七夜の星に手を伸ばせ  番外編

アレクサンドライト  ACT2










バサッ・・!

ゴロゴロゴロ・・・・

テニスコート半面いっぱいに、テニスボールが無秩序に転がる

「・・・さて。目覚まし代わり程度にはなるかな」

呟いた麗が、反対側のコートのサーブ位置に立つ

高い標高にある、ここ、片桐テニスリゾートホテルだけに、周囲にはまだ薄っすらと朝霧がもやっている

時刻は朝の5時過ぎ

ホテルの客も、従業員も、フロント以外はまだ眠っている時間帯だ

ポケットからボールを取り出した麗が、ス・・・ッと頭上に放り投げた

「・・・ッハ!」

気合いのこもった掛け声と共にサーブされたボールが、散らばるボールの一つを過たず弾き飛ばす

弾き飛んだボールがガシャンッと、コートの後ろに張り巡らされたネットに当たり、その下に置いてあったボールを入れるボックスの中に吸い込まれていく

麗が放ったサーブボールは、ボールを弾くと同時に麗のいるコートの方へ戻り、ワンバウンドで麗の手元近くに跳ね返って来る

そのボールをラケットでリバウンドさせて手に取り、再び頭上に掲げ上げてサーブを放つ

一つとして狙いをはずことなく、麗が全てのボールをボックスの中に戻した頃

白み始めていた山並みから眩しい朝日が昇り、コートに立つ麗の全身を背後から照らしだした

白いウェアと共に輝く金色の髪を、麗が無造作にかき上げて汗を拭い去る

朝もやが微かに漂う中に射し込む朝日

その中に照らし出された麗の姿は、運良く見ることが出来た者が居たならば、正しくそれは降臨した天使そのものに映っただろう

「・・・ま、こんなところかな」

呟いた麗がバッグの中にラケットを戻していると・・・

「・・・・ずいぶんと早起きなんだな」

不意に掛けられた声に、麗が顔を上げる

どうやら同じく朝練に来たらしき男が、ラケットを肩に掲げ上げて立っていた

「・・・今終わりましたから、どうぞ」

如何にもおざなりに返事を返した麗が、収納の終わったバッグを肩に担ぎ上げ、男の横をすり抜ける

「ちょ・・・、待てよ。お前、桜ヶ丘の浅倉麗だろ?片桐に移るって本当なのか?」

「・・・それが?」

振り返った麗が、初めて男の顔を視界に入れる

麗より少し高い身長、浅黒くよく日に焼けた肌、こざっぱりと短く刈り揃えた短髪

意志の強そうな眼差しと、キリリと釣りあがった太めの眉、高く通った鼻梁、長い手足・・・・

どうやらどこか異国の血が混ざっていることを伺わせる、すっきりと整った容貌だ

「いや、桜ヶ丘から片桐に・・・なんて今までなかったことだから、本当なのかと思って」

真っ直ぐに麗に見据えられても、視線を反らそうともしないあたり・・・かなり肝が座っている

普通の人間なら、たいていの場合、麗の美貌に見据えられるとボウッと見惚れるか、直視できなくて視線を泳がすか・・どちらかなのだから

「・・・あぁ、そういえばWホテル買収を念頭に、ホテル経営で片桐と成田が提携したんでしたっけ?それを華山に横から掻っ攫われたんじゃあ、成田も大変だったでしょう・・・?成田恭平(なりたきょうへい)さん?」

