ACT 22
「・・・どうしたんだ?こんな時間に?今日は部活に来ないかと思って・・・」
いつもの舵らしくない、硬い声音
七星が、近寄ってくる舵の革靴の先を見つめている
いつもなら
タバコの吸殻は律儀に灰皿代わりの空き缶か何かに捨てるくせに
どうしてさっきは足先でもみ消したりした?
動揺するような何かがあったから?
思いかけず、俺がここに現れたから?
どんどん自分の体温が低くなっていくのが分かる
握り締めた指先が、氷のように冷たい
「・・・浅倉?どうした?」
間近で聞こえたはずの舵の声が、全然知らない奴のように、遠い
「浅倉・・?」
俯く自分の顔を覗き込もうとする舵の動きを制するように、七星が目の前にあった舵の胸元に、トン・・・と額を押し付けた
「・・・え?」
頭上から落とされた、舵の驚いた声音
それはそうだろう・・・今まで一度だって七星のほうからこんな風に舵に触れたことなどないのだから
「あさ・・くら・・?」
戸惑った声音、驚きで固まったままの舵の身体の感触
「・・・・面白かったかよ?」
不意に七星の押し殺したような低い声音がそう告げたかと思うと、ドン・・ッとその舵の身体を突き放した
「え・・?!」
突き放された舵が、よろめきながら数歩後ずさる
「・・・一瞬でも期待した俺がバカだったよ・・!なんだよ?!これ?!いつの間にこんな写真なんか撮ったんだ!?」
七星が舵に突きつけた一枚の写真・・・
それは、白石から取り上げた、あの、七星一人が映し出された写真だった
「・・なっ!?お前、それ、どこから・・・?!」
ハッと驚愕の表情になった舵が、慌てて胸ポケットの中から財布を取り出し、その中に入れていたはずのその写真がなくなっていることを確認する
「・・うそ、だろ・・?いつの間に?どうやって・・?!」
「聞いてるのはこっちだ!なんであんたがこんな写真持ってる?!いつの間に撮った!?」
いつにない、七星の厳しい口調
その表情には、今まで舵が知らなかった七星の激しさが現れていた
「ま、まて!それは誤解だ・・!その写真は・・・っ!」
言いかけた舵が、ハッと言葉に詰まる
白石が撮ったのだと・・・イヤイヤながらも写真を売り物にしていて、それを取り上げたのだと・・・
そう説明して、七星の誤解を解くことは出来る
でも
そう告げてしまったら、七星はどう思うだろう?
自分の親しい友達が・・・幼い頃からの友人が、その写真をその気がなかったとはいえ、売り物として扱った事を知ったら・・・?
傷つくのは七星のほうだ
「なんだよ?!何が誤解だってんだ!?昨日の夜だって・・・あんた、どこで何してた!?俺を売り物にして、さぞかしいい金になっただろうな!」
「っ!?な・・んだって・・!?」
昨日の夜・・と言い放った七星の言葉に、舵が動揺する
あそこであのパパラッチと取引していたことを、七星は知っている!?どうして・・!?
その舵の表情に、七星が唇を噛み締める
やっぱり、そうなのだ・・・同じことの繰り返し
守らせてくれ・・だって!?そんな言葉を真に受けた自分がバカだったのだ
自分たちに近づく人間なんて、所詮・・・!
「ちょ・・・まて!それも誤解だ!俺はお前を売り物になんて・・・!」
「何がだよ?!俺はこの目で見たんだぞ!あんたが、あのパパラッチ野郎と一緒にいる所を・・・!」
「見てた・・?!」
今度は舵の方が息を呑む
あそこに、七星が居た!?
見ていた!?見ていたのに、それを誤解している!
