ACT 5

 

 

放課後・・・

まっしぐらに図書室に向った七星が、星の由来について書かれた本を手にいれ、すっかり習慣と化してしまっている別棟の生物・科学室へと向っていた

「・・・一応、餌やりに来てやるって言っちまったしな・・・」

まるでそこへ向う言い訳を自分自身に言い聞かせるように呟きながら、七星が準備室のドアを開ける

「お!おかえり、浅倉!」

放課後の、長く室内に差し込む柔らかな夕日

そのオレンジ色の夕日に照らされた机に座り、授業中とは全く違う・・包み込むような眼差しで舵が七星を見つめている

「おかえり・・って、ここ、どこだよ・・?」

思わずその視線から目をそらし、しらけたような表情で七星が返事を返す

そんな七星の態度などまるっきり気にしていない風な舵が、七星に歩み寄る

「さっき授業でここへ来てまた来たんだから、おかえり・・だろ?おっ!?さすがに勉強熱心だなぁー!早速調べるつもりか?」

学生カバンで隠すようにして持っていた、図書館で借りた本を目ざとく見つけた舵が、ニコニコと七星の手元を覗き込んでくる

「べ、別に・・!何を借りようと俺の勝手だろ!」

慌ててその本をカバンごと後に隠して、フン・・ッと不機嫌そうにそっぽを向いた七星の頭を、大きな温かな手が撫で付けた

「ッ!?」

驚いたように振り返った途端、舵の逆光でオレンジ色に染まった栗色の髪と、同じくその色を写し取って優しく細められた栗色の瞳に捕らえられる

頭を撫で付ける心地良い手の温もりとあまりに慣れないその状況に・・一瞬、七星の思考が停止して固まった

「ちゃんと調べてくれる気になってくれて嬉しいよ、ありがとう」

嘘やからかいのない真っ直ぐな瞳で見つめられた七星の心臓が、勝手に跳ね上がった

「や、やめろよっ!!」

勝手に跳ねた心臓と、カーーーッと血がのぼって火照った顔をごまかす様に、七星がブンブンと頭を振り舵の手を振り払う

そのまま舵に背を向けて机の上に置いてあった魚の餌を掴んで、生物・科学室へ続くドアを乱暴に開け放った

その様子を楽しげに見つめていた舵の顔に笑みが浮かぶ

「そうか・・頭を撫でつけられるなんて経験、ほとんどなかったのか。可愛がり甲斐があるなぁ・・!」

呟いた舵が、まだ七星の温もりとサラサラとした心地良い髪の感触の残る手を、大事そうにポケットにしまいこんでいた

「なんなんだ、いったい!」

小さく舌打ちした七星が、苛立った声音で低く呟きを落とす

フワフワ・・と水槽の中に落ちていく餌を見つめながら、まだ動悸の治まらない心臓を落ち着かせるように深呼吸する

準備室に入った途端かけられた『おかえり!』の声と笑顔

それは七星が感じないように思い出さないようにしていた感情の扉を、不覚にも浮かび上がらせてしまっていた

その上更に、忘れていたはずの頭を撫で付ける温かな人の温もりと、包み込むような大きな手の感触・・

求めたくても許されず、与えられる事も良しとしなかったはずのものが、いきなり何の前触れもなく無条件で与えられ、七星はどうしていいか分からずに混乱しきっていた

「おーーい、浅倉ー!お茶しないかー?」

開け放たれた準備室のドアの向こうから、間延びした舵の声がかけられる

その声に、ハッと七星が冷静さを取り戻した

(・・ばかだな。何をうろたえているんだか・・!)

浮かび上がった扉を再び黙殺して沈み込ませた七星が、餌の小瓶を握り返して準備室の机の定位置に置き戻す

「悪いけど、もう時間無いから帰る」

戸棚からコーヒーのビンを出しかけていた舵に、いつもの無表情になった七星が告げた

「ええ!?もう帰るのかぁ?」

まるで捨て犬のような表情に一変した舵が、すがるような声音で聞く

その表情と声音は、向けられた相手が思わず罪悪感を覚えずにはいられないような雰囲気を漂わせていて・・・

一瞬、七星の中で昴の『おなかへったよー!』という、こちらもまた負けず劣らずの表情とが、両天秤に乗っていた

けれど、会って間もない他人の舵と、家族であり可愛い末っ子の昴とでは、最初から勝負は目に見えている

「他の奴誘えばいいだろ?じゃ・・!」

一瞬の逡巡の間をおいてそう言い捨てた七星が、振り返りもせず準備室を後にした

「やーれやれ、弟君たちと俺とじゃまだ勝負にならないか。でも・・」

ほんの一瞬ではあったが、逡巡の間を空けた七星に舵は気がついていた

一番最初の時は、そんな逡巡など欠片も見せてはいなかったはずだ

フ・・ッと笑った舵が、部屋の片隅で白い布を被せられている望遠鏡に目をやった

「一歩前進・・!だな。それに、さっきの本じゃ俺の宿題の答え見つからないよー?浅倉くん?ここは一つ賭けて出てみましょーか・・!」

呟いた舵が、コーヒーを入れるべく戸棚の中の紙コップに手を伸ばした

 

