ACT 6

 

 

 

食事も終わり、キッチン横に張ってある皿洗い当番表通りに、麗が後片付けを始めるのを合図にめいめいが自室へと引き上げる

30分ほどして・・

後片付けを全て終えた麗が2階の自室へ上がろうと階段下まで来た時、上からすっかり出かける身支度を整えた七星が降りてくる所だった

「七星!?どっかいくのか?」

「あ、麗!ちょうどよかった。ちょっと駅前の本屋まで行ってくるから、昴ごまかしといてくれないか?」

本屋に行くなどと聞きつけたら、着いて行くと言いだしかねない末弟の1階の奥まった部屋を、七星がソッと伺う

「いいけど・・なに?そんなに急ぎのものなの?」

「ん・・ちょっと気になる事があって。分からないとなると無性に知りたくなる事ってあるだろ?」

麗に背を向けて靴を履きかけている七星の背中に、いつもの麗らしくない歯切れの悪い声が降ってくる

「あの・・さ、七星・・・?」

「・・・ん?」

一段低い玄関下で七星が立ち上がった

いつもなら、麗より高い位置にあるはずの七星の顔が、一段低い所から麗を上目遣いに振り返る

言いにくそうに口元を覆った麗だったが、一段低い位置にある七星の視線に助けられるように口を開いた

「・・・昴の言ったこと・・あれ、俺も流も一緒だからさ・・だから、もし、俺たちに遠慮とかしてるんなら・・・」

「ッ?!バッカ・・!」

麗の綺麗に整った金髪を片手でグリグリ・・とかき回し、その首に腕を回して引き寄せ、笑いながら言った

「・・なに?俺ってそんなに遠慮してるように見えるわけ?」

「・・そんなんじゃないよ。ただ、七星はいつも平気そうな顔してるからさ、時々・・」

「時々・・?」

詰まったように言葉を切った麗に、七星がふと真顔になってその顔を覗き込む

視線がぶつかって、七星が麗の言葉の先を問い詰める間もなく、昴の部屋からパタパタ・・と足音が響いてきた

「七星、早く行け!見つかるとうるさいぞ!」

麗が押し殺した低い声で早口にそう言うと、七星の体を隠すように昴の部屋のほうへと向き直る

七星も素早く身体を反転すると、音もたてずに玄関を出て行った

その直後

「あれ?麗、そんなとこで何してるの?」

ヒョコッと部屋から顔を出した昴が、パジャマを脇に抱えている

どうやらこれからお風呂に行くらしき昴に、麗が意地悪い笑みを向けた

「お前がちゃーんと一人で風呂へ行くかどうか、見張ってやってんの!」

七星にかき回されて乱れた髪を撫でつけながら言う麗に、昴がムっとしたように言い返す

「い、行くよっ!!もう中学生になったんだから、自分で出来ることは自分でしろって言いたいんだろ!?分かってるよ!!」

プウッと頬を膨らませ・・まだまだ充分小学生で通用する可愛らしさを露呈する昴に、麗が苦笑いを浮かべる

「分かってんなら、さっさと行って来い!」

「麗のいじめっ子ーーーっ!!」

「いーーだ!」と、しかめっ面を麗に投げて、昴が肩を怒らせて風呂場へと消えた

その後姿を見届けた麗が、フッと玄関ドアを振り返る

「・・・時々、本気で怒った七星の顔、見てみたくなる・・なんてね。そう言ったら七星の奴、どんな顔したかな・・?」

ため息とも苦笑とも取れる軽い吐息が、麗の口から漏れた

 

 

 

 

「・・・こっちにも載ってない・・か」

パタンッと読んでいた本を閉じ、元の位置に戻した七星が次の本へ手を伸ばした時、その七星の手を包み込むように大きな暖かな手が同時にその本を掴んだ

「えっ!?」

驚いて振り返った七星のすぐ後に、グレイのスプリングコートでその身を包みニコニコと笑う舵の端整な顔があった

「な・・!?何してんだよ!?あんた・・!」

「舵だってば、浅倉。で、奇遇だねぇ?こんなところで会うなんて。何か探しもの?」

「・・・そう思うんなら、その手、離してくんない?」

本の背表紙ごと掴まれた七星の手は、押すことも引くことも出来ず・・本を掴んだまま舵の手で包まれたままだ

「でも、この本には載ってないよ?」

「っ!?」

七星の行動を見透かす舵の言葉に、七星が目を見張る

「・・・って言うか、この本屋にも、ついでにこの周囲の本屋にも、載ってる本置いてないから」

「な!?」

唖然とした表情になった七星の手ごと本を押し戻した舵が、七星の手を掴んだままその手を下ろす

「・・で、どうする?浅倉?」

七星の手を握ったまま、舵がからかうような笑みを浮かべて七星の顔を覗き込んだ

「な、何が!?」

先ほどから必死で掴まれた手を振り解こうとしているのだが、人目のある本屋の店内で騒ぎを起こす気もサラサラない七星だけに、その力強く包み込まれた手を無理やり解くことも出来ずに、悔しげに舵を睨みつけている

