ACT 11




「そ、綜馬さん!?」

慌てて綜馬のいた場所に駆け寄ったみことに、咲耶が白い華奢な手を差し伸べる。

『心配はいりません・・先にあちらの世界に送り返しただけのこと。みこと、側に来て・・』

差し伸べられた咲耶の手をとった途端、みことが先ほど大僧正の目の奥に感じた・・あの強い視線を感じる。

「あ・・!さっきの・・!僕を見てたのは・・きみ・・?」

『あたたかい・・人の血が濃いとは、こういうことなのですね・・・』

みことの手を頬に寄せた咲耶が呟く・・。

咲耶の白い手は・・その白さそのままに、冷たかった・・・。

『私は・・誰か他の人の目を借りなければ何も見えない。心を通して話せる能力のある者にしか声が届かず、聞く事も出来ない。唯一見聞き出来るのが、星の指し示す軌道だけ・・』

「そ・・んな・・!」

みことの顔が悲しげに曇り、ツッ・・と涙が一筋流れ落ちる。

「どう・・して・・?僕と・・何も変わらないのに・・!」

その・・涙がポトリッと咲耶の手の上に落ちた。

『・・いいえ・・違います。私はあなたのように涙を流せない・・。人の持つ情というものを持たぬもの・・。それ故にあなたの様に情に溺れ悲しむ事もない。みこと・・あなたは何故自分が産み落とされたのか、その理由を知りたいとは思いませんか・・?』

「生まれた・・理由・・?」

みことがゴシゴシ・・と涙をぬぐう。

『そう・・人は皆さだめられた星のもとに生まれ、その軌道は決められている。あなたが生まれ、桜がその命を落とした・・そして封じられていた鬼が甦り、鬼に封じられていた契約もまた・・その運命のもとに印された。桜は守り、封じるもの・・そのためにあなたは生まれたのです・・』

「契約・・?守り、封じる・・?」

その言葉にみことがハッとする。

「た・・つみさん!?巽さんのあの傷のこと!?」

思わずみことが咲耶の華奢な肩を掴み上げる。

『痛い・・・!』

「あっ!ごめんなさい!つい・・!」

『不便なものです・・人としての機能を何も持たぬくせに、体は人と同じ痛みを感じる。みこと・・あなたは辛くはないのですか?精霊の持つ血は人の感じえぬものを感じ取ってしまうはず・・そして、それ故に人に疎まれ、人に馴染めない・・』

問われたみことがうなだれる・・。

咲耶の言う通り、嫌な事はたくさんあった・・。

その度に・・母に言われた一言を思い出し、それだけを心のよりどころにしてきたのだ。


(その・・青い瞳の天使さんにいつか必ず出会うから。出会った時にその人だと分かるように、忘れないで・・覚えていて・・)


だから・・初めて巽に会ったとき、信じられなかった。

真っ直ぐに自分を見つめてくれた・・その灰青色の瞳を見た時、嫌な事や苦しい事・・その全てを耐えてきて良かったと・・そう思えて、涙があふれてきたのだ。

あの時の嬉しさを・・何故、忘れていたのだろう・・?

「辛い事もいっぱいあったけど、それ以上に嬉しい事があったから・・一番会いたいと思っていた人に・・出会えたから。だから、きっとその人がいれば辛い事もつらくない・・!」

『なぜ・・そう思うのです・・?』

「・・わかんない・・わかんないけど、ずっと信じてたから・・信じて、願っていれば必ず叶うって、そう思うから・・!」

『信じても・・願っても・・叶わぬものがある。それでも・・?』

「それは・・それは違うよ。叶わないのは信じるのをやめちゃうから・・願うことをあきらめちゃうから・・だから・・・」

そう言って・・みことがハッと押し黙った。

そう・・思っていたはずが、いつの間にか・・巽の側にいたいと願う気持ちを・・自分は無理やりやめようと、あきらめようとしていなかっただろうか・・?

「さ・・くや・・姫。さっき、僕は守り、封じる桜だって言ったよね?それって・・巽さんの受けた傷・・その契約ってのを僕が封じる事が出来るってこと・・?」

咲耶の表情が一瞬、曇る。

『みこと・・あなたの父にあたるあの桜は、この高野からもたらされたものです。言うなれば我らと同じ、我らと同属の精霊・・。そしてその血を継いだあなたもまた、我らの眷属。あなたがただの桜であったなら、その問いに対して答える事が出来ました。ですが・・あなたはあまりに人の血が濃い・・。その情が、私に読めない闇星を引きつける・・』

「闇星・・?」

『・・そうです。周りにあるものすら覆い隠す・・暗い闇星。それが二つ・・あなたはそれを引きつける。だから私にも答えられない。あなたが・・もし、人としての情を捨てられるのなら・・人の世を離れ、私と同じく異界に身を置くならば・・少なくとも、その鬼の契約を発動することなく封じることが出来るでしょう・・』

「え・・・!?」

一瞬、頭の中が真っ白になったみことが、呆然と咲耶を見つめる。

人の世を離れる・・それは巽から離れる事・・いや、それだけではない・・情を捨てるのなら、二度と・・会えない。

「・・契約ってな・・に?巽さんが死んじゃうとか、そんなんじゃ・・ない・・よね!?」

うなだれたみことが震える声で・・聞く。

もし・・そうなら、会えなくなっても・・それで巽が助かるというのなら・・!自分がすべき事は一つしか・・ない。

『・・みこと、残念ながら・・その内容までは分かりません。契約は交わした者同士を縛る絶対的な束縛・・交わした本人にしか分かりえない・・』

「そんな・・!」

もう・・その契約を交わした鬼はいない・・。

みことがその内容を知る事は不可能だ・・。

「・・い・・やだ・・!僕は、人として生きたいんだ・・!どんなに嫌な事があっても、優しい人も、笑ってくれる人も・・たくさんいて!いっぱい・・いっぱい・・いろんな人に助けてもらった!そんな人達を捨てられない!巽さんも・・会えないなんて・・絶対やだ!だって、約束したんだ・・!何があっても・・どんなに時間がかかっても・・絶対、巽さんを見つけるって・・!会えなくなったら、見つけたくても見つけられないじゃないか・・!!」

堪えきれずにあふれ出た涙が、ポトポトとみことのきつく握り締められた両拳の上に小さな泉を作り・・溢れ落ちた。




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