ACT 42
「・・・・・ん」
七星が気がついた時にはもう、舵によって綺麗に身体を拭かれた後だった
そのすぐ横で、舵がヘッドボードに寄りかかるようにして座り、タバコを吸っている
「・・・あ、気がついた?」
そう言った舵が、吸いかけのタバコをもみ消して、七星の隣に潜り込んでくる
「・・・身体、大丈夫?痛くない?」
意識を飛ばしていたせいだろう・・・一瞬何の事だか分からない顔つきだった七星の表情が、次の瞬間、カッ・・と朱に染まる
「・・・っ!!」
起き上がろうとした途端、腰に鈍い痛みが走り、七星が再び言葉もなくベッドの上に突っ伏した
「あーさーくーらーくーん?往生際がわるいなぁ〜」
クスクス・・と笑いながら、舵が突っ伏した七星の髪を大きな手で撫で付ける
「・・・・・・っ」
突っ伏したままその舵の手を黙って受けている七星に、舵が問いかけた
「・・・な、浅倉の事、聞かせて?」
その言葉に、ようやく七星が顔を横向け、照れ隠しのなのかムッとした顔つきで舵を見上げてきた
「・・・何を?」
「えーと、そうだな・・まず、浅倉の好きな食べ物はなんですか?」
「・・は?」
「次に、嫌いな食べ物は?」
「・・・あのな、そんな事聞いてどうすんだよ?」
ついさっきまで、あんなに素直だったのが嘘のように、いつもの七星がそこに居る
「・・・ん?七星が好きだから」
「っ!?」
不意打ちを喰らった七星が、再び顔を真っ赤にして絶句する
その七星の様子を楽しげに目を細めて見つめていた舵が、撫でつけていた手に不意に力を込めて七星の頭を抱き寄せた
「ちょ・・・・っ」
抵抗しようとした途端耳朶を甘噛みされて、七星の身体に震えが走る
「ずっと、浅倉の側に居たいから・・・俺の知らない事、全部聞かせて?」
「あ・・・・」
抱き寄せられた舵の胸は温かで・・・その体温は吐息が漏れるほど安心できる
恐らくは、七星の照れを見透かした上での舵の行動だったのだろう・・・顔を見られずに済む安堵感が、七星の口を滑らかにした
「・・・舵、Wホテル買収のニュース・・見た?」
思わぬ話の方向性に、舵の眉間にシワが刻まれた
「・・・・・・驚いた」
スヤスヤ・・と寝息をたて始めた七星をしっかりと胸に抱きこんで、舵がその寝顔を見つめている
あれから七星は自分の出生の事や、母親である宙を亡くした事故の事、弟達との事・・・全てを舵に話して聞かせた
まるで今まで胸につかえていた物を一気に吐き出すかのように、話し疲れて眠りにつくまで・・・
「・・・しっかし、桜ヶ丘学園が華山グループの系列だとは知ってたけど・・・あの林さんが元華山財閥のSPで、浅倉があの華山財閥の非公式の正統な後継者とはね・・・」
舵が深い溜め息をつく
疑問だった北斗と林の関係も、かつて起こった華山財閥の内部抗争・・と噂された華山泰三の息子夫婦誘拐事件・・・と関わりが合ったことを聞かされて、納得がいった
その事件が起きた時、泰三の息子夫婦(つまりは七星の母親・宙の父母)のSPをしていたのが北斗の父母だったのだという
そして結局、息子夫婦も、SPとして付いていた北斗の父母も・・帰らぬ人となった
以来、北斗は林のもとに身を寄せ、一緒に暮らしていたのだという
そんな経緯があったから、林は七星を見守り、北斗の事も七星の母親である宙の事もよく知っていたのだ
「・・・やっぱり、予感は当たってたか・・・」
舵が、胸の中に抱き込んだ七星の額にソッと口づける
今、自分の腕の中にいる七星
こんな風に、直に肌を合わせて体温を分け合うほど近くに・・・七星がいる
安心しきって安らかな寝息をたてるその顔は、本当に幼くて・・・見飽きる事がない
長いまつ毛
小さな子供のようにツンと少し尖った唇
ほんの少し開いた口から覗く、真っ白な歯
つい、食んでしまいたくなる柔らかな産毛に包まれた形の良い耳
「・・・七星」
舵が小さくその耳元に囁きかける
「・・・ん」
まるで返事を返すかのように七星が身じろいで、舵の胸に身を摺り寄せてくる
奇跡の様に幸せな時間・・・
ずっとこのまま・・・他の誰の目にも七星を触れさせずに、胸の中に閉じ込めておけたら・・・!
そんな子供じみた独占欲でいっぱいになる
一分一秒でも長く・・・そんな陳腐な言葉なんかじゃ収まり切らない感情
10年・・20年・・・そんな時間で勘定すべきものでもない
七星がそこに存在し続ける限り、永遠に・・・共に居たい
これから伸びやかに自分を磨き、輝き始める七星のために
その輝きの邪魔にならないよう・・・共に居続ける為にはどうすればいいのか
そんな事を今、舵が真剣に考え始める
七星がこれから手の届かないような場所へ向かおうとするのなら、自分もまたその同じ場所に立てるほどの人間になりたい・・と
七星がいつでも泣けるように
いつでも、こんな風に安心しきった顔で眠れるように
共に立つことが許されるだけの位置に・・・
(・・・・・・よし!決めた!)