 

 

 

「な・な・せーーー!お腹減ったよー!!今日のご飯なーにー!?」

スーパーの買い物袋を提げて七星が玄関のドアをくぐった途端、その音を聞きつけた昴が飛びついてくる

「今日はお前の好きな八宝菜。ウズラの卵入れるんだろう?卵の殻剥き、頼むな」

「やったーー!!七星大好き!手伝う!!」

いつものごとく首にまとわりついた昴の手を引き剥がし、その手にスーパーの袋を握らせる

「じゃ、これキッチンに持って行っておいてくれ。俺は部屋にカバン置いて着替えてくるから」

「オッケーーー!!」

嬉々とした笑顔を浮かべ、キッチンに向って駈けて行く昴の後姿を見送って2階の自室に入った七星が、ベッドの上にカバンと借りてきた本を投げる

フ・・ッと着替えの手を止めた七星が、投げた本を手にとってパラパラ・・とめくった

学校の図書館に置いてある天文系の本は、もうほとんど読みつくしてしまっている

それでもどこかで見落としていて、もう一度気をつけて読み返せば分かるかもしれない・・という、淡い期待を抱いて借りた本だった

「・・・載っていると良いんだけどなぁ。これ以外に思い当たる本もなかったし・・」

読み始めたら夢中になってしまう事は目に見えている

先ほど見た嬉々とした笑顔の昴を思い出した七星が、ページをめくっていた本を潔くパタンッと閉じ、服を着替えてキッチンへと駆け下りていった

ちょうど晩御飯の支度が整ったころ、テニス部の麗とサッカー部の流が一緒になって帰宅する

玄関で「ただいま!」と叫ぶと同時に流が風呂場へ直行した

サッカーで汗だく・泥まみれの流が、まさにカラスの行水並みの素早さで風呂から上がると、キッチンカウンター横の食卓でスポーツドリンクを一気飲みする

流に続いてすぐに風呂を使った麗がキッチンに姿を見せるころには、ちょうど食卓に4人分の夕食が並べられている・・というのがこの時間の浅倉家の日常だ

「あっ!きったないぞ、昴!!お前の方がウズラが一個多い!!」

昴と麗、七星と流が横並びの食卓で、流が斜め向いの昴と自分の八宝菜の皿を見比べて叫んでいる

「いーじゃん!ウズラの殻剥いたの俺だよ!?流なんてもう充分でっかいんだから、それ以上食わなくていいんだよ!」

伸びてきた流の箸をパシッと自分の箸で押さえ込んだ昴が、流と視線でバチバチと火花を散らしている

「・・・昴、そんだけいい反射神経してるんなら、どっかの部活に入ってその有り余る元気を発散させて来い!」

昴の向かいに座っている七星が、いつもの二人の争いに呆れ顔で言い放つ

「同意見だね。昴、お前も何か部活やっとけ。そうやって毎日飽きもせず流とじゃれ合うエネルギーがあるんなら、もっと効率的に使うべきだ」

流の向かいに座っている麗が、七星と同じく呆れ顔で言った

「サッカー部はどうだ!?昴?俺がそんな減らず口を叩けないくらいビシバシしごいてやるぞ?」

箸と箸で掴み合ったまま・・流がニヤニヤとからかい口調で言いつのる

「ごめんだねっ!流の居る所や麗の居る所なんて・・!!どーせ比べられてチビチビって言われんの目に見えてるし!入るんなら、別のに入るよ!それに・・・」

チラ・・ッと七星の方を盗み見た昴が、一瞬言おうかどうしようか・・と迷った表情になりつつも、意を決したように言った

「七星は!?七星は何かやりたい部活とか、ないの!?」

「俺・・!?」

いきなり思いもよらぬ事を聞かれた七星が、驚いたように目を見張る

が、もう次の瞬間には、いつもの穏やかな感情の起伏のない表情に戻って言った

「ありがとうな、気を使ってくれて。今の所やりたいものもないからやらないだけだ。やりたいものが出来たらちゃんと言うよ」

「ほんとに!?ほんとにやりたい事が出来たら言ってよ!!俺、何でも協力するからさ!!」

七星に笑顔を向けつつも、箸を掴み合ったまま一歩も引く気配のない昴に・・七星がため息をもらす

「じゃ、とりあえず流に卵を半分にしてくれてやれ。二人とも飯にしろ・・!」

昴が「う・・ッ」と言葉に詰まり、イヤイヤながらも卵を半分に割り流の皿に置いた

「ヘヘっ・・!ラッキー!!」

流が素早く卵を口に運ぶ

その卵を恨めしそうに見届けた昴も、ようやく食事を再開した

 

 

 

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