ACT 9

 

 

 

 

次の日の朝

デニムのエプロンを身に着けた七星が、それぞれの席に朝食の皿を並び終える頃・・・

朝のジョギングから戻った流と、一寸の隙もなくきっちりと制服を着こなした麗がそれぞれの所定の席に座った

そこへ

ばたばたばた・・!と、騒々しい昴の足音が駆け寄ってくる

「七星!これ見てよ!!北斗が日本で公演するかもって・・!」

満面の笑顔の昴が手にした週刊誌をテーブルの上に置き、その記事の載った箇所を指差し示す

それは、読者からの投稿コラム

北斗の海外公演で現地スタッフとしてバイトをしたという読者が、そこで聞きかじった不確かな話をまことしやかに書き綴っていた

それを見た七星が、麗に視線を向ける

「・・・父さんから何か言ってきてたか?」

浅倉家におけるネット関連(そのほとんどが父・北斗からのメールとその所在、仕事状況だったが)を管理している麗が、興味なさ気に首を振る

「いや。まだしばらくは中近東で・・あのアラブの王族の所に居るはずだ」

「げっ!あの、成金趣味の俺様王子!?」

流が口に入れようとしていたハムを寸前で止め、目を剥く

「流、あれは成金じゃない。筋金入りの王族なんだから仕方がないだろう・・」

いかにも嫌そうに顔をしかめた流に、七星がすかさず訂正を入れる

「ああ、そうか。流はあの王子様に気に入られて、追っかけられてたんだっけ」

クックッ・・と、その時の事を思い出したように、麗が笑いを噛み殺した

「笑い事じゃねぇ!っての!」

いかにも憤慨したように流が言い放ち、一口でハムを口に放り込む

今から約5年ほど前、まだ七星が12歳、流と麗が10歳、昴が8歳の頃・・父・北斗のスポンサーとして公演資金援助をしてくれていた王族の私邸へ、家族旅行がてら招待されたことがある

その時、王位継承を巡って起こっていた派閥抗争に巻き込まれ・・王子ともども流と北斗が反勢力派に拉致される。という事件があったのだ

だがそれを北斗と流、王子のボディーガードの活躍により事なきを得、更にはその反勢力派閥を壊滅させるに至った経緯がある

以来・・息子の命の恩人及び大事なスポンサー同士として、北斗とその王族との関係は切れることなく続いていた

そして、同時に流はその王子にいたく気に入られ・・というよりも、その王族気質から本人の意思など全く無視され、まるで物のように側に居ることを強制された

その時の扱われ方は、当時まだ10歳だった流にとって嫌で嫌で仕方のないトラウマとして残ってしまうのに充分だったのだ

「えー?あの王子様、気前よくって良かったじゃん!」

当時まだ8歳でその時起こった事件の重要性も流の嫌な思いでもよく理解できていない昴が、キョトンとして聞く

「うるさい!あの頃から食い物に釣られてた子猿は引っ込んでろ!」

「あーっ!また子猿って言ったー!」

思わず流に食って掛かろうとした昴の首根っこを掴んだ七星が、週刊誌をパタンと閉じて手に取ると、そのまま昴を席に座らせた

「朝っぱらから騒々しい。とにかく、この記事はでたらめだ。気にしなくていい」

その七星の言葉に、途端に昴がシュン・・とうなだれる

「・・そっか。やっぱ北斗・・帰ってこないんだね・・・」

他の3人に比べ、昴は父親である北斗との思い出が少なかった

昴自身が幼いという事もあったが、ちょうど物心つく時期から北斗が有名になり、家族で過ごす時間がほとんどなくなった・・という事が最大の理由といえる

そのせいもあってか、北斗にそっくりな七星にいつもくっ付きたがる

それを七星も麗も流も分かっているから、昴にはどうしても甘くなってしまうのだ

ハッと顔を見合わせた3人のうち、麗が口を開いた

「・・昴、夏休みには北斗の公演先まで行けるじゃないか。それまでは、またメールすればいいだろう?」

「・・・うん」

うなだれたまま答えを返す昴に、七星がその頭を撫でつけながら言った

「今度の日曜日、昴の好きな所に連れて行ってやるから、な?」

その七星の言葉に、昴が弾かれたように顔を上げる

「ほんと!?やった!昨日の夜みたいに置いてくのはなし!だからね!?」

「・・やっぱまだ機嫌直ってなかったか・・」

苦笑を浮かべながら週刊誌を昴の見えない位置にさりげなく置いた七星が、席に着いた

その間に素早く朝食を済ませた流が、テーブルから離れ際、昴の頭を小突いていく

「いい加減七星離れしろよ、子猿!もう小学生のガキじゃねーんだからよ!」

「だったら、子猿って言うな!流のバカ!!」

「バカって言う方がバカなんだぜ〜知らないのかー?こ・ざ・る!」

「流ーー!!」

脱兎のごとく逃げ出した流を追って、昴が追いかけっこよろしく駆け出していく

もうそんな二人を止める気にもなれない七星と麗が、ため息混じりに朝食を食べ始めた

ふと視線を上げた七星が、まだ流と昴のじゃれ合っているのを確認しつつ麗に言った

「・・・記事自体はでたらめでも、出所があの週刊誌・・っていうのがひっかかるな」

「・・・ちょっと用心しとく?」

「ああ・・」

視線を合わせて七星と麗が頷きあった時、昴が「おなかへったー!」と、じゃれあって乱れた黒髪を気にも留めずにいつものパターンで席に戻ってきた

昴が朝食を食べ終える頃には、その乱れた黒髪は、七星によってきちんと整えられていたのだった

 