七星の寝顔をジ・・・ッと見つめながら、舵が心の中で何事か決意していた
「・・・・・ん?」
七星がいつもと違う感触に、ゆっくりと意識を浮上させる
何かに包まれているような、ゆったりとした心地良い拘束感
いつもは冷たく感じる自分の体温が、心なしかいつもより高い
身じろぎしようとして・・・額に何かがぶつかる
「え・・・?」
ふと視線を上向けると、そこに見慣れぬ栗色の・・・髪・・・!
「あ・・・・・っ!っ!!」
一気に甦ってきた昨夜の出来事に、七星の心臓が跳ね上がる
(・・・・夢・・・じゃない)
そう思えて、七星の胸が震えた
そこに家を飛び出した時の虚無感や、襲われた時の恐怖はない
初めて、他の誰かの名を、心からここに来て・・!側にいて欲しい・・!と呼んだ
初めて、自分から他の誰かに触れたいと思った
初めて、他の誰かに自分の事を、自分の口から、ありのままに聞いて欲しいと感じた
それが・・・
夢なんかじゃなく、本当の事なんだと、額をくすぐる舵の寝息が教えてくれる
自分を包む、舵の体温
触れあっている胸も足も腕も・・・自分のものより少し高くて、凄く、心地良い
緩やかに拘束されて、包まれている感覚
大事にされている・・・
必要とされている・・・
それがダイレクトに伝わってきて・・・ほんわかと身体の内側から温かくなる
ここに居て良いんだと
ここに居てほしいんだと
そう、言葉もないのに明確に伝わってきて・・・不意に目頭が熱くなった
(・・・舵)
心の中で、七星が他の誰か・・でもなく、他の誰でもない、ただ一人の名前を呼ぶ
いつもの、ぶっきら棒な呼び方とは違う・・・
口には決して出さない・・・熱を帯びた声で
「・・・ん?・・・呼んだ?」
「っ!?」
いきなり頭上から落とされた舵の声音に、七星が驚いた表情でその横顔を見上げた
「どうし・・・・」
言いかけた舵の顔が、ハッとした顔つきに変わる
自分を見上げている七星の瞳から、ポタ・・・と涙が一筋流れ落ちていく
「・・・あ・・さくら・・・!」
まるで罪悪感の塊のような顔つきになった舵に、七星が慌てて首を振り、舵の中に浮かんのであろう、その思いを否定する
「・・っちが・・!そ・・うじゃない、ちがう・・・ちがうんだ」
言葉では言えない思いを舵に伝えようと、七星が舵の胸に額を擦り付ける
どうして、涙なんか・・・!?
今は涙なんて流す状況じゃない
悲しくもなければ辛くもない
ましてや・・・舵が思ったであろう、後悔なんて微塵の欠片もない
そのはずなのに・・・なぜだか涙が止まらない
「・・・七星」
少し戸惑ったような声が、その名で自分を呼ぶ
大きな手が頬に添えられたかと思うと、顔を上向かされて目尻に口づけられ、涙を吸われた
止めどもなく流れ出る涙に、舵が飽きることなく優しく口づける
そうされると、ますます涙が溢れてきて、止まらない
(・・・ああ、そうか・・・)
七星がようやく流れ出る涙の意味に気が付いた
(・・・涙って、嬉しい時や幸せだと感じる時にも、出るんだな・・・)
初めてそんな涙もあるんだと、思い知る
「・・・七星、ごめん・・・好き・・・愛してる」
囁くように落とされた舵の声に、七星が目眩を覚えるほどの幸せを感じて、すがるように舵の背中に手を回す
「・・・バカ・・なんで、謝る・・・!」
「ん・・・だって、七星の泣き顔もっと見たい・・・って思ったから・・・」
「・・・っだよ、それ・・!」
「見たいから・・・」
そう言って、舵がようやく涙が止まりつつある七星をギュッと抱き寄せる
「七星のいろんな顔、誰よりも一番近くで・・誰よりも早く、この先ずっと・・・見ていたいから」
温かな体温に包まれて、どうしようもないほど七星の胸がいっぱいになる
「・・・っ」
言葉に出来なくて、七星がその嬉しさを伝えようと舵の背に回した手に力を込める
どうしてか
舵の温かさに包まれると、小さな子供に戻ったような気持ちになる
自分の中から生まれる感情や、与えられる感情
それを素直に受け入れてしまう
二度と手放したくない温もり
ずっと、この温もりを知ることを恐れていたのだと、改めて七星が思う
失う怖さを知ることを
知ることで自分の弱さや脆さをさらけ出してしまう事を
それでも
それでいいんだと、舵の温もりが教えてくれる
自分がどんな醜態を曝そうと、舵はそれを受け入れ、見ていてくれる
失う怖さよりもこれからを
そんな風に見ていてくれる舵を、知りたいと願う気持ちが止まらない
「・・・ずるい、俺にも、見せろ・・・!」
