ACT 8

 

 

 

 

舵に腕を掴まれ、突き放される・・!と七星が身構えた瞬間

グイッと腰に手を廻され、掴まれた手ごと引き寄せられた

「!?」

驚く間もなくその広い胸の中に抱き込まれて、七星の体が硬直する

「な!?は、離せ!!このっセクハラ教師!!」

必死にもがこうとする七星だったが、その意思に反して体が思うように動かない・・!

それは抱きしめる舵の両手が、強引だけれど決して力任せに押さえつけるものではなく、まるで大事なものを包み込むように七星の体を抱きこんでしまっていたからで。その上

「浅倉、こうやって誰かに抱きしめてもらったのはいつだった?」

抱き寄せられると同時に耳元に落とされた舵の囁きが、七星の体を無意識にビクッと震わせる

「な・・なに言って・・」

問われた答えに対する答え・・・が自分の記憶の中に見出せず、七星が掴んだままだった舵のシャツをきつく握り締める

こんな風に・・・

優しく包み込むように抱きよせられた記憶がないわけでは、ない

ずっと昔・・本当に小さい子供の頃

ほんのかすかな記憶の断片・・の中にその感触は残っている

 

・・・・たった、それだけ

 

「・・・浅倉、お前が抱きしめてばかりで、そうするのが当たり前で兄の役目なのか?誰もおまえ自身ですらそれに対して何の疑問も持っていないんじゃないのか?そんなの、おかしいだろ?」

突きつけられた言葉に、七星の体が更に硬直する

「別・・に、おかしくなんか・・!」

「お前、いくつだ!?まだ17だろ?そんな子供が何でそんなに何も感じない目をしてるんだよ?なんで他人ばかり見て、自分を見ようとしない!?」

七星のうつむいた耳元に落とされる舵の言葉が、七星の心を深くえぐる

何も感じない目・・だと!?

そんなもの、意識した事などなかった

弟達を、父親を・・世間の好奇の目から守るためには、そうならざる得なかったのだ

その特殊な家庭環境、世界的な有名人へとのし上がっていった父親

そこへ群がるマスコミや周囲の興味本位の視線・・・

そんな中にいて、いちいち感情を露わにしていたら・・・付け込まれて食い物にされるのが落ちだ

そうならないためにも、そんな自分を保ち続けるためにも・・自分に目など向けてはいけなかった

見なければ気がつかないでいられる

気がつかないでいれば、傷つく事もないのだから・・・!

「・・・悪いのかよ!?」

ずっと隠して・・自分ですら気がつかないようにしていたはずの心の奥底を見透かされた七星が、堪らず力任せに舵の胸を突き返す

・・・が

まるでそれを見計らっていたかのように緩められていた舵の力のせいで、思いきり後ろに向かってよろめいた七星の身体を、舵が一歩踏み込んで再びその身体を引き寄せる

さっきよりも更に密着し、体全体で七星の身体を包み込むように抱き寄せた舵が、優しくその頭を撫で付けた

「・・・たまには肩の力を抜けよ、浅倉。俺でよければいつでもこうやって支えてやるから・・」

過去において、何度かその無関心な態度から相手の怒りを誘い、未遂とはいえ暴力的に襲われた事もある七星だったが、こんな風に優しく包み込まれるように抱き寄せられた事など一度もない

