく、自分であって欲しい・・・

もう他の誰にも傷つけられないように守ってやりたい・・・

と。

一人の人間に・・しかもまだ17歳の教え子で、その上男に・・だ

そんな子供相手に、キスの一つも躊躇するほど本気になっている自分がなんだか信じられなくて、笑い出してしまいそうになる

フ・・と目を細めて自嘲気味な笑みを浮かべた舵が、その写真を大事そうに胸ポケットの中へしまいこんだ



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