ACT 7

 

 

 

「本だけ読んだら、すぐに帰る・・!」

「決まりだな。帰りもちゃんと送っていくからご心配なく!」

どこか楽しげに言う舵の口振りにムッとしながらも、こうと決めたら行動の早い七星が素早く助手席に滑り込んだ

そのドアをバタンッと閉めた舵が運転席に向かいながら呟いた

「最初の賭けは大当たり、だったな・・!」

七星が最寄りの本屋に現れると賭けて、このファミレスで張っていた舵である

今にもにやけてしまいそうになる顔をなんとか引き締めて、軽快にエンジン音を響かせた

「浅倉、タバコ平気か?」

動き出して早々、舵がゴソゴソと胸ポケットを探りながら聞く

「・・・どーぞ。お気遣いなく」

「そーか、じゃ、遠慮なく」

屈託なく笑った舵が、慣れた手つきで器用に片手でタバコを取り出し、火をつける

舵から完全に視線をそらし、窓のほうを向いたままの七星が窓に反射して映る舵の仕草を凝視した

その手馴れた仕草も薄く笑みを浮かべた横顔も、全てがどこか優美で視線を釘付けにする

思わず見とれていた七星が、聞こえてきた舵の心地良い声音にハッと我にかえった

「・・・で、そこの先を曲がった所が3つ目の駅だから・・・」

気がつけば、舵が七星にその道順と電車に乗った時の行き方を説明している

とりあえず話題もないので、気のすむように舵に喋らせて黙り込んでいた七星が、堪らず口を開いた

「あのさぁ、そんな事こと細かく説明して何になるんだよ?」

「なに・・って?決まってるだろう!浅倉が次に来るとき道に迷わないように・・だ」

「は!?」

七星がこれ以上ないほどに目を見開いて、舵の咥えタバコの横顔をマジマジと見返した

「なんで俺が、またあんたの家に行かなきゃならないんだ!?」

眉間にシワを寄せ訝しげな表情で言う七星に、自然に伸びた舵の手がス・・ッと七星の頭を撫で付けて、その顔を覗き込む

「いーじゃないか。知っておいて損にはならないだろう?それに、来ないとも言い切れないし・・?」

あまりにも当たり前のように撫で付けられて、七星が一瞬抵抗する事も忘れて覗き込んできた舵の瞳を見つめ返す

その瞳は包み込むような優しい眼差しをしていて・・

それを見た途端、言いようのない違和感が七星の背筋を駆け抜けた

「バ・・ッ!ちゃんと前見て運転しろよ!あんたと心中なんてごめんだからな!!」

背筋に走ったゾワッとした感触ごと振り払うように、七星が乱暴に撫で付ける手ごと乱暴に頭を振り、覗き込んでいた舵の顔を無理やり前へ押し戻した

「いてててっ!浅倉、今、信号待ちだって!」

「し、知るかっ!俺に触るな!セクハラ教師!!」

そっぽを向いた七星の耳朶が薄っすらと赤く染まっている

それに気づいた舵が、ハンドルに突っ伏して肩を震わせ・・笑いを噛み殺した声音で言った

「・・・あ、浅倉!お前、可愛すぎ・・!!」

「なっ!?誰が可愛いって!?あんた、医者に行ったほうがいいんじゃないか!?」

思わず振り返って言い募る七星の表情が、聞き慣れない言葉に心底困惑しているのが見て取れる

「いや、浅倉は可愛いって!」

「だーかーらー・・・!」

信号が変わり車が動き出してもにやけたままの舵の横顔に、何を言っても無駄だと悟った七星が言葉をなくし、再び窓に流れる車窓の夜景を睨みつけていた

そうこうしているうちに、七星も何度か利用した事のある駅から程近い、5階建ての瀟洒なマンションの駐車場に車が停車する

舵の部屋は、5階の501号室だった

2DKの室内は、本当に男の一人暮らしか?と、疑ってしまうほど小奇麗に片付けられていて・・舵の真面目なんだかふざけてるんだか、捉えどころのない性格の中にある几帳面さがうかがえた

「・・・本は?」

キョロキョロと部屋を見渡しつつ警戒心丸出しの表情の七星が、目的の物が見当たらず舵に問う

「あぁ、すまん。こっちの部屋」

ダイニングで所在なさげに立ちすくんでいた七星に、寝室らしき部屋でコートと上着とネクタイをきっちりとしまいこみ、シャツ一枚の楽な格好になった舵が顔を出し、声を掛けた

