ACT 17









七星がWホテルのロビーに着いたとき、まだ美月の姿はなかった

腕時計を見ると、まだ約束の時間には30分くらいの余裕がある・・・

「・・・どうしよう・・。ここ、あんまり居心地よくないしな・・・」

思わず七星が呟いてしまうほど、このWホテルは外資系の高級ホテルなのだ

まだ高校生で、普通にチノパンとシャツにジャケットを羽織っただけの七星が一人で居るには、あまりに居心地が悪いと言えた

それに

こういう場所で一人で居ると・・・必ずと言っていいほど声を掛けられるのだ

金も名誉もあるような、紳士前としたその嗜好のある男達に

七星自身にそんな自覚はないのだが、やはり北斗そっくりのその容姿端麗さと物憂げな雰囲気は、充分にそんな男達の視線を引く

現に今も、チラチラ・・とまるで値踏みでもするかのような視線で七星を見ている男達がいた

「・・・・麗と二人で居る時よりはましだけど・・・」

溜め息混じりに呟いた七星が、そんな視線を振り切るようにホテルのドアを出て行く

麗と二人でこんなところに立って居ようものなら、それこそこんな程度ではありえない

麗の人目を引くあの金髪碧眼に容姿端麗さ

その横に、まるっきり正反対の漆黒の輝きの容姿端麗さをもつ七星が居並ぶと、それだけで通りすがる人がほぼ全員と言っていいほど振り返っていく

当然、声をかけてくる男たちもその数は倍増・・といったところだ

麗はそんな事も日常茶飯事なのか・・・相手を鼻にもかけずに追い払う視線の強さと、突き放す口調や無難に断る口調、そういった手練手管を身につけている

だが今日はその麗が居ないのだ

そんな輩の相手など、ごめん被りたい

ホテルのすぐ横にあった、ガラス張りで開放的な造りのコーヒーショップに入った七星が、ようやく人心地ついたように深々と椅子にもたれかかる

この界隈は大きなオフィス街になっていて、立ち並ぶ高層ビルの中にはテレビなどで何度も見聞きするような会社の名前が居並んでいる

そんなビル郡を見るとも無しに見ていた七星の眉間に、ふとシワが寄る

七星の視線の先に合ったのは、あの週刊誌「SEE]を発刊している出版社

「・・・こんなところに会社があったのか・・・」

苦々しく呟いた七星が、そんな物など見たくもない!とばかりに視線を手前の道路に向けた

大きな幹線道路であるらしく、ひっきりなしに車のライトが、深海を群れで泳ぎ回る魚の様に一定方向へ流れていく

そんな道路の向かい側に、大きなファミレスの明かりが煌々と灯っていた

あの、本屋で舵に待ち伏せされた時に連行されたファミレスと、同じ系列のファミレスだった

「・・・・あのバカ教師、あのファミレスで一体何時間張ってたんだか・・・」

思わずその時の舵の様子を想像して、七星の口元に笑みが浮かぶ

学校が終わってから居たとして・・・ゆうに4〜5時間は居座っていたことになる

連れ合いもなく、男一人で・・・

夕食時の込み合う時間帯は、どんなにか肩身が狭かっただろうに・・・!

頬杖をついて、そのファミレスを見つめていた七星が、ハッとしたように身を乗り出した

2階建てだったそのファミレスの2階の端の窓際の席に・・!

「・・・・っ舵!?」

少し遠目ではあったが、いつも離れた教棟から舵の居る準備室を見上げている七星である

その横顔を見間違えるはずもない

その舵の向かい側の席には、サングラスを掛けた見慣れない男が座っていた

その男の前には、バイクのメットが無造作に置かれている

「・・・っ!?」

七星が弾かれたように立ち上がり、コーヒーショップを飛び出して行った

ちょうど目の前にあった長い歩道橋を駆け上がり、反対側のそのファミレスの駐輪場へと回りこむ

そこに

七星が今まで何度となく見かけたことがある、あの、パパラッチのバイクがあった

「・・・・やっぱり!でも、なんで・・・?!」

しばらく思案していた七星だったが、わりと混雑しているそのファミレスの雰囲気に紛れ、店の中へと入っていった

2階の席も遅い時間にもかかわらず、仕事帰りなのか・・サラリーマンやOL達でほぼ席は埋まっていた

舵たちが座っている席は、ちょうど2階への階段を上がった前の席で、その階段を上がってくる客と顔をあわせなく済むように観葉植物で目隠しがされていた

おまけにその横がちょうどトイレになっていて、その壁際に身を隠していれば二人の様子を垣間見ることが出来た

用心深くその壁際にもたれかかり、怪しまれないように携帯のフィリップを開き、メールでもしているように見せかけて・・・七星が二人の様子を伺う

七星の位置からは二人の会話は周囲の騒音で聞こえず、見えるのはちょうどテーブルの上、舵の手元・・・

そのテーブルの上で、舵が相手から封筒らしきものを受け取り、その封筒の中身を確認するように舵がそれを掲げ挙げて、七星の視界から舵の腕も封筒も消える

中身を確認したように再び封筒がテーブルの上に置かれ、次に舵が何かを胸ポケットから取り出した

「・・・なっ!?」

思わず上げそうになった声を押し殺し、七星が舵が取り出した物を確かめるように身体を壁から浮かして凝視する

観葉植物の葉の隙間から見えた舵の手の平にあった物・・・小さなレンズ付きの小型のカメラ・・・!

