七夜の星に手を伸ばせ 番外編

アレクサンドライト  ACT 3















「さて・・・どうしたもんかな」

麗が部屋の電話の前で、内線番号案内とにらめっこ状態だ

往々にしてこういったリゾートホテルでは、朝食はルームサービスか、バイキング形式のコンチネンタルブレックファーストだ

専門店に行けば和食の朝食もあるにはあったが、たまたま麗の口には合いそうにないものだったのだ

それに、できればこういうホテルでは、麗は部屋で一人で取りたかった

何しろ、麗の容姿は目立つ

一人で人目がある所に居ようものなら、必ずと言っていいほど、声を掛けられる

イチイチその相手をするのも嫌だったし、第一、どこで片桐和也や玲、成田恭平に出会うとも限らない

出来れば個人的な接触は、最小限にしておきたかった

仕方なく、もう一度ダメ元でフロントに電話を掛け、ルームサービスの交渉を試みてみたものの・・・VIPでもない、ただの一介の宿泊客の事、やはり色よい返事はなく、あきらめかけた直前

誰かが無理やりフロント係から電話をもぎ取ったような雰囲気で、電話の相手が変わった

「・・・あ、もしもし?あの専門店の和食が口に合わんのやて?あんた、ええセンスしてはるな。おにぎりぐらいやったら、こさえて持って行けるけど?どない?」

いきなりの関西弁・・・しかも京言葉・・・

さすがの麗も面食らって、一瞬、言葉を失った

「もしもーし?聞いてはるー?」

あまりに緊張感のない、間延びしたのんびり口調に、麗が思わずクスクス・・・と忍び笑いを洩らした

「ククク・・・ああ、すみません。それはぜひともお願いしたいんですけど・・・」

「さよか、ほな、後で係りのもんに届けさせるよって、あんじょう待っとってや」

そう言うと、再び困惑したような声音のフロント係りに代わり、部屋番号を確認して電話は切れた

「・・・なに?今の・・・?」

困惑しながらも、先ほどの間延びした雰囲気と言葉使いが甦り、再び麗の口元に笑みが浮かぶ

「・・ククク・・ッ!一体どんなのが来るんだろ?楽しみ・・・!」

しばらくして届けられたルームサービスは、洋食用の銀食器に盛られた、あまりに不釣合いな純和食・・・!

しかも本当におにぎりとお漬物、その上まるで麗の好みを知り尽くしていたかのような、出汁巻き卵と白みそ仕立ての豆腐とワカメのお味噌汁付き・・・!

「・・・・う・・・わ、ほぼ理想・・!味も・・・申し分なし・・!」

浅倉家の家事を取り仕切る七星は、プロでも充分通用するほどの料理上手だ

その七星の作る料理を基本として育ってきた麗である、料理はからっきし出来なかったが、その味にはうるさかった

必然的にその採点基準も高くなり、そんじょそこらの料理屋など、歯牙にもかけない

けれど

この、届けられたおにぎりの握り具合といい、具の選択といい、出汁の味といい・・・

ほぼ完璧・・・!だったといっていい

「ちょっと・・・感動だな。後でお礼言いに行かないと・・・!」

呟きながら、脳裏にこだまする強烈なインパクトを残した声に、笑みを洩らさずにはいられない麗だった







「40−0、ゲーム、浅倉」

審判員の声が、何度目かの同じ言葉を響かせる

こんなホテルでは滅多にお目にかかれない、理想的な朝食のおかげで、麗の調子は絶好調だ

初戦の片桐和也には、再びあっさりとストレート勝ち

その後に続いた麗より年上で、全国大会レベルの相手にも一歩も引けをとらずに勝ち進んでいた

・・・が

「・・・・そろそろ潮時かな?」

呟いた麗が、周囲の雰囲気を伺う

何しろここは、いわば片桐の城・・・だ

こんなところで勝ち進んで目立っては、あとあと厄介な事になりかねない

それでなくても麗は、その抜きん出た容姿のせいで、試合開始以前から招待客のギャラリー達の注目の的だったのだ

この上勝ち続けて優勝でもしようものなら、片桐と成田が目論んだグループ提携安泰を見せ付ける・・・という主旨まで吹っ飛ばしてしまう

幸いな事に、次の対戦相手は片桐玲・・・!

