ACT 43












七星が、見慣れた玄関前で深呼吸する

鍵を開け、ドアを引き開けた途端

「七星っ!!!」

どう考えても玄関前で待ち構えていたとしか思えない勢いで、昴が七星に向かって突進してきた

「ッ!?す・・ばる!?」

「ななせーーー」

首筋に噛り付いてきた昴を受け止めた七星が、反動で壁にぶつかる

「帰ってきた・・・ほんとに、帰ってきたんだよね?もう、どこにも行かないよね!?ね!?」

泣き腫らして真っ赤になった瞳を大きく見開いて、昴が上目づかいに七星を凝視してくる

「・・・お前・・・ひょっとして、ずっと泣いてたのか?」

「だ・・・だって、だって・・・っ・・うっ・・うぅっ・・・」

七星の胸に額を押し付け、必死に泣き声を押し殺している昴の姿に、七星がハッと胸をつかれていた

(・・・・いつの間に、声を殺して泣くようになった・・・?)

以前なら、恥かしげもなく大声で泣き声を上げていたはずなのに・・・!

改めて見れば、子供っぽく丸々していた頬や手、うなじから続く肩のライン・・・

それぞれがシャープになり、逞しくなっていた

相変わらず泣き虫で、甘えたがりなところはそのままだけれど、気が付かない内に少しづつ成長している

子供から、大人へと・・・

いつもの癖で、頭を撫で付けようと上げた手を・・・七星がフ・・ッと笑ってその手を止める

これからは

この手をそんな風に使うべきじゃない

「・・・昴」

「・・・え?」

不意に寄りかかっていた胸が無くなり、呼びかけられて顔を上げた昴が、思いもかけず自分と同じ目線にあった七星の顔に、驚いたように目を見開く

七星が昴と同じ目線まで屈み込み、その両肩に手を置いていた

「無断外泊したくらいで泣かれてたんじゃ、俺はおちおち遊びにも行けないじゃないか。大袈裟すぎだぞ?昴?」

「っ!?な・・なせ?」

「涙は・・・嬉しい時用に取っておけ」

そう言って、七星が指先で涙の跡をグイグイと拭い去る

「え?・・・あ・・・えと・・・」

真っ直ぐに同じ目線で微笑む七星に、昴がどう対応して良いか分からずに口ごもる

「・・・ただいま、昴」

同じだけれど、同じじゃない響き

いつもと同じ七星だけれど、その表情は柔らかで、今までとは明らかに違う笑みが浮かんでいる

目を瞬いた昴が、その七星の変化に笑みを浮かべた

「・・・うん。おかえり、七星!」

「麗と流は?」

「中に居るよ」

よし!とばかりに立ち上がった七星が、いつものように・・・でも、いつもと違う響きで「ただいま」と言いながら玄関を上がり、リビングへと繋がるドアを開けた

「・・・ただいま、麗、流」

「あ・・・・っ」

向かい合わせにソファーに座っていた二人が、弾かれたように立ち上がり、七星のほうに振り返る

流は心底ホッとした様な表情を浮かべると、視線を泳がせて麗を盗み見ている

麗は一瞬ホッとした顔つきになったが、すぐさまそれは複雑な表情へと変わり・・・視線を反らしてしまった

ドア近くのソファーの横で立ち尽くしている麗に、七星が歩み寄リ、その名を呼ぶ

「・・・麗」

「・・・・っ、・・・な・・に?」

呼ばれた麗が、まだ視線を合わせられずに返事だけを返す

『パンッ!』

不意に乾いた音がリビングにこだました

「え・・っ!?」

麗の青い瞳が大きく見開かれて、その音を響かせた七星の顔を凝視する

麗の両頬を挟み込むように、七星の両手がその両頬を平手打ちにしていた・・!

「な、七星!?」

「・・・うそ、まじで!?」

昴と流が同時に驚愕の声を上げ、2人の様子を固唾を呑んで見つめている

「・・・な・・なせ?」

麗自身もまた、まだ信じられない・・という顔つきで七星を見上げた

けれど、麗の頬を打った七星の両手は、まだその頬に添えられたままそこにある

「・・・麗、昨日のあれは、いくら弟でも言い過ぎだ」

初めて見る、七星の怒った表情

激情に流されているわけではなく、静かな・・でも心底傷ついたことを物語る瞳が麗を見据えている

「あ・・・ご・・めん、でも・・・!」

言いかけた麗を遮って、七星がたった今打ちつけた麗の頬を擦りながら言った

「俺も叩いてごめん。でも、俺はこの先ずっと、お前達を手放す気は無いから。俺は、父さんが大好きだし母さんの事も忘れた事なんて無い。それに、お前達と家族になれて本当に嬉しかったんだ。だから、これからもずっと、俺の家族で居てくれないか?」