ギュ・・・っと携帯を握り締めた七星の身体に震えが走る

今までにも、なんどかこんな場面を目にした事があった

そんな記憶が、七星の脳裏をフラッシュバックしていく

ふと、きつく握り締めすぎて白くなっている指先に視線を落とした七星が、その画面に表示された時刻に我を取り戻した

美月との約束の時刻が迫っている

静かに携帯のフィリップを閉じた七星が、物音も立てずにファミレスを後にした






「・・・あっ!七星!こっちこっち!」

ホテルのドアをくぐった途端、美月のおよそ30歳を超えた年齢とは思えない、伸びやかな肢体が手を振って、七星の名前を呼ぶ

「美月さん・・!すみません。待たせてしまいましたか?」

駆け寄って、美月の前に置かれたコーヒーが半分ほど減っているのを見た七星が、慌てたように問いかける

「全然。どうせ居たたまれなくて避難してたんでしょ?さっきフロントで聞いたら30分前ぐらいに来てたって言ってたし。ごめんなさいね、ここ、その手の視線、多かったでしょ?」

「いや・・あの・・・」

図星を突く美月の言葉に、どう返していいものやら・・七星が言葉に詰まる

「あら、今更でしょ?もう慣れちゃったわよ。」

さらりと言って微笑む美月は、ショートカットの艶やかな黒い髪にアーモンド形のクリッとした大きな黒曜石のような瞳、マスコミがこぞってセレブな美人実業家と書き立てるだけの美貌と知性を持ち合わせている

その顔を、七星が思わず懐かしげに目を細めて見つめ返す

「・・・いやぁね。そんな目で見ないでくれる?なんだかすっごく年取ったなって思えちゃうじゃない!」

「えっ!?す、すみません・・!つい・・・」

「ま、仕方ないわよね。宙(そら)と私は、姉妹だもの。似てて当然」

「・・・性格は180度違いますけどね?」

苦笑を浮かべて言う七星に、美月が憤然と言い返す

「あら!言うようになったじゃない!でも、その口調・・誰かさんとそっくりだから止めておきなさいね。似てるのは顔だけで充分でしょ!?」

「・・・美月さん、まだ父さんのこと・・・?」

「・・・・微妙」

短く言い放った美月がそれ以上聞かないで。と言わんばかりに取り出したタバコに火をつけた

やはり仕事の途中か帰りなのだろう・・・美月が自ら戦闘服だと言ってはばからない、スレンダーな身体にぴったりとしたボディコンシャスなスーツを身につけていた

「あの、それで・・今日はいったい・・・?」

「ちょっとね・・・やっかいなことに巻き込んじゃったかも」

その言葉に、さっきの出来事を思い起こした七星の顔つきが、重く沈みこんだ

その顔つきに、美月の表情も曇る

「その顔じゃあ、もう既に・・って感じね?ごめんなさいね。今回は私個人に対しての身内からの攻撃だから・・・なかなか身動きが取れなくって」

「美月さん個人に・・?身内から!?」

「そ。お爺様がちょっと体調を崩してしまって・・・それに乗じてかつての社長候補だった役員達がいろいろと・・・ね」

眉間に深いシワを寄せ、美月がその整った顔立ちを歪ませる

「っていうか!」

いきなりダンッとテーブルに拳を叩きつけた美月が、七星に向かって言い募る

「何より許せないのが、七星が私と北斗との間に出来た子供だとかいう、ふざけた噂が立ってることよ!!どう思う?!七星!!」

「み、美月さん!ここ、ロビーだから・・・!」

大きくなってしまった美月の声に、七星が慌てて美月を制する

「あら、大丈夫よ。このホテル、もう貸切りになっちゃってるから」

「・・・貸切り!?」

気が付けば、なぜかロビーに人影がなくなり・・・フロント係だけがにこやかな笑顔を浮かべて美月に会釈を返している

「・・・え?」

「世の中には桁外れのお金持ちっているもんよねー?な・な・せ?」

意味ありげな笑みを湛えた美月の黒曜石の瞳の中に、沸々とした闘志を見て取った七星が息を呑む

この、華山美月という女性は本当に、あの母親、宙の妹なんだろうか?と、七星が唖然として美月を見つめ返している

七星の母親であった宙は、いつも笑みを絶やさず、微笑んでいた

けれど、考えてみれば・・・周囲の大反対を押し切って華山の家を捨て、父である北斗について行く事を選んだという母親である

その本質はやはり、同じなのかもしれない

そういえば・・・

どんなに苦しい状況に陥っても、宙はいつも笑って北斗を導いていた

大丈夫。なんとかなるわ・・・と、常に前へ・・・振り返ることを決してしなかった

では、今のこの美月の笑みと闘志の意味するものは?

それに、桁外れのお金持ち・・・?

ありえないはずの嫌な予感に、七星の背筋に冷たい汗が流れる

「・・・・み・・つきさん?まさか・・・・」

七星がその先の言葉を告げる前に、七星の頭上から、聞き覚えのある声が落とされた・・・!



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