ACT 18








「・・・こんばんは」

頭上から降り注いだ、少しニュアンスに違和感のある日本語

「え!?」

どこかで聞いた記憶があるその声音に、七星が振り返る

「お久しぶりです。覚えていますか?」

振り返った七星の目の前に立っていた青年

アラブ系の白い民族衣装にカーフィアを被り、、褐色の肌に精悍な漆黒の瞳を細めて艶然と微笑んでいる、その顔は・・・!

「ま・・さか、ハサン・・・王子!?」

目を見開いて驚きつつも応えた七星に、ハサンがグイッと頭に被っていたカーフィアを取り払う

現れた瞳の色と同じ漆黒の髪

短く整えられたその髪が、一層ハサンの精悍な顔つきを引き立てている

どうやら後髪の一部分だけが伸ばされているらしく、幾筋かの長い髪が細く肩にかかっていた

その顔つきは5年の年月が流れたことを物語るように、少年から青年のものへと成長していたが、口元や目元に浮かぶ負けず嫌いな俺様気質的気の強さは、相変わらず変わっていないように見える

「覚えていてくれたんですね。・・・・流は元気ですか?」

「え・・?はい元気です。でも・・・どうしてハサン王子がここへ?」

なぜこの場所にハサンが居るのか?!その理由が見つけられず、七星が困惑の表情で問いかける

「ビジネスです。このWホテルの買収に8割がた成功したんですが、ちょっと・・・まだそのことを公に出来ない諸事情と残る厄介な問題がありまして・・・それで、たまたま同じく買収に乗り出していた華山グループと取引を・・・」

どうやらまだ日本語には不慣れならしく、ハサンの言葉が英語に切り替わっていた

「美月さんと・・!?」

その言葉に七星が息を呑む

Wホテルの買収・・・といえば、最近テレビなどで欧米や欧州、華僑なども加わって、壮絶な駆け引きが行われていると連日報道されてるのを聞いた記憶がある

それに美月が手を出していたことも驚きだが、それよりなにより、このハサン王子は確かまだ麗や流と大して変わらない年齢だったはず・・・!

その年で、既にそんな取引を・・・!?

唖然として言葉が出ない七星の様子に、美月が不敵な笑みを向けた

「今回のこの取引はね、敵が多いのと買収金額も桁違い・・。だから裏からいろいろ手を回さなきゃいけない事だらけで、極秘中の極秘なのよ。
・・・でも、成功すれば二度とあの煩い専務や常務の役員連中に口出しできなくしてやれる。反面、失敗すれば私は確実に奴らに潰されるってわけ」

「・・・それであのバイク野郎が・・・」

ため息混じりに呟いた七星の脳裏に、以前見た週刊誌の内容がよぎる

確かでもない北斗の緊急帰国から引っ張って、女性問題までまことしやかに書きたてていた・・・

その記事が載った週刊誌の記者・・・先日来七星の周りをうろつくパパラッチは、かつて浅倉4兄弟の母親ネタで情報収集をし、美月から手ひどい制裁を受けた経緯があったのだ

さしずめ、美月攻撃をしかける役員達から雇われでもしたのだろう

噂を立てようとしている役員達は、美月の身内である華山一族の親族達・・・だが、その美月の姉である宙が北斗と一緒になっていたことや、七星の母親である事を知らない

華山 宙は、北斗と一緒になると決めた時、華山家とは一切の縁を切り、勘当同然で家を出た

それ故、宙が華山の家を出た時、病死したとして親族に伝えられていた

そう仕組んできたのは、他ならぬ美月と祖父・華山泰三

そうせざる得ない様々な事情が、華山家に内包されていたからだ

以来、北斗と華山家の関係は、決して暴かれることなく秘され続けてきた

嗅ぎ付けそうなマスコミには、泰三と美月がことごとく裏から手を回し、徹底的に潰す事で・・・

そしてそれは、北斗が世界的な名声を得るに従って、より一層ガードが強められる事となっていった

だが、北斗と美月が話題になれば、そこに隠された宙の存在を嗅ぎつけられる可能性がある

その上更に、華山グループと北斗のスポンサーであるファハド国王関連にも話題が集中するであろう事は間違いない

そうなっては、ハサンと美月がやろうとしている極秘裏の買収が世の中に知られるのも時間の問題だといえた

だから、今回に限っては、七星の周りをうろつく週刊誌に強引な制裁が出来ないでいるのだ

美月個人が動けば、それは華山の内部のどこからか、必ず漏れる

噂が北斗とのものである以上、美月は動くことが出来ない

「宙をマスコミの餌食にするなんて、この私が絶対に許さない・・!その事を逆手に取られたってわけ。だから私は動けないわ。その代わり・・・」

ふと美月の視線が移動する

「・・・・?」

その視線を誘われるように追った七星の表情が、強張った

「・・・うそ・・だろ?美月さん!!」

少し離れた場所へ追った視線・・・その先にあったものを拒絶するように振り返った七星が、身を乗り出すようにして美月に詰め寄る

「・・・仕方ないでしょ?ハサン王子たってのご指名だったんですってよ?私だって、まさか仕事関連で顔を合わす事になった上、噂まで立てられるなんて思ってもなかったんだから!
こればっかりは、お互い様だと思ってよね」

