ACT 32








「七星!今までどこ行ってたんだよ!?」

車を降りた七星が玄関のドアをイラただしげに開け放った瞬間、玄関口に座り込んで七星の帰りを待っていた昴の不機嫌この上ない声が響き渡る

「・・っ昴!?あ・・!すまん!!一人で帰ってきたのか?」

ハッと、道場に昴を放っておいたままだった事を思い出した七星が、慌てたように問い返す

その問いを無視して、昴が七星をジ・・ッと上目使いに見つめて言い募った

「・・・舵って誰?」

「え・・?」

その視線の強さに、七星が思わず半歩、後ずさる

「だから!舵って、誰!?」

昴が不機嫌マックスの表情で立ち上がり、七星に詰め寄った

「俺の事なんて放ったらかしで、今の今まで忘れてただろ!?なんなんだよ、そいつ!俺よりそいつの方が大事なのかよ!?」

普段から甘えん坊で、ちょっとした事ですぐに拗ねる所のある昴だけに、今回の事はかなり頭に来ているらしい

「ちょ・・ちょっとまて、昴。確かに放って行ったのは悪かったよ、けど・・・」

言いかけた七星を遮って、昴が更に言い募る

「言い訳なんて聞いてないっ!そいつ、七星にとってなんなの!?そいつの事、好きなの!?俺の事なんて完璧に忘れられるくらい大事な奴なのかよ!?」

いつになく声を荒げて大きな黒い瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうな表情で聞く昴の様子は、尋常ではない

