ACT 28











舵が気がついた時、既に朝日が昇り、清潔なベッドの上に横たえられていた

「・・・・え?ここ・・は?」

動かそうとした身体が、まるで鉛のように重く・・・思うように動かせない

「あ・・っ!気が付かれましたか?良かった。脳波検査もしましたが、特に異常は見られなかったので、大丈夫ですよ」

「・・・・え?」

横向けようとした首筋にも鈍い痛みが駆け抜ける

「舵貴也さん、桜ヶ丘学園高等部の教師ですね?運んでくださった方が居なくなってしまったので、勝手にこちらで所持品と身元の確認をさせていただきました。ご了承くださいね」

テキパキと繋がれた点滴の様子を確認しながら、白衣の看護婦が舵の顔を覗き込む

「一応全身打撲だったので、痛み止めの薬を打ってあります。かなり効いていると思いますので、身体はまだ思うように動かないかもしれません。学校の方には連絡しておきましたので、何かありましたらナースコールで呼んで下さい」

言いたいことだけ言い放ち、ベテランらしい中年の看護婦が部屋を出て行った

「・・・病院・・・か」

ようやく自分の居る場所がどこなのか理解できた舵が、窓から降り注ぐ眩しい朝日に目を眇める

「・・・いったい、誰がここに・・・?」

確か先ほど看護婦は、運んできてくれた人が居なくなってしまった・・・とか言っていた

(・・えーと、車がパンクしてて・・あの築山の辺りでヤクザ風な男に声を掛けられて・・・それから・・・)

それから先の事を考えた途端、舵の身体に刻まれた打撲の痕に鈍い痛みが駆け抜ける

そうだ・・・

確かあれから袋叩きにあって・・・

「・・・っい・・っつ!」

ゆっくりと身体を起こした舵が、全身に走り抜ける痛みに整った顔立ちを歪ませる

幸いにも無意識に庇ったのだろう・・顔には転んだ時の擦り傷程度ですんでいた

「・・・う・・わ、派手にやられたな・・・」

思わずそんな言葉が零れ出るほど、病院の検査着らしき服から覗く腕や覗き込んだ腹部には、内出血した青痣や擦り剥いた傷痕がいくつも刻み込まれていた

だんだんと明確になっていく昨夜の記憶・・・

最後に覚えているのは、誰かに抱え上げられた浮遊感と、独特なタバコの匂い・・・

そして

逆光の月明かりの中に浮かび上がった、長身の男のシルエット

「・・・あの金色の髪の男・・・あれは誰だ?あいつが、俺をここに・・・?」

聞こえてきたのは流暢な日本語だった

日本人なのか、それとも外人なのか・・・それすら見当が付かない

それにどうして自分を助けたのか?

次々に疑問が湧き起こる

「・・・・そういえば、あいつら一体どうなったんだ?」

思案顔で独り言を呟いていると・・・

「・・・ご心配なく。もうそれはかたが着きましたから」

不意に掛けられた声に、舵が弾かれたように顔を上げた

「はじめまして。舵先生」

いつの間にか部屋の中に・・しかも舵のすぐ横のベッド脇に・・・!

艶然と微笑む、北斗が立っていた

「・・っほ、北斗!?本物!?」

「ええ、本物の浅倉七星の父親です」

ニッコリと、いつもテレビや雑誌などで見かけるのと同じ笑みが、舵に注がれる

間近に見るその北斗には、常にマスコミに噂を書き立てられるのが頷ける、魅入られずにはいられない華やかさと妖艶さが滲み出ていた

唖然として北斗を見つめていた舵が、ポツリと言った

「・・・似てない」

「はい?」

その呟きにも似た言葉に、北斗が小首を傾げる

「あ・・・いや、浅倉と・・・全然似てないんだな・・と思って」

その舵の答えに、フ・・ッと北斗の顔から笑みが消え去った

突然の北斗の表情の変化に、舵が慌てたように言い募る

「あっす、すみません!お気に触りましたか!?つい・・・!」

つい較べてしまって・・・そう思って、舵が言葉を呑み込む

目の前に居る北斗は、七星本人が『この顔に興味があっただけだろう・・!?』と言い放つだけのことはある・・・本当にそっくりだ

なのに

目に付くのは七星と違う声質、七星と違う話し方、七星と違う笑い方、七星と違う髪の質、その漂う香り・・・・

はっきりと・・・全てが「違う」と、舵は言い切れる

その違い一つ一つが、今の舵には直視できないほどに・・・痛い

「・・・なるほど。林先生があなたに会ってみろと言うはずですね・・・」

笑みの消え失せた北斗の視線が、どこか油断のならない瞳の色を宿して舵を見据えてそう言った

「え・・?林さんが?」

「ええ。初めてですよ・・七星と私を全然似てない、だなんて言い切った人は」

ついさっきまで艶然と微笑んでいた北斗はどこへいったのか・・・

舵の目の前に居るその北斗は、まるで別人のような鋭い視線と真剣な表情になっていた

「七星を・・・これからも守ってやってくれませんか?」

「え!?」

「それとも、もうこんな目に合うのはごめんですか?」

「ちょ・・待って下さい、だいたい、どうしてあなたがここに・・・?」

あまりに突然に・・しかも当然のように北斗が話しかけてきたため抜け落ちていたが、どうしてここに北斗が居るのか!?