「え!?じゃ、まさか・・父さんも!?」

「・・・上に居る」

美月の代わりに短く答えを返した、低い声音・・・恐らくはこの5年の間に北斗から習得したのだろう、その言葉は流暢な日本語・・・だ

ハッと振り向いた七星の目の前、ハサンの横にその男が立っていた

「・・・っ!!」

気配すら感じさせず移動したその男・・・アル=コルに、七星があからさまに眉根を寄せる

目深に被った白いカーフィアの奥から覗く、冷たいアイスブルーの瞳

七星はこの瞳が苦手だ

容赦なく心の奥底を覗き込んでくる、鋭い視線

何もかも見透かされているような・・・そんな居たたまれない気持ちにさせられる

「・・・そう、睨むな」

ク・・ッと喉で笑ったアルのアイスブルーの瞳が、一瞬、僅かに細められた

「ほぅ・・・変わったな。何かあったか?」

その問いかけが、ついさっき見た光景を鮮やかに甦らせて・・思わず七星が視線をそらす

(だからこの男は嫌いだ・・・いつもいつも、知られたくない事ばかり見透かしてくる・・!)

俯いて、一瞬唇を噛んだ七星を、美月が覗き込む

「そういうわけで、後はこのボディーガードさんに一任してあるから。私とハサン王子はまだ取引の契約交渉中なの。悪いけど失礼するわね」

「え・・あ、ちょ・・美月さん・・!」

七星の呼びかけにウィンクを返した美月が、ハサン王子と共に交渉場所である最上階のスィートルームへ向かうため、VIP用のエレベーターの中へ消えていった

ハァ・・・とため息をもらした七星が、腕組みをして立っているその男・・アルを見やる

「・・・・あんた、ハサン王子のボディーガード役で来たんじゃないのかよ?」

「・・・それもある」

「・・・も?」

「今回は別の物を守る方が目的だ。ハサンは羽目を外さないように見張り役・・と言った所だな」

「なんだ・・それ?」

「・・・そのうち分かる」

七星が不快そうに眉根を寄せる

この男はいつもそうだ

自分の事は何も語らず、秘密主義で必要最低限の事しか言わない・・・

そのくせ人の心の中を見透かしてくる・・・嫌な奴・・!

「どうした?」

からかうような口調で言ったアルが、七星の腰に手を回す

「っ!?ちょ・・!離せよ!!」

無造作に回されたアルの力強い腕に引き寄せられた七星が、焦ったようにその腕を振り払う

「・・・ふ、お前・・・やはり何かあったな?」

「な・・っ」

アルの意味ありげな視線と笑う口元に、七星の体温が一気に上がる

以前なら、触れられただけで全身の血の気が引くような感覚に襲われていた

なのに、今、一瞬ではあったが七星の心拍数が跳ね上がったのだ

原因は分かっている・・・舵のせいだ

この男のさっきの触れ方が、舵の触れ方とよく似ていたから・・・

けれど次の瞬間、七星の身体がスゥ・・・と冷えていく

先ほど見た、テーブルの上に投げられた封筒と差し出されたカメラ・・・そこにあった舵の横顔・・・・

何かあった?
そう、確かにあった・・・ただの同じ事の繰り返し・・そう思えば済むことが

その七星の表情を見つめていたアルの、カーフィアの奥の瞳に険しさが滲む

「・・・北斗に会うか?七星?」

その問いに、七星が迷わず首を振る

「いや・・・会うなら皆と一緒の時がいい。俺だけ抜けがけなんて出来ない」

「・・・相変わらずお前は、北斗より性質が悪い」

そう言い捨てたアルが、視線で着いて来いと七星を促して、外へと向かう

「ちょ・・待てよ!誰が性質が悪いって!?」

憤慨したように言った七星が、慌ててアルの後を追う

長衣の民族衣装をひるがえしたアルが、一台の車の前で止まり、無造作にカーフィアと長衣を脱ぎ捨てた

カーフィアと長衣の下から現れたのは、きっちりと後ろ手で一つにくくられたストレートの金髪と、初めて見るダークスーツ姿のアル

「乗れ、家まで送る。これも仕事だ嫌とは言わせない」

有無を言わさず、あくまで命令口調でアルが言い放つ

スーツ姿のアルには、また独特の迫力が加わっていて・・・逆らう気力すら湧いてこない

ため息混じりに肩を落とした七星が、車に乗り込みながら呟いていた

「・・・性質が悪いのはあんたの方だよ」



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