「す・・ばる・・?一体・・どうし・・・」

その潤んだ昴の瞳が、今まで見た事がないくらい真剣な色を湛えて七星を攻め立てる

「俺は・・・っ俺は、七星にとって、なんなの!?」

「え・・?なに・・って、昴は、俺の大事な家族で、一番可愛い弟で・・・」

「それだけ!?」

噛み付くように一歩詰め寄った昴に、七星も一歩後ずさる

「え・・?!」

「七星にとって、俺はただの弟でしかないの!?俺は・・俺は、七星の事が好きだよ?他の誰より、一番・・・大好きだよ!?」

「俺だって、昴の事が一番好きだよ?」

まるでだだを捏ねる子供をなだめる様に、七星がクシャリと昴の頭を撫で付けた

「っちがう・・!」

その七星の手を、昴が勢いよく振り払う

「そういう好きじゃない!俺は・・俺は七星を恋人みたいに好きなの!そういう意味で、他の誰より、一番、大好きなんだよ!」

「・・・・え・・」

七星が言葉を失って、茫然と昴を見下ろしている

青天の霹靂とはこのことだ

「・・ちょ・・と、まてって、俺は、男だぞ?」

「だから何!?流とハサンにしたって男同士だし、北斗だって、麗や七星だって、男から声かけられてるじゃんか!」

「・・・ぅ」

七星が痛いところを突かれて言葉をなくす

確かに、この浅倉家においては、その問いかけは意味を成さないものだとしか言いようが無い

「だからって、お前まで・・・!」

「いやだっ!俺は七星がいいの!七星以外、絶対、好きになんてなれない!」

真剣に、真っ直ぐに、切ない熱のこもった瞳で昴が七星を見上げてくる

けれど

どんなに昴が真剣であろうと

どんなに切実で熱のこもった眼差しを向けられようと

七星の中で、昴が家族であり、愛すべき弟である・・という認識は変えようが無い

「・・・昴、お前が俺しか好きになれないって言うのなら、俺は、お前を弟としてしか好きになれない。お前は、俺にとってかけがえのない、大事な家族だから・・・!」

それが七星の答え

どんなに言葉を探してみても、結局七星にはそうとしか言いようが無い

昴も、麗も、流も、皆かけがえのない家族であり、決して他人なんかじゃない

たとえ血が繋がっていなくても、何が起こっても、七星にとっては家族なのだ

「・・・っう・・絶対、無理なの・・・?俺・・は、七星にとって、弟でしか・・ないの?」

一縷の望みにすがるように、昴がポロポロ・・と大粒の涙を流しながら七星にすがりつく

「・・・ごめん、昴」

頭上から落とされた明確な答えに、昴がドンッと七星の身体を突き放してきびすを返す

「・・・っ、七星の・・バカッ!!」

振り返り際に言い放ち、自分の部屋へと逃げるように駆け込んでいく

「・・昴っ!」

思わず後を追おうとした七星に、玄関横にある階段の上段から声が降り注いだ

「七星、放っておきなよ」

「ッ!?麗!?」

「今の昴には、ブラコンも恋も区別がついてないだけだから。麻疹みたいなもんだよ、すぐに熱も冷める」

閉じられた昴の部屋からは、泣き声が漏れ聞こえている

その泣き声に顔を歪めつつ、七星が盛大にため息を吐いた

「・・・そういうもんか?」

見上げた階段の上段で、麗が手すりに肘をつき七星を見下ろしている

「ま、半分以上は七星のせいなんだから、少しは自覚しなよ?」

「俺のせい?」

心外とばかりに目を見開いた七星の表情に、麗が肩をすくめて階段を降りてくる

「七星が昴に構いすぎてるからだよ。いつまでも手のかかる幼稚園児じゃないんだから・・・!2人とも自覚しないとね」

「・・・頭の中じゃ、分かってるんだけどな」

再び盛大に七星がため息を吐く

幾つになっても親にとっては子供は子供・・・の心理状態と同じだ

昴が幾つになろうとも、七星の中では、手がかかる甘えん坊な子供のままなのだから

あまりにたくさんの事が起こりすぎて、もう考える気力もなくなった七星が、疲れた身体を引きずるように麗の前を横切って自室へと上がっていく

その後姿を見送った麗が、トン・・・と壁に背中をぶつけてうなだれた

「・・・昴がああなるって分かってたんだろ?麗?分かってたんなら止めさせてやればいいのに」

不意に掛けられた声に、麗が顔を上げる

階段の横にあるリビングへと続くドアの所に、寄りかかるようにして流が立っていた

「・・・言って聞くような玉じゃないだろ。昴は」

肩をそびやかして言った麗が、流の前を通ってリビングへ入り込み、いつも指定席にしている一人がけのソファーに身を沈めた

その後を追うように再びリビングに入った流も、3人がけタイプのソファーにゴロリと仰向けに寝転がる

付けっぱなしでボリュームを落としたテレビからは、深夜のスポーツニュースが流れていた

「あれだな・・・急に昴が七星に告ったのには、健一郎が絡んでるんじゃねーの?あいつ、小さい頃から昴一筋だっただろ?」

「・・・だろうね。急に道場通いをやめたのも健一郎が原因だろうし・・今回も、おおかた昴に拒否られた健一郎が、七星に関してある事ない事吹き込んで、七星をあきらめさせようとでもしたんだろ・・・短絡的お子様思考だな」

「・・・舵とか言う教師に関しては、ない事でもないんじゃねーの?」

意味ありげな口調で言った流を、麗がチラリと睨み返す

「・・言うね。そっちこそどうなんだ?あのアリーとか言う赤毛のハサン王子の側近に、何か言われたんじゃないのか?」

途端に流の眉間に深いシワが刻まれる

アリーとのことは、麗がホテルから帰った後の出来事だ

「・・・麗、てめぇ・・千里眼かよ!?」

「それぐらい、見てりゃ分かるよ。だいたいあの赤毛・・・どう考えたって流の身代わりだろ?アリーって奴も流を見た瞬間分かったはずだ・・・顔色が変わってた」

「・・・そんな所までイチイチ観察すんなよな」

「まぁまぁ、で、観察ついでに言わせてもらうと・・・あいつは頭がいいし、食わせ者だ。もしも流がハサン王子をあきらめたりしたら、その傷心に付け込んでハサン王子を自分のものにするだろうね。確実に」

