七夜の星に手を伸ばせ 番外編
アレクサンドライト ACT 8
ようやく取り戻したカードキーでドアを開け放ち、麗が部屋の中へ入り込む
「・・・さて、とっとと引き払うか」
呟いた麗が、机の上に置いていたノートパソコンを片づけようと手を伸ばし・・・充電機に繋げたまま忘れていた携帯の表示に気が付いた
・・・・・着信あり・・・・・・
「・・・?誰だろ?」
携帯のフラップを開いた麗の青い瞳が驚いたように見開かれ、すぐに極上の笑みをその口元に浮かべた
「・・・ったく、心配性だな」
嬉しそうに、麗の指先が表示画面をスクロールさせる
そこには、七星からの着信履歴が何件も続いていた
七星に伝えた予定では、昨日の内に帰る事になっていたはず・・・
それが思わぬアクシデントから帰れなくなり、その上携帯を部屋に置き忘れていた麗とは、連絡のつけようがなかった・・・その結果の履歴だ
「・・・・え?」
不意にスクロールさせていた指先が止まり、麗の瞳がもう一度見開かれる
その画面上には、舵からの着信履歴が七星の物と並んで何件か表示されていた
以前、七星の落としたメモから舵の携帯番号を暗記し、麗は自分の携帯に登録しておいた経緯がある
その後、出奔した七星を捜索させるため一度舵に電話を掛けた
舵が麗の番号を知っていても不思議はないが・・・電話を掛けてくる理由などないはず・・・・
そう思いかけて・・・麗の口元にいつもの薄笑いが浮かんだ
「・・・なるほど。七星に相談されて・・・って所か。ご愁傷様、舵先生・・!」
クスクス・・・と如何にも楽しげに、麗が勝ち誇った笑い声を響かせた
たとえ舵が七星を手に入れたとしても、七星は麗が家族であり続ける限り、舵とは別の意味で常に一番の存在に位置づける
七星にとって家族は、恋人とは別次元で何物にも代えがたい存在であり、本当の家族でないからこそ、その繋がりは血の繋がりよりも濃い・・・
故に家族を恋人にする事は禁忌であり、七星の中では絶対にありえないこと
そんな七星だからこそ、麗は今の自分の状況を自ら作り上げたのだ
何物にも代えられない、その位置づけを得られる存在になるために
既に麗がそういう意味合いで、自分の天敵だと自覚している舵である
その上で電話を掛けてくるあたり、舵も相当なお人好しだと言わざるを得ない
「・・・後でお礼の電話、掛けとかないとね」
こうでないと面白くない・・・!とでも言いたげな表情で、麗が携帯の表示を見つめていた
服を着替えて荷物をまとめた麗が、チェックアウトの手続きをしていると
「・・・麗!」
聞き間違えるはずのない声が、背後から駆け寄ってくる
「・・・っ、七星!?」
振り向いた途端、麗の視界が遮られる
駆け寄ってきた七星が、その勢いそのままに麗の身体を抱き寄せていた
「・・・っ、良かった・・!心配したじゃないか!」
一瞬の抱擁のあと、身体を離した七星が麗の無事を確認するように、その顔を覗き込んでくる
「え・・・?なんで?七星?学校は・・・!?」
「お前と連絡が取れないのに、悠長に学校なんか行ってられるか!」
少し怒ったように言い放つ七星に、麗が他人には絶対見せない、まるで天使そのものの笑みを向ける
この時間に、ここに七星が来れるということは、朝一番の飛行機に飛び乗ってきたということだ
「・・・心配性だね。もう子供じゃないって言ってるのに」
「だったら、どうして電話を掛けなおしてこない?」
もっともなその問いかけに
(・・・だって、俺が帰るまでずっと七星は俺の事を考えてくれるじゃないか)
だなどと心の中で思っていたなんて、そんな事を麗がおくびにも出すはずがなく
「・・・ああ、ごめん。ずっとバッグの底に入れっぱなしで、気が付いてなかったし、試合が思わず長引いて、昨夜は疲れきって速攻寝ちゃったし」
などともっともな嘘を並べ立てて、悪びれた様子も見せない
「そうだったのか・・・。留学絡みで試合じゃなかったら絶対止めてた。何しろ片桐だけじゃなく、成田まで絡んだホテルだろう?ひょっとして・・・華山との事を疑われて、何かあったんじゃないかって・・・心配で・・・!」