「・・っ!?」

成田恭平と呼ばれた男が、驚いたように目を見開く

「ご心配なく。俺は華山とは何の繋がりもありませんから。ただ単にテニス留学するのに条件が揃ってた・・・っていう、それだけの理由です」

「どうし・・・お前、俺の事・・・!?」

「嫌だな・・この業界じゃあ有名人でしょ?老舗の成田家初のハーフの後継ぎ。ずっと海外の学校だったようですから・・今回、初手合わせですね。どうぞお手柔らかに」

言いたいことだけ言い放つと、唖然としたままの恭平を置いて、麗はさっさとホテルの自室へと向かって歩いて行った

「・・・・俺の顔なんて、成田の家でも知らない奴が大半なのに?・・・それにしても・・・」

あっという間に見えなくなった麗の後姿から一転、麗に打ち込まれていっぱいになっているボールボックスに、恭平の視線が移動する

「・・・あの容姿でこの腕前・・・おまけあの情報通。どーりで玲さんに目を付けられるわけだ」

どうやら麗が練習を始めた頃から見ていたらしき口ぶりで、恭平の口元がゆっくりと上がる

「・・・帰国そうそう、いいものを見たな」

意味ありげにクスクス・・と笑う恭平の背後から、もう一人ラケットをもった男がコート内に入ってきた

「・・・おい、なに独りで笑ってるんだ?恭平?」

「あ?遅いですよ、玲さん。あれ?和也は?」

「ああ?あいつの事なんてほっとけ。あいつに片桐の血が流れてることの方が不思議なんだから」

「・・・なるほど、また寝坊ですか」

「あんなことだから、浅倉麗なんかにストレート負けするんだ。俺が今回、きっちりカタをつけてやる」

勢い込んでいうこの男は、片桐家長男、片桐玲(あきら)・・・麗よりも2つ年上、七星と同じ学年

麗にストレート負けしたのが、片桐家次男でこの玲の弟、片桐和也(かずや)・・・ちなみに恭平も和也も麗と同じ学年だ

「ふう・・ん。ところで玲さん?浅倉麗を実際に見た事あるんですか?」

「いや・・・写真だけだ」

「・・・・へぇ」

恭平の口元に、勝ち誇ったような笑みが浮かぶ

「なんだ?さっきから?気持ちの悪い奴だな」

「いえ、別に。早起きは三文の徳・・とはよく言ったもんだと思いましてね。俺も今回、マジでやらせてもらいますから・・・そのつもりで」

「どうした急に?こんなお遊びの試合なんて・・・とか言ってた奴が」

「言ったでしょ?早起きするといい事があるんですよ」

「・・・・何かあったのか?」

「秘密です」

フフ・・・と意味ありげに笑った恭平が、練習を始めるべく、コートの反対側に向かう

「・・・何しろ俺が、初めて、手に入れたいと思ったものなんでね」

低く呟いた恭平の脳裏には、くっきりと朝日に輝く麗の姿が焼きついていた







「・・・・・なーるほど」

部屋に戻ってシャワーを浴びた後、麗が持参してきたノートパソコンでホテルの招待客と宿泊客名簿にハッキングしている真っ最中だ

片桐グループと成田グループ、ホテル建設に関わった企業、融資に関連した銀行関係の招待客

それと、すぐ近くで先日始まった万博関係のVIPクラスの宿泊客

さすがにVIPクラスとなるとガードが固く、その名前まではハッキング不可能だったが、今回行われるテニスの試合の目的は、おおよそ把握できた

片桐は昔からテニス家系でその名を馳せている

そして、たまたま成田の後継者たる、先ほど会った成田恭平も海外ジュニアテニスの大会において、活躍していたのだ

「よーするに、片桐と成田・・・初提携成功のアピールと、その後継者同士の顔合わせ、企業・銀行への紹介も兼ねてるってことか」

華山グループと双璧を為し、昔からライバル関係にある医療系企業グループ、片桐コーポレーション

その片桐と、京都の老舗料理旅館にしてレストラン及び国内ホテル業界のトップを行く、成田グループが提携

Wホテル買収にあたり、これ以上ないほどの好条件を提示するがための、一時的な提携・・・と、業界内ではもっぱらの噂だったのだ

それを後から参入してきた華山グループに、あっさりと持っていかれた

片桐と成田が受けた衝撃と、買収に当たって各方面にばら撒いて来た根回しへの損害金額は計り知れない

これでこの二つのグループ間提携は立ち消えだろう・・・と、誰もがそう思っていたのだ

そんな噂を吹き飛ばすための、今回のオープン記念イベント

「・・・ま、無理もないか。こんなバカでっかい高級リゾートホテル造っちゃったんだし、これを軌道に乗せないと払った損害も回収できないしね・・・。それで仕方なく温存しといた成田の後継者まで呼び戻されたって訳か」

そこに麗が呼ばれた・・・のは、やはり、テニスでも片桐とライバル関係にある、華山グループの桜ヶ丘学園に一泡吹かせてやりたいからなのだろう

その証拠に、麗が対戦する相手はアマチュアの中でもプロ級クラスで名を馳せている面々ばかりで、当然初戦は麗がストレート勝ちした片桐和也だ

そして先ほど恭平が探りを入れてきたように、今まで一度としてなかった桜ヶ丘から片桐へのテニス推薦入学

それを受けての浅倉麗個人に対する、その真意を謀るためのもの・・・と見てまず間違いない

「ふ・・・ん、片桐和也は問題外として・・・ネックは兄の片桐玲・・・と、成田恭平・・・。七星が無事に留学するまで、奴らに浅倉と華山の関係知られるわけにもいかないし。ここは一つ、慎重に行かないとな・・・」

パタン・・・ッとノートパソコンを閉じた麗が、大きく伸びをする

「う〜〜〜〜、それよか問題は朝ご飯、だよな。俺、和食じゃないと調子でないんだけど・・・ルームサービスに和食がないなんて問題あり!だな。今度ホテルの支配人に提言しといてやろう・・・」

「キャッツ」としての片鱗をのぞかせつつ、麗が力なく嘆息した



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