「な・・っなに言ってんだ!?あきらめるも何も俺は最初からハサンの事なんて・・・」

慌てたように身体を起こした流が、麗に向き直って言い募る

だが麗は、そんな流を静かな眼差しで見つめ返し、流の言い訳を遮った

「確かに流はあの誘拐事件の時、ハサン王子を嫌がってたよ。でもそれは自分と王子の居場所の違いを見せつけられたからだ。
流が来る者拒まずなのは、一番ほしいものが手に入らないとあきらめてるからじゃないのか?だから誰でもいい。来る者は受け入れるし去る者は追わない。
流は昔からあきらめが良すぎるんだ」

「・・ッぅるせぇ!麗にだけは言われたくねーよ。俺なんかより麗の方がよっぽど来る者拒まずじゃねーか!七星しか見てねーくせに絶対手に入らないって、あきらめてるのはそっちだろ!」

その言葉に、麗の瞳がスゥ・・と細まる

「・・・誰があきらめてるって?」

「・・・え?」

長い足を優雅に組んでその上に肘をつき、少し前かがみにその上に顎を乗せた麗が、獲物を狙う猛禽類のような輝きをその瞳に潜ませて、流を上目使いに見上げてくる

いつもその美貌を間近に見慣れている流でさえ、思わず身震いするほどの妖しさを滲ませて・・・

「さっきの昴と七星のやり取り聞いてたろ?俺たちが家族になった時点で、七星が俺たちを他人として認識することはない・・・そんなの、あきらめるだなんだ以前の問題で分かりきってたことだ」

「だ・・だったら、余計に・・・!」

「分かってないな、流。あきらめる必要も何もない・・七星の方が離れられないんだ。俺が家族としての一線を越えない限り、七星は俺から離れることはできない・・・何しろ俺は七星が一番大事にしてる家族なんだから」

そう言って、麗がクスリ・・と笑った

その笑みに、流の背筋に冷たい汗が流れ落ちる

「だ、だけど、それならなんでだよ!?麗がこれからしようとしてる事は、逆に七星に俺たちが家族じゃない、ただの他人だって認識させるようなもんだろ?」

「そうだよ」

「・・ッ!?そうだよ・・って!?言ってる事とやってる事が違うじゃねーか!」

「違うよ、流。自覚なしにやる事と、自覚して自分の意思としてやる事じゃ、全然意味合いもその想いの強さも違ってくる。俺は、無自覚なままその居場所を七星に与える気はサラサラないんだ」

「・・・・それって!」

ハッとしたように、流が目を見開く

それはつまり、七星に他人だけれど誰よりも大事だと・・・そう自覚させることと同じ

きっと七星の恋人になった人間が、その割り切れなさに歯噛みして悔しがるだろう・・・他の誰もが決して手に入れられない、七星の中で一番最上位の位置づけ

「俺はそれを手に入れるためなら、自覚のない七星を傷つけて自覚させるよ。七星を傷つけていいのも、俺だけだから」

ニッコリと極上の笑みを浮かべて言う麗が、一瞬、流の中でハサンと重なる

どう考えても一方的で、身勝手で、狂気すら感じるほどの想いの強さ

一線を越えない・・・

それがもたらす痛みも、悔しさも、もどかしさも

その存在を失わずに済むのなら、それこそが望むもの・・・そんな愛し方がそこにある

最初から手が届かないと分かっているのなら、今更あきらめるも何もないかもしれない

最後には結局ズタズタに傷ついたとしても、そうなると分かっているのなら、その傷を受けるためにそこに居るのもいいかもしれない

傷けられた痛みは、永遠に自分だけのものになるのだから・・・

揺るぎない麗の笑みに、七星のこれからを憂いながら・・・流の脳裏にそんな想いが湧き起こっていた



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