 

 

 

 

「ふーーーん。やっぱ一年生の女子主流・・しかも実質数名ってとこか」

生物・科学準備室で、舵が天文部名簿を開いて呟いている

ここ数年ほとんど幽霊部同然だった天文部だけに、急遽部員募集を掛けたところで部員希望者などほとんどいない

それでも、言ってしまえば舵目当ての女子、しかも他の部活との掛け持ち組で何とか部員数だけは確保した

活動内容もその主流が夜の天体観測になるだけに、女の子が主流ではかなり回数も制限される

けれど文化祭などで活動報告を兼ねたパネル展示程度が出来れば、それで部活としては成り立つわけで

まあ、赴任早々の部活再活動としては上々である

と、舵が結論付けて名簿をしまこみ、おもむろに腰を上げた

その時間、舵の授業はなく空き時間だ

準備室のドアを開け、廊下側の窓に寄りかかってその下の校庭を見下ろす

ちょうど体育の時間らしきクラスがサッカーに興じている真っ最中だ

「おーー、いるいる。我が愛しの浅倉君・・!」

七星のいるクラスの時間割はチェック済みな舵だけに、空き時間に行われる体育の授業を見逃すわけはなく

思う存分七星の姿を追うことが出来る、絶好の機会とばかりに笑みを浮かべてその姿を見つめている

なんでもそつなくこなす七星だけに、そのボールさばきもなかなかのものだ

だが

ほとんど自分からはシュートしようとはしない

あくまで、徹底してアシスト役に徹している

「・・・もったいないなー。浅倉がシュートしてたら確実に点が入ってるだろうに・・!」

上から見下ろす形で見ている舵だけに、その状況がよく分かり・・かえってイライラが増す

そしてそれは、七星中心に見ている舵だからこそ感じ分かりえるものだ

他の者が見たら、七星の存在は噂どおりの”何でもそつなくこなす”奴、程度にしか映らない

そうなるように七星自身が動きを抑え、目立つことを極力避けているからだ

成績にしてもそうだった

トップになれるだけの実力を持ちながらあえてそれを避け、決して目立つことのない3位か4位に甘んじている

ほとんど表情を崩さず感情の起伏を見せないその態度もまた、表立って周りが騒ぐことを密かにけん制させていた

「・・なんだってそんなに自分を抑えなきゃいけないんだか・・」

見ていて痛痛しくて、居ても立ってもいられなくなるような・・そんな気持ちが舵の中でせり上がってくる

先日の本屋での一件以来、舵は七星に部活と称して準備室での一杯のお茶に付き合わせるようになった

時間にしてほんの数十分

それでも確実に、七星は放課後に舵の元へやってくる

それというのも舵が七星に、『賭けを受けたのだから、俺に負けましたと言わせるまではきっちりと付き合え!』と、来なくてはならない理由を与えたからだ

でも、それも他の部員や同僚達がやってくるまでの間だけ・・

いつの間にか舵の居る準備室は、先生たちの間でも茶と一服のできる憩いの場・・として位置づけられるようになっていた

それはそれで舵にとっては、理想の一つであっただけに喜ばしいことではある

けれど、その分七星と居る時間が削られていることも確かだった

七星は他の部員や先生達と挨拶を交わし、入れ替わりに家事をするために帰って行く

その時、七星の視線が時々望遠鏡に注がれていることに舵は気がついていた

舵がそれとなく話題を振ってみても、七星は何も言わずに帰っていく

ただ単に星が好きだからとか、そんな単純な理由だけではないような・・そんな気がしてならなかった

けれど

七星は決して自分自身の事や家族のことを話そうとはしない

舵がどんなに七星のことを知り、どうにかしてその心の休まる場所になってやりたくても、七星自身がそれを欲してはいない

いや、欲していないと言うよりも・・気がついていないのだ

自分がどんなに自分というものを抑えているか

表面上では受け入れているように見えても、如何に他人というものを排除しているか・・ということに

一体なにが七星をそうさせるのか・・?

舵はそれを感じ取りたくて、つい七星の姿を目で追ってしまう

最近では七星自身もその視線に気が付くようで・・・

現に今も、先ほどチラッと舵が居るこの4階の窓を見上げていた

フ・・と舵が目を細めて微笑んだ時、その校庭の片隅で何かが光ったことに気がついた

校庭を囲むように植えられている、すっかり葉桜になった桜の木に誰かが登っている

上から見下ろす舵の目には、それがなんであるかがはっきりと認識できた

「・・・っ!?カメラ!?」

光って見えたのはカメラの望遠レンズ

そのレンズの先にいたものは・・

「っ!浅倉か!?」

ハッと舵が窓枠から身を乗り出した途端、その木の中に居た人間が舵の存在に気がついたようで、一気にフェンスを飛び越えて下に停めてあったらしきバイクで走り去っていった

「・・なんだ?あれ?しかも、なんだって浅倉を?」

狙っていたのが七星だという証拠はない、けれどそうとしか思えなかったカメラの動きに、舵が眉間に深い皺を刻んだまま七星の姿を見つめていた

 

 

 

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