今まで圧倒的な強さを見せ付けて勝ち進んできた麗だけに、願ってもないシチュエーションだ

ここで玲に負けさえすれば、この場は主旨どおりに大いに盛り上がり、麗にしてみてもヘタな相手に負けるより、片桐の後継ぎとやって負けた・・・と言う方が体裁にも合うというもの

それに

公式試合でもない、ただの体裁を取り繕うためのお遊び試合に、これ以上余計な体力を使いたくもない

さっさと終わらせて、さっさと七星の顔を見に帰りたい・・!というのが本音・・・といったところだ

コート横のベンチに腰掛けて、そんな考え事をしていた麗が、ふと、視線を感じてギャラリーを仰ぎ見た

朝から感じる、何度目かの・・・視線

悪意とか、羨望とか、視姦とか、そういう類の視線ではない・・・なにか懐かしささえ覚える、ゆったりとした、包み込むような視線・・・だ

今まであまり感じた事のないその視線に、麗が眉根を寄せる

見渡しても、そんな視線を注いでいるらしき人物は見つけられない

かといって、気のせい・・・で終わらせるには、あまりにもはっきりと感じる視線だった

「片桐玲、浅倉麗、コートへ・・!」

試合開始を告げる審判員の声に、ハッと我に返った麗がコートへ向かう

「・・・お前が、浅倉麗か。へぇ・・・近くで見るとますます作り物の人形みたいだな」

ネット際に立って挨拶を交わした玲が、無遠慮に麗の全身を眺め回す

「・・・ただの人形かどうか、試してみたら如何です?」

言い捨てた麗が、玲の方を見ようともせずきびすを返す

「・・はっ!いいねぇ・・!是非とも試させてもらいたいもんだな。ただの人形じゃない、生身の身体の方でな!」

その言葉に、麗がチラリと玲に一瞥を返す

さすがに片桐コーポレーションの後継者だけの事はある、自信にあふれた尊大な瞳、人を惹き付けるに充分な、鍛えられた肢体、整った容貌

高校生ながら、既にこのホテルの経営にも携わっていて、成田との提携を提案したのもこの玲・・・

Web上で「キャッツ」として、何度か麗は玲と会話をしたことがある

その切り返しの速さと斬新な思考・・・なかなかに侮れない相手である事は確かだった

「・・・・あからさまなご発言で・・・。そーとー遊び慣れしてるって感じ」

小さく呟きながらレシーブ地点に立った麗が、放たれたサーブの鋭さに口元をほころばせる

「・・・なかなかどーして、楽しめそうだ・・・!」

ストレート負け・・・っていうのもありかな?などと思っていた麗だったが、噂に違わぬ玲の実力にタイブレークまで持ち込むかっこうで試合を盛り上げ、最終的には潔く負けて、イベントの主旨に花を添えた

試合終了の握手の時に、あからさまに強く握りこまれた上、「・・・すぐに帰る様な無粋なまねはするなよな?」などと囁かれはしたものの、そんな事も日常茶飯事の麗は、表情一つ変えることなくその誘いを無視して、コートを後にした

ホテルの自室へ帰ろうとエレベーターに乗り込んだ瞬間、

「・・っおい!」

聞き覚えのある声音と共に、閉まろうとしていたドアをすり抜けて、成田恭平が乗り込んできた

「・・・っ!?何かご用ですか?」

一瞬、目を見開いたものの、すぐに冷静な声音で問いかけた麗の肩越しに、恭介がダンッと壁に手を当てて麗を僅かに見下ろす

「さっきのはなんだ!?何でわざと負けたりした!?」

「・・・何のことです?」

「ふざけるな!お前が勝ってりゃ、次は俺と試合だったんだぞ!?」

「・・・それが?」

だからどうした?と言わんばかりの麗の表情に、恭平がその眉を吊り上げた

「・・・っの野郎!」

あからさまに眼中にない、と態度で示された恭平が、麗が手にしていた部屋のカードキーを奪い取る

「っ!?ちょ・・なにを!?」

「俺とまともに試合するまで帰さねぇ!あんなお遊びの試合すぐに終わらせてやる!終わったら勝負しろ!それまでこの鍵、俺が預かっとく!」

「は・・!?何を勝手な・・・」

言い募ろうとした麗を尻目に、ちょうど開いたエレベーターのドアから恭介が鍵を持ったまま飛び出した

「いいな!待ってろ!!」

そう言い捨てた恭平を唖然として見つめる麗の目の前で、エレベーターのドアが無情に閉じられる

「・・・なん・・なんだ・・・ったく!冗談じゃない!」

今度は麗が、ダンッとエレベーターの壁に拳をたたきつける

このまま帰れれば、予定通り何事もなく終わるはずだったのに・・・!

何ともいえない、嫌な予感が麗の背筋を駆け上がっていった



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