つまりは、七星は自分の事を欠片も信じていないということだ
七星を守りたかっただけなのに、結局、七星はそれを信じようともしない
その上、どうしてこんな言ってみれば全くの逆の、謂れのないことで責められなければならないのか
その憤りが、昨夜からくすぶる舵の中の嫉妬心に火をつけた
「・・誤解だって言ってるのに信じられないのか!?一体、何を見てたっていうんだ!?浅倉の方こそ、どうして昨日の夜そこに居た!?ホテルから一緒に出てきてた金髪の男は、一体誰だよ!?」
「・・・っ!?」
七星の表情が途端に強張る
昨夜のアルを、まさか見られていたなんて・・・!
あの男に関心を持たせてはいけない
それは自分たち兄弟の情報をマスコミに売るとか、そういうレベルとは次元が違う
あのアルが自分の事を探る人間に対して、どんな手段にでるか・・・到底ただで済むとは思えない
七星の顔が一転蒼ざめて、視線をそらす
その七星の態度が、舵の中の疑惑をいやが上にも膨らませていく
舵の想いが一方的なもので、その男のことで七星が責められる謂れなどない・・という事ぐらい舵とて自覚している
それでも
今ここで、七星に表情を変えてなどほしくなかった
いつものように無表情なまま、何の事だ!?とか、関係ないだろう!?と・・・突っぱねて欲しかったのに・・!
何も弁解しようともせず、視線をそらすこの態度は・・・!?
「浅倉・・お前、まさかそいつと・・・!?」
思わず漏れた舵の言葉に、七星が押し殺した声音で問いかける
「まさか・・ってなんだよ?」
例え舵が自分を売っていても、それでも、舵の身を一瞬でも心配したのに・・!
舵はそんな七星と、よりにもよって一番虫の好かないあのアルとの関係を疑っている
結局、舵も一緒なのだ・・・今まで声をかけてきた他の男達と
北斗譲りのこの顔のせいで、誘っているだとか、慣れてるんだろう?とか・・・
そんな風な目でしか自分を見ない男達と・・・!
「結局・・・同じじゃないか。俺が・・・何をしたって!?あんたも結局この顔に興味があっただけだろ!?誰も・・俺なんて見てやしない・・!」
どうせ断ち切るのなら、せめて舵だけは浅倉七星としての自分を見ていてくれた・・・とそう思っていたかったのに
「あさく・・・」
言いかけた舵が言葉をなくす
キ・・ッと舵を睨み返した七星の瞳には、もう、一片の怒りも悲しみも感じられなかった
ただ、そこに居る他人・・・を見る目つき
そんな冷ややかな視線が舵に注がれていた
持っていた写真を手の中でグシャ・・と握りつぶした七星が、自分の足元にそのゴミを投げ捨てる
「・・・・あんたが、星を見させてくれたことだけは、感謝してる。でも、もう二度と見ない・・!」
そう言い捨てて、七星がきびすを返す
屋上のドアの向こうに消えていく七星の背中を、舵が声をかけることも出来ずに見送っていた
最後に自分を見たあの七星の瞳は、一番最初に自分を見ていた時よりも更に冷たい瞳をしていた
七星にあんな瞳を向けさせたのも
あんな、自虐的な言葉を吐かせてしまったのも
どんなに弁解しようとも、結局は全て舵自身にその責がある
七星が舵を信じていなかったように、舵もまた七星を信じきれていなかったのだから
ハァ・・と大きなため息を吐いた舵が、七星が投げ捨てていった握りつぶされた写真を拾い上げ、ソッと伸ばしていく
「・・・・浅倉、もっとちゃんとこの写真、見てやれよ。誰かに売るだとか、そんな私欲で撮れる写真じゃないだろ・・・?」
そこに写っている七星は、物憂げな表情の中で、他人を見る瞳ではなく大事な友達を見つめる・・・ほんの一瞬七星が垣間見せる瞳が写し取られていたといっていい
「・・・まいったな。本気で・・・痛いぞ、浅倉。どうしたらいい・・・?」
伸ばされていく写真の上に、小さな滴がポタリ・・と滴り落ちた