今舵がここに居るのを知っているのは、あの・・どうやら助けてくれたらしき金髪の男と、病院が連絡を入れたであろう学校関係者ぐらいのはず

それに、北斗が帰国しているなどという話もマスコミの話題に上っていない

「申し訳ないんですが、詳しく話している時間がないんです。先生の気持ちを聞かせてもらえませんか?」

「・・・気持ち?」

「ええ。七星を本気で受け止める気があるのかどうか・・どんな目にあっても七星を守っていく気があるのかどうか・・」

問いかける北斗の瞳が怖いくらい真剣だ

その北斗を間近に見つめれば見つめるほど、その姿に七星が重なる

・・・七星の瞳はここまで漆黒じゃない

・・・七星の耳朶にはもう少し厚みがある

・・・七星から漂う香りはこれじゃない

目に入る一つ一つの物を七星と比べ、七星を・・・想ってしまう

もう二度と守るだとかそんな事を言える立場ではないと分かってはいても、想う気持ちは止められない

その事を、舵が改めて思い知っていた

「・・・私は、浅倉の笑顔が見たい。ただ、それだけです」

北斗を見ても思い浮かばなかったもの・・・

それは七星が17歳の少年の顔つきのままに笑う・・・そんな笑顔

その舵の答えに、北斗がフワ・・ッと、誰もが心奪われずにはいられないであろう極上の笑みを浮かべて・・笑った

きっと

七星が笑ったら、この北斗の笑み以上に魅力的だ・・・!

舵が何の迷いも無くそう想った瞬間、その北斗の背後・・・開け放たれて寄せられていたベッドの目隠し用のカーテンの影から、ス・・ッと音も無く腕が伸び、北斗の首筋に回された

「・・・誰に笑ってる?」

その低い声音と、漂ってきた独特のタバコの微かな残り香に・・・舵がハッと目を見開いた

「っあ!昨夜の・・・!」

言いかけた舵が思わず息を呑むほどの、冷たくて鋭い・・アイスブルーの瞳

北斗の首筋に腕を回し、その艶やかな黒髪に唇を寄せたまま・・その視線だけで相手を射殺しそうな瞳が、舵を見据えてくる

後手に一くくりにされた金髪の後れ毛が、逆光の中キラキラと北斗の黒髪と絡み合う

その金髪の男と、艶然と微笑んだままチラリ・・と意味ありげな視線を北斗が交わした

その雰囲気に、知らず舵の方が赤面して視線を反らした

(ちょ・・まて、この雰囲気はどう見ても・・・!え・・っていうことは・・!?)

自分がとんでもない勘違いをしていた事に気づいた舵が、ホッと安堵のため息をつくと同時に、七星に対しての呵責の念に苛まされる

七星も舵に対して大きな勘違いをしていたが、舵だってそれと同じくらい大きな勘違いをしていたのだ・・・!

「・・・あいつは一筋縄では行かないぞ?」

再び聞こえた・・昨夜と同じ低い声音に、舵がハッと顔を上げる

「あいつに、笑う事より泣くことを教えてやれ」

「え?泣く・・こと?」

思わず問い返した舵に、北斗が続ける

「・・・私は七星の泣く場所になってやれない・・ですから、七星のこと、よろしくお願いしますね」

そう聞こえた途端、フワ・・ッと風で舞い上がった目隠し用のカーテンが舵と北斗を遮る

カーテンの裾がひるがえり、風が治まったかと思うと・・・

「あ・・れ!?」

舵の目の前から、まるで寄り添う光と影のようだった2人の姿が掻き消えていた

まるでキツネに化かされたかのように、一瞬、放心した舵だったが、相手はあの世界中で名を馳せているスーパーマジシャン・北斗である

入って来た時だって、いきなりだったのだから

「・・・そういえば、浅倉もあの写真・・・!」

背広の内ポケットの奥深くにしまいこんでいたはずのあの写真を、七星は舵に気づかれる事なく抜き取って見せた

あの時の七星の、今にも泣き出しそうだった顔・・・

あんな顔をさせたのが自分なら、その責任を取って泣ける場所になってやればいい・・!

北斗から託された言葉に、舵がようやく吹っ切れたような笑みを取り戻していた


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