ACT 33













次の日の朝

いつもの登校風景の中に、昴の姿がない

部屋に鍵をかけ、誰が呼びかけても返事すら返って来なかったのだ

七星が、何度も家のほうへ振り返っては、ため息を吐く

自分が原因でなかったら、部屋から出てくるまで部屋の前に居座ってでも、昴が出てくるのを待つところなのだが・・・

如何せん、今回は七星自身が原因

しかも、七星が決して昴の望む答えの返せない事で・・・でだ

「・・・七星、あんまし気にすんな。昴のことだ、何日かしたらケロッと元通りになるって!学校の先生には風邪って言っとくから!な、麗?」

流が後ろを歩く七星に向かって陽気に言い放ち、並んで歩いている麗に同意を求める

「そうだね。ま、どっちにしろ部屋での篭城は今日一日持たないよ。腹が減ったら嫌でも出て来ざる得ないんだし」

「そーだな。きっと今頃こっそり出て来て、台所でも漁ってんじゃねーか?」

言い得て妙だ

昴の機嫌取りには、食べ物関係が一番威力を発揮する

「・・・じゃ、今夜は昴の好きなもの尽くしで攻めてみるか・・・」

呟いた七星の声と、流の「ラッキー!」という歓声が重なった







「・・・ックションッ・・!!」

人気のなくなった浅倉家の台所で、大きなくしゃみが一つ

「う〜〜〜・・・きっと流が噂してんだろ!・・・っていうか、なんで何にもないんだよっ!!」

響き渡る不機嫌極まりない、昴の怒声

流が予測しえたとおり、昴が食べ物を求めて台所を漁っている

・・・が

そこは用意周到、昴の行動などすっかりお見通しの麗により、調理いらずの食べ物類は全て昴の目の届かない所に隠されてしまっていた

「・・・むっか〜!絶対、麗のしわざだ!七星だったら、絶対・・・・」

言いかけて、昴が思い出したように俯いた

「・・・んだよ、七星のばーか。家族が一番大事だって、いっつも言ってたじゃんか・・・!」

あのいつでも自分を最優先にしてくれていた七星が、自分の存在を忘れ、置いて行ったのだ

それでなくても最近帰りが遅かったり、夜中にコソコソどこかから帰ってきたり・・・と、昴の中で七星がだんだん離れていっている様な・・・そんな焦燥感が募っていた

そこへ来て、道場で健一郎に言われた言葉・・・

・・・「七星さんにだって、好きな人の一人や二人いたっておかしくないし、いつまでも昴と一緒に居てくれるわけでもないだろ!?」・・・・

その上更に

・・・「それに、爺ちゃんが言ってたぞ!七星さんは華山家の正式な後継ぎだって!昴がいくら七星さんが好きだって言ったって、そのうちあの人は遠い存在になっちゃって、昴達の事なんて忘れちまうに決まってるだろ!」・・・・

そう、言われたのだ

今まで浅倉家の中でも暗黙の了解・・・

言ってはならないこと・・!それが七星の母親の事だった

そう・・・

言ってはならないのは、本当の家族ではないということや、それぞれの母親の素性ではない

七星が、華山家の長女であった・・・華山 宙の一人息子であるという事実

代々世襲制で長男、長女がその後継者と定められた華山家において、事実上唯一無二の跡継ぎ筆頭になってしまう・・・という事の方だった

「・・・嫌だ。七星がどっか行っちゃうなんて・・・他の誰かが一番になっちゃうなんて・・・そんなの、絶対、嫌だ・・!!」

その感情が恋なのかどうなのか・・・

昴自身にも分かっていない

ただ、七星の中での一番の位置に居続けたい・・・それだけだ

本当に血が繋がっていたのなら、そんな事を思わなかったかもしれない

目には見えなくても、確かに繋がっている・・・そんな不確かだけれど絶対的なもの

それが、浅倉家においては七星の存在そのものなのだ

七星が家族だと認識している限り、浅倉家は浅倉家として存続し続ける事が出来る

それは七星の中で、何をおいても家族が一番大事で守るべきもの

その気持ちが絶対不可欠な条件

けれど、その家族よりも大事なものや守りたいものが出来てしまったら・・・?