「借りてきた本にも載ってなくて、本屋にもそれが載った本がない。でも、どうしてもそれが知りたくて気になって、おまけに探している所を俺に見つかって、悔しくて眠れそうにない・・だろ?」

「!!」

思っていたことそのままをズバリ言い当てられて、七星が真っ赤になってグッと言葉に詰まる

その表情に、図星である事を見て取った舵の口の端が、ほんの少し上がった

「本のあるとこなら、知ってるぞ?」

「ど、どこに・・!?」

舵の言葉に七星が思わず本音を漏らし、しまった!とばかりに口元を覆い隠す

「俺の家」

返された短い答えに

「は!?」

唖然として自分を見上げてきた七星の頭を、舵がもう一方の手でフワリ・・と撫で付けた

「じゃ、いこっか!」

と満面の笑みを湛えたまま、握った七星の手をグイグイと引っ張っていく

「ちょ・・ちょっと!!」

大きくなりかけた声を慌てて押し殺し、引かれる手に反抗しようとした七星だったが、そんな事など一向に気にもかけていない風な舵の横顔に、半分投げやりな気持ちになって引かれるままに店を後にした

そのまま人通りの多い駅前の道を、3軒先のファミレスの駐車場まで連行され・・一台の車の前で舵がようやく立ち止まった

「・・一体、何がしたいんだ?あんたは!?」

「舵だってば。舵って呼ばないならこの手、離してやんないぞ?浅倉?」

ムッとした顔つきで睨みつけ、黙ったままの七星に・・

舵が掴んだその手をグイッと引き寄せた

「う・・わっ!!」

いきなり手を引かれ、つんのめった七星の身体を、舵がもう一方の手を七星の腰に廻してその広い胸元で受け止める

「っ!?」

慌てて身体を離そうと、自由のきく片腕一本で舵の身体を押し返した七星だったが・・

片腕を取られている上、腰にまで腕を廻されていては・・はっきりって身動きが取れない

さっきから掴まれていた手の力強さからいっても、腕力的には敵わない相手である事を悟った七星が、あきらめたように深いため息を落とす

「何がしたいんだ?セクハラ教師!訴えるぞ・・!!」

「ほお?”あんた”から”セクハラ教師”に格上げか?こけそうだったから抱きとめてやっただけなのに」

「だったら、離せよ!!」

「ほんっとにガンコだなー、浅倉って」

不意に舵の腕から力が抜けて、七星が弾かれたように身体を離す

「じゃ、まあ、とりあえず中へどーぞ!」

全く悪びれた様子もなく舵が助手席のドアを開け放ち、七星に笑いかけた

「だから・・!なんで俺がそこへ乗らなきゃなんないんだよ!?」

「あれ?いいのか浅倉?知りたいんだろ?言っとくけど、さっき言った事は本当だからな。俺の家以外、答えが書いてある本は、ない!」

笑顔のまま言い切る舵の瞳に嘘はなくて、やましいことなど何もないように真っ直ぐに七星を見詰め返してくる

「・・じゃ、明日にでもその本を貸してくれればいいだろ?」

負けじとその目を七星が睨み返す

「残念ながら、俺は人に本は貸さない主義なんだ。小学校の時に人に本を貸してなくなった経験あり・・でね。以来、人に本は貸さないことにしてる」

静かに見つめる舵の瞳に映る七星の表情がわずかに揺れて、チラッと腕時計に視線を流す

「・・・小学生の頃から”面倒見のいいお兄ちゃん”。自分の事より何より弟たちの事が最優先・・か、浅倉?たまには自分のやりたい事を最優先にしてみたらどーだ?」

「な・・ん!?」

『なんで同じ事を言う!?』と言いかけて、七星がグッと唇を噛み締めた

別に遠慮をしているとか、やりたい事を我慢しているとか、そんな事など一度も思った事などないのに!

どうして皆そうやって聞いてくるのか!?

ハッとして時計から視線を上げた拍子に合った舵の瞳が、挑みかけるような視線を向けていた

「知りたいんだろう?その気持ちを抑えようとしているのは何だ?遅くなるから弟達に心配をかけるか?それなら電話して一言伝えておけばいい。それとも・・自分の中で気づかない振りしてる気持ちに気づくのが怖いからか?」

「なんだよ、それ!?」

言われた意味も同じ事を聞かれる理由も・・わけが分からず、七星が苛立ちを露わにして言い募る

その七星をまるで挑発するように、舵が不敵に笑って言った

「知りたいか?」

「何がだよ!?あんたに何が分かるっていうんだ!?」

「知りたかったらどーぞ?このまま帰って眠れない夜を過ごすもよし。知りたい事を知ってスッキリするもよし。浅倉の好きなように・・・」

開け放ったままのドアに寄りかかって、舵が笑みを浮かべて七星をジッと見つめている

その視線から逃れるようにギュッと目を閉じた七星が、次の瞬間キッと挑み返すような視線を舵に向けて放った

 

 

 

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