まだダンボールに入ったままの荷物がいくつも積まれた、奥の部屋の方へ七星を手招きする

「・・・すげぇ、なにこれ?ひょっとして・・この中身、全部本!?」

どうやら舵が備え付けたらしい天上まである大きな本棚には、既に三分の二以上ぎっしりと様々なジャンルの本が詰め込まれている

その上、その周りに積まれているダンボールの開かれている所からは、とても全部は並びきれないだろう?と思えるほどの本の背表紙がみっしりと覗いていた

「ははは、古本屋ぐらい開けそうだろ?・・・ああ、これこれ、この本だ。この部屋こういう状態だからあっちのダイニングの方で読んでくれよな」

目当ての本を迷うことなくダンボールから引っ張り出し、仕事用らしきパソコンデスクとダイニング・テーブルとテレビ・・生活臭漂うダイニングの方へ舵が本を持ち去る

しばらくその本棚に見とれていた七星が、少し遅れて戻ってくると・・

ちょうど舵が湯気のたつコーヒーカップを、ダイニング・テーブルの上に置いている所だった

「俺もまだ仕事残ってるから、その辺座って適当に読んでてくれる?」

そう言って、壁際においてある仕事用のデスクの前に陣取って、プリント類の整理を始めた

あっさりと背中を向ける舵の態度と、先ほど見た本の山にようやく警戒心を解いた七星が、テーブルの上に置かれた結構分厚い本のページをめくる

目的の箇所だけ読むつもりが・・つい、めくったページから順に見入ってしまい・・・

気がつけば夢中になって読み始めている

当初の目的、南斗六星の項までたどり着いた時には、既に本を半分以上読みきってしまっていた

 

     ーーー昔の和船の舵に見立てた「南斗六星」の和名・・『南の舵星』

        「北斗七星」と区別するため、この二つの星座は『北の舵星』・『南の舵星』

        と呼ばれている。

 

「!?」

その記述を読んだ途端、七星が思わず顔を上げた

すると、目の前にいつからそこに居たのか・・舵の意味ありげに笑う笑顔があった

「っ舵!?」

つい口から滑り出てしまったその名前に、舵が嬉しげに笑みを返す

「おっ!ようやく舵って呼んだな!浅倉!」

「っ、んなことどうでもいい!それよりなんなんだ?これ!?何が『北の舵星』『南の舵星』だ!!何が言いたい!?」

「なにって・・そのまんま」

「っ!だから・・!!」

あくまでふざける気か!?とばかりに声を荒げた七星の言葉を遮るように、舵が一言、強く言い放つ

「運命の出会い!」

「は!?」

唖然とした七星を真っ直ぐに見つめ、舵が真剣な表情になって言う

「実は、今日の事は賭けだった」

「賭け!?」

「そう。浅倉が舵星の名前を知らなかったから賭けてみた。その名前を調べる気になるか?調べてすぐに答えにたどり着くか?確率は五分五分。図書館で借りてきた本を見て、勝負に出ることにしたってわけ」

「勝負?」

全く舵の意図がつかめずに、七星がその妙に真剣な表情に気圧されて言葉を繰り返す

「舵星の事が載っていない本だったから、浅倉ならきっと捜しに出るだろうと思った。あの辺でそういう本がありそうな本屋はあの店ぐらいだったから、家の家事が終わった時間くらいに来るだろう・・と。そう思ってあの道沿いにあるファミレスで浅倉が来るのを張ってた」

「なっ!?」

あまりに舵の予想通りの行動をしていた自分と、それを予想しえた舵に、七星が絶句する

「後は、浅倉が自分を優先するか、弟君たちを優先するか?そして、浅倉が自分で自分の中に在る気持ちに気がついているか?それが勝負の分かれ目で。浅倉は、俺に負けた・・って事!」

「どういう意味だよ!?それ!俺があんたに負けたって?何に負けたってんだ!?」

舵に自分の行動を読まれていた・・

そして、舵の言葉に乗せられて・・今、ここに居る自分・・

それだけでもう充分、舵の言うとおり自分は『負け』ている・・ということ!

そのショックと苛立ちが、抑えられない衝動になって突き上げ、七星の手が舵の胸倉を掴み上げていた

「俺が一体何に気がついてないって言うんだよ!?」

間近にある舵の口元が、驚く風でもなく薄っすらと笑みを浮かべた

「・・・教えてやろうか?」

掴み上げている七星の腕を、舵がギュッと掴み返した

 

 

 

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