七星が浅倉家から離れてしまったら・・・?

もう、そこに家族として、兄弟として、あり続ける理由がなくなってしまう

だったら・・!

七星に、他人になっても一番大事で側に居続けることが出来る位置づけ・・・恋人の存在として認識してもらうしかないではないか

道場に置いて行かれた昴が、健一郎に切々と恋心情を訴えられた挙句に思いついた結果が、昨夜の玄関先での出来事だ

昴が健一郎を友達としてしか見れないように、七星もまた昴を弟としてしか見てはくれない

それを逆に、はっきりと思い知らされる結果になってしまった

分かっていたけれど、分かりたくなかったこと

どうにもならないのだと・・・頭の中では分かっている

けれど、そこに感情が追いついてくれない

「・・・七星が俺のことより大事だと思ってる奴・・・!そいつ、どんな奴だろ・・・?」

すきっ腹を抱え、まともな思考能力も欠如しているとしか思えない昴が、フラフラ・・と学生服に着替えると、玄関を出て行った









正規の登校時間はとっくに過ぎ、通学路である桜坂には人気がない

その通い慣れた道を、昴が一人、ゆっくりと歩いていく

いつもは中学の校門前で曲がってしまって、上にある高校の校門まで上がった事はない

その桜坂の頂上でもある高校の校門前で、昴が立ち尽くした

既に校門は閉じられ、電子錠が下ろされている

中に入るには、横にあるインターホンで警備員に開けて貰わねばならない

「・・・あちゃ・・どうしよ・・・」

自分の短絡思考を憂いながら、昴がどこか入り込める所はないか・・・と塀に沿って歩いていく

裏門の所まで来たところで力尽き、門扉に寄りかかって座り込んでしまった

「・・・もーだめ。腹減った・・・・」

考えてみれば、昨夜からほとんど何も食べていない

その上昨日は道場で稽古までしたのだ・・・ここまで来れた事自体、自分で自分を誉めてやりたいほどだった

「・・・君、どうしたの?」

突然頭上から掛けられた声に、昴がノロノロ・・と俯けていた頭を何とか傾げて声の主を仰ぎ見る

栗色の明るい髪に、栗色の明るい瞳

顔立ちは、一見するといかにも遊びなれたホスト風・・な感じのイケメンだ

スーツ姿であるところを見ると、学校関係者だろうか

そんな事を思いながらも、返事を返す気力もなく・・・・

一瞬仰ぎ見ただけで、再び力なくうなだれると同時に鳴り響いた昴のお腹の虫が、返事を返すより如実にその原因を相手に語ってくれた

「あはは・・・!お腹、減ってるんだ?確か常備食があったはずだから・・・おいで」

いかにも楽しそうに笑ったかと思うと、ヨイショ・・という掛け声と共に座り込んでいる昴の身体を背負い上げた

「・・・っ!?・・・へ?あ、あの?」

半分朦朧とした意識の中で、昴が自分を背中に背負い上げた男の後頭部に問いかける

「あ、大丈夫。俺、ここの教師だから。朝飯抜くのは良くないぞ?育ち盛りはしっかり食べないと!」

笑い声の混じった、心地良い響きの陽気な声音

背負い上げられた広くて大きくて、温かな背中

門扉の横にあったインターホンで警備員にカードタイプの証明証を提示し、電子錠を開錠してもらったことから見ても、言っていることに間違いはなさそうだ

(・・・教師?でも、この時間に登校?すげー遅刻魔じゃん・・・?)

もともと小柄で軽い昴なだけに、男の足取りも軽く、校舎の中にある階段を上っていく

「・・・こういう場合、保健室っていうのが本当なんだろうけど、あそこに食べ物はないからねー。とりあえず、腹ごしらえ優先でオッケーかな?」

「・・・・最優先で・・・」

応えた昴の答えに、男の背中がクスクス・・という忍び笑いと共に僅かに揺れる

それと同時に漂ってきた、湿布薬の匂い

それは昴にも馴染みがある、打ち身・捻挫なんかの時によく使う湿布薬と同じ匂いだった

「・・・なんか・・ケガ、してんの?」

「え・・?ああ、ごめんね。匂う?もう、着くから・・・」

男の息が少し上がっている

流石に小柄とはいえ、人一人を背負って階段を上がるのはキツイだろう

何だか申し訳ない気持ちになった昴だったが、お腹が減りすぎて身体に力が入らないのは事実だったし、何より、その男の温かくて居心地のいい背中と、湿布薬の匂いとは別の・・・ほのかに香るコロン香り・・・