家を出るときはそんな事を考えているなど、全然おくびにも見せていなかった七星だったが、その実、麗に余計な不安を与えないように・・・と配慮しての態度だったのか!と、麗が湧き上がる笑みを止める事ができない
「・・・・ありがとう。心配かけて、ごめん」
「・・・ったく、なに嬉しそうに笑ってるんだ・・!人の気も知らないで」
七星が呆れ顔で麗の髪をクシャリ・・・と撫で付ける
その様子は、フロントの端に寄っていたとはいえ、十二分に人目を引いていた
なにしろ漆黒の輝きと金色の輝き・・・対を成す者同士がお互いの輝きを引き立てあっているのだから
当然、その2人を見つめる中に、朝食に降りてきていた片桐玲と成田恭平の姿もあった
「・・・玲さん、あの黒髪の男、誰なんですか!?」
今にも飛び出して行きそうな勢いで、恭平が玲に問いかける
「・・・俺も初めて見たな。あれが噂のマジシャン北斗の腹違いの4兄弟の長兄、浅倉七星だろう。こりゃ凄い・・・!」
ヒュウ・・・!と感嘆の口笛を吹いた玲の視線が、七星に注がれている
「えっ、あれが・・・!?腹違いの・・・兄!?」
驚いたように言う恭平の視線は、他人には決して向けられることのない、麗の笑顔に釘付けになったままだ
「・・・恭平、浅倉麗はお前にくれてやるよ・・・。俺はあっちの黒髪の方が好みだからな」
「え!?」
驚いて振り返った恭平の前で、玲がジ・・・っと七星を見つめている
「・・・・凄いな、あの色気。ほんとに北斗そっくりじゃないか・・・ゾクゾクする」
まさか七星が、最大のライバルである華山の後継者だとも知らず・・・玲が七星の放つ北斗譲りの色気に当てられている
そして恭平は、七星と麗がなんの血の繋がりもない兄弟だとは知らず、兄・・と聞いてホッと胸を撫で下ろしていたのだ・・・
麗と七星がそんな事とも露知らず、ホテルのロビーを後にする
ホテルの前には、ちょうど出発間際の万博行きのシャトルバスが停まっていた
そのバスの前で、麗の足が止まる
「・・・・七星、サボリついでに・・・どう?遊びに行かないか?」
「・・・・えっ、」
麗の問いかけに、一瞬、七星が意味深な間合いをあける
その「間」に、麗がピンッ!と勘付いた
「ああ、ひょっとして・・・舵先生と行く約束でも?」
「・・・・・ぅ・・・・まぁ・・・・うん・・・・」
答えながら・・・七星の顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく
そんな七星の態度を目の前に見せ付けられて、このまま引き下がる麗ではない
「じゃ、なお更行こうよ。万博、半端じゃなく広いし一回行って見ておいた方が、効率よく見て廻れるって!」
「・・・・・そぅ・・・かな?」
義理堅く迷いを見せる七星に、麗が必殺の言葉を口にする
「絶対そうだって!それに、別に「兄弟」なんだから行ったって問題ないだろう?」
「・・・・・ん・・・確かに。下見しておくに越した事はないか・・・」
七星にとって、「家族」「兄弟」は、「恋人」とは別次元なのだと知らしめる返事
「じゃ、決まり!さ、行くよ!七星と2人きりでデートなんて、初めてじゃない?」
「・・・・お前な、兄弟でデートも何もないだろう」
「気にしない気にしない。言葉のあやだよ、七星」
七星の気が変わらないうちに・・・!とばかりに麗が七星をバスに押し込む
(・・・後で舵先生に電話するのが楽しみだな・・・!)
瓢箪からコマ・・・とはこのことだと、麗はその日一日、七星との初デートを存分に楽しんだのだった
その日の夕刻
授業中で電話に出られなかった舵の携帯に、麗からのこんな留守電メッセージが残されていた
『心配をお掛けして済みませんでした。お詫びに、七星とばっちり万博下見をしておきましたから、七星と楽しんで来て下さいね』
放課後、人気のなくなった準備室でそれを聞いた舵の、携帯を握る指先に力がこもる
「・・・・・っ、下見・・・だって!?初デートだと思って人が楽しみにしてたってのに!くそっ!もう二度とあんな野郎の心配なんてするもんか!」
思わず投げ捨ててしまいそうになった携帯を、舵が何とか理性を取り戻して乱暴にフラップを閉じる
とんでもない天敵と
とんでもなく人でなしの恋人に・・・
舵の口から、深い、深い、溜め息が吐き出されていたのは、言うまでもない
終わり