抱き寄せられて見えなくなった舵の顔を、七星が身じろいで見上げた
交わった視線は、今まで感じたどんな視線よりも熱くて、甘い
「・・・七星」
注がれた声音の温度が、腰に鈍い疼きを走らせる
「じゃ、一緒に見よう・・・?」
少し掠れて艶のある舵の声音がそう言った途端、既に生理的に勃ち上がっていた屹立に、もう一つの火傷しそうに熱く猛ったモノが押し当てられた
「えっ・・!?」
驚きと同時にズクン・・ッと腰に震えが走る
見開いた視線の先にある舵の瞳が、ぶれるほど近付いて唇を塞がれ、背に回していた手を解かれて舵の手と共に、その熱い高ぶりに添えられた
「・・・っ!!」
緩やかに、二人分の手で互いの物を擦リ上げられる
上げたはずの嬌声は舵の舌に絡み取られて、唾液と共に嚥下されて消えていく
互いの先走りで濡れそぼった二つの手が、いやらしい音を立ててゆっくりと上下する
舵の手に包まれてリードされるその動きがもどかしくて、思わず自ら腰を揺らめかせてそのもの同士を擦り合わせ、ますます固く膨張させていく
「・・・っん・・・・んんっ」
早くいきたいのに、その寸前で押し留める手の動きに七星が苦しげに息を付く
限界まで固く反り上がった物同士の先端の裏側を互いに刺激し合う動きは、腰が砕けてしまいそうになるほどの快感を生む
「・・・はあ・・・っあ・・・や、か・・じ・・!も・・うっ!!」
ようやく唇を解放された七星が、限界すれすれの声を上げて舵にすがりつく
「ん。七星、一緒に・・・!」
不意に舵の手と包まれた自分の手が、ドクドクと脈打つ屹立を解放するためだけの動きに変わる
「はっ・・・あ、あ、あああぁ・・・・・・っ!!!」
上げたはずの声は、再び舵の舌先で転がされ、吸い上げられて・・・消えた
お互いの手の中に、同時に勢いよく精を放ち・・・その強すぎる射精感にビクビクと何度も身体が痙攣し、ようやく弛緩する
互いに荒く息をつき、ようやく落ち着いた頃
舵と七星の視線が絡み合う
「・・・おはよ、浅倉」
いつもと変わらぬ笑顔で言う舵に、七星が照れる間もなくあきれたように言い放つ
「・・っいま・・ごろ・・!」
いつの間にか雨も止んだようで・・カーテン越しに朝日が射しこみ、どこからか鳥のさえずる声も聞こえてきた
「・・・浅倉、今日って・・・」
明らかに落胆の色が滲む舵の声音に、七星がその意を読み取る
「・・・どう考えても平日」
「・・・やっぱり?」
はあああああ・・・・と深い深い溜め息とともに、舵が突っ伏する
「くそぅ・・・!なぁ、ズル休みしちゃだめ?」
「・・・どういう理由で休む気だよ?」
「そりゃあもちろん、浅倉と一日中あーんな事やこーんな事をしまくっ・・・・」
「っの、エロ教師!!」
真っ赤になった七星が、舵の顔に枕を投げつけて押さえ込む
「ぶっ!!ギ、ギブ!ギブ!!浅倉!」
「・・・ったく!なに考えてんだ、あんたは・・!」
悪態をつきながら・・・舵のこの明るさに救われていると・・・七星が思う
何がどう変わっても、そこに変わらぬ舵が居る
変わらず、包み込むような眼差しで、七星を見つめて・・・
「・・よし!浅倉、シャワー行こ?」
不意に起き上がった舵が、戸惑う間もなく七星を風呂場に引っ張り込む
保温したままだった湯船に浸かった七星が、少し腰にだるさは残るものの大丈夫そうな身体の感触を確かめて、ホッと息を付いた
すぐ横で鼻歌交じりにシャワーを使う舵に、七星がポツリと言った
「・・・俺、今日、学校休む」
「・・・え?」
「父さんと美月さんに会ってくる」
一瞬目を見張った舵が、キュ・・ッとシャワーを止めバスタブの縁に腰掛けて、笑って言った
「・・・弟君たちにも・・・だろ?」
その問いに、七星が苦笑を浮かべる
「一度帰ってはみるけど・・・みんな学校だろうし」
「学校なんて行くわけないだろ!みんな待ってるよ、浅倉が帰ってくるのを」
「え・・・」
「待ってるよ、浅倉」
当たり前のように、舵が笑って言う
たった今まで、待ってるはずない・・・そう思っていたのに
舵にそう言われると、不機嫌そうに・・心配そうに・・眠そうに・・弟達のそれぞれに待っている表情までが浮かんでくる
「・・・・うん」
答えてみて、初めて、心の底からそれを願っていた自分に気が付く
そう願っている自分を、素直に受け入れる事が出来る
「行っておいで」
そう言った舵の言葉は、戻る居場所があることを前提にしていて
「俺も、待ってるから」
続けられたその言葉は、その場所を告げている
「・・・・うん」
応えた七星の口元には、その場所に向けて笑みが浮かんでいた