その今までに経験した事のない心地良さに、七星の体は意志に反して痺れたように動かす事が出来なくなっていた

思うようにならない体を叱咤するように、七星が低い威嚇するような声音で舵の意図を探る

「・・・何が目的だよ?あんた」

警戒心丸出しの七星の声音に、舵がフ・・ッと抱き寄せていた腕を解き、強張ったまま上目遣いで自分を睨みつけている七星の髪を、クシャッとかき回した

「・・・浅倉の笑顔!」

「は!?」

今日何度目かの唖然とした表情で、七星が目の前の舵を見つめ返す

「だから、目的は浅倉の笑顔って言ってんの!・・・なんだ?不服か?」

ん?とばかりに七星の顔を覗き込んでくる舵の仕草は、まるっきり幼い子供に対する大人のそれだ

「バ、バカにするな!そんなもんが目的なんて信じられるかよ!!」

「なんだ?それじゃあ何が目的だったら信じるんだ?浅倉は?」

「っ!?」

あからさまにそう聞かれては、さすがの七星も言葉に窮する

「そんな恐い顔をするなよ。好きになった相手の笑顔が見たいと思うのは、常識的かつ通常の感情だろう?」

何食わぬ顔で聞き捨てならない事をサラリと言った舵に、七星が目を見張る

「なっ・・!?今なんて言った?あんた!?」

「なんだ?意味が通じなかったか?舵 貴也は浅倉 七星に一目ぼれしました!っていう、赤面ものの告白だぞ?」

ニコニコと、満面の笑みで軽く言う男のどこが赤面ものの告白なんだ!?と言いたくなるほど、舵は真っ直ぐに七星を見つめている

「・・・ふざけてんのか?」

「とんでもない!大真面目だ。じゃあこういうのはどうだ?俺は必ずお前を口説き落とす。そんな俺に口説き落とされなかったら、お前の勝ち。面白そうだろう?やってみないか?」

「冗談!」

「なんだ!?俺に口説き落とされないっていう自信がないのか?そうだろうなあ、なにしろ浅倉は俺の仕掛けた賭けで既に負けてるもんなぁ!」

「そんなもん勝ちも負けもあるかよ!それに、俺はそっちの気はないんだ!」

「だったら余計に構わないだろう?俺が口説いても、浅倉は鼻にもかけない自信があるって事だ。どうだ?俺に『負けました』って言わせてみる気はないか?」

その言葉とは裏腹に、舵の口調は自信にあふれかえっている

不敵に笑う舵を目の前にしていると、その『負けました』という一言を言わせてやりたい・・!と、七星が思ってしまったのも無理からぬ事で・・

「・・・絶対、言わせてやる!」

「そうこなくちゃな。じゃ、ま、手始めにその本は特別に浅倉に貸してやる。全部読んでみたいだろう?」

「ッ!?あんた、人に本は貸さないって・・!」

実の所、本を全部読んでみたいと思っていた図星を指された上、ここへ連れてこられた理由も嘘だったのか!?と、七星が怒りを露わにする

「だーかーら!浅倉は特別なの!お前以外には誰にも貸さない。それにその本を持って家に帰らないと、弟君たちにこんな遅くまで外出してた言い訳が出来ないだろう?」

ハッとして腕時計を見た七星が絶句する

もう日付が変わろうとしている時間だった

「・・嘘、もうこんな時間!?」

「浅倉って夢中になると他に何にも目に入らなくなるタイプだよな。夢中になってこの本を読んでた」

嬉しそうに目を細めた舵が、手に取った本を七星に手渡す

「本の読み方でその人の人格がよく分かるんだ。浅倉は凄く愛情深い人間だな・・弟君たちが羨ましいよ」

「な、なに言って・・・!」

今まで一度としてそんな風な誉められ方と優しい視線を受けた事がない七星が、真っ赤になってうろたえている

「やっぱり浅倉は可愛いなぁ・・!」

一層目を細めた舵が再び七星を抱き締めようと近づいた瞬間、七星がバンッと分厚い本をその胸元に叩きつける

「いてっ!浅倉、それ用途が違うぞ!本が泣いてる!」

「泣くか!これ以上違う用途で扱われたくなかったら、さっさと送れ!そう言っただろ!!」

「・・・はいはい。惚れた弱みだ、ご要望のままに・・・」

「惚れるだなんだの以前の問題だろ!」

「惚れてなきゃ、家まで連れてきたりしないって!浅倉!」

いつの間にやら論点がすりかわり・・舵の策略に乗せられて口説かれるのが前提となってしまっている事に七星が気がついたのは・・・

散々送られる車中で口説かれ続けたあげく、家に入って昴の拗ねた機嫌を直し、ようやく風呂へ入って一息ついたときだった

いつもは使わない神経を使い、疲労した身体を湯船に深々と沈めながら・・けれどその疲れが決して嫌なものでないことに七星は気がついていた

言いたい事を何一つ隠さず他人と喋ったこと等、今まで皆無だったといっていい

あからさまに子ども扱いされたことも・・腹立たしい反面、その現実を逆に認識させられていた

「・・・17か。そうだよな・・俺、まだそんな年だったんだっけ・・・」

もらした呟きが、バシャッと七星が湯に潜った拍子にあふれた湯と共に、排水溝に吸い込まれていった

 

 

 

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