ACT 38    











遠ざかる意識の中で、バシャバシャ・・ッと何かが近付いてくる音が聞こえてきた

「・・・っ七星!!」

切羽詰った声音と共に、七星の上に覆い被さっていた男が横殴りにされて地面に転がった

ようやく喉を解放された七星が、咳き込みながらベンチの上に崩れ落ちる

「七星!大丈夫か!?」

たった今まで全速力で走ってきたかのような途切れ途切れの息で、舵が七星の肩に手をかける

「か・・じ・・!?・・っぅ・・・ゴホッ・・・ゴホッ・・・!だいじょ・・・・!?うし・・ろ!!」

ハッと振り返った舵の顔を、横殴りされた男が仕返しとばかりに殴りつけ、舵の身体が地面に転がった

「・・・へっ!何のマネだよ?おっさん!?」

殴られて切れたらしき口の中から、血のりを吐き出しながら男が舵の胸倉を掴み上げる

「・・っおっさんじゃねぇ!人のもんに手を出す奴を殴って何が悪い?!」

「はぁ?人のもんだぁ?言っとくけどな、ここに来る奴は全員フリーなんだよ!これからって時に邪魔すんじゃねぇ!」

「何が・・・これからだ・・・!!」

男の手を振り解いた舵が、男の腹に頭突きを食らわす

一瞬、男がよろめいたが、見た目どおりのかなり屈強な体力の持ち主らしく、舵を見据えたその表情には薄笑いが浮かんでいた

「息も絶え絶えの野郎にやられるほど、弱くねーぜ?お・っ・さ・ん?」

「・・・っのやろぅ!」

舵が否定したおっさんという言葉を、嫌味たらしく男が繰り返す

実際、今の今まで七星を探してこの周辺を奔走していたのだ

舵の息はあがり、肩で大きく息をしている状態・・・

それでも男を睨み返すその瞳だけは、怒りに燃えた闘志でみなぎっていた

「・・・舵!動くなよ・・!」

背後から聞こえた緊迫した声と共に、舵の耳元を鋭い何かが掠めていった

「っ!?」

その感覚に一瞬固まった舵の目の前で、男の片頬から一筋の血のりが伝う

「っな・・に?!」

男が信じられない・・・といった驚愕の表情で頬に出来た傷に手を当てる

続けざまに舵のすぐ横を背後から何かが掠めては、男の手に、腕に、足に、頬についたのと同じ傷痕がつき、血のりが伝っていく

「な・・んだ?」

振り向いた舵の視界に、数枚のカードを挟んだ指先を掲げ上げた七星が、立っていた

パパラッチが言っていた、浅倉が使う妙な技・・・!

それが、この事!

「・・・今度はどこがお望みだ?」

いつもの七星とは全然違う、迫力に満ちた言葉つきと凛としたその表情・・!

「・・・ほ・・くと・・?」

そう

そこに立っている七星は、あの北斗と寸分変わらぬ擬態を身にまとった、七星!

「ひぃ・・・っ!!じょ、冗談じゃねぇ・・・!!」

顔面蒼白になった男が、止めどなく流れ落ちる血のりもそのままに、脱兎のごとく逃げ出していった

男の姿が視界から消えた途端、七星の身体が再びベンチの上に崩れ落ちた

「・・・・あ、浅倉!?」

駆け寄った舵が、七星の身体を抱き起こす

「大丈夫か!?ケガは!?どこも・・なんともないか!?」

見たところ乱れているのはシャツの襟元と、裾くらいなもの・・・

ホッと安堵の息をついた舵の視線が、うっ血した痕が刻まれた首筋に釘付けになる

「その・・首・・・!?」

「・・・ああ、だいじょう・・ぶ。ちょっと、押さえつけられて・・息が・・・・」

うなだれて、まだ浅く早い呼吸を整えるように、七星が深い吐息を吐く

その七星をギュ・・っと抱き寄せた舵が震える声で言った

「ご・・・めん・・!」

「・・・え?」

「もっと・・早く見付けてやれなくて・・・ごめん」

「・・っ!?な・・に言ってんだ・・よ?」

「・・も、心臓・・・止まるかと・・思った・・・!」

更に七星を抱く舵の腕に、力がこもる

さっきの男とは全然違う

抱き寄せられて拘束される事に、何の違和感もない

とても

とても暖かかくて

雨と襲われた恐怖とで冷え切っていた身体と心が、ゆっくりと・・弛緩していく

その舵の胸に身を寄せた七星が、その、まだ早鐘のように鳴り響いている心臓の音に耳を澄ました

「・・・・ばーか。心臓・・・すげぇ早く動いてるよ・・・!」

「・・・ばか。聞くな!息絶え絶えとでも言いたいか」

「・・・・走って来たのか?」

「・・・自己新記録で」

・・・ぷっ

2人して同時に笑いが漏れる

その笑いに助けられたように、七星が不意に、呟いた

「・・・・呼んだんだ」

「え?」

「・・・・助けて・・・って、舵を・・・呼んだんだ。だから・・・来てくれて、ほんとに・・・嬉しかった」

「っ!?」

降りしきる雨の音に、ともすれば聞き逃してしまいそうになるほどの・・小さな呟き

その言葉に、治まりかけていた舵の鼓動が再び早まった

(嬉しいのは・・・こっちの方だ!)

そう叫んでしまいたい気持ちを必死に押さえ、七星の言葉が嘘になってしまわないように・・・何でもない事のように、返事を返す

「・・・・聞こえてた」

その言葉に嘘はない

この公園の前を通った時、胸騒ぎがしたのだ

誰かが呼んでいるような・・・そんなザワザワした感覚が

「・・・・ぅん」

小さく頷いた七星が、ホッとした様に肩の力を抜いた

「助けて」と、自分の名前を呼んでくれたことや

「嬉しかった」という言葉

きっと、七星にとっては伝えるのに勇気がいったはず

だから

軽い口調でその先を続ける

「もう一つ、ごめん・・だな。浅倉まで泥だらけだ・・・」

「・・・・っ!?・・・さいてー」

「だな。でも、ペアルック!」

「あのなぁ・・!」

クク・・・ッともう一度二人の肩が揺れた

それを合図の様に、舵が七星を守るかのように肩に手を廻したまま、立ち上がる

その舵の手を、七星もまた振り解いたりはしなかった



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