ACT 14









「コンコン・・」

控えめな準備室の扉を叩く音に、帰宅準備を整えていた舵の手が止まる

「はい?」

「舵先生、ちょっと・・いいですか?」

扉を開けて中を覗き込んできたのは、舵が天体観測をする時いつも世話になっている警備員の林だった

「あれ?林さん?どうしたんですか?」

「ちょっと・・・今いいですか?」

いつもはニコニコと笑みを絶やさないはずの林が、妙に真剣な表情になって舵を手招きする

手早く帰り支度を済ませた舵が、林の招きに応じてその後から付いていった

1階の教職員室の向かい側にある警備員詰め所に招き入れられた舵が、そこに設置されている監視用のモニターに気づき、驚きの声を上げた

「へぇ、こんなモニターがあるなんて知りませんでしたよ!」

「でしょうねぇ・・。素人目では分からない所にモニターが設置されてますから」

昔は教鞭をとっていたという林は、65才を超えているとは思えないほどの若々しさと、人懐っこい笑顔で教師達や生徒達からも慕われている

変わらぬ笑顔を浮かべたまま、先ほど舵に見せた真剣な眼差しを、再び舵に向けた

「実はね・・・ちょっと、気になる事がありまして・・・。舵先生に見てもらおうかと・・・」

そう言った林が一つのビデオテープを取り出し、それを再生用の小さなテレビにセットした

「ここのモニターに映る画像は、全て録画されて48時間保管することになっています。これは3日ほど前の記録テープなんですが・・・」

巻き戻されて映し出された画像は、七星のクラスのある棟の非常階段付近の映像だった

その非常階段から、一つの怪しい影が棟の中に入り込んでいく

「これ・・!?」

思わず林を振り返った舵と、林の視線が重なる

「ええ。この日はたまたま私が宿直ではなかったんで、昨日の朝チェックしていて気が付いたんです。で、あ・・ほら、見てください」

林の言葉に促され再び映像に目を向けると、先ほど入り込んでいった怪しい人影が再び同じ非常階段から外へと出て行った

時間にしてものの数分

何かを盗みに入ったにしては、あまりに短すぎる時間だ

「・・・え?こいつ、一体何しに・・・?」

思わず漏れた舵の呟きに、林も同意する

「そうなんです。特に何かが盗まれたわけでもなくて、すぐに出て行ってますでしょう?で、私も妙に気になりましてね。さっき、放課後の見回りの時にちょっと・・調べてきたんです。そうしたら・・・」

林が胸ポケットから取り出した、小さなレンズ付きの何かの部品のようにも見える物・・・

「それ・・なんですか?」

「最近の車の盗難予防なんかにも使われている高性能の遠隔カメラですよ。携帯と繋がってましてね、このカメラに映る画像が携帯に送られて、携帯からの操作で写真が取れるんです」

「へえ・・!でも、そんな物で一体何を・・・・」

言いかけた舵の目が、ハッと見開かれる

さっき見たのは、七星のクラスのすぐ横の非常階段だったはず・・!

その舵の表情の変化に気が付いた林が、舵に笑み返す

「本来ならこれは立派な犯罪ですからね。学園長に知らせて警察に届け出るのが筋なんでしょうが・・・」

林が持っていたレンズ付きのカメラとパソコンを繋げ、そのカメラによって撮られた写真を画面に表示させる

そこに映し出された画像は、ブレや画質の悪さはあるものの、間違いなく七星の姿だった

「・・・浅倉・・!」

思わず唇を噛み締めた舵に、林がそのカメラとテープを差し出した

「浅倉君はこんなことで騒ぎになることは望んでないでしょうから・・・。舵先生にこの事は一任したいんですが、いかがでしょうか?」

林の言葉に、舵が弾かれたように顔を上げる

「えっ!?私に・・ですか!?でも、どうして私に・・!?」

「あの浅倉君に、もう一度星空を見上げる機会を作ってくれたのは舵先生ですから・・・」

「星空を・・・?それはどういう意味なんですか?」

訝しげに問いかけた舵の手に、林がテープとカメラを握らせた

「あの子の母親はね・・昔、私の教え子だったんですよ」

「え・・!?」

思いもしなかった意外な言葉に舵が言葉を失う

七星の母親・・!

あまりに父親の存在が大きすぎて、母親の存在のことが頭から抜け落ちていた

そういえば・・・マジシャン北斗と噂になった女達は数知れなかったが、七星達浅倉4兄弟の母親について取り上げた記事は見たことがない

4兄弟とも母親が違う・・・など、格好のネタになりそうなものなのに・・・!

「・・あ、じゃあ私はあちらの校舎の見回りがありますので・・・舵先生、よろしくお願いしますね!」

「え!?あ、林さ・・・」

「ああ、そうだ。そういうのを仕掛ける場合、だいたい3日ぐらいで引き上げにくるもんなんですよ。今夜あたり、来るかもしれませんよ?」

「ッ!?」

林はニコニコと笑顔を浮かべたままそう言うと、すっかり白くなった頭にきっちり警備員用の帽子を被り直し、舵に一礼を返して詰め所を出て行った

「今夜・・・か」

舵が手に握らされたカメラとテープを凝視する

恐らくこれを仕掛けた人物と、先日七星の家の付近を張っていたバイクの男、そして七星を望遠カメラで撮影しようとしていた男・・・

すべて同じ人物だろう

・・・絶対、捕まえてやる・・!手の中のカメラとテープを握り締め、舵が心の中で決意していた



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