(・・・これ、北斗がつけてるのとは違うけど・・・いい香りだな)

そんな風に思ってしまって、結局、4階の目的地と思われる教室まで昴はその心地良さを堪能してしまっていたのだ







「あ、それ、もう少しでお湯が湧くから、そこのカップ麺食べててくれる?俺、授業の準備があるから・・・」

4階の生物・科学室と書かれた教室に着くやいなや、男が昴を自分用の物らしい椅子に降ろすと電動ポットにスイッチを入れ、棚からカップ麺を取り出して昴の前に置いた

そのまま、その準備室のドアを開け放ち、教室でなにやら授業の準備を始めてしまった

昴は降ろされた椅子の前にあった机の上にへたり込み、沸々・・と湯気の出始めた電動ポットを見つめている

「・・・変な教師・・何にも聞いてこないし・・・」

思わず小さな呟きが昴の口から漏れる

普通、あんな所で座り込んでいたら・・・何してたんだ?とか学校は?とか根掘り葉掘り聞いてくるのが教師だろうに

お湯が沸き、昴がのろのろとカップ麺を準備する

「・・・あ、箸・・・!」

と、昴が呟いた途端、ドアの向こうからその男がヒョコッと戻ってきた

「あーーー、やっぱ箸がなかったな。悪いけど、これで我慢して?」

そう言って差し出してきたのは、実験の時とかに使う液体をかき混ぜるガラス棒

「ちょっと滑って食べにくいかも・・だけど」

笑いながらそう言って、カップ麺のふたの上に2本のガラス棒を置いて、再び出て行ってしまう

そのタイミングの良さに驚きながら、昴がようやくすきっ腹に丸一日ぶりの食べ物を落とし込んだ

「・・・ふは。ようやく生き返ったって感じ・・・!」

スープも一滴残らず飲み干した昴の口から、今度は涙が滲むほどの大あくびが溢れ出てきた

「・・・ふわぁぁ・・!そういえば、昨夜ほとんど・・寝てな・・・ぃ・・・」

人間、腹が満たされれば眠くなる・・・

そういう欲求にはことのほか素直な昴が、あっという間に机の上に突っ伏して、眠り込んでしまった

「・・やれやれ、スライド撮影のセッティングなんて久しぶりだからなぁ・・・。あ、食べ終わった・・・・!?」

ブツブツ・・・と慣れない作業をようやく終わらせた男・・・舵が準備室に戻ってみると、昴が机の上に突っ伏して気持ち良さそうに寝息を立てていた

「・・・おやおや、ずい分と寝つきのいいことで」

舵が空っぽになったカップ麺の残骸と、昴の寝顔を覗き込んでクスクス・・と笑う

「浅倉もこれぐらい素直だったらいいのにねぇ・・・」

目を細めて呟いた舵が、椅子の背もたれに掛けてあった実験用の白衣を昴に着せ掛ける

それとほぼ同時に、1限目の授業が終わるチャイムの音が鳴り響いた

「・・おっと、ほんと、今日が2限目からの授業で助かったな」

昨夜強引に病院を抜け出して、パンクさせられた車の修理を頼んだりしていたおかげで七星とはすれ違い、今朝は朝早くから病院に呼び出されて退院の手続きやらケガの経過検診やら・・・いろいろと忙しかったのだ

袋叩きに合った時、ほとんど抵抗しなかったのが功を奏したのか、ケガの方も思っていたより軽くて済んでいた

学校側には通りすがりに絡まれた・・・と説明して事なきを得、今朝は遅刻を認めてもらったのだ

教室の方でザワザワと、次の授業の生徒達の気配がし始める

「・・・何だか知らないけど、ゆっくり休んでていいよ。なるべく準備室には人を入れないから」

昴の柔らかな髪をクシャッと撫で付けながらそう囁くと、舵が教室へと戻って行った



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