ACT 20
「・・・そっか。じゃ、先生はあの野郎から浅倉を守ってくれたんだ」
浅倉家の家庭事情を除き、一通り今までの経緯を話し終えた舵に、白石がようやく笑みを見せる
舵が階段の下でさっきの男と携帯で話しているのを立ち聞きしていたのは、、偶然遅刻しかけた白石だった
「・・・お前、俺を疑ってたのか?」
傷ついた声音で聞く舵に、白石が「まあ、今までが今までだけに・・・」と、肩をすくめる
「今まで・・・?」
「・・・居たんだよ。先生の中にも浅倉の情報を売ろうとした奴が・・。ま、すぐに見つかって辞めさせられてたけどな」
「・・・なるほどね。でも、すぐに・・って?」
「ほら、警備員の林のおっちゃん、居るだろ?あの人が見破っちまうんだよ。あのおっちゃん、ずっと浅倉について、小・中・高と一緒に上の学校に上がって警備員してるんだ。
確か、浅倉のお父さんも昔、教え子だったって・・・」
「・・北斗も!?」
思わず舵が驚愕の声を上げた
たしか、母親も教え子だったと言っていたはず・・!
それだけではなく、林はあの学園で教鞭をとっていたと言っていた
では、北斗も、七星の母親も学園出身者ということだ
さっきの男は、母親についての情報は全て消されていた・・と言っていたはずだが・・・
「・・・・あれ?」
物思いにふけっていた舵の耳に、白石の驚いたような声が響く
「?どうした?」
白石が、ゴソゴソ・・と鞄から小さな双眼鏡を取り出して、窓に向けた
「・・・お前、いつもそんなもん持ち歩いてるのか!?」
「へへ・・ジャーナリスト志望の人間としては、これくらい当たり前だって!」
手馴れた手つきで双眼鏡の照準を合わせた白石の口から、意外な名前が告げられた
「・・・・うわ・・やっぱ、浅倉じゃん!」
「っ?なに!?」
舵が白石が見ている方向へ、視線を走らせる
そこは、Wホテルのエントランス付近・・・
そこから、一際目立つ白い服の男が出てきたかと思うと、一台の車の前でその服をまるでコートでも脱ぐように取り去った所だった
その車の向かい側に視線を走らせた舵が、思わず白石から双眼鏡を奪い取る
「ちょ・・!先生!?」
白石の抗議の声を無視して覗き込んだ視界の中に、はっきりと捉えられた、見間違うはずのない七星の姿
ハッと相手の男の方へ視線を向けると、明らかに日本人ではない肌の色、青い瞳と後手で一括りにまとめられた金色の髪
その男が七星に向かって車に乗れ・・と言う風な仕草を見せる
すると七星が、素直にそれに従って車に乗り込んでしまった
「浅倉・・・!?」
双眼鏡から視線を外した舵の視界から、あっという間に七星を乗せた車が走り去り、消え去っていく・・・
言葉もなく、舵が車の消えて行った先を見つめていた
『ピピピピピ・・・ピピピピピ・・・ピピ』
明け方の薄日が伸びる部屋の中で響き渡った目覚ましの律儀な声を、舵がバシンッと黙らせる
「・・・っるさい!起きてるよ!」
ベッドの中で勢いよく寝返りを打ち、ほの暗い天上を見つめ、額にかかった前髪を邪魔臭そうにかき上げた
あれから
既に日付けが変わっていた時間だっただけに、舵は白石を車で自宅まで送り、遠回りして七星の家の前を通って帰宅した
七星の家に明かりはついていなくて、寝静まっているように見えた
七星は今、この家の中に居るんだろうか?
そんな半信半疑な気持ちで帰宅した舵は、結局、一睡も出来なかったのだ
まさか・・・とは思うがあの金髪の外人と・・・?
自分自身が七星に対してそういう邪な想いを抱いているせいだろう・・・どう打ち消してもそんな考えが後から後から湧いてくる
それというのも
あの、いつも警戒心丸出しで、素直に言うことを聞くとも思えない七星が、あの金髪の男の小さな仕草一つで、素直に車に乗り込んでしまった・・・という事実を見せ付けられたからだ
・・・・あんな時間に
・・・・しかもホテルから
「・・・くそ・・!誰なんだよ!その男は・・!!」
まるで一晩たっぷり溜め込んだ憤りの想いを吐き出すように、舵が叫ぶ
あのパパラッチから庇った時の七星の体の強張りからいっても、その男とそういう関係だとは考えにくい
ただ・・・七星は誰にも気を許していないと思っていた
そう、少なくとも・・あんな風に仕草一つで相手の言うことを聞くほどに・・・
脅されてるとか・・そんな感じでもなかった・・・と思う
あれは、『仕方ないな・・』言葉にすれば、そんな感じだ
そんな風な態度を七星に取らせた・・そんな男が七星の側に存在した
そう思うだけで舵の中で、どうしようもない苛立ちが湧き上がってくる
・・・・『何にも・・知らないくせに・・!』・・・・
そう、拒絶の言葉を吐いた七星の言葉が舵の脳裏に甦る
七星の言うとおり、自分は何も知らない・・・
昨夜のパパラッチから初めて知った、浅倉4兄弟の家庭事情
そして、七星の母親・・・
本音を言えば、全てを知りたい
七星が抱える、全ての事を共有したい・・・そして、守ってやりたい
だが
知ろうとすることを、決して七星は許さないだろう
七星は、守られるということを知らない・・・守ることしか知らないのだから
頭上で無情に時を刻んでいく時計の音に、舵が盛大なため息を落として起き上がった
「・・・ったく!学生だったら、絶対サボってる・・!」
思わずそんな言葉がこぼれでてしまうほど、今日は学校へ行きたくなかった
いや・・・学校へ・・というより、七星と顔を合わせるのが・・・怖いのだ
会った瞬間、昨夜の男のことを問い詰めてしまいそうで・・・
みっともない嫉妬心丸出しになって、おそらくは七星が一番知られたくなかったであろう兄弟や母親のことが口をついて出てしまいそうで・・・
「・・・こんな子供じみた事やってる場合か・・!お前、教師だろ!舵 貴也!」
イラ立ち混じりの声音で自分を叱咤すると、舵がいつものようにシャワーを浴びにバスルームへと消えていく
いつもの時間に玄関のドアを開けた舵は、いつもと変わらない教師ルックに身を包み、感情を押し殺した大人の顔つきに戻っていた