初めての、七星から、家族への、お願い

七星を見つめる麗の口元が、僅かに上がった

「・・・そんなの、頼まれなくてもそのつもりだよ」

視線を合わせあった2人が、互いにフ・・ッと笑いあう

「2人だけずるいぞ!俺も!俺ももちろん家族だよね!!」

「あ、この、小猿のくせに俺より先に言うな!俺も!もちろん!だぜ!!」

麗と七星に駆け寄った昴と流も、先を争うように言い募る

そんな弟達に、七星が笑って言った

「じゃ、ついでに言っとくぞ。俺もこれから天文部の部活で遅くなる事も多くなるから、買い物も飯作りも洗濯も、ついでに掃除も、全部当番制な!」

「え・・っ!?」

麗と流と昴、3人分の蒼ざめた表情と焦った声が見事に重なる

「ちょ・・ちょっとまって七星、それは・・・昴の作った料理を喰えって言うんじゃ・・・」

「あっ!なんだよ、それ!麗!!麗だって人の事言えないじゃんか!!」

「・・・っつーか、七星以外が作った飯で食えたもんなんてなかったんじゃねーの?」

最後の流の言葉に、3人が激しくウンウン・・!と、頷きあう

「だから!なおさら・・だろ!この家を出るんだったら、基本、最低限の飯が作れなくてどうする気だ?掃除も洗濯も一緒だ!」

「・・・う」

言葉につまり、返す言葉の無い3人が互いの顔を見合わせながら、深い溜め息を吐く

「・・・と、言いたいところだけど、麗も流も推薦で行くんなら部活が忙しいだろうし、昴も林先生の所に通うんだろう?できない時は俺が代わるから。
でも、その分、他の事で埋め合わせはきっちりしてもらうぞ?いいな?」

クスクス・・と3人の顔色を見比べながら、七星が忍び笑いを洩らしてそう言った

「よ・・・よかった・・・!」

一気に安堵の表情を浮かべた3人も、今までとは違う、遠慮の無い七星の物言いに嬉しげに笑いあう

その雰囲気は柔らかで、今までのどこか肩肘の張った物とは全然違っている

お互いに、出来る事、出来ない事、それを主張しあいながら、時にはケンカもする・・・

本来ならあって当然の事が欠けていたんだな・・・

と、七星が改めて思いながら、舵に借りた服から微かに香る残り香を、深呼吸した

・・・なぜか

とても心が落ち着いて、勇気が湧いてくる

心の片隅で、頼っていられる存在

側に居なくても感じる、自分を見守ってくれている眼差し

それに後押しされるように、七星の口から自然と言葉が流れ出る

「これから皆で、父さん達の見送りに行かないか?さっき電話したら昼頃には発つって言ってたから」

「いいね。だったら美月さんに車まわして貰おう。どうせハサン王子も一緒なんだ、当然美月さんも見送りに行くはずだろ?」

そう言った麗が早速電話に手を伸ばす

だが、その手を七星が遮った

「いい。俺が電話するよ」

「え・・・」

一瞬、唖然とした麗だったが、七星の迷いのない瞳を見て取ると、素直にその言葉に従った

今まで七星から北斗に電話したり、ましてや美月に電話をするなんて・・・なかったことだ

電話で美月と話す七星の後姿に、麗がギュッと人知れず拳を握り締める

たった一晩

それだけで七星をここまで変えてしまったのが誰なのか・・・

自分からその相手にそうなる事を期待して、連絡を入れたのだから疑いようがない

「・・・・思ってたより、手強そう・・・」

麗の青い瞳が微妙に細まり、その小さな呟きと共に艶然たる笑みを浮かべた

「・・・何笑ってんだよ?」

流が少し緊張した面持ちで電話をしている七星と、麗を交互に見やりながら聞く

「・・・ん?だって、舵って言う先生、張り合いがあって退屈しなさそうだし・・・七星には怒ってもらえたし」

「・・・それが嬉しいのかよ?」

「ん?うん、そう」

麗が目を細めて七星に叩かれた頬をもう一度撫で擦る

そんな麗を見つめながら、流が嘆息した

「・・・前言撤回。やっぱ麗の七星に対する態度は理解できねぇ・・・」

「そう?俺はハサンに対する流の態度が理解できないな」

「・・・つまりはお互い様ってとこか」

「そういうこと。流も今日が勝負どころになるんだろ?もう、答えは出てるの?」

「・・・・っ!・・・さーて、飛行場に行く準備でもしてこよっかな。行くぞ!昴!」

あからさまに誤魔化した流が、昴と共にリビングを後にした

「なになに?麗と何話してたの?」

「ああ?つまり、麗は真性のサドで、超おせっかい焼き野郎だっていう話だよ」

「・・・真性の・・・サド?おせっかい・・・って?」

「まあ、あれだ・・・そのうちお前にも分かってくるさ」

「・・・・ふぅん?」

そんな会話が交わされた10分後、浅倉家の家の前に、美月と